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君島君 ~クン付けすると山本山の如し~

「君島歌謡曲で踊ろうや」
と踊り子仲間を誘うと、こう返ってきた。
「君島、誰?」
私よりテレビ見てるはずなのに。
「昭和歌謡曲のものまねするひと」
「そーなんや」
薄いっ薄すぎるぞ反応が。
君島君、十分頑張っているかとは思うがもっともっと頑張りたまえ。
君島にクン付けすると山本山の如し・・・関係ないけど。

盆踊りが出来るかもしれない情報を嗅ぎつけてイベントに行ったら、そのステージプログラムとして、ものまねショーがあり、住みます芸人の芸あり、ダンスあり、寸劇あり、くまもんあり、ゴスペルあり、といったことらしい淀川区民まつり。
抽選会目的のヒー坊が乗り気なので、「前は一般は踊ったらアカンて言われててんけど去年は踊れたって聞いてる」くらいの情報で、100%踊る気で行くボンブー魂高きあたくし。
もちろん踊るための衣装とメイクで行きますよ、たとえ踊れなくても迷いは無し。
人生って思い切りだよね。
楽しむことにルールっていらないと思うの。
自由にやりたいなら責任もセットでそのひとに自由を課したらええ。
あなたが自由にやっただけ、あとで責任が肩に乗る。
どんな責任かは他人が教えてくれるよ。

あなたの自由がルール違反なら叩かれるし、許されるものなら何も言われない。
良くも悪くも誰かの心に残るものであったら、その感想は直接もらえる。
まずは行動を起こすことだね。
あなたが何もしなければ、あなたは何も得られない。
行動さえ起こせば、最低でも『失敗を学ぶ』という経験を得ることは間違いない、その行動が成功ならもっと得るものは大きいから、とにかく行動あるのみだよワトソン君。

「向こうのおじちゃんの肩に小鳥が乗ってた。むっちゃカワイイ」
「野生の小鳥が勝手に肩に乗ってるん?」
「野生じゃなくてたぶん乗せてるんやと思う、おじちゃんの小鳥」
「見たい見たい小鳥」
野生の小鳥を想像していたら、インコだった。

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ヒー坊はインコを知らないのか。
まぁまぁ古くから人間と共存している小鳥だけど。



「おね~さん、カッコイイよ~!その格好は何かするの?」
「踊りに来てん」
「へ~踊るの?頑張って!」
焼き鳥を買ったらそこの店のおばちゃんたちが応援してくれたけど、盆踊りが踊れるかもしれないくらいの情報で来ちゃってるからね、完全に狂ってるよね。
盆踊りに捧げる魂の高さにもはや限界がございません。

一般参加OKで踊れたのは、プログラムにある『こいや踊り』これは中に入ってみんなで踊ってくださいって言ってたけど、踊る人は少なかったな。

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南中ソーランみたいなテイストで、踊りを知らない人がパと入ってスと踊れるような印象ではなかったからこれは一般参加のハードルがお高め。
もちろん私は入って踊ったけど、飛び入り参加で踊る人を集めるんであればもっと踊りの見本になるひとを見本になる位置に配置しとかないと難しいかな、とは思った。
私は踊りながら「踊りがわからないから教えて」と踊ってるひとに言ったけど、ちょっと部分的に教えて終わり、という感じだった。
教える人数は実質ひとり、これではなかなか入りにくいだろうな~という感想。
盆踊りをやっている私でさえそんな感想を持つわけだから、一般の人が入るっていう感覚にはなりにくいと思う。
楽し気な雰囲気のノリでぱらぱら入るひとはいたんだけど、一体感はないまま終了。
すごく惜しいな。
盆踊りってジャンルは参加型のみんなで楽しむライブなんだよね。
そしてその一体感がショーになる空間。
それを味わい切れていないのがすんごくもったいない。
ロープという結界を、まずは解き放ったほうがいいな。
ギャラリーと踊る人をロープで完全に線引きすると一体感は半減する。
夏の櫓でもロープで踊るスペースを囲っている所があるけれど、ロープ結界のある櫓は盛り上がりに欠ける。
踊り子たちもロープは嫌がるなァ、踊りにくいってのもそうなんだけど一体感がないと盆踊りってイマイチなんだよね。
踊り子の足が遠のくと、櫓って廃れちゃう。
曲と太鼓と踊り子そのどれも、欠けてはならぬのが盆踊り。

15:30の民踊総おどりは、踊りの会のひとたちの発表の場、といった趣き。
ここにもロープ結界があって大々的には言わないけど一般の踊り子は受け付けないのがビンビン伝わってくる。
ロープ結界の前に居たら、総おどり関係者と思われる民踊をやっていそうな私服の年配女性に主催者の方々が一緒に中に入って欲しいと言っていた。
私の隣りで「いやいや、こんな格好やから」「そんなん格好なんか気にせんと入ってください」問答が繰り広げられる。
わかるな~この格好がアげ!ていう踊り子モード、あるもんなァ。
ま、私の場合は四六時中アげの格好なんだけど、何を着てても。
格好を気にして入らなかった年配女性は、踊りの先生なんだって。
だから熱心に入るように勧められていたのか。
踊りの先生でさえ遠慮した輪の中に、勝手に入って行くあたくし。
入って良いとは言われてないけど、ダメとも言われていないのでね。


「なにまぎれとんねん」

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あまりに自然な紛れっぷりを激写される。
ウォーリーを探せ的同化っぷり。
ビョーキーを探せ。
総踊りなんだから、国民総出で踊ったらよろしいがな。

「すごく上手に踊ってはったねぇ、どこかで習ってるの?」
「いま、見て覚えました」
「あら、そうなの?どれも上手に踊ってはったから習ってるのかと思ったわ」
病的にまぎれて踊り終えたら先ほどの先生が声を掛けてくれた、上手に踊れてるって。
盆踊りの振付にはパターンがあって、いろんな踊りを長年やっているとパターンの組み合わせと順番を見てその場で覚えるので、何も知らなくても雰囲気をつかんで踊れてしまうのである。
それに加えて私は『魅せる』ことにのみ魂を注いで踊ってきたので、振付のいくつものパターンにアレンジを加え、目に留まるようなクセの強さを放って踊る。
誰やねんコイツと明らかに部外者として輪の中に入ったら、終了までに一緒に踊っている人の心をいかにツカむかにかかっているのだ。


「でかっ歌うまっ」
ヒー坊目的の抽選会まで時間があるのでものまねショーを見に行こうかということになり着席すると、ちょうど山本山は客席を歩いてギャラリーを巻き込みまくっていた。
そして山本山を見ていて改めて思う、巻き込み型って最強だな。

それにしても山本山、デカい。
背丈もある男なのにちゃんと女に見えてるな、これはタダモンじゃない。
男性がドレスを着て化粧をして見た目を女性にしても、動いたら男になってしまう。
逆もしかり。
肩の幅や筋肉の付き方などの体つき、腰の落としかた、首の傾け具合、腕の払い方などなどの所作、それらは男と女ではハッキリと違う。
踊りをやっていると本当にそれが良くわかる。
うちわの持ち方ひとつ、男と女では違うのだ。
私はなで肩ではなくしっかりとした肩をしているので『華奢』を演出するのに、肩が凝るほどこれでもかと肩の抜き方を意識する。
色っぽい曲を踊る時の色っぽさ、可愛らしい曲を踊る時の可愛らしさ、女の私でも首の角度や腕の位置、指の形でそれを作っている。
作るだけならきっと簡単、それで動き踊らねばならんので難しい。
山本山、歩いたら男が出ていたけれど肩・腰・腕は男を消していた。


夏が終わったから私はこれから慰問で踊ることになるけれど、山本山ショーを観て私のボランティアへの取り組み意識は完全に覆された。
山本山、20代にしてこ慣れてる。
それだけ場数を踏んでいるということなんだね。
場数を踏んだらこんな風にギャラリーを巻き込むねな。


今夏、ちゃんと踊らなきゃて場面が多かった。
ここ数年、私のポジションはすっかり変わって誰かに教えるということが多い。
子供が寄って来て教えたり、ギャラリーの踊りたそうな人を輪の中に入れて教えたり。
いろんな櫓で「このねーちゃん上手やからこのねーちゃんの後ろで踊り~」「ねーちゃん踊り教えてぇや~」となった瞬間、にぎやかし専門の崩しの私が、崩さずに踊ってちっともにぎやかさない。
それでも踊りたいってひとが増えるのは嬉しいし、その時々も楽しんでいることに変わりはない。
でも『ちゃんと踊ること』はとくに私に求められてることじゃないんじゃないかな。
だってにぎやかしの私を見て一緒に踊りたいと思ってくれたなら、私はにぎやかしのままでよくて、崩してひとがついてくるのなら崩したままでいんじゃないか。


「そろそろ抽選会の時間ちゃう?」
ギャラリーを巻き込みまくっている山本山を横目に見ながら、抽選会場へ向かう。
すると60代半ばのおじちゃんが私を見てニコニコ・・・いや、ニタニタしながらこう言った。
「踊り、目立ってたで」
「そう?」
「あの踊りで、おばーさんたちの中にこんな若いコがいることはないから目立つで。20代で踊ってるコなんていてないからなー」
「・・・・・・・・・あ・・・そう?」
「あの会の人たちは年寄りばっかりのはずやのに、20・・・・・20代・・・さ、30代?・・・のコがいると思って見てたんや。よかったで」
「そうなんやね、ありがとう。」
抽選会が始まると、おじちゃんはどこかへ姿を消していた。
ん?抽選じゃないのか、目的は。

「・・・さっきのおじちゃんや~20代って言ってたけど私が無反応に近かったから30代って言い直してた感じよな?」
「それ、おもた。言い直して30代にしてた」
「記録更新やな。29やと見積もって過去最高の年齢詐称や(他人による他人査定の詐称)これから年齢聞かれたら30で通そう」
「むちゃサバ読むやん」
データに基づいた信憑性のある見た目年齢(見え方はひとによる)です。


ラッキーカードでラッキーなことに末等が当たりました。

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1回飲んでみようかな~と思いながらもその機会がなかったレギュラーソリュブルコーヒー。
しかしスティックタイプ。
ノンシュガーのミルクのみでコーヒーを飲む私には『全部入り』のスティックタイプは甘すぎるので、自分好みのインスタントコーヒーを足しました。
もともとコーヒーは2倍量を飲んでいるのでね、私のタンブラーは1杯480cc。
真夜中のコーヒータイムに、メモを手にしてしばし考える。
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今年、同じ櫓で踊ることが続いて私が派手に踊るのを一緒に真似ていた女性から、共通の踊り子仲間を通じ「お礼を渡して、て頼まれてんねん」と、このメモが貼り付けられているお菓子をいただいた。

山本山よ、私は正式に踊らなくてもいいんじゃなかろうか。
歌いに来てるのにファンサービスで写メの撮り方のコツを教えちゃうから、歌わない山本山。
正式に踊らなくてもいいし、踊りを教えなくてもいい。
巻き込んで楽しめばそれでいい、それを山本山のものまねショーが私に学ばせた。
もとい山本山じゃなくて、君島君。

知らないひとのために説明しておこう、と私が言えたらいいのだけど、ヒマさえあれば盆踊りに明け暮れているのでチラとしか山本山もといもとい君島君のことを知らないんだよね、だからネットで調べたことをギュっとまとめて説明しておきます。



大阪の『ものまねアラジン』に所属しているトップスター君島遼。
5歳から日本舞踊をやっていてもう名取。
あらやだ、きっちり踊れる人じゃないの。
なるほどねぇ日本舞踊で培った所作だったわけか。
名取って盆踊りやらないのかな。

伊丹の慰問先にはかつて踊りをやっていたという利用者さんが結構いてて、そんな人たちの前で盆踊りをやっていると「あんた、名取になり。頑張り」と言われることがあるんだけど、踊りをやっていた代表に「名取って何?」て聞いたら、踊りを教えられるひとになることなんだってね。
一匹狼の名取なんていないから、私には向かないかな。
どこかに属す踊り子ではないから私は盆踊りが好きなんだと思う。
無資格だけど、好きっていう魂さえあれば踊る素質は十分あるからね。

「踊れへんから」と言って輪の中に入って来ない皆さん、盆踊りは踊れるか踊れないかではなく踊りたいかどうかです。
踊り子たちはみんな同じことを言っています。

「輪の中に入って同じ方向を向いて同じ方向に進んだら、それはもう盆踊りやから」

盆踊りって簡単でしょう?






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by yoyo4697ru980gw | 2018-09-23 04:26 | +ミルニング+ | Comments(0)
盆踊り2018

7月と8月の盆踊りハイシーズンに私が盆踊りに明け暮れていることは誰もが知っていて、隣人が勤める病院で開催される盆踊りに「盛り上げに行ったげて~」とか「来週のウチの盆踊りも盛り上げに来てや~」だったり「8月の最後はウチやからな~」と、盛り上げ要員としての役割でお呼びがかかるのはいつものこと。
そんな私でも踊れない新参者時代はあって、盆踊りを始めた頃はまだ30そこそこくらい・・・いやギリギリ20代とかだったかな、まァとにかくそんなくらいで一緒になって踊っていた長男チョモもまだ小学生。
踊っている人に教えてもらったり見て覚えたりして自分のモノになっていく盆踊りが楽しくて楽しくて。
そこからアレンジを加えて見ている人が楽しめる思わず参加したくなる盆踊りにショーアップしていき、今ではその年の旬をプラスしたりしています。
伊丹盆踊りの話題曲ビューティフルサンデーに今年は、再ブレーク中DA PUMPのU.S.Aいいねダンスを混入させておりましたが、気付いていただけましたでしょうか。
私の踊りは『崩し』と言って正統派な踊りではないので、見て覚えたい方は櫓の内側にいる揃いの浴衣のお姉さんがたを見て覚えるのがモアベターよ。

小学生だったチョモは大学の院に行くのに「入学金28万要るで」との衝撃の事実を、釣り竿を取りに来た夜中にサラっと発表して去って行く年齢となりました。
同じ大学に入学金って2回払う感じなのね、院に行くと。

これまで、もう盆踊りの可能性はさぐり尽くしたくらいさぐった気になっていましたが、どこまでよ盆踊りの可能性!と発狂する奇跡に今年は出会いました。

かつては盆踊り会場内を徘徊するだけだった次男ヒー坊も未成年ではなくなり、反抗期には踊ることも少なかったけれど盆踊りの楽しさに再び目覚めた模様です。

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行ったことのない櫓に行きたがるなど、ボンブー魂の高さを見せ始めたヒー坊。
それにしてもメガネ率高けぇなおい。
撮影者もメガネです。
なんか賢い集団みたいだなおい。


依然難病の私は、ボンブー療法。

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入院中に病室が向かいだったミッキーが、私が退院する時に作ってくれた和風髪飾りは5年経ってボロボロですが、壊れることなくちゃんと使えています。
この記事を書き終わる頃にはミッキー、何度目かの入院から退院していることでしょう。
ミッキーが作ってくれた髪飾りも、それを作ったミッキー本人も、丈夫でなにより。

私たちが入院している病院の私たちの科には、軽症患者は入院していません。
難病なら重症化している患者、ガンなら末期です。
誰しも自分の病気と向き合う時間は必要でしょう、その期間もひとそれぞれだと思います。
私は『死なないようにする闘病』ではなく『どう生きるかの闘病』を選びました。
ほっといても人間は死亡率100%です、いずれ死にます。
病気でそれが早まったのなら、それに応じた『どう生きたい』を全うしたい、私は。
私の死は、私ではなく残されたひとの中に存在します。
残されたひとたちが「あのひとは最後の最後まで好きな盆踊りをして死んでいったよね、なんの悔いもない羨ましい死に方やで」と言い合えたなら、私の死は大往生したばーさんの思い出に浸って通夜で家族が笑って語り合うに匹敵する微笑ましい死なのです。
ラッキーなことに私の身体は動きます、だから私はボンブー療法。
西洋医学的には無治療を選択していますが、心の赴くままの治療をやっているってことね。

あなたが好きなことをやっている時、あなたの患部は痛まない。byパッチアダムス


今年のボンブー療法は、台風に阻まれました。

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大阪などに出ていける機会は増えたのに、台風に邪魔されるそんなボンブーでした。
毎年毎年、盆踊り会場で写真を撮ろうとは思っているのですが、光量が足らないとピントって合いにくいんだよね。
それに踊りに夢中で写真なんて撮ってらんない。
だから『伊丹市はすんごい盆踊りが盛んで』て言ってもその証拠写真は無い状況が多く『みんなが想像してる盆踊りとは全然違うから』と言ってもその証拠動画もたいして無いわけなんですが、例年通り他人様に撮っていただいたデータを横領しております。


知らない人のために参考まで。

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[出典:https://www.facebook.com/umedayukata/]

櫓はこんな感じになります。
参加型の個人が集まった団体のショーと思っていただいて結構です。

今年は各メディアでも盆踊りが取り上げられることが多かったですし、数年前からは伊丹市で踊られているビューティフルサンデーが話題となっています。

伊丹出身の芸人ガリガリガリクソンも盆踊りの波を肌で感じているようで、ツイッターに盆ササイズなるものがアがっています。
同じ伊丹人としてBombooイベントでいろんな盆踊りを体験していただきたいのは山々なのですが、十数年ほど前でしょうかねぇ、バス停にいるクソン氏に声をかけたところ冷たくあしらわれたのを根に持っているのでイベントにお呼び出来ず残念です。
盆踊りは先祖供養ですのでね、人と人とのつながりを大切に出来ることが基本のキなのです。

わが民踊研究会Bombooの盆踊りはエクササイズ要素たっぷりのプログラムとなっております。
一般参加者OKのイベント情報はネットに転がることもございますので、アンテナの感度を良くしておいてくださいね。
クソン氏がお越しになった際にはここで会ったが百年目とばかりに、チカラを込めて握手を求めてもよろしいですか?
ありがとうございます、握力は左のほうが強いので左手でお願いします。


同じよしもとであろうZAZYクンがちっとも有名にならないんだけど、どうですか盆踊りで一旗揚げてみませんか。
ZAZYクンになら、私のエクササイズボンブーの全てを伝授します。
息子がまだポシューを大切に保管しているから何が何でも伝授する所存です、連絡ヲ待ツ。
(ZAZYクンのポシュー物語→https://jimeichiha.exblog.jp/19720856/
エクササイズボンブーは完璧にマスターすると盆踊り業界では『にぎやかし』として重宝される存在となるので、ボンブー芸人として頑張りましょう。

「9月1日に昆陽池で盆踊りやるから、みんなで踊りに来てな」
先生に夏の櫓で声を掛けられたのがきっかけで行ったITAMI GREENJAM’18は、どうやら今年は『フェス終わりに盆踊り』をやることにした、ということみたい。
盆踊りというと『婦人会のおばちゃんたちがしんみりイヤイヤ踊ってるアレ』てなイメージを持つ人が多いと思いますが、伊丹の盆踊りの輪の中にそんな人はひとりもいません。
老いも若きもお子ちゃまも見様見真似で参加できる、それが盆踊り。
しかし参加したげな若いコたちにいくら手招きしても、恥ずかしい気持ちが勝るのかなかなか輪の中に入ってこないんですね。
盆踊りも老人や私たちのような中年ばかりが踊っていては、継がれずに廃れていってただの騒音になってしまいます。
盆踊りは人間力を育むきっかけ、ひいてはそれが地域力の向上、結果的にそれは犯罪の抑止力になると私は思っています。


毎年開催される盆踊り、そこに小さな男の子が参加していたとしましょう。
「上手に踊るわねぇ」と輪の中の大人たちの目に留まります。
年々、彼は成長します。
「大きくなったわねぇ」
輪の中の大人たちが一緒に彼の成長を観察します。
やがて彼は中学生になり反抗期が訪れ盆踊りの輪の中から姿を消します。
彼が高校生になった夏のある日、近所の横断歩道で声を掛けられます。
「盆踊りによく来てた子よね?大きくなったわね、何年生?」
「あ・・・高2です・・・」
「じゃぁ来年は受験生やねぇ。でも顔に面影あるからすぐわかったわ、来週の土日に○○で盆踊りあるで、時間あるなら踊りにおいでや」
「・・・バイトがあるんで・・・」
「バイトしてんのんかいな、偉いなァ。勉強もバイトも頑張りよ、ほんならね」
「・・・はい、さよなら・・・」
じつはバイトに明け暮れて高校の単位を落として辞めようと思っていたところ、このなんてことはない会話のおかげで彼は高校を中退せずに卒業をしましたとさ。

・・・てことが、ないとも限りません。
学ぶ機会を放棄するという若気の至りには多くの人が陥りがちですが、若さとは些細なことがきっかけで持ち堪えられる素晴らしい素質を備えているものです。

ひとが変わるきっかけとなる言葉はなにも名言だけではなく、きっかけとなる事柄も劇的な出来事だけがひとを動かすわけではありません。
名も知らぬ人のどうということのない言葉が、心に響いた経験があなたにもおありでしょう。
あなたに言葉を投げかけてくれる人。
そんな顔見知りをたくさんこさえておくことは、益にこそなれ邪魔にはならないと思いますよ。
その下積みが自然にそして楽しく出来てしまうのが、盆踊り。


先生に誘われたGREENJAMの盆踊りの休憩中、DJブースから流れたTKサウンドに合わせて私たちが盆踊りを始めると、それに共鳴して自然と輪が出来ました。
最初はTKサウンドに合わせて、ダンシングヒーローの振付。

GREENJAM1動画提供:神戸山手大学NガイJンイチ博士(社会学)

盆踊りブームの火付け役となっているダンシングヒーローの振付は地域ごとに色々あります。


尼崎ではこんな感じ。




YK+盆踊り、アリじゃないか!

盆踊りを知らない人でも簡単に出来る盆踊りの振付を何パターンが取り入れています。

ダンシングヒーロー
ビューティフルサンデー
心は360度
バハマ・ママ

この4つの振付で構成。

GREENJAM2.3.4 動画提供:神戸山手大学現代社会学部総合社会学科NガイJンイチ准教授

コレ、即興でやったにしては絞り出したほうですよ、振付。
私たちがBombooイベントでやってきた盆踊りはゆうゆう300曲は超えていますからね。
その中から抽出した4曲。
いや~事前打ち合わせあれば6~8曲の振付は出せましたな~。

この自然発生的に輪が大きくなっていく盆踊りの様子を見て撮影をしていた、神戸山手大学のNガイJンイチ博士(本名に限りなく近い仮名)はフェスマニアなんですって。
あ、なんか言葉が違ったかな。
フェスを研究している、だったかな。
伊丹ホールで2012年にイベント企画募集があって盆踊りイベントの企画を応募したら見事に通り、その時の担当の男性がGREENJAMの関係者でもあったので、私たちとは面識があったことから「あの人たち確か盆踊りの・・・」てなアタリを付けたみたいですね、BINGO!
それで盆踊り終わりにNガイJンイチ博士から名刺をいただいて、おまけに動画のデータもいただいて、横領もさせていただきました。
使用許可はご本人にちゃんと取ってあります。
クレジットにはこだわっていないから私にお任せと言っていただいたので、さも自分のデータのようにクレジットなしで貼っておこうかと企んだのですが、動画の中に私が写っていてどうも固定されていないようなアングルで撮っている、という辻褄の合わない現象が起こってしまうのできれいさっぱり博士の名前を出すことにしました。
名刺の肩書をどこで区切ったらいいかわからなかったので、自分の中でココかな~という箇所で区切って分割して全部入れておきました。
肩書に関係なく、このスゴさを伝えたい想いはきっと一緒だから、区切る箇所は気にしな~い・・・私はね。


発狂する奇跡ITAMI GREENJAM’18

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水色の浴衣の彼女は、踊り子仲間のチェックちゃん。
わざわざ大阪から伊丹のGREENJAMに踊りにやって来ました。
大阪では河内音頭の結城会:結城家 暖(ゆうきやのん)として歌い手もやってるんだけど、私が見る限りは狂った踊り子チェキ。
何が狂ってるってね、この時点で彼女、靭帯損傷してるんです。
足首痛いな~つって踊って、翌日に私たちのボランティアに参加して、また夕方にGREENJAMで激しく踊る、という偉業の末に、病院へ行ったら靭帯ベロベロになっていまして、現在、装具を付けて仕事に励んでおいでです。
救いようのないビョーキですね、いい意味で。
魂が、お高い。
踊り子はみんなそうだと思いますが、夏のハイシーズン中、どえらい負傷を抱えても抱えても毎晩踊り狂っているのです。
にぎやかしとして誰よりも元気と認識されている私だって、真夜中はこうです。

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朝イチ、階段降りるんがどんだけツライか。
ふくらはぎのボンブー筋なんてかなり発達していますが、アイシングして湿布して寝て、それでもしなりが戻ってないんですよ、翌朝。
さすが中年、カラダは正直。
血液の臓器が腫れてるのが関係しているのか、血管破ける破ける。

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常にどっかしら内出血しています。

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手を叩くだけで毛細血管も切れちゃう。
それでも、踊る。
ビョーキですね、いい意味で。


「肩にあるのは、キスマークかな?」

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「あ、コレ?昨日かその前かに、盆踊り行く途中で電柱に激突したアザやで」
「どうしてそうなった・・・」
説明しよう。
年に2回ほど自転車で通る道がある。
もちろん、盆踊りに行くために。
車道はとても狭く、途中からは急な下り坂である。
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自転車道はなく、車道を行くには車がビュンビュン飛ばしていてかなり危険なので、自転車は歩道を行くことになるが、この歩道に予告なくガードレールや電柱が生えてくるゾーンがあるのだ。

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このようにガードレールと電柱が同時に生えた歩道は、私の小さいシティサイクルギリギリの幅しかない。
そんなわけで電柱に激突し、

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左手首を打ちつけ、

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左の小指の付け根の肉がえぐれて流血する。

命がけで行っているのです。
盆踊り、遊びじゃないんだから。


「お国はどちら?」
とある盆踊り会場に少し早めに着いておでんを食べるのに、ベンチに座っている老女の隣りを指して「相席いいですか?」と着席したら、質問をされました。
好きだなァお年を召した方のこの聞き方。
旧国名で言うんだよね、老女のお国っていう表現、好き。
摂津のほう、とか、三河あたり、とか。
民踊に通ずるもんがある、民踊の曲名も歌詞も旧国名が多く使われているもの。
みちのく音頭とか佐渡おけさとかね。

「私、日向です」
宮崎の旧国名、ひむかの国です。
「日本なの?!」
あ~・・・そっちの国だったんだ。
そうね、最近めっきり中国人に間違われることが多くてね。
ドラッグストアの日本語を話せる中国人留学生のアルバイトのコたちが、一生懸命私に中国語で話しかけてくるけど、中国語てんでわかんない。
目安として私からお伝えしたいのは、免税レジへ誘導しているようなジェスチャーがありますが、私が手に持っている商品で判断して欲しい、ということです。
目薬1個、お茶1本という買い物をしているのは、おおかた日本人です。
免税レジに並ばれる中国人のかたは、カゴいっぱいに商品が入っています。
日本に来て目薬1個じゃぁねぇ・・・。

「日本人なの・・・日本から一歩も出たことないねん」
「そうなの?!てっきりガイジンだと思ってたわ」
「うん、よく間違えられる~。中国人とか韓国人とかね」
「アメリカの人だと思ったんだけど」
「へ?!アメリカなの?!」
ブロンドでもないし、身長も高くないし、和風なパーツだらけなのに、ドコからアメリカを導き出したのだろう。
日本語にアメリカ訛りでもあったのだろうか、ンフ。
髪の毛を伸ばしているだけで私って人種が変わるわ、アハ。


「来年、写真ええか?」
何故、今年撮らないんだ。
来年の予約をするおっちゃん。
来年、私フォルム変わってるで。
毎年、進化してるんだから。
進化というのだろうか、年々、度が過ぎてる。
毎年、盆踊りの櫓に挨拶をしに来てこれっぽっちも踊って帰らない兵庫県議会議員:中田慎也氏に今年も、各櫓で「そろそろ盆踊り踊れなウソやろ~これだけ毎年、櫓に来てスピーチすんねんからそろそろ踊らなこの場の有権者の心はつかまれへんで~」とハイタッチをしに行くと、年追う毎に度が過ぎる私の衣装とメイクの派手さを「バージョンアップしてるじゃないですか!」と最大限イイ言い方する氏。
バージョンアップして不具合が見つかる場合も、あるんですよね。
踊りやすさを重視して衣装の浴衣は裾が膝上となっておりますが、そろそろ年齢的に限界がきております。
おっちゃん、来年もこのフォルムが保てる保証は、ないで。


「お姉さん、聞きたいことがあるの」
「なに~?」
「そんなん、きーたらアカンよ!」
「ん~・・・」
躊躇する、とある櫓の関係者のおばちゃん。
ずーっと同じ関係者のおばちゃんたちだからもう顔馴染み。
「聞きたいことある、てゆっちゃった時点でもう今さら遠慮しても手遅れやで」
「フフフフフ・・・」
「お姉さんずっと変わらないけど、一体いくつなの?」
でた~年齢不詳疑惑。
私そうなんです、年齢不詳がずっと付きまとう。
年相応に見られたことはなく、若かったりトシいってたり、振り幅の広い年齢不詳。
中学生で「小学生は半額よ」て言われたり、高校生の時に「今日は会社はお休みですか?」と聞かれたり。
ひとによって見方が変わり、私のその時の雰囲気で年齢が変わる。
「43やで」
「え~また~それはないわ~」
・・・どっちにないんだろう、上かな、下かな。
ずっと変わらない、て感想だからもっと若く見えてるという意味だとは思うけど。
「ウソでしょう?もっと若いでしょう?」
シューーートーーー!
盆踊りだけのスタミナでゆーたら魂年齢10代を維持してるからね。
櫓を盛り上げるにぎやかしとしての役割を全うしていますもんで若いと思ったでしょうが、ガッツリ中年です。
余談ですがビンゴゲームの時に司会者の「ビンゴー!」に「シュート!」と返すのは関西だけらしいですよ。


「珍しいモンもらったー」
踊り子は差し入れをいただくことも、結構あります。
とくに飲み物は多いですね。
私は飢えてるように見えるのか踊っている最中に食べ物を渡されることもあります。
とてもありがたいのですが、私じゃなくても踊っている最中には食べられませんて。

「青汁と乳酸菌やってよー」

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「マズい予感しかしなーい」
「いやいやいや、それ私さっきもーたけどおいしいおいしいフツーにヤクルト。青汁の味は全くしない」
「ヤクルトも嫌いで青汁も嫌いやから、好きな味ではない。絶対、青汁勝ってるわ」
「本当にヤクルトやってば!」
「ウソじゃねぇーだろーな?」
「ん~・・・私はヤクルトが好きやから、フツーにヤクルトの味しかしないて思ったけど。私がおかしんかな?でも本当に『青汁入ってる?』てカンジ」
「入ってるやん!どう見たってもう色は緑で決まりやん!」
開封してみたら、案の定、緑。
一口飲んでみたら、案の定、青汁。
「青汁やんけっっっ」
「えーーーーーウソーーーー・・・私かなぁ?私の舌がおかしいのかなぁ?」
「うん、おかしい。」
近くに居た踊り子にも味見してもらったけど、青汁って言ってたから、青汁。
健康に良い、マズい青汁、乳酸菌入りの。
ひとからの差し入れでこんなにマズいってハッキリ言える青汁って、すごい。
マズいことでこんなに盛り上がれる青汁、万歳。
絶対、高いに決まってんのに、マズいことをハッキリ言えてそれが笑いになる青汁、恐るべし。
青汁って、なんかしんないけど人を平和にするよね、健康にする前にまず平和にする。
平和って健康より難しいかも。


「ねぇ、最後これ踊ろうや。待ち遠しいわ~」
「どれですか?」
「コレ。プログラム13番、蛍の光」

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「去年もありましたよ、コレ」
「うそーん、去年踊ってないわ~」
「去年も同じことゆーてましたよね」
平和だわ~。


尼崎では踊り子の減少と高齢化で今年で終わりという盆踊りがいつくかありました。
騒音問題で全国各地の盆踊りが廃止となってゆく中、伊丹は盆踊りを新たに始める自治会、盛り上げようと頑張っている自治会、そして参加している踊り子はもちろん、ギャラリーや出店スタッフ、市民一丸となってますます盛んになっているように感じます。
伊丹の盆踊りは4重・5重の輪が出来て、狭くて踊れないほど盛り上がっています。
この盛り上がりを利用して、いろんな世代を巻き込む盆踊りの『きっかけ』があってもいいと思うのです。

もちろん、伊丹には正しく踊りを伝えていかねばならない使命もあると思います。
むぎわら音頭と摂津音頭はそれぞれの保存会の方々が継承のための活動をなさっています。
しかし若い世代に興味を持ってもらうきっかけとして『これって盆踊りなの?!』というアプローチは必要で、それが良く作用したカタチとして現れたのがITAMI GREENJAM’18の盆踊り休憩時間のあの踊りの輪だったと思います。
みんなが楽しんでいる、という特別な空間でした。

一応ハイシーズンの盆踊りはこれにて終了。
なんですが、盆踊りが盆にだけやってると思ったら大間違いですよ。
アンテナの感度さえ良ければ一年中キャッチ出来ますからね盆踊り情報は。
では、またどこかの櫓でお会いしましょう。






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by yoyo4697ru980gw | 2018-09-10 11:39 | +ミルニング+ | Comments(0)
視力

ブルーライトカット目的でPCメガネをかけて仕事をした時にも、老眼鏡をかけて細かい作業をした時にも、ノーズパッドをネットで購入したのでそのレビューを書くためにメガネをかけた時にも「メガネのほうが似合ってるで、メガネにしーや」と皆さんが言ってくるということは、コンタクトだと思われているということなんだろうね。
裸眼で1.2見えてますよ、視力は悪くないんです。

昔から伊達メガネをかけると褒められるの、複雑。
メガネをかけている女が外して「そっちがイイ」と褒められるのは素直に嬉しいよねきっと。
私の場合は、メガネをかけると「そっちのほうが絶対イイって!」と力強く言われるのである。
素顔じゃキツいってことか。
確かに顔のパーツに優しい雰囲気は宿っていないけどさ、言い方な。
つい最近も、たまたま20代女性の前で老眼鏡をかけていたら「メガネのほうがイイ!」と感想を述べていた。
ダメですかね、裸眼では。
本人は何の支障もないんですけれどもね。


「ずっと起きてたんか?」
「いま起きてん」
聞いて驚け、私が眠ったのは21時19分である。
何十年かぶりに21時台に眠ってみた。
ひょっとして朝まで目覚めないんじゃないかと思って。
最近の小学生でもこの時間には眠っていないかもしれない、塾の課題が多くお勉学にお励みになられておられておらっしゃるだろうからな。


3時32分。
あまりの寒さと痛さに、もう自分自身が騙せなかった。
痛みでも眠れないけど、寒さも眠れないよね。
人間の三大睡眠妨害は、寒さ・痛み・不安だと思う。
だから長く闘病する場合は、睡眠は夏にだけしっかりととれたら御の字だと思っておこう。
眠れないことは決して悪くはないよ、睡眠は質だからね。
眠れない時は「自分の自由時間が増えてるやんラッキー♪」くらいに思って、夜な夜な有意義な時間を過ごしたらいいと思うよ、ひとりぽっちで。


22時台にうっすら目覚めて「このまま朝までいけんちゃうか」と思って目を閉じ、23時台にうっすら目覚めた時には「さすが睡眠の質が悪いなァ」と思いながらまた目を閉じた。
1時台に割としっかりめに覚醒した時には「朝までいける気がちっともしない」とは思ったけどかたく目を閉じた。
40分ほど頑張って眠ってもやっぱり目覚めたので「これって眠ってたんかなァ」と一気に疲れ、2時台は寒いから窓を閉めたいと思いながらずっと布団にくるまっていたけど、窓を閉めに立ち上がったらそれはもう起床やんけ、と思って踏みとどまった。…もう起きてるやん。


私の人生で21時台に眠るようなことは二度としない、と思ったね。
二度とてのは言い過ぎているとしても、難病の間はないな少なくとも。
明け方の痛みが眠らない時の3倍くらいあるぞ、雪山で遭難した人間と痛みの症状が出ている病人は、眠ったら危険だ眠るんじゃない!ビバーーーーーク!!


経験と視力の良さは、いろんなことを見せるんだな。
窓の外が白んできて、空が朱色に染まってる。
夕日が沈む朱色とはまた別で、青みを帯びた高貴な朱色。
おばーちゃんが、早起きをしてお天道様を拝んでいる人間は正しく生きてるって言ってたけど、言わんとすることがよくわかる。
朝の清々しさのすべてが、自分がどう腐っているかを具体的に見せる。


私は最近「もし」という仮定で腐っていってたな。
もし入院になったら髪の毛切らないとなァ50センチで寄付したかったのに~、とかね。
何も起こっていない時から起こった時のことを考えるのって、無駄だよね。
それに「もし」と考えることの中には、後ろ向きな感情を混入させがち。
起こった時には、その時のベストを行動に移したらいいだけ。
正しく生きてたらその下積みで判断力ってついているから、瞬時に正しい判断が出来ると思うな。

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これから、早寝早起きはしないと思うから、せめてお天道様を拝んでから眠ることにしよう。







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by yoyo4697ru980gw | 2018-05-25 05:17 | +ミルニング+ | Comments(0)
酷評はのちの世で好評と変化する場合もございます

「クリアラテていう商品が当たってさ~」
「えーーー!それ透明のコーヒーやろ?!」
「そうそうそう」
「それこそこないだスーパーで見て、むっさ気になって飲んでみようかな~と思ったけど、透明なコーヒーてどうなんよ~とおもて買わんかってん。マズかったらイヤやしさ」
「ちょうどよかったやん、無料で試せるで」


「うわーーーーーマズっ!!買わんで正解」
「本当にマズイな~」


「冷蔵庫のクリアラテの残り、飲みや」
「えー…」
「もう罰ゲームよりヒドい擦り付け合いになってきたな」
「ネットでおいしい飲み方とか検索してみてんねんけど、酷評も酷評やねん。酷評しかないねん。世の中の誰かひとりくらいは好きなひとがいてもええようなもんやのに、ネットでも罰ゲームに使うとか、そういうポジション」

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「薄いコーヒー味がついてる甘い水やもんなぁ…コーヒーでもないし、水でもないし、中途半端な…」

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よぶんなものを取り除いたらクリアになった。やってよ」
「取り除いたらアカンもんを取り除いたパターンやな。入れとけ入れとけ、抜くな抜くな。コーヒーの色も戻せ」
「ネットではインスタントコーヒーとミルクをクリアラテに足すとまだマシに飲める、てよ」
「それ、クリアラテが抜いたもん根こそぎ補填した状態やろな」
「それな」
「コーヒー好きって透明感とか求めてないと思うしね」

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「いくら天然水で仕立ててもこれゴクゴクは飲めへんよなぁ」
「普通のインスタントコーヒーのほうがなんぼかグビグビいってるっちゅーねん」
「平成の失敗飲料ちゃう?」
「およしなさい。そんなことクチにしたら連れてかれるわ…『飲む点滴』として今でこそ重宝されてるポカリスエットも出始めの新商品の時には全世代が吐いてたんやからな『ぅゲー…なんやこれマズっ金返せっ』ちゅうて。他のジュースより高かったからな。そんな中『あ。私コレ好き』ゆぅてポカリを飲んでたのが、ひーねぇ。もちろん奇人変人非国民扱いやで」
今ではアイソトニック飲料の代表格ポカリスエットも、発売当初はおおっぴらにおいしいと言えば時局の匙加減で連行されんばかりのマズさだったのである。
それが、時代が変われば人々の味蕾まで変わるというわけだ。
ま、大塚製薬が味の改良もしただろうけど。
とくに粉のほうは無料配布されても飲まないほどマズかったしね。


クリアラテの今後がどうなるか見モノやね、現時点では酷評しかないしもう我が家では「悪いけど捨てるしかないわ」とまで言ってる代物です、いかんともしがたい。
平成30年の失敗飲料、クリアラテの今後に乞うご期待。

さて、私は本日、飲む点滴ではなく、刺す点滴でもなく、注入する造影剤CT検査を受けてきました。
わかるよ~造影剤ね~身体にええ成分ってわけちゃうからね~同意書にもサインするし、説明も一通りするし、注入してる間中ね、いろいろね。

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針刺しますよ~、少しチクっとしますよ~、では入れていきますね~、はい入ってます~、気分悪いとかないですか~、吐き気とかないですね~、3回撮りますね~、30秒後にまた撮りますね~、ではアナウンスが流れましたら指示に従ってください、ご気分大丈夫ですか?吐き気とか~…エンドレスか。
初めての造影CTちゃうわっ、わ~~~ってるわっ、ひつこいひつこいひつこ~~~~い。


しかも研修生の嵐でね、研修生に指導しながらなんだからこの時期の大学病院は。
「こうやってタップしたり、上方向に撫でたりすると、血管浮きやすいからね」
十分、浮いてますよ。
浮きやすい左腕だし、むっさ拳握ってますし。
「ここで一旦止める、そして2ミリ入れる、逆血確認して。指先の痺れとかないですかね?」
「ありません」
指導ついでに痺れ確認。

先に言っちゃおうかな、吐き気もないし気分も悪くなく快適で針の違和感もなく痛みも感じることはありませんサクっと先にすすんでいただいて結構です。
しかし私を置き去りにして指導付きの造影剤注入と指導付きCT撮影は続く。
ひつこ~~~~~~い。


オマエもかマウスコンピュータ、ひつこいぞ。

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ちょっとゲーミングマウスの見積もりをペペて作ってみたら、どんだけアピールしてくんねんリタゲ。


オマエもかビックカメラよ、ひつこい。

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ちょっと消音キーボード検索したら、よかれと思ってコンパクトタイプと人気のワイヤレスを並べてきたけど、有線でデカいのをお探しや。
マウスも男性が使ってちょうどのサイズ感しか求めてないわ、手が大きいからな。
可愛さよりも実用性や覚えとけコノヤローーーーーー。
おクチが過ぎたわ・・・時局に連れてかれる。







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by yoyo4697ru980gw | 2018-05-23 00:27 | +ミルニング+ | Comments(0)
野宿以外のことに夢中になることにしよう

昔からやってみたいことのひとつに、野宿がある。
たったひとりで野宿をしてみたい。
山でも海でも高原でも、なんなら公園とか駅でもいんだけど、とにかく寝袋を持ってその中に入って眠って、朝になったら起きたい。
真夏だったら、朝まで新聞紙を被って。
起きたらきっと身体じゅうが痛いから、唸って身体を伸ばして、そして二度寝。
ただそれだけの野宿で時間にしたら12時間くらいのことなんだけど、とめられる。
この安全な日本でも女ひとりの野宿はとめられるのだ。
一緒に住んでいる家族がいれば、一晩中帰ってこなかったらさすがに心配すると思って前もって「今日、野宿するわ」とお知らせするが、怒られる。
私が男だったらきっと何も言われないのに。

男だったらよかったのにと思うのはこんな時である。
女だから危険だと判断されるような時。
女だから無理だと判断されるような時。
女であるがゆえに心配され怒られ守られる時、私が男だったらもっと無謀にできるのにと思う。
私はそんじょそこらのおとなしい男よりも骨折回数が多いが、女の私が骨折をするのはすこぶる評価が低い。
顔にケガをするのも、褒められはしない。
私は右目の瞼の端にパックリと肉が裂けた傷跡があるが、幼稚園の時に作った勲章を43歳の今でも持ち続けている女はそうそういないと思う。
神よ、どうして私を男におつくりあそばさなかったのか。
女にしとくのもったいないのに。
男だったらなァ。
きっと何をやるにも、失敗も、きっと豪快に出来るに違いない。


テレビを見ていて、海外で暮らしている風景を撮る写真家の男性が独身でいる理由の『自分の代わりがいない職業に就いたからには独身でいるしかない』というのにハッとした。
自由と責任はセットだと私は思っている。
自由にやることは責任を伴うし、責任が取れないのなら自由にやるべきではない。
その男性は、結婚を考えた相手もいるけれど、自分ひとりで他の写真家が行かないような場所へ行くから、妻子に何があった場合にすぐに帰って来られない、だから結婚をしないという選択なのだと言っていた。

自分の仕事が自由業であること、その責任の取り方、すべてのスケールがデカいな。
自分にしか撮れない風景を撮るためには、家族を持つ責任が果たせないから独身。
視野が広すぎる。
どこまで先の事を見据えて自分にかかる責任感とするのだろう。
目先のことで判断しないこの写真家が撮っている風景は、今、たった今だけの自然が織り成す風景であり、もう二度と目にすることは出来ないこの瞬間だけの移ろう景色なんである。

なんという責任の取り方、なんという決断、なんという選択、なんという自由。
自分の人生を俯瞰して選択し決断しているのに、目の前の瞬間を撮るためだけに時間を使っている。
かっこいいなァ男って。

好きなことを仕事にするってこういうことなのかもしんないな。
自分が優先したい好きなことの向こう側にいろんな選択と決断があって、削ぎ落としていきながら好きなことをこっちに引き寄せていってるのかもしんない。
好きなことが手の内に既にあって自分から世の中に押し出してる気になっているけど、実は好きなことって見えてはいるのに自分からは離れた位置にあってね、その後ろに選択肢がわんさかあるの。
好きなことが選択肢を山ほど背負って存在している。
自分が削ぎ落とす決断をする度に、ひとつずつ軽くなって好きなことが自分に近づいてくる。
削ぎ落とされた選択肢が離れた位置にある好きなことをちょっとだけ自分のほうに押してくれる。
だから削ぎ落して削ぎ落して、ずっと削ぎ落とす選択をし続けてやっと、『好きなことに手が届く』のだろう。
それを『犠牲』と取るか『覚悟』と取るかは、ひとによるんだろうね。


削ぎ落としまくって好きなことに手を伸ばしてみようかな、写真家ほどの視野はないけど。
夢中になれることが取柄だろうから、むっさ多種多様に夢中になっちゃうことにしよう。
時間、足るかな。


みんなスマホに夢中なんだね。

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さほど夢中じゃないな。
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画面なんて見てないし、どっちかゆぅたら歩くほうに集中してるなこれは。






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by yoyo4697ru980gw | 2018-05-17 01:35 | +ミルニング+ | Comments(0)
大惨事

おばーちゃんが「遅くなったけど」と言って、4月が誕生日だったチョモにお祝い金を届けてくれた。
チョモは一人暮らしをしていてこの家にはいないからネットバンキングで振り込むが、生憎ゴールデンウィーク突入なので銀行の営業日がね~。
振込確認は出来ないだろうけど、お礼の電話をさせるために、お金をもらっていることをチョモに伝えると、早速こう言う。

「じゃ、明日振り込んで。チャリ買いたいから。盗まれてん」
災難には見舞われているが、この上なくラッキーだな、自転車代がすぐに手に入って。
しかしこれはお前の努力ではない、初孫の特権である。
「5月25日に私が教える文芸誌を立ち読みしなさい。アンタがどんだけおばーちゃんに溺愛されてきたかが書いてあるから」
「なに?今年の発売?」
「来月ね」
あの元気なおばーちゃんが珍しく、体調を崩したのよ。
病み上がりの身体でアンタの誕生日のお祝いを届けてくれたんだよ。
お父さんとお母さんのためにお金を使ってくださいて言ったらね、孫のためにという目的があったから仕事を頑張れたて。


オマエはそんなおばーちゃんに感謝の言葉を述べているのか。
遊びを3回我慢してバイト代でおじーちゃんとおばーちゃんに何かおいしい食事でもおごろうとは思わんのか。
オカン、育て方を間違ったのかな。
自転車で行ける距離の場所には歩いても行けるぞ、時間はかかるけど。
自転車を買ったと思ってそのお金で、おじーちゃんとおばーちゃんに顔を見せに行け。


子育てって、成人するまでにしっかりやっていればそのベースは出来上がってると思ってたけど、ひょっとすると親って死ぬ直前まで子供を躾とかなきゃいけないんじゃないだろうか。


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大惨事

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by yoyo4697ru980gw | 2018-04-29 01:54 | +ミルニング+ | Comments(0)
間違っておらず正しくもある、だけど決して正解ではない。

なぜひとは、間違ってからでないと気が付かないのだろう。
もちろん気付くのに遅すぎることはないし、気付いたあとの自分次第でこれからを良くすることも出来る。
そのひとが気付くための時間が必要なのもわかる、その時間の長さがひとそれぞれに違うのも、気付くきっかけが必要なのもわかる。
けれども気が付くのが間違ってからでは、余計に深く長く傷つくのを避けることはできない。


だから私は間違う前に「素直にならないと」と言う。
ただ素直になるだけでいいんだよ、と。
「事実を言うことがどれだけ大事なことか」と年に5~6回は誰かしらに言っている。
なぜみんな、素直になれないのだろう。
なぜみんな、事実を言わないのだろう。
私はあと何回同じことを言えば、ひとが傷つかずに軌道修正する場面を目にできるのだろうか。
一度も目にできていないということは、私の言葉が適切ではないからだろうか。
私の不動の役割は、この同じ事を生涯、誰かに言い続けることなのかもしれない。


私の言ってることはみんなが正しいと言う。
間違っていない、とも言う。
だけど誰も素直になれないのは、それが正解じゃないから。
誰もが事実を言わずにいるのは、それが正解じゃないから。
間違っていない、確かに正しい。
でもいつも、決して正解じゃない。
それは、素直になることがひとを傷つけて、事実を言うことがひとを傷つけるから。
そう感じているひとたちにとって、私の言葉は不正解なのだ。
だってそのひと自身を癒しはしないから。
素直になる事実を言う、このふたつのことは人を傷つけるのではなく立ち直らせるのだと、彼らが感じ取れるような言葉を私は選ばない。


素直になることが誰かを傷つけるから、本心の根っこの部分をクチに出せないと思っているアナタに、私は「素直になったらいいのに」と言うだろう。
アナタは本心を素直にクチに出来ないままで過ごすことを選択する。
本心が相手を傷つけると、アナタは思っているから。
だったら私がこう言ったら、アナタにとって正解だろうか。
「素直にならなかったとしても結局は傷つけるよ」
素直にならなかったために、自分の本心をクチにしなかったばっかりに、アナタは気持ちを偽り続けることになるからだ。
それがきっかけで素直になれないことが積み重なってゆく。
いずれアナタは苦しくなってしまい会話を怠るようになるだろう。
「最初から素直でいればもっとラクだし、ずっと簡単だから素直になりなよ」
そう言ったら、アナタは素直になることを選択するだろうか。
何も苦しくないアナタは丁寧に会話をする日々を過ごすだろう。
最初の素直な言葉で伝えたアナタの本心は、相手を傷つける内容だったかもしれない。
けれどもその素直さには「本心を偽っていない」という信頼がついてくる。
痛みは伴ったけれど、アナタの言葉が信用に値することを相手が確信することで、その後の丁寧な会話も信頼の積み重ねとなっていくのだ。
相手の今だけを傷つけるのか、相手を徐々に傷つけていくのか、本気で相手を思いやった時、自分の言動はどうあるべきかを考えてごらんなさい。
そうやって具体的に動いた結果は、アナタ自身をラクにする。
アナタがラクじゃないのは、素直じゃないからなんじゃないか。

「事実を言う」ことも、こう言えば正解だろうか。
「事実を言わなくても結局は傷つけることになるよ」
事実はひとつしかない。
感情はそれぞれの立場によってたくさんあるし、どちらの目線で見るかによって受け取り方も変わってくる。
でも、事実はひとつ。
どんな立場であろうとも事実は曲がることがない。
その事実を事実として言うことが出来るかどうか、それがひととして問われるところ。
自分の保身ではない事実を言えば、たとえそれで傷つけたとしても、少なくとも「事実かどうか」と疑うことを相手はしなくて済むのだ。
事実を疑っていては、事実を受け止めることすら出来ないではないか。
それは、次のステップを踏めないままだということ。
事実を言わないアナタは、先に進むチャンスを相手から奪っているのである。
「長く誰かを傷つけることになるから、事実を言ったほうがいいよ」
そう言えば、私の言葉は正解になるのかもしれない。

それでも私は不正解のまま、誰に対しても同じ言葉でずっと同じことを言うと思う。
どうして間違ってからでないと素直になれないのだろう、と思いながら説教をかまし、なぜ失敗してからでないと事実を言えないのか、と思いながら溜息を漏らす。
自分のしていることがすべて間違っているような気がして不安になりながら、同じことを言い続けるのは毎回、怖い。
恐怖心なしに貫ける信念があったことは一度だってないのに、私は性懲りもなく毎回、怖いのだ。
だけど最後はいつも、覚悟を決める。
いろんな言葉を考えはするけど「不正解のままのほうが正解だな」と最終的にはそう感じるのだ。
不正解の私の言葉に意味があることをいつか、彼らが理解すると信じて不正解のまま言おうと覚悟を決めることになる。

私はきっと彼らにとっての正解の言葉は使わない。
不正解で正解と思う事実から私が出す素直な言葉にしよう。
私が覚悟を決めて言った言葉でないと、彼らの心に響くことはないと思うから。
だから怖がりながらでもシンプルな言葉を言う。
言葉の意味は後からついてきても遅くはないもの。
素直にと促すなら私も素直でなければ、事実をと促すなら私も事実の核を伝えなければ。


弟よ、姉は胸を痛めているぞ。
今回も私は怖い。
けれども覚悟を決めたので、お姉ちゃん砲を発砲します。
私の言葉がオマエを傷つけることになるけど、ちゃんと耐えろよ。
「最低」と言われて、おねーちゃん、なかなかショックです。
でも大丈夫、おねーちゃん弟より100倍メンタル強いから。
いいよいいよ、正義の悪者はしばらく嫌われといてやるからありがたく思え。
おねーちゃん、さらにパワーアップしましたのでもう無敵です。
現実から目をそむけては、あとで手痛いしっぺ返しを食らうことになるんだぞ。
ひとつひとつ丁寧に、いちいち丁寧に感じて、生きていきな。
オマエが6年後、私と同じ言葉を誰かに言うことになったら、私の精神的タフさを思い知ってその強さにわななけてやんでばーろちくしょー。


認知度の低いヘルプカードとヘルプマーク。

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おねーちゃん「ヘルプしますよカード」「ヘルプしますよマーク」を持っちゃってるみたいなことになってるけど、本当は「ヘルプしてもらいたい人」が持つカードとマークだから覚えておいてね。

義足や人工関節を使用しているひとや、内部障害者や難病患者、妊娠初期のママなど、援助や配慮を必要としていることが外見からは分からないひとが、配慮を必要としていることを知らせることで援助が得やすくなるよう東京都が作成したマークで、平成29年7月にJISの案内用図記号に採用されました。

全国に普及が進んでいるけど認知はまだまだなので、知っておいてね。
このマークをつける人が、マークをつけようかどうかと躊躇するような現実があるから、おねーちゃん今とくに助けが必要なほど困っているわけではないけど、知ってもらうためにつけています。
せっかく難病になったから、これも自分の役割のひとつかな~と思って。


このマークを見かけたらこう声を掛けてみてください。
「今なにかお手伝い出来ることがありますか?」
もしこのマークを付けている人が「もう外してしまおうか…」と迷っていたら、声を掛けるだけでその迷いを取ってあげられます。
そのお手伝いが今、アナタには出来るのです。


どんなひとの人生にも迷うことはたくさんあるでしょうが、どうぞ素直に。
そして事実を正直に。






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by yoyo4697ru980gw | 2018-04-25 10:09 | +ミルニング+ | Comments(0)
なにも言葉をかけない代わりに、私はあなたを手本にする。

激混みの病院でハシゴをするのは体力があってもさすがに疲れる。
ただでさえ待ち時間の長い大学病院でさらに科を3つまとめて済まそうとするから、一日中病院内に居る、もう住んでるみたい。
私は患者歴5年なので、混んでいることではビクともしない。
採血があろうがレントゲンがあろうが慌てもしない、どうせ診察も遅れているに決まってるので、私の検査が遅れたところで痛くも痒くもないだろう。
疲れていようがイライラもしないさ、しても何の得もないからね。

前回、調剤薬局の機械が壊れていてその機械で処方される私の薬が忘れ去られ、柱の陰になる席でうっかり眠ってしまった私は、調剤薬局が閉まる時間になってもちっとも受付番号の表示が出ていないので、ひとっこひとりいなくなった薬局で受付に「まだ出来てないですかね?私の薬」と2時間近く待たされた上で腰を低くして聞いた。
すると、スタッフ全員が慌てふためきプチパニックが起こったのだ。
天災にでも遭わんとここまではならんだろ、てくらいに、スタッフが私の処方箋を探しまくっていた、バケツリレーと伝言ゲームを同時にしてるくらいの忙しさ。
私、大声も出していないし「お待ちくださいね確認してまいります、申しわけございません」の言葉にも、すごくフレンドリーに「はいは~い♪」と返事をしたのに、最後は全員に深々と頭を下げられたの。

ちっとも怒ってないし、クレーム口調でもなかったし、イライラもしていないし、穏やかに接したつもりだったけど、好印象を持たれなかったということは、普段いかに患者が待ち時間が長いことに悪態をついているか、ということの表れなのだろう。
待たせたという理由だけで、怒っていない患者が怒っているように見えるなんて相当傷つきながらする仕事だな。
私、薬を持って薬局を出たら駐車場までスキップして帰ったのに、真っ暗だったから見えないのをいいことに。
調剤薬局のみなさん、怒っていない患者、毎回処方しておきますからね。


「千徒さん、痩せた?」
「うん、痩せた。」
体重という数字でみるなら、先生に会うたびに減っていってるよ。
4年前、退院した時から8キロ減ったよ。
でも大丈夫、体脂肪率はアげていってるから。
毎晩、夜中にスナック菓子やチョコレートを食べているの。
「食べれてる?」
「食欲はあるねんけど、食べたら吐き気が、て時がたまにあるから体重は減るけど、内容は悪くないと思う」
病気でも、闘病するための体力は維持しながら痩せていってたら問題ないと思うんだよね。
「僕も千徒さんも、もう40過ぎてるわけやからさ、今までと同じようにはいかんようになってきてるねんで。だから忙しくしすぎるのはアカンのんちゃう?ちょっと休んだら?」
私の人生おおかたヒマやけどなァ。
ええこと思いついた!てゆーて、しょーもないことやって時間が過ぎてゆく、そんな毎日です。
「トシ感じるやろ?」
「ん~・・・物の名前が出て来んな」
「体力がなくなっていってる、て感じない?」
「あ、そっちね」
先生は見たことがないから知らないと思うけど、おそろしくハードな盆踊りで鍛えてる体力は、ジムに行くより仕上がるの。
体力より記憶力の衰えのほうが問題やねん。
深刻や・・・ひとの名前とか出て来なくて。
じつは先生のこともオニマツ・オニマツゆーてるから本名は出てこないの、あは。

春だから病院は混むだろうと思って、ちゃんと宿題を作ってまいりました。

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患者のエキスパートは、待ち時間を無駄にしない。

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しかも、画像資料も選別しつつ同時進行で文章も書いていくから時短技術も高いの、なかなか頭使う。
こんだけ脳を使えているのに、なんで人の名前が出て来ないのだろうか。
物の名前も出ない。

こないだはマドラーが出て来なくてコンビニで「すいませんその奥にある、かき混ぜる白い棒ください」て言った。
手元にある黒い棒でもいいんだけど、スタッフ側にある白い棒のほうがかたくて短くて混ぜやすいんだよね、黒い棒はオシャレ感出てるだけで使えないからキライ。
一分一秒を争うコンビニの世界で個包装までされているあの黒いマドラーのことを私はイライラ棒と呼んでいる。
イライラ棒、使えん。

広いベンチに体育座りをして宿題をしていると私の向かいに、70代半ばの兄と、その通院に付き添ってきた弟夫婦という3人がおられた。
フォーメーションは私の向かいのベンチに弟夫婦。
夫婦と向き合うように座り、私には背を向けているけど私と同じベンチに腰掛けている兄。
正方形の広いベンチなので、私は途中から向きを変えて座ったりなんかして体勢が変わる。

弟の嫁が、言う。
「お兄さん、退院できてよかったねぇ」
兄、フリーズ。
「桜が咲いてるわ、今が満開やねぇ」
兄、フリーズ。
「あそこに2匹ともいてるで」
兄、フリーズ。
義妹が雀を指さしても目もくれずにくの字に曲がってゆく。
被っている帽子が今にも落ちそうなほど。

わかる、わかるよお兄さん、内臓、痛いんだね。
パンを食べながら体育座りで画板に文章をカリカリ書いて時折フリーズする私も、走っているんです、痛みが。
なんかわかんないけどなっちゃうんだよね、くの字。

お兄さんには痛みが残った模様です。
退院してもまだまだ木々や自然や雀を愛でる余裕はありません。
病とは、気力と余裕とやる気を奪うものなのです。
何も思わずにやっていた、ただ歩くという行為さえ、気力というものが必要だったのかと、お兄さんはいま痛感していらっしゃいますよ。

胸部レントゲンを撮るついでにちょっとズラして腹部も撮っといて、と居酒屋感覚で注文したら、どピンクの口紅の受付嬢に怒られる。
「そういったことはしていませんよ。胸部レントゲンと腹部レントゲンはまた別ですので、主治医の指示がないことには受けていただけないんです」
どピンク嬢の推定年齢48歳。
経験値をつんだ中年の臨機応変さをちっともみせそうにはないが、これは言い方次第では促せそうだな、ちょっとやってみよう。

「我慢できる痛みならね、そんなもんやろうと思えるねんね。でも悪化もしてなくて痛むのも記憶の勘違いやのに、痛みがぶり返すってそんなコトあるのかな?どう思います?」
「確かに痛みを感じている患者さんの中には・・・」
どピンク嬢が自分が見てきた患者さんアレコレを語る。
へ~そうなんですね・ほ~そうですか・ふ~んそうやねんね~、と『アナタならたくさんの患者さんと接してきたからわかりますよね?』という相槌をバンバン打つ。
そう!そうなんです!と、どピンク嬢の見解に見事に正解のピンポンピンポ~ン♪を鳴らしてこう持ちかける。

「腹部レントゲンでどれだけわかるかってのは別として、腫れてるか腫れてないかだけでもわかるでしょ?腫れないってわかったらそれはそれで安心なわけやし、主治医にちょっと聞いてもらえません?腹部も、てリクエストが入ってます、て」

どピンク嬢、診察中の主治医に内線で聞いてくれる。
主治医、すぐさま腹部GOサイン。


「先生はいま診察中なので、すぐに腹部レントゲンを入れることは出来ないですが、診察が終わったら入れてくれるはずです。ただ、放射線部に反映されるのに若干、時間がかかると思いますので、順番としては、とりあえず他の科の受付だけ先に済ませておいて、そのあとで放射線部に行かれたらいいと思います。いってらっしゃいませ」

おお~本領発揮してきたねぇ、臨機応変やんけかなり。
ダテに口紅どピンクじゃないよね、OKバブリー。

私はバブル期はまだ学生だったから、バブリーな社会人生活を送ったことがないんだけど、バブリーな大学生活やバブリーな社会人を経験したちょっと年上の47.8.9あたりの姉さんがたの、春から夏にかけてのどピンクの口紅は揺るぎない。
春が来たな~て、思うもの。
秋とか冬とかは大人しい色なのに、あったかくなってくるとどピンクに切り替える。
夏のレジャーなんて絶対にどピンク、何があってもどピンク、親の遺言でどピンク。
ご両親はご健在ですが、親の遺言なのかな~てくらいどピンクを守り通すの、私の周りの47.8.9は。

予約時間になってもちっとも呼ばれそうにないので、どピンク嬢に確認を取る。
もし時間がかかるようなら麻酔科のほうを先に受診したいから。
「先生が検査結果の確認中かと思いますので、番号は表示されていませんが診察室の前でお待ちください」
と、どピンク嬢。
付け加えて、こう言う。
「画像確認のほうを先生がされていたら、2番目の診察になると思いますので」
目の横でピースサインをするどピンク嬢。
2番目、に添えられる振付ということか。
…春やな。

「痛みが強いみたいなんで広範囲に渡って一回CT撮っておきましょうか」


あぁ春やな。
春になるとさまざまな人々のアレルギー症状が表面化してくるけど、サルコイドーシスもその原因がアクネ菌に対するアレルギー反応の可能性が高いとされているのが現在の研究の結果。
私には春とともに検査も訪れる。

「造影剤、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「後日、検査日の電話があると思いますので、その時に日程調整をしてください」
「はい」
遅くても5月までには連絡が来てしまうな。
早いと4月か。
復活した有給休暇が通院で消化されるのが、もったいない。
有給がすべて通院で消えていくのが、非常にもったいない。


有給を 楽しいことに 使いたい


サラリーマン川柳か。


最後の漢方医の診察を中待合で待っていると、声のデカイ漢方医が私の名前と病状とを研修医にど偉そうに吹いているのが、ドアを閉めていても耳に届く。
聞こえてますよ先生、悪口まで。
首尾一貫して漢方医は胡散臭く、言うことが都合良く、芯が無いなと常々思っていたので、これはせっかくの機会なので、なんでも自分の思うように決めつけて結論付ける漢方医を、若い女性の研修医に見られているのを意識していることを利用して、ちょっと拒絶してみよう。


「こないだの漢方変えてみて、どう?」
俺が変えてやった漢方で身体の調子が良くなっただろう?え?と続かんばかりの口調である。
「全然ダメ。仏壇の味がする。マズい。カラダにも効かんし、精神的にも悪い」(早口)
「仏壇の味ってあるの?」
「あるで。仏壇食べたことあるからわかるねん、線香臭やな。飲めたもんじゃないで」(超早口)
漢方医は患者に熱湯に溶いて飲むと効果が高いとドヤ顔で言っているハズなので、研修医にもそう指導しているに違いない。
漢方医なのに処方した漢方の味を知らないのかと、暗にほのめかすために先に言い放つ。
「お湯で溶いてなんてとんでもない。水で飲んでも苦痛」(鬼早口)
けちょんけちょんに言われても、研修医の手前ニコニコしてこう返す漢方医。
「こんなモン人間の飲み物じゃねえ~!てカンジかな?」ニコニコニ~
「そう。」冷酷
「それはすいませんでした。前のヤツに戻そうか?今のはやめる?」
「今のヤツは二度と飲まない。おいしい漢方にして、てゆったのに。前のも決しておいしい漢方ではなかったけど、今のよりかはマシやから、前のに戻す」(むっちゃ間を取ってゆっくり)
「じゃ、戻そう。前の方が合ってたんやね」
前からイヤとは一言もゆーてないし、合ってなかったわけでもないけど、漢方医判断で何故か変えられた不味い漢方のおかげで2か月苦しんだんだぞ、わかってんのか。
その苦しみを冷酷な口調と態度で表現してみました。
実験台にしたい時は前もってそう言いなよ、病人として役に立つことに協力は惜しまないからさ。

「ま、こういうことがね、たまにあります。こういう時は、患者さんの言うことも聞いておくようにしましょう」
漢方医、白旗を揚げる。
ひとりの時には決めつけで結論まで行き自己満足診察が終わっているけど、若い女子研修医のチカラが予想以上に働き、私の意見を受け入れたことにビックリする、聞く耳、持っていたのか漢方医。
若い女子研修医よ、アナタはすでに良い仕事をなさってますよ。

とんでもなく時間のかかる会計を待っている間に転寝をしていたら、私の後ろの席から「くっそ、おっせ、くっそ、くっそ」となかなかデカいボリュームの野次が飛んでくる。
振り返ると40代のサラリーマン風の男性がずーっと「おっせ、くっそ、おっせ、くっそくっそ、くっそ」と言い続けているではないか。
おっせ率よりもくっそ率のほうが高め。
周りのひとたちも眉間にシワが寄るほど絶え間なく『くっそコール』が続く。
時々立ち上がって「くっそ、くっそ」と前に行っては、電光掲示板の自分の番号を確認し「くっそ、おっせ、くっそくっそ、おっせ」とまた戻る大変に目障りな言動を繰り返している。
電光掲示板の文字は大きいだけでなく光ってもいるのに、わざわざ前に出る必要があるのだろうか。
私は全く必要性を感じないけれど、ヤジリーマンはくっそくっそといちいち前に出る。
結局、ヤジリーマンは自分の順番を待てず、警備員さんに八つ当たりに行った。
その後、ヤツアタリーマンは戻って来なかったが、駐車券の処理をしているご夫婦が「あの男の人、どっかに行ってくれてよかったな」「ひどかったなアレは」と会話していらした。


そんな中、ヤジリーマンの前の列の端に座り、奥様が「お会計はあそこに番号が出るねんて。もう出てるやろか?」とご主人に問うた時、
「まだまだ、やで。さっき出したところやのにそんなに早く会計できひんやろ。すぐに会計が終わるような人気のない病院に通うのはイヤや」
「ここ繁盛しててよかったな」
という会話をされていたのがステキだった。
ものすごくキレイで凛としたお顔をされていた、おふたりとも。
性格ってつくづく顔に出るよなァ。


イライラの掃き溜めのようになっていた激混みの病院で勉強したな。
どう反応してどんな影響を与えるか、見本はそこらじゅうに居てる。
自分が何を見ているか。
見たいほうなのか見たくないほうなのか。
どっちをより見ているか、というのがその答え。


「けっこう残ってるな」
「残ってる、て何よ。けっこう咲いてる、でええやん」

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「咲ききって散っていってるねんから、これは残ってる桜やんか」

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枝垂桜が短くカットされ上空をかすめる。
「もうちょっと長く枝垂れといてくれたらええのに」

「寒いな。このシートの向こうをこっちに持って来て折りたたんでかぶってみようか。あったかいんちゃう?」
「えーーーーー」
「やってみようや」
「この穴に何か杭みたいなん、ないかな~」
「そこ、あるで。枝」
「コレはアカンわ。乾燥してるからポキポキ折れる」
「んん~・・・ビニールならあるけど」

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「いいねぇ、穴と穴を縛ろう。カンガルーの袋スタイル」

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「あったかいやん。寝袋欲しいな~野宿したいな~さむ~い、トイレ行ってくるわ」


「うおぉおお~~!マミー!」
「いや~~~ビックリした~~~」
いやいやいや、こっちがビックリやがな。
なんかこの後ろ姿は知ってるな~と思いながら背後から近づいていたら、マミーが急にクルッてUターンかます。


「ポケモン?」
「そうポケモン」
夜な夜なポケモンを探して徘徊しているマミーに遭遇する。
ポケモンのために散歩がてら出て来たらしい。
一石二鳥なんだって、ポケモンも運動もGETだぜ!
「なんでこんなとこおんの?」
「私たち、花見してんねん。寒いからシートを布団にして寝てるけど」
布団にしてみ、って。
笑いが止まらんから。
「ほんならポケモン探しに行ってくるわ~」
「行ってらっしゃ~い」


「ははははははははは~」
あまりの寒さに頭まで袋に入っている私たちを、クスクス笑っているティーンが3組いたけど、ここまで堂々と笑う人には遭遇しなかったのでポスと顔だけ出してその顔を拝む。
「ほんまに被ってるやん、もう花も見てへんやん」
マミー、カムバーーーーーク!
「そこまでしておりたいか、やろ?寒いなら帰れよ、やろ?」
「ほんまやな」
「これが楽しいねん、て」
後々な。
去年は寒くてシート被ったよねとか来年楽しむ思い出になってるから、寝かせてる間に。
「もう、はい。ほら、ヒー坊も」
「あ、ありがとうございます」
「いや~んありがと~ん~マミ~ん」
マミーがあったかい紅茶を差し入れしてくれる。
そのためにわざわざ戻ってきてくれたマミー。

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ごちそうさま、マミー。


私はこれまでたくさんの言葉をたくさんのひとたちに投げかけてきたけれど、その言葉は良くも悪くもひとに影響を与えた瞬間があっただろうと思う、私が他の人の言葉に影響された瞬間があるのと同じで。
自分で見たものや感じたことが言葉になっているのだから、つい直感的な言葉をクチに出してしまうけど、言葉の選択は常に意識していないといけないな、と改めて思う。
クチではなく頭でもなく、重要な要素は目と耳なんじゃないかな。
私はきっと今、アラを探す目を持っている。
だから今は言葉の数を少なくして、自分が見ているものが何で、聞いていることが何かを知ろう。

なにも言葉をかけない代わりに、接する全てのひとを手本にする。
良くも悪くも、その言動を。
私が今後、言葉を重ねるための下積みをしよう。

そう思って病院に行ってからの数日を過ごしてきて、いろんな手本を見て、それで私はどうかと言えば、見たくないほうを見、聞きたくないほうを聞いている。
私の目と耳と心と時間が、どの手本に奪われたいかは吟味しなくてもはっきりしているのに、意識しなくても見たいほうを見、聞きたいほうを聞き、感動によるドキドキに時間を奪われたいのに、実際の私の目と耳がそれに見合わない。

そんな時は、今やっていることを離れて別の事をするのもひとつ。
何もしないのもひとつ。
たぶん今の自分に欠けている何かがあって、それは今やっていることや今の思考から離れたら徐々に見えてくるのだと思う。
コンビニのおでんの前でハッと突然わかる、そんな他愛のないことが自分に欠けていたりするんだよね。






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by yoyo4697ru980gw | 2018-04-10 22:58 | +ミルニング+ | Comments(0)
男の性というヤツですね

「おまえ男にパンツ覗かれてたで」
「そんなことする男はむーしかおらんやろ」
「俺ちゃうわ。知らんオッサンや、エスカレーターで」
「見えてへんでコレ、ズボンやから。スカートちゃうねん」
キュロットパンツと申しまして、前からみるとマイクロミニスカートに見えますが、後ろからみればホットパンツです。
「それでもオッサン下からこうやって覗いてたで」
「すごいなァ・・・見えそうやったら周りに見られるリスクを負ってでも体勢変えて覗くんやな、ひとも選ばずか。どんだけ頑張っても見えへんのに」
そこまで脇目も振らずに本能に従ってると、気持ち悪いのを通り越してアッパレやけどな。

キュロットの中にはレギンスまで穿いているからまかり間違っても何も見えないのに、見えそうだからついカラダが、てことか。
もしくは魔が差して、てことか。
とにかく本能が理性を超えたのだけはわかる、その行為の動機として。

感情におぼれることなく道理をわきまえる、それが理性的な判断ゆえの行動。
人としての正しい道をはずれ感情に突き動かされる、それが本能のおもむくままにした行動。
女性が本能におもむくと正しいことも多いけど、男性が本能におもむくとたいがい失敗してるから、男性は常に『理性・理性』と頭の隅で考える癖をつけておこう。
男性がクチにすると問題発言になりそうだから、女でしかも中年の私のクチから言うが、見えもしないのにババアのパンツを見ようとしている、のを、目撃され現行犯でしょっぴかれるなんて割に合わないとは思わないのか。
そうか本能におもむいてる最中は理性が鳴りを潜めてるんだもんな、自分の行動が自分にもたらすかもしれない社会的制裁のことなんて頭をかすめもしないんだろうな。

一度でも理性のタガが外れてしまったら、もう軌道修正はせずにそういう人として生きてしまってはどうだろうか。
たまにいるではないか、人として本当にダメな人間の要素しかないんだけど、でもどうしても憎めない人なんだよね、と思わせるほど本能にのみ正直に生き抜いている人。
お近づきにはなりたくないけど、ある意味では魅力的なのだろう。
女性人気はないが、一部の男性には崇められる変人。
私が男だったらそういう風に生きてみたい、ギリギリ犯罪者にはならないけど結婚はあきらめよう、だって間違いなく変態になるだろうから。

性癖は治らないビョーキらしいので、再犯率の高いのぞきのヘキがあるならきっとまたやってしまうだろう。
その衝動をどうやって抑えるかを人生の課題として生きるも、本能に正直なので何度も捕まる可能性大。
残念ながらのぞきは刑罰自体は重い処罰を受けることは少ないので、どことなく憎めない本能の男であることが功を奏すと、かろうじて前科者にはならない状態を維持できる場合もあろう。
しかし逮捕されれば前歴が付く。
前科前歴は、警察・検察・本籍地にその記録が残されるが、本人ですらそれらのどこに問い合わせても前科前歴を教えてはもらえない。
前科前歴は消すことは出来ないが、本人でも確認することは不可能な情報なのである。
それなのに、社会的制裁としてマスコミによる実名報道があれば名前からインターネットで犯罪歴が検索できてしまう。
周知の通りネット上に氾濫する情報は、削除申請をしても完全削除には至らない。
本能のままに生きる男の人生は、前歴どまりでなければお先真っ暗ということである。

変態レベルが高いと豪語する男性がかつて私に「見えないことの価値」を熱弁したことがあった。
見えそうなんだけれども惜しくも見えないトコロに価値があるらしい。
見えるんじゃないかと思って必死で見ようとする、が良いのであって、見えたら良くない。
「でも全く見えないってのは意味がないんだよ。もしかしたら見えるんじゃないか、てくらいには見えてる、わかるかな~」
とくに解説を求めたわけでもないのに勝手に熱弁しておいて理解まで求めてくるのかこの人は、と思った私はその熱弁内容を要約して再確認をした。
「見えそうで見えない丈のミニスカートが強風に煽られてめくれて惜しくも見えないはずのパンツが見えた時は、まったく価値はないねんよな?」
「ない。価値はない。でも、ラッキーって思う。うふふふふ」
「うふふふふじゃねぇわてめぇ、この変態講座に耳を傾けた私の時間を返せ」

志村けんのコントにはエロや下ネタが必ず混入していたが、性考察という意味では大変勉強になるテキストだったのかもしれない。
表現方法がお笑いだからいちいち大げさにしているけど、男の性の本質をついていたんだね。
コントの中に階段を上る女性のスカートを階段の下から覗くサラリーマンという設定が出てくる。
女性のスカートの丈がどんどん短くなっていって、実際に女性が穿いているのはスカートなんだけど、スカートがありえない短さになってもパンツは見えない。
それなのでサラリーマンは階段に這いつくばり、しまいには寝そべる。
そこまでして見たいかという理性の無さ。
そう、理性を100%抜いてしまうと笑えるのだ。
しかし日常生活を送っている中で男性が理性を100%抜くことなど、きっと怖くて出来ないに違いない。
思い切りが悪いのに魔が差し30%くらいの理性を失って行動をするから、笑えないコトになってしまうのだ。

「何が驚くって、キュロットてたいがい後ろから見たらズボンに見えるのにミニスカートに見えてしまうデザイン性と縫製技術の高さよな。さすがグッチ」
「グッチなんや」
「グッチでーす。あ、グッチ裕三じゃないで。Made in ITALYのグッチ。グッチオグッチのグッチ。でもパチもんかもわからんなァ。だってネットで中古衣料のブランド物もたくさん取り扱ってんのに、社長が売り物にしひんかってんから」
「社長にもらったんや?」
「私の所に流れ着いたキュロット。社長の娘さんが着れなくなったからスタッフで誰が着る子いてへん?てハナシで、社長の娘さん細い人らしくて『千徒さんならいけるんちゃん?』『いけそう、いけそう』ていう先輩たちの会話の流れ聞いてて『要りません』とは言いにくいからな」
「それはそうやな」
「ガリあるあるやけどな『これサイズが小さいねん、千徒さんなら着れると思って~』て言ってくる商品は標準サイズやからな、たいがいMサイズ。自分が入らんサイズを着れると思うくらいの人は、Sサイズや。ブカブカで着てんねん。ジャストサイズで着れてるわけじゃない服だらけやで『買ったけど小っちゃかった』て持ってくるから。小サイズ駆け込み寺はウエスト58とか56やねん。64やと歩いてるうちに半ケツ見えるジーンズやったりクルクル回るスカートやったりしとんねん。ソコをわかっていただきたい、そもそものサイズが標準値ではないんですよ、てトコを」


社長の娘さんがサイズ的に小さくなって無理だから私に流れ着いた前からみたらミニスカートのキュロットも、標準サイズなのでブカブカで穿いている。

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男性諸兄よ、100%の理性を捨て屈んででも覗きたくば覗け。

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しかしキュロットである以上、何も見えないし見えそうで見えない感覚も味わえないことは言っておく。
もし仮にこれがスカートであっても、小学生ならいざ知らず、自分の穿いているスカートの丈を把握できないほど無防備な大人の女性はまずいない。
短い自覚がある女性が階段やエスカレーターを利用する場合には、バッグを後ろ手に持って尻に沿わせているかスカートの裾を手で押さえている。

リスクしかないと私は思うが、それでも屈みたいのなら本能に従うがよい。
その男の性というヤツに感服するが、ここに念のために情報を載せておく。
一刻も早く我に返り、理性を持って判断基準としていただきたい。

のぞきというのは、隠しているものを見ようとする行為である。
ミニスカートを穿くほうが悪いとのぞき行為をいくら正当化してみても、ミニスカートで隠しているパンツをわざわざ覗けば、それは立派なのぞき
堂々と見てよいのは、パンツ一丁で女性が歩いている場合である。
隠していないので、これは見放題。

のぞきは迷惑防止条例等の条例違反にあたり、現行犯であれば一般人にも逮捕可能な立派な犯罪である。
のぞきのしょっぴかれ方法は、ほとんどが現行犯。
自治体によって多少の違いはあれど、迷惑行為防止条例違反で刑事処分の対象となり、刑事事件は最大23日間の身柄拘束の可能性が出てくるのだ。
公共の場でののぞき行為はとくに目撃者が不審に思い現行犯逮捕という流れになり、画質の良いスマホなどでクリアな動画が撮影されていれば立証する証拠もしっかり残るので、起訴されれば有罪になる確率は90%以上あると言ってもよいだろう。
裁判で有罪判決を受ければ、前科者である。


偶然か故意か、女性が不快感を持つか持たないか、男の悲しい性がのぞきという犯罪になるかどうかはココがポイント。
故意にのぞき行為を行えば、この世に不快感を持たない女性はいない。
不快感を抱いた女性が訴えれば民事上の責任も追及される。
確実に気持ち悪がられているのに、その気持ち悪い男が弁護士を立てて示談交渉をしてきて、果たしてその女性が応じるだろうか。
感情を逆なでするだけだとしか思えない。

自分の本能を具体的な行動に移す気ならそれ相応の覚悟を持って実行しろ、ということである。

22歳と21歳の息子二人を持つ母親として、私は母性本能に従い忠告する。


男どもよ、屈むな。





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by yoyo4697ru980gw | 2018-03-28 12:07 | +ミルニング+ | Comments(0)
小銭の換算価値

「時給が上がってん」
「また?」
「そやねん。上司に『あたしら13年も昇給なしやったのにトントン拍子に上がるやんあなた、ラッキーやで~』て言われてん」
「さすが運とカンだけで生きてるだけあるな」
これまでは、カンなんて存分に私のチカラだし、努力だってしていると主張してきたが、どうやらココまでくるともう運9割強で生きてるかもしんない。
私の人生、運しかないかもな。

今回の昇給は、14年間も勤め上げたパートさんが辞めたのが理由だと囁かれている。
実際にそうだと思う。
そのパートさんにお話しを聞く機会があって、辞める理由は何なんですかと聞いたら、理由はひとつではないけど一番大きいのは子供にお金がかかるようになって、それでもっと長い時間のパートに転職するなら年齢的にも今が最後じゃないかと思ったことかなとおっしゃった。
辞めると決める前に誰かに相談出来たらよかったのだろうけどもう決めてからの報告になってしまってとも。

「前にメールがまわってたでしょう?身辺の事で何か悩みがあるひとは社長に相談してください、ていう内容の」
「あぁ~!じゃ、あの時にはもう辞めることが決定的になってた、ゆーことだったんですか?」
「じつは、そうやねん」
新しいパート先が決まっていて辞める以外の選択がある状況ではなかったため、14年も会社で働いてくれ仕事内容も把握してくれているパートさんが辞めるのを、引き留めることが出来なかった、それを重くみたからこその一斉メールの内容だったのかアレは。
相談内容のメールは社長しか見ないし秘密は厳守する、メールで相談がしにくい場合は電話でもよいと社長の携帯番号も書いてあったので、急にどうしたのだろうと思っていた。
社長が美輪明宏のようにスピリチュアルなほうに行っているのではないかと3時間ドキドキが止まらなかったけど、真相はパートさんの辞職にあったようだ。

今まさに『働き方改革』の試みがいろいろな会社でなされ始めたが、どれほどの思い切った決断があるのかな、と思う。
会社の経営を維持しながら働いているひとたちの働き方の希望に応えていくのには、会社としての損失なくして実行は出来ないと思う。

その損失の目に見えるカタチが、お金である。
売上であり、人件費である。
売掛金であり買掛金であり利益準備金であり小口現金であり当期純利益であるわけだ。
会社経営で動いているお金から、私の給料は支払われている。


損失の目に見えないカタチは、人である。
会社に貢献している人たちの、心であり存在そのものである。
ミスを学びに変えるアドバイスをしてくれる先輩であり、働くことにやりがいを感じさせてくれる同僚であり、初心を思い出させてくれる後輩である。
このひとのもとで働いていたいと思わせてくれる上司が会社に居ること、会社のトップから得たい姿勢がたくさんあると思い知らされること、これらの人々が新入社員に与える影響は大きく、これから先その新人が必要不可欠な人材に育つということは会社にとって大きい。
同じ会社で働くひとたちを見、そして見られてもいる私もまた、会社の一員である。


私の時給が50円上がったことで、私がとんでもなく裕福になることはない。
年間70万の長男の授業料を稼ぐのが目的で働いているが、約2年働いてみて薄々そうじゃないかと思ってはきたがどうも足りていない、おそらくずっと足りないだろう。
何かしらの変化があって今後、ものすごくお金がかかる事態となって3時間のパートをフルタイムのパートに変えねばならぬ人生になる可能性もないとは言い切れない。
でも、もしそうなったら私は一斉メールを思い出し社長に電話をすると思う。

勤続年数14年のパートさんが辞めてしまった結果を受けてパート全員の時給を上げた社長の判断の早さに、人件費という損失を負ってでも人材を守りたい会社なのだと私は理解した。
辞めたパートさんは13年間、時給が上がらずに働いていたので今後も上がらないという思いはあっただろう。
14年という長い間には、誰しもが人生の変化を経験する。
14年前に子供を産んでいれば、その子供は14歳になるのだ。
自分も中年になり、物事を多方面から捉え、いろいろなことを加味して考えるようになる。
働くことに関してもたくさんのきっかけがその転機をもたらす。
その時の選択が会社を続けることではなく辞めることになるのは、会社に留まる理由よりも退く理由のほうが強いからなのだ。

辞職する大きな理由が金銭の問題だった場合、その人の価値をお金にすると会社が言っているのだ。
いろんな考え方があると思うが私は何よりも今回の50円がありがたかった。
キレイごとで喰ってはいけないのでお金に困った時にはハッキリとお金が欲しい、私は。
しかし私のことを会社がどう見積もってくれての50円であるか、という意味を欲しいか欲しくないかの基準にすべきなのだと今回は学んだ、その金額の価値も。

これまで私は会社に必要とされる人材でありたいと思って働いてきたし、この会社で働きたいかどうかという自分の感情が転職するかどうかの基準であった。
基準が変わったということではない。
私の基準に基礎が欠けていることに気付かされたのである。
必要とされる前に私は、育て甲斐のある人材だろうか。
育てる価値のある人間だろうか。
実際に育つ人間であろうか。

1時間に50円分、私は毎日3時間育つのか。
会社は育つと見積もり育てる価値を50円だと言っている。
私の生活を裕福にする金額ではない50円が、私が育つかどうかの価値に換算した時、こんなに大きな金額だったとは思いもしなかった。

まずは育て甲斐のある柔軟な人間でありたい、そして、10円や50円が持つ価値の意味を正しく理解できる基礎を持ちたい。
まさか自分が基礎を持っていないとは思わなかったな。
中年になってこの現実に気付くとは、なかなかヘビーやで。






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by yoyo4697ru980gw | 2018-03-04 23:49 | +ミルニング+ | Comments(0)