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弾丸ツアー:修学旅行リターンズ~HIROSHIMA

世間を騒がせた【交響曲第1番HIROSHIMA】の第1楽章と第3楽章を聴いてみた。
第2楽章だけ聴かなかったのは、YouTubeに転がってなかったから。

そもそも交響曲のなんたるかを知らないのでどう聴いたら楽しめるのかがわからないんだけど、感想としては「な~んかど~っかでき~たことあるよ~なないよ~な」旋律でした。
この曲に限らずクラシック音楽てみんなそう聴こえるんだけどな・・・教養って大事だね。


クラシック音楽が流れているちょっとこじゃれたカフェがあるとして、そこの音楽のどれもが「な~んかど~っかでき~たことあるよ~なないよ~な」旋律で、実はショパンだったりマーラーだったりリストだったりブラームスだったり、作曲家はいろいろなのにどれも同じように聴こえてるって革命的なことなんじゃないかと思う。
私の無教養の賜物と言ってしまったらそれまでだけど、だって考えてもみてごらんさい、現代音楽で言えば私はアーティストこそ当てられないが、邦楽と洋楽の違いがわかってしまう。
無教養の賜物の耳を持ってしても、ビートルズとザ・ローリング・ストーンズの違いを聴き分けてしまうのだ。

それなのにクラシック音楽はどれもこれも「な~んかど~っかでき~たことあるよ~なないよ~な」旋律が聴こえてくる。
確かに聴こえているのに、耳に残らない邪魔しない。
好きか嫌いかをジャッジ出来るほど知った曲という認識がないのに「あのカフェでかかってたような曲だね」と海馬から引き出すことが出来るのだ。
こんなに場にも耳にも溶け込む音楽が他にあるだろうか。
かといって口ずさめないけど。



交響曲とは何も関係ございませんが、そんなこんなで広島に行ってきました。
大人になってから原爆ドームに行きたいとかねてから思っていたので、それを実行に移したというわけです。

むーが秋の旅行は広島と岐阜とどっちが良いかと聞いてきたので、それならば私は大人になったことだし「広島原爆ドームかな」と答え、ヒー坊が「岐阜かな」と答え、意見が割れたのでむーツーリストは私の意見は聞かずにヒー坊の岐阜を採用していたんだけど、「岐阜ってこれと言って何もないねんなァ」と言い出す始末。
じゃぁ2択のウチの候補にしなきゃいいのに。
それでヒー坊になぜに岐阜がいいのか理由を訊けと言うのでヒー坊に確認すると、衝撃の理由が返ってきた。
「いやぁ~・・・なんとなく?」
旅行って、そうゆうもんだから。
なんとなくの気分で進むから。
むーツーリストで組んでいただくガッチガチの弾丸ツアーでは、楽しめないから我々自由の民は。

しっかし今回は弾丸なのもさることながら「オマエが広島に行きたいゆーから来てんねんで」と最初から1択だったようなことを抜かす抜かす。
コレだからな、酔っぱらいは。
だから酔っぱらいの相手はキライやねん。

「広島か岐阜でどっち、ゆぅから広島ゆぅたんや」
「は?なんで岐阜やねん」
「知らんわ。広島か岐阜ゆーたやろ」
「オレ広島なんかゆーてへんわ、岐阜もゆーてへんし」
私もヒー坊もなんで岐阜?てゆーてたのに、そんな選択肢すらなかったそうで。
私の意見を却下して岐阜を選んだヒー坊に理由まで問うておいて、私が行きたがったから仕方なく広島だそうで。
コレ、ほんまのツアー会社やったらクレームの嵐やでな。
身内しか巻き込まんから命拾いしたよなもんで。


「ここ、爆心地やて」

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私の脾臓の痛みなど、なんてちっぽけなことだろう。

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鎮痛剤を一気に減らすのが不安で3ヶ月分も処方箋を書いてもらったさ・・・戒めよう、己を。
なんて弱さだろうか、情けないな。
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「こんなに街中に溶け込んであるねんなぁ」

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爆心地から見上げる空が、平和な日本で刺さってくるように見える。
私に見える空の美しさって、どれが限界なんだろう。
空の本当の美しさが平和でかすんでいるなんて、誰が語ってあげられるんだろう、今後。
子供たちよ、それが平和である。
空の美しさを語ってくれるひとに出会った私は、幸運なんだと思う。

戦争を感じる時、祖父を想わずにはいられない。
少年兵だった祖父は92歳で存命であるが、決して戦争を語らない。
それが戦争経験者にとって癒える方法なのかもしれないな。
戦争のない日常を丁寧に丁寧に過ごすこと。
その日々の只中に誰が真実を聞き出せようか。
死ぬまで事実であり続ける記憶を一片とて誰も召し出されますまい。

ジジィが生きているうちに戦争の話を聞こうかな、と思うこともあるけれど、いつもいつもその気持ちは打ち消される。
92歳のフザけたくそジジィが、癒えていないようで胸が痛むから。

「あ~覚えある」

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修学旅行で黙祷を捧げた、原爆死没者慰霊碑。
正式名称は「広島平和都市記念碑」だが、通称名のほうを使おうと思う。
広く一般的にクチにされている名称というのは、クチにするひとたちに共通の想いがあるからクチに出されているものである。
「平和都市記念碑」から受け取る感情と、「原爆死没者慰霊碑」から受け取る感情の違いに、しばし目を伏せよう。

平和の池の中のプレート。

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年月が経ったことがありありと感じられるプレート。

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この平和の灯なんだけど、これって手を広げてる形なんだって。
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こうやって。

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原爆の子の像

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モデルとなっている佐々木禎子さんの闘病中の折鶴はあまりにも有名。

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チェーンを揺らしたら、びっくりするくらい澄んだ音がなりました。

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緑に包まれるように見える位置から原爆ドームを見ると、ここだけ時間が止まっているみたい。

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中央だけを残して破壊された原爆ドームに近づくと、ものすごい静寂があるの。
もちろん観光客もわんさかいるし、当然いろんな音があるんだけど、その全ての音を吸い込む建物が原爆ドームだと思う。
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きっと自分の耳が無を作り出すんだね、悲惨な現実を目で見、肌で感じると、無音になるんだと思う。

静寂を感じるんだけど、ひとつだけ、無にならない音があります。
耳に届く音があるのひとつだけ。
さて、何の音か。
それは、現地でお感じください。
あなたの耳にも間違いなく届き、その音が未来に続く平和を感じさせてくれることでしょう。

アプリで見てみる。

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こんな風に建っていたんだね。

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時を経て現代的に変化していた平和記念資料館は、外国人観光客が写真を構えていたことを思うと写真が撮れたのだろうけれど、日本人の私にはとても撮ることなんて出来ませんでした。
だから写真はありません。目と心とで見ていただいたらと思います。


25年前、古びた建物の外階段を上って辿り着いたと記憶している原爆資料館には、今ではケースの中に展示されている三輪車や時計、ガラス瓶、遺品、衣服、それらが同じ空間にただ紐を張って囲ってあるだけの方法で展示をされていたように思う。
展示品に手は触れられなかったが「触れる」とはこういうことだと学んだのはあの時のあの瞬間が、私のこれまでの人生の中で一番合致をみたように思う。

ゆっくりと見て回りながら、だんだんと喉の奥が窮屈になる、そんな展示のされかただった。
年を追うごとに平和になっていき、展示物との空間に良い意味での距離が出来ていくのは嬉しい事だけど、その過程を今の子供たちも感じられるような展示が出来れば良いなと思う。
かつて修学旅行で行った親と、いま修学旅行から帰った子が、それぞれの平和のカタチを語り合えるように。
全てのひとが窮屈な喉で過去としてだけ語っていけるように。







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by yoyo4697ru980gw | 2017-09-14 23:03 | +朝臣寺+ | Comments(0)
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