激混みの病院でハシゴをするのは体力があってもさすがに疲れる。
ただでさえ待ち時間の長い大学病院でさらに科を3つまとめて済まそうとするから、一日中病院内に居る、もう住んでるみたい。
私は患者歴5年なので、混んでいることではビクともしない。
採血があろうがレントゲンがあろうが慌てもしない、どうせ診察も遅れているに決まってるので、私の検査が遅れたところで痛くも痒くもないだろう。
疲れていようがイライラもしないさ、しても何の得もないからね。
前回、調剤薬局の機械が壊れていてその機械で処方される私の薬が忘れ去られ、柱の陰になる席でうっかり眠ってしまった私は、調剤薬局が閉まる時間になってもちっとも受付番号の表示が出ていないので、ひとっこひとりいなくなった薬局で受付に「まだ出来てないですかね?私の薬」と2時間近く待たされた上で腰を低くして聞いた。
すると、スタッフ全員が慌てふためきプチパニックが起こったのだ。
天災にでも遭わんとここまではならんだろ、てくらいに、スタッフが私の処方箋を探しまくっていた、バケツリレーと伝言ゲームを同時にしてるくらいの忙しさ。
私、大声も出していないし「お待ちくださいね確認してまいります、申しわけございません」の言葉にも、すごくフレンドリーに「はいは~い♪」と返事をしたのに、最後は全員に深々と頭を下げられたの。
ちっとも怒ってないし、クレーム口調でもなかったし、イライラもしていないし、穏やかに接したつもりだったけど、好印象を持たれなかったということは、普段いかに患者が待ち時間が長いことに悪態をついているか、ということの表れなのだろう。
待たせたという理由だけで、怒っていない患者が怒っているように見えるなんて相当傷つきながらする仕事だな。
私、薬を持って薬局を出たら駐車場までスキップして帰ったのに、真っ暗だったから見えないのをいいことに。
調剤薬局のみなさん、怒っていない患者、毎回処方しておきますからね。
「千徒さん、痩せた?」
「うん、痩せた。」
体重という数字でみるなら、先生に会うたびに減っていってるよ。
4年前、退院した時から8キロ減ったよ。
でも大丈夫、体脂肪率はアげていってるから。
毎晩、夜中にスナック菓子やチョコレートを食べているの。
「食べれてる?」
「食欲はあるねんけど、食べたら吐き気が、て時がたまにあるから体重は減るけど、内容は悪くないと思う」
病気でも、闘病するための体力は維持しながら痩せていってたら問題ないと思うんだよね。
「僕も千徒さんも、もう40過ぎてるわけやからさ、今までと同じようにはいかんようになってきてるねんで。だから忙しくしすぎるのはアカンのんちゃう?ちょっと休んだら?」
私の人生おおかたヒマやけどなァ。
ええこと思いついた!てゆーて、しょーもないことやって時間が過ぎてゆく、そんな毎日です。
「トシ感じるやろ?」
「ん~・・・物の名前が出て来んな」
「体力がなくなっていってる、て感じない?」
「あ、そっちね」
先生は見たことがないから知らないと思うけど、おそろしくハードな盆踊りで鍛えてる体力は、ジムに行くより仕上がるの。
体力より記憶力の衰えのほうが問題やねん。
深刻や・・・ひとの名前とか出て来なくて。
じつは先生のこともオニマツ・オニマツゆーてるから本名は出てこないの、あは。
春だから病院は混むだろうと思って、ちゃんと宿題を作ってまいりました。
患者のエキスパートは、待ち時間を無駄にしない。
しかも、画像資料も選別しつつ同時進行で文章も書いていくから時短技術も高いの、なかなか頭使う。
こんだけ脳を使えているのに、なんで人の名前が出て来ないのだろうか。
物の名前も出ない。
こないだはマドラーが出て来なくてコンビニで「すいませんその奥にある、かき混ぜる白い棒ください」て言った。
手元にある黒い棒でもいいんだけど、スタッフ側にある白い棒のほうがかたくて短くて混ぜやすいんだよね、黒い棒はオシャレ感出てるだけで使えないからキライ。
一分一秒を争うコンビニの世界で個包装までされているあの黒いマドラーのことを私はイライラ棒と呼んでいる。
イライラ棒、使えん。
広いベンチに体育座りをして宿題をしていると私の向かいに、70代半ばの兄と、その通院に付き添ってきた弟夫婦という3人がおられた。
フォーメーションは私の向かいのベンチに弟夫婦。
夫婦と向き合うように座り、私には背を向けているけど私と同じベンチに腰掛けている兄。
正方形の広いベンチなので、私は途中から向きを変えて座ったりなんかして体勢が変わる。
弟の嫁が、言う。
「お兄さん、退院できてよかったねぇ」
兄、フリーズ。
「桜が咲いてるわ、今が満開やねぇ」
兄、フリーズ。
「あそこに2匹ともいてるで」
兄、フリーズ。
義妹が雀を指さしても目もくれずにくの字に曲がってゆく。
被っている帽子が今にも落ちそうなほど。
わかる、わかるよお兄さん、内臓、痛いんだね。
パンを食べながら体育座りで画板に文章をカリカリ書いて時折フリーズする私も、走っているんです、痛みが。
なんかわかんないけどなっちゃうんだよね、くの字。
お兄さんには痛みが残った模様です。
退院してもまだまだ木々や自然や雀を愛でる余裕はありません。
病とは、気力と余裕とやる気を奪うものなのです。
何も思わずにやっていた、ただ歩くという行為さえ、気力というものが必要だったのかと、お兄さんはいま痛感していらっしゃいますよ。
胸部レントゲンを撮るついでにちょっとズラして腹部も撮っといて、と居酒屋感覚で注文したら、どピンクの口紅の受付嬢に怒られる。
「そういったことはしていませんよ。胸部レントゲンと腹部レントゲンはまた別ですので、主治医の指示がないことには受けていただけないんです」
どピンク嬢の推定年齢48歳。
経験値をつんだ中年の臨機応変さをちっともみせそうにはないが、これは言い方次第では促せそうだな、ちょっとやってみよう。
「我慢できる痛みならね、そんなもんやろうと思えるねんね。でも悪化もしてなくて痛むのも記憶の勘違いやのに、痛みがぶり返すってそんなコトあるのかな?どう思います?」
「確かに痛みを感じている患者さんの中には・・・」
どピンク嬢が自分が見てきた患者さんアレコレを語る。
へ~そうなんですね・ほ~そうですか・ふ~んそうやねんね~、と『アナタならたくさんの患者さんと接してきたからわかりますよね?』という相槌をバンバン打つ。
そう!そうなんです!と、どピンク嬢の見解に見事に正解のピンポンピンポ~ン♪を鳴らしてこう持ちかける。
「腹部レントゲンでどれだけわかるかってのは別として、腫れてるか腫れてないかだけでもわかるでしょ?腫れないってわかったらそれはそれで安心なわけやし、主治医にちょっと聞いてもらえません?腹部も、てリクエストが入ってます、て」
どピンク嬢、診察中の主治医に内線で聞いてくれる。
主治医、すぐさま腹部GOサイン。
「先生はいま診察中なので、すぐに腹部レントゲンを入れることは出来ないですが、診察が終わったら入れてくれるはずです。ただ、放射線部に反映されるのに若干、時間がかかると思いますので、順番としては、とりあえず他の科の受付だけ先に済ませておいて、そのあとで放射線部に行かれたらいいと思います。いってらっしゃいませ」
おお~本領発揮してきたねぇ、臨機応変やんけかなり。
ダテに口紅どピンクじゃないよね、OKバブリー。
私はバブル期はまだ学生だったから、バブリーな社会人生活を送ったことがないんだけど、バブリーな大学生活やバブリーな社会人を経験したちょっと年上の47.8.9あたりの姉さんがたの、春から夏にかけてのどピンクの口紅は揺るぎない。
春が来たな~て、思うもの。
秋とか冬とかは大人しい色なのに、あったかくなってくるとどピンクに切り替える。
夏のレジャーなんて絶対にどピンク、何があってもどピンク、親の遺言でどピンク。
ご両親はご健在ですが、親の遺言なのかな~てくらいどピンクを守り通すの、私の周りの47.8.9は。
予約時間になってもちっとも呼ばれそうにないので、どピンク嬢に確認を取る。
もし時間がかかるようなら麻酔科のほうを先に受診したいから。
「先生が検査結果の確認中かと思いますので、番号は表示されていませんが診察室の前でお待ちください」
と、どピンク嬢。
付け加えて、こう言う。
「画像確認のほうを先生がされていたら、2番目の診察になると思いますので」
目の横でピースサインをするどピンク嬢。
2番目、に添えられる振付ということか。
…春やな。
「痛みが強いみたいなんで広範囲に渡って一回CT撮っておきましょうか」
あぁ春やな。
春になるとさまざまな人々のアレルギー症状が表面化してくるけど、サルコイドーシスもその原因がアクネ菌に対するアレルギー反応の可能性が高いとされているのが現在の研究の結果。
私には春とともに検査も訪れる。
「造影剤、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「後日、検査日の電話があると思いますので、その時に日程調整をしてください」
「はい」
遅くても5月までには連絡が来てしまうな。
早いと4月か。
復活した有給休暇が通院で消化されるのが、もったいない。
有給がすべて通院で消えていくのが、非常にもったいない。
有給を 楽しいことに 使いたい
サラリーマン川柳か。
最後の漢方医の診察を中待合で待っていると、声のデカイ漢方医が私の名前と病状とを研修医にど偉そうに吹いているのが、ドアを閉めていても耳に届く。
聞こえてますよ先生、悪口まで。
首尾一貫して漢方医は胡散臭く、言うことが都合良く、芯が無いなと常々思っていたので、これはせっかくの機会なので、なんでも自分の思うように決めつけて結論付ける漢方医を、若い女性の研修医に見られているのを意識していることを利用して、ちょっと拒絶してみよう。
「こないだの漢方変えてみて、どう?」
俺が変えてやった漢方で身体の調子が良くなっただろう?え?と続かんばかりの口調である。
「全然ダメ。仏壇の味がする。マズい。カラダにも効かんし、精神的にも悪い」(早口)
「仏壇の味ってあるの?」
「あるで。仏壇食べたことあるからわかるねん、線香臭やな。飲めたもんじゃないで」(超早口)
漢方医は患者に熱湯に溶いて飲むと効果が高いとドヤ顔で言っているハズなので、研修医にもそう指導しているに違いない。
漢方医なのに処方した漢方の味を知らないのかと、暗にほのめかすために先に言い放つ。
「お湯で溶いてなんてとんでもない。水で飲んでも苦痛」(鬼早口)
けちょんけちょんに言われても、研修医の手前ニコニコしてこう返す漢方医。
「こんなモン人間の飲み物じゃねえ~!てカンジかな?」ニコニコニ~
「そう。」冷酷
「それはすいませんでした。前のヤツに戻そうか?今のはやめる?」
「今のヤツは二度と飲まない。おいしい漢方にして、てゆったのに。前のも決しておいしい漢方ではなかったけど、今のよりかはマシやから、前のに戻す」(むっちゃ間を取ってゆっくり)
「じゃ、戻そう。前の方が合ってたんやね」
前からイヤとは一言もゆーてないし、合ってなかったわけでもないけど、漢方医判断で何故か変えられた不味い漢方のおかげで2か月苦しんだんだぞ、わかってんのか。
その苦しみを冷酷な口調と態度で表現してみました。
実験台にしたい時は前もってそう言いなよ、病人として役に立つことに協力は惜しまないからさ。
「ま、こういうことがね、たまにあります。こういう時は、患者さんの言うことも聞いておくようにしましょう」
漢方医、白旗を揚げる。
ひとりの時には決めつけで結論まで行き自己満足診察が終わっているけど、若い女子研修医のチカラが予想以上に働き、私の意見を受け入れたことにビックリする、聞く耳、持っていたのか漢方医。
若い女子研修医よ、アナタはすでに良い仕事をなさってますよ。
とんでもなく時間のかかる会計を待っている間に転寝をしていたら、私の後ろの席から「くっそ、おっせ、くっそ、くっそ」となかなかデカいボリュームの野次が飛んでくる。
振り返ると40代のサラリーマン風の男性がずーっと「おっせ、くっそ、おっせ、くっそくっそ、くっそ」と言い続けているではないか。
おっせ率よりもくっそ率のほうが高め。
周りのひとたちも眉間にシワが寄るほど絶え間なく『くっそコール』が続く。
時々立ち上がって「くっそ、くっそ」と前に行っては、電光掲示板の自分の番号を確認し「くっそ、おっせ、くっそくっそ、おっせ」とまた戻る大変に目障りな言動を繰り返している。
電光掲示板の文字は大きいだけでなく光ってもいるのに、わざわざ前に出る必要があるのだろうか。
私は全く必要性を感じないけれど、ヤジリーマンはくっそくっそといちいち前に出る。
結局、ヤジリーマンは自分の順番を待てず、警備員さんに八つ当たりに行った。
その後、ヤツアタリーマンは戻って来なかったが、駐車券の処理をしているご夫婦が「あの男の人、どっかに行ってくれてよかったな」「ひどかったなアレは」と会話していらした。
そんな中、ヤジリーマンの前の列の端に座り、奥様が「お会計はあそこに番号が出るねんて。もう出てるやろか?」とご主人に問うた時、
「まだまだ、やで。さっき出したところやのにそんなに早く会計できひんやろ。すぐに会計が終わるような人気のない病院に通うのはイヤや」
「ここ繁盛しててよかったな」
という会話をされていたのがステキだった。
ものすごくキレイで凛としたお顔をされていた、おふたりとも。
性格ってつくづく顔に出るよなァ。
イライラの掃き溜めのようになっていた激混みの病院で勉強したな。
どう反応してどんな影響を与えるか、見本はそこらじゅうに居てる。
自分が何を見ているか。
見たいほうなのか見たくないほうなのか。
どっちをより見ているか、というのがその答え。
「けっこう残ってるな」
「残ってる、て何よ。けっこう咲いてる、でええやん」
「咲ききって散っていってるねんから、これは残ってる桜やんか」
枝垂桜が短くカットされ上空をかすめる。
「もうちょっと長く枝垂れといてくれたらええのに」
「寒いな。このシートの向こうをこっちに持って来て折りたたんでかぶってみようか。あったかいんちゃう?」
「えーーーーー」
「やってみようや」
「この穴に何か杭みたいなん、ないかな~」
「そこ、あるで。枝」
「コレはアカンわ。乾燥してるからポキポキ折れる」
「んん~・・・ビニールならあるけど」
「いいねぇ、穴と穴を縛ろう。カンガルーの袋スタイル」
「あったかいやん。寝袋欲しいな~野宿したいな~さむ~い、トイレ行ってくるわ」
「うおぉおお~~!マミー!」
「いや~~~ビックリした~~~」
いやいやいや、こっちがビックリやがな。
なんかこの後ろ姿は知ってるな~と思いながら背後から近づいていたら、マミーが急にクルッてUターンかます。
「ポケモン?」
「そうポケモン」
夜な夜なポケモンを探して徘徊しているマミーに遭遇する。
ポケモンのために散歩がてら出て来たらしい。
一石二鳥なんだって、ポケモンも運動もGETだぜ!
「なんでこんなとこおんの?」
「私たち、花見してんねん。寒いからシートを布団にして寝てるけど」
布団にしてみ、って。
笑いが止まらんから。
「ほんならポケモン探しに行ってくるわ~」
「行ってらっしゃ~い」
「ははははははははは~」
あまりの寒さに頭まで袋に入っている私たちを、クスクス笑っているティーンが3組いたけど、ここまで堂々と笑う人には遭遇しなかったのでポスと顔だけ出してその顔を拝む。
「ほんまに被ってるやん、もう花も見てへんやん」
マミー、カムバーーーーーク!
「そこまでしておりたいか、やろ?寒いなら帰れよ、やろ?」
「ほんまやな」
「これが楽しいねん、て」
後々な。
去年は寒くてシート被ったよねとか来年楽しむ思い出になってるから、寝かせてる間に。
「もう、はい。ほら、ヒー坊も」
「あ、ありがとうございます」
「いや~んありがと~ん~マミ~ん」
マミーがあったかい紅茶を差し入れしてくれる。
そのためにわざわざ戻ってきてくれたマミー。
ごちそうさま、マミー。
私はこれまでたくさんの言葉をたくさんのひとたちに投げかけてきたけれど、その言葉は良くも悪くもひとに影響を与えた瞬間があっただろうと思う、私が他の人の言葉に影響された瞬間があるのと同じで。
自分で見たものや感じたことが言葉になっているのだから、つい直感的な言葉をクチに出してしまうけど、言葉の選択は常に意識していないといけないな、と改めて思う。
クチではなく頭でもなく、重要な要素は目と耳なんじゃないかな。
私はきっと今、アラを探す目を持っている。
だから今は言葉の数を少なくして、自分が見ているものが何で、聞いていることが何かを知ろう。
なにも言葉をかけない代わりに、接する全てのひとを手本にする。
良くも悪くも、その言動を。
私が今後、言葉を重ねるための下積みをしよう。
そう思って病院に行ってからの数日を過ごしてきて、いろんな手本を見て、それで私はどうかと言えば、見たくないほうを見、聞きたくないほうを聞いている。
私の目と耳と心と時間が、どの手本に奪われたいかは吟味しなくてもはっきりしているのに、意識しなくても見たいほうを見、聞きたいほうを聞き、感動によるドキドキに時間を奪われたいのに、実際の私の目と耳がそれに見合わない。
そんな時は、今やっていることを離れて別の事をするのもひとつ。
何もしないのもひとつ。
たぶん今の自分に欠けている何かがあって、それは今やっていることや今の思考から離れたら徐々に見えてくるのだと思う。
コンビニのおでんの前でハッと突然わかる、そんな他愛のないことが自分に欠けていたりするんだよね。