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誕生日別にズラズラと並んで佇む、無言の運勢直売所。 目立つけどスルー率の高い棚である。 ![]() これまでも気まぐれに買ってはいたが、買う年もあれば買わない年もあったので、この5年間はとくに意識して毎年1枚以上いろいろな場所で買った。 売ってもいないのに買う気だけは常に維持し、見つけ次第すぐに買う5年間を過ごしてきたのだ。 ![]() 人でごった返す桜の通り抜けの時期の造幣局、1月1日初詣の京都の境内でさえ私しかやっていないのだ。 「やる」という動詞が適切かどうかはわからないが、私以外に「やる」ひとに遭遇したのはこの5年間で2名である。 もう少しで3名は確保できそうだったが惜しかった。 4人家族のお父さんが「お、これやろっかな」と言い出し、子供たちも乗り気になって棚の前が私を含む5人家族のようになったが、現実的なお母さんの「やめとき」の一言で美しく散った。 恥ずかしながら残ったのは私ひとり、なんせ他人だから。 もちろん私は、やった。 やるのが目的で棚の前にいたから。 散った知らないオトンも「やろっかな」と言っていたし「やる」で正解なのだと思う。 浮足立って浪費がすすむ正月早々に、誰にも見向きされることなく堂々と存在するとは、なかなかの気配の殺し方である。 誰にも「やる」気が起こっていないのにずっと廃れない。 売れているところを見たことがないのにつぶれない竿竹屋に似ている。 いや、それ以上かもしれない。 竿竹屋は自分から動きかろうじて売る意欲をみせているが、セルフ易断は動きもしない徹底した受け身の姿勢だ。 【セルフ易断は貯金箱方式】 売れるかどうかがわからないけど置く、という方法で販売をしているセルフ易断はこう見えてチェーン店である。 全国展開が進んでいる。 ![]() 昔ながらの趣きを大切にした貯金箱方式を採用。 趣味で野菜を作っている心優しいおばーちゃんが野菜直売の棚にきゅうりを置くのと同じココロを感じる料金支払い方式である。![]() 【セルフ易断は仮設型と常設型】 セルフ易断には二通りの営業方法がある。 正月などの繁忙期に満を持して登場し十日戎が済めば姿を消す仮設型と、観光地や有名な神社仏閣近辺に固定の縄張りを持つ常設型。 常設型は伝統的、仮設型は進歩的なのが特徴である。 仮設型は誕生日だけでなくレパートリーを増やして名前でもいく。 ![]() 名前の昭和っぷりから目が離せない。 時代に合わせていないのかキラキラネームが見当たらない。 昭和のキラキラネームである私の名前がラインナップされていないのが残念だ。 平成の今となってはよくある名前なのに、運勢に名前が挙がっていないだけで世の中に認められていない気がしてくる。 悪いことで名を晒すようなことだけはしないようにしよう、と誓う。 常設型は売り主目線で客には媚びない。 ![]() ![]() 端のほうは取れるが真ん中はキビシイ。 ![]() ![]() 合羽、まにおーてへんやないかい。 雨曝しになっとるやないかい。 【セルフ易断はうるう年もしっかりカバー】 誕生日ごとに365日分が一気に販売されているセルフ易断であるが心配事がひとつだけある、うるう日生まれのひとはあるのか。 ![]() ![]() 【編んでいるのはタカシマ系列】 セルフ易断には土地柄による名称があるようだ。 回転焼のように、おやき・今川焼・大判焼・太鼓焼・御座候などなど、モノは一緒だが土地によって呼び名が違うのだ。 ![]() うちひとつは編んでいる(この言い方は正しいのか。「紡ぐ」か。それとも「書く」それか「視る」もしくは「プリントアウト」している)人物の名前がないのでわからないが、もうひとつのほうには「高島龍弘」とあるので、セルフ易断はタカシマ系列によって編まれた運勢ということでいいだろう。 【幸運の扉は部数の定め無し】 京都スタイルである「幸運の扉」を買ったのは、2017年と2018年。 ![]() 毎年同じ場所で買っていればよかったと反省した。 いろいろな土地のいろいろな場所で購入してしまったが「読む」ことをメインにすると、常設型と仮設型に分けてそれぞれのセルフ易断を同じ所で買ったほうがいい。 常設型ならシリーズモノとして楽しめる。 仮設型なら正月の季節商品なので毎年1月1日に同じ神社で買うと決めれば同じ著者なわけで、読者としては待望の新作が読める。 今年からは買う場所を統一していくことにして、2015年からの5年分の運勢物語、まずは京都「幸運の扉」を読んでいこう。 2017年版は一部のみの「現在の運勢」で、ジャンルで言えばショートショート。 ![]() 何事もタイミングを待ち今は我慢、そんな一年ということである。 このショートショートは、表現が面白い。 相思相愛の仲でも、お互に口に出せず、夫婦なれば別々のベッドで夜を過す卦ですが時がたてば花さく春が巡つてきます。 なんと文学的な一文であろう。 発禁にならぬよう工夫して書いたかの如く美しい。 「当たるも八卦当たらぬも八卦」の卦によって別々のベッドで夜を過ごすことになっている夫婦関係が面白い。 布団ではなくベッドにしているところもうまい。 布団だと四畳半二間のアパートだが、ベッドなら2DKで六畳はあるハイツ。 六畳で二間ありベットが置ければ、花さく春が巡つてきそうだ。 ![]() ぶり返す危険性アリ。 「投資」若干下り気味思い切つて乗り換られたらいかゞ。 さっそく乗り換えたゞ。 「職業」交通事業・船舶関係がよろしい女性は演劇とくにテレビに進出もよいでせう。 2017年は事務職に就いていたが、なんの下積みもないのに急に演劇をしテレビ進出をしといたほうがよかったのでせうか。 2018年版は三部仕立てで第一章が「前文」から始まる長編である。 ![]() ![]() 読み進めて3行で早くも何を言っているかわからない。 長い文を一文にまとめることの大切さを、易断を以って知る。 脳内の一時メモリがあふれるとはこのことか。 本当だ。 読めば読むほど脳内の一時メモリがあふれ、私の理解がこぼれていくではないか。 体言止めの多用で、書いてあることの10%くらいしかわからない。 これからは体言止めなんか使わない、と強く思わせてくれる。 体言止めは1回を効果的に使えるかどうかが肝。 後半の「貴下の星及生れ月に依る運気」はさらに16行で句点が1つ。 ![]() 返り点の漢数字が遠慮なく記されているのかと。 この漢数字は、私の性格の多様性を箇条書きにした文に番号が振られているらしい。 辞書を引いた時、言葉の意味が複数ある場合の数字のようなものだろう。 生まれ持った性格・性質・運がこれでもかと十項目もある。 これだけ挙げればどれかひとつくらいは当たるな、と思いながら当てはめていったら6項目も当たっていて驚く。 この星の下で11月に生まれたことに依る、私の最後の10番目にはこう書いてある。 (十)頭痛、眼病、その他の病気に注意し永く睡眠すべし。 眼科の待合室のポスターに似たようなことが書いてあったな。 これは私以外の人のほうが当てはまりそうだ。 第二章の「此の年生れの運勢」は、字の大きさは一緒だが行間が広くなる。 ![]() ![]() ![]() ![]() カタカナは「良からぬことを考えているのをひた隠しにしている」表現として使うモノ。 分不相応の事を企てることと節倹家であることの因果関係はわからない。 第三章の「貴下の時事判断」は、おみくじと同じタイプ。 ![]() ![]() どっちにしろ電話のほうがいいと思う。 ![]() 受かるか受からないかを言い当てるものだと決めつけていて申し訳ない。 ![]() ラッキーナンバーも日本語表記だとありがたみが増す。 数字の並びや桁や見方や解釈が何もわからないけど。 ラッキーカラーも今後は日本語表記にしたらいいと思う。 和の伝統色で書かれても色のイメージは出来ないだろうけど。 三部仕立てのこの充実度で100円は激安ではないだろうか、200円なら高いけど。 ![]() 2015年の兵庫版「幸運の扉」 ![]() ![]() ![]() 一代とは、一生涯とかビジネス上であれば現役の間とかだったりするので、それなりの長さであることを表す言葉であるが、5月と9月でもう違う。たった4か月で違う。 ![]() ![]() 「婦人のあなたは」からの行数の少なさよ。 ![]() 金運は枯れることなく湧き出て止まらない。 しかし第二章の現在の運勢となると、金銭面でも恋愛面でも職業面においても、ちっとも良人に出会っていない。 2015年の良人は「夫」という意味しかなかったようである。 なかでも金銭面では、裏面工作をしておるヤカラに出会う。 ![]() 5月あれだけろくでもない人たちしか周りにいなかったのに私は義理を重んじて、貧乏になったようだ。 人が悪いのではない、カネが悪いのだ。 2015年うるう日生まれの運勢も読んでおこう、関係ないけど買ったので。 ![]() ![]() 幸運の手引では、婦人に対して金運のことしか言っていない。 女の幸せは金なのか。 【高嶋易断の基本は二部仕立て】 高嶋易断は「性格」と「運勢」の二部仕立て。 ![]() しかし生まれ持った基本的な性格は生涯変わらないのではないか、考え方を変化させて成長することはあっても。 運勢が一年で更新されるのはわかる。 「今年の運勢」と言うのだから運勢は一年更新で考えるものなのだろう。 むしろそうでなくては困る。 悪い運勢が一年で終わってくれなかったら辛い、何年も続く運の悪さはダメージが強い。 続いても一年だと思うからこそ、耐えられる。 運勢は一年でガラリと変わり「仕切り直し」とばかりに新たな一年を迎えても、気持ちの切り替えは容易だし一年の始まりがガラリと変わることで清々しいものになってくれる。 ![]() 情緒が不安定のようだ。 才能に恵まれているがやる前に十分に考えることをしないので技術はあるが発揮は出来ない。 才能を持て余すほどのアホ。 ![]() 選択を間違えれば、相変わらずの才能を持て余すアホということである。 私の性格がガラリと変わっていなくてほっとした。 ![]() とうとう私の性格がガラリと変わる時がやってきた。 猜疑心が深かった2016年の翌年、私は人を疑うことを忘れてしまう。 正義と同情に燃える私を心ない人々は偽善者と呼ぶが、私は純真な動機で突き進む。 そんな私には引き続き才能があるらしい。 それはデリケートな想像力と優美な才能とを実行する謙虚な気持ち。 しかし正義と同情に燃えるゆえ悩み苦しむ他人にかまけてばかりで大切なチャンスを失う。 猜疑心がなくなった才能を持て余すアホにパワーアップしているではないか。 2018年はどうやら高嶋易断との出会いがなかったようで一年飛んで2019年。 ![]() しかし旺盛な独立心のために孤立してしまうようだ。 内心は内気で優柔不断なので孤立してしまうと好機を逸する。 かといって人に使われている状況では充分に才能を発揮し得ない。 人と才能に恵まれているのに孤立を選ぶことで才能を潰し、才能を小出しにして食いつなぐようである。 この5年間、私の性格がガラリと変わることがなくてよかった。 私の性格は一貫して、才能を持て余すアホである。 ![]()
by yoyo4697ru980gw
| 2019-02-05 02:13
| +ミルニング+
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