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このブログをお読みになっている延べ40人前後の皆さま、ごきげんよう。
![]() これまで数々の仕様変更があったエキサイトブログですが、使い勝手が悪くなって行こうともしつこくエキブロでのブログ更新を続けてまいりました。 さらに6月、このような変更がありました。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 ![]() posted by (C)千徒馬丁 「検索タブ」が終了。 広告が付かないからエキブロ無料版を利用し、とにかく無料無料のタダっぷりを発揮してきたわけですが、テキスト広告が付くようになり、無料版の画像アップ上限が来て、 ![]() posted by (C)千徒馬丁 それでも外部のフォト蔵を使って、画像込みの更新をしていました。 ところがどっこい、フォト蔵の画像アップがドえらい時間かかったり、ずっとメンテナンスが続いたりすることはしょっちゅうでございました。 それに加えてエキサイトの過去記事の画像が寝ちゃったり、 ![]() posted by (C)千徒馬丁 伸びたりと、 ![]() posted by (C)千徒馬丁 テキストが崩れて読みにくさがちょいちょい現れるようにもなりました。 いよいよエキサイトも潮時か…と時代の流れを感じます。 令和だもんな、もう。 今後は「noteで記事を更新する」という方法で、文章をツラツラ書いていこうと思います。 このブログがなくなるわけではないのでずっとこのままありますが「ブログがnoteに変わります」というお知らせです。 エキサイトブログの記事をインポート出来る機能がnoteに無いので「しばらくはこのブログのいくつかの記事をリライトしてnoteに書く」ということをしていきますが「noteでのみ書いた記事」も混在しておりますのでもしご興味があれば、Twitterやnoteをフォローいただいたり、チェックしていただければと思います。 骨折くらいしか検索されないブログだったので、骨折の記事をリライトしてお引越しを完了させようと思っています。 とか言いながら「骨折以外でも意外と検索されていた」ので最期の「検索ワード」をアップして、通りすがりの皆さまに有終の美を飾っていただきましょう。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 足の指の骨折と言えば私。 私と言えば足の指の骨折。 キッチリ最期まで検索に上がって来るワードでしたね。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 1月になるとよく検索ワードに上がって来る高島易断。 この検索ワードで私は正月を感じておりました。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 トイレットペーパーはどうぞ好きなトコロで切ってください。 関西はサラダ巻き、宮崎はレタス巻きです。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 何にも見えなくて楽しみました。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 誕生日別セルフ易断を見かけたら、出来心で買ってみてくださいね。 小便器が見えるのは男子便所あたりです。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 私は自分のことを便所ライターと名乗り、昭和の汚い便所を見つけるとついつい写真を撮って紹介したくなるのですが、他にも同じ癖の人がいるのかな? ![]() posted by (C)千徒馬丁 「むちゃ」は宮崎弁で「てげ」です。 「てげひんだれた」は宮崎弁で「とても疲れた」という意味ですが、そのまま韓国語として通じますので使ってみてください。 韓国語でとても疲れたはこう言います「テゲヒンドゥルダ」 突然不意に1記事だけにアクセスが集中することがありますが、 ![]() posted by (C)千徒馬丁 3月19日、ジャンケンマンフィーバーに何かありました? ![]() posted by (C)千徒馬丁 サムライアンブレラを飛行機に持ち込む際は手荷物として持ち込むのは危険でしょう。 耳かきでさえ刃物扱いで疑われるんだから。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 花隈の治安は、高架下しか知りませんがシンと静まり返っています。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 モトコーはもう随分と変わってしまいました。 その目でお確かめください。 時代の流れを感じていただけるかと。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 木製でも耳かきは持ち込みを避けるのが賢明でしょう。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 便所ライターと名乗る私への餞の言葉としてこんなに相応しいことばがあるでしょうか。 最高の彩りです。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 関西弁の「めっちゃ」にはめちゃめちゃ種類があるので、どうぞ使い分けてくださいね。 2007年からの長きに渡り、私の長文蛇足にお付き合いいただきありがとうございました。 つづきはnoteで。 ![]() posted by (C)千徒馬丁 #
by yoyo4697ru980gw
| 2023-07-07 20:50
| +ミルニング+
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by yoyo4697ru980gw
| 2023-07-03 19:12
| +in the sky?+
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「改善」と「許し」どちらがひとを死なせないだろう。 どちらも、だな。 そんなことを思った朝だった、市川猿之助救急搬送のニュースは。 私は自殺反対派である、何がなんでも寿命で死ねと思う、それが産んでくれたひとに対する最低限の礼儀だから。 私を産んだ母親は宗教洗脳により人でなしになって久しく、まともで冷静な対話が出来ないほど精神を病んでおり、母子の縁を完全に切っているがそれでも産んでくれたことに対する最低限の礼儀として私は寿命で死のうと思っている。 知人や身内の自殺を経験し、残された者のひとりとして、生きることのツラさを知らないわけではない。 とくにここ3か月ほどは子宮の病気の治療でホルモン剤を服用しており、その副作用であるウツや更年期の症状に苦しむ中で、泣いたり喚いたりしながら只ならぬ気合だけで耐える一日を繰り返すたび「生き続けるのはしんどい」と感じるようにもなった。 幸いにも根性があって意志も固いので「自殺だけは選ばん」と理性を保っているがその一方で「いま寿命が尽きてもそれはそれでかまわん」とフと考える瞬間がある。 その瞬間に必ず頭の片隅で「いま正常じゃねぇな」を記憶から引っ張り出してくる。 「正常」がどういう状態かを覚えているから。 病人の身体のツラさは確実に精神にも影響を及ぼすことを闘病で実感している、ということを私は頭で理解している。 ココ、重要なポイントではないかと思う。 「ということを私は頭で理解している」ていう正常性を知っているか。 身体が健康じゃないのは病人なんだから当然として「その影響で精神が病む」ことを理解し、正常な自分を頭に入れてるかどうかがとても重要。 精神が病んでいる異常な時にその理解を思い出せ「正常」を引っ張り出せるかどうかが、自殺しないかどうかのポイントのように思えるのよ。 市川猿之助救急搬送のニュースの内容を読むに、両親は死亡、現場の状況から自殺を図ったとみられている本人は一命を取り留めている。 自殺を図った原因は本人にしかわからないことだろうけれど、心身ともに正常ではなかったことは確かなのだろう、とくに心が。 今の私がもし死ぬ確率の高い病気を発症したら無治療を選んで最短で寿命が尽きる選択をするだろう、高い医療費を払ってまで治療を施し生きながらえようとは思わない。 難病を発症してから闘病10年もう一通りのツラさは味わったと思う、耐えられるだけは耐えたし十分に寿命を延ばしたハズだ、発症当時は息子ふたりはまだ学生だったが今や25歳を過ぎ母親の病死を受け止めるに足る年齢だと思う、ならば潔く私は無治療で自然な病死を選ぶ。 「治療をすれば完治する」なら治療を選ぶが「治療をして完治する可能性が50%」なら無治療だな、副作用に耐えることなく残りの時間を穏やかな日常として生きたい。 コレが持病が増えて手術にならないよう服薬治療をしている影響でメンタルが弱っている今の私の「死にたい思いの程度」である。 人間は心身ともに正常な時に、死を選ばないし、人を殺したいとは思わない。 心身ともに病んでいる今の私の「死にたい思いの程度」を仮に50%としよう。 事実、私は50%程度の死にたい思いではまだ自殺は図っていない。 ではこの状況で何が起こったら私は死にたい思いが50%を超え、そしてそれを実行するほどに異常になるだろうかと考えてみた。 「正常な判断を思い出せない時」である。 この4年くらいのコロナストレスでメンタルを病んだひとが私の周りで複数人いたが、その中のひとりに「殺したい」と言われたことがある。 酔っ払いにぶつかられると「殺したろかァ」と言われるイメージがある大阪でも一度も言われたことないで「殺したい」て。 大阪のガラの悪い酔っ払いでも言わない脅迫をクチにする事すなわち「とうとうそこまで精神に異常を来たしているのか…」と判断し、その人とは距離を置いたので今のところ私は無事に生きている。 自殺を考えたり、人を殺したいほど憎む。 「自殺を考えること」「殺したいほど憎むこと」ソコまではギリギリのギリで正常かもしんない、考えるだけなら憎むだけなら。 でも実行に移したらもう異常だと思う。 いきすぎてしまわないために皆「正常な判断を思い出す」ことをしているのではないか。 思い出せれば自殺や殺人は実行に移さないが、実行したということは「正常な判断」が「思い出せなかった」のではないか。 思い出せないまでに自分自身を追い詰めた、追い詰めてしまったのも自分自身だろうけれど、そのきっかけはどこにあるのだろう。 週刊誌の記事?誹謗中傷?ネットの炎上?きっかけは他の誰かの言葉かもしれないが、その発端は自分の言動にあるのだろう。 だから自分で自分を責める、精神に異常を来たすほど責め尽くすのが自分という存在で、その正体は「良心の呵責」と呼ぶものなのかもしれない。 他人が他人を責めるより、自分自身を責めるほうがずっと重くて苦しいことは、誰もが経験している。 けれどもこの世の中で、清廉潔白でいつでも正しく一度も間違えずに生きてる人間なんていやしない。 法を犯したなら償うべきであるが、加害者と被害者がいる場合に、被害者が求めているのは「謝罪」や「改善」であって加害者の死ではないと思う。 正常な人間なら「死んで償え」とは思わないんじゃないかな「生きてちゃんと償え」と思うのがまっとうだと思う。 加害者が謝罪したり、間違いに気付いたり、改善をするのに必要になってくるのが「許し」じゃないかと思える。 被害者が望む「改善」加害者が更生するための「許し」世の中が正常であるためにはどちらも必要。 被害者も加害者も生まない世の中にするために必要な「正常な判断」のために心身の健康が必要。 生きていたら皆、間違う。 それを許し合う社会で生きることは、全員がちょっとずつ苦しいことだと思う。 自分の間違いを許してもらったからこそ他人の間違いも許すことが出来る。 「間違う自覚」と「許す配慮」はどちらも必要なのかもな、と改めて感じた出来事が市川猿之助救急搬送のニュースだった。 47歳の市川猿之助、歌舞伎役者で一般人よりもいろんなストレスに晒されているだけにそれに耐え得る経験値も能力もあるひとに思われた、私の目には。 同じ47歳で難病人の私でさえ、47年の人生でいろんな経験といろんな闘病を体験したことで「正常な判断を思い出せる」ようになった。 ホルモン療法はとんでもなくしんどい瞬間があるが「この一瞬を耐えれば」と正常な判断を思い出している。 病人の私の一瞬なんて何の生産性も無い一瞬であり、ただただベッドで横になっているだけの一瞬なので責任すら無い。 歌舞伎役者でましてや主演公演中であった市川猿之助の「一瞬」と私の「一瞬」ではわけが違うと思うが、同じ人間だからツラさは一緒だと思うしその「一瞬」こそがいかに苦しいかも知っているので、まずは自分で自分自身を「許す」ことが優先すべきことだと思う。 市川猿之助救急搬送のニュースに心を痛めたすべてのひとに当てはまることではないだろうか、大袈裟でもなんでもなくて。 「正常な判断を思い出せる」正常性を頭の片隅に置いて、自分自身をいつも許す準備が必要なんだと思う人間てのは。 私は一瞬一瞬を毎日許し続けて今日の闘病をし生きている。 起き上がれない瞬間を許し、洗濯に2時間かける自分を許し、家事が出来ないことを風呂に入れないことを許している。 「たった一日耐えればいい」と許しているし「この一瞬を耐えればいい」と許している。 自分自身を許して「正常な判断」を引っ張って来てる、毎日ね。 「たった一日」でいい「この瞬間」でいい、自分を許して耐えないか。 許す一瞬を耐え続けたこの「たった一日だけ」を生きないか。 その「たった一日」を「一生続けるだけ」でいい。 苦しくて耐えただけの「やっと過ぎた一日」を良しとしよう。 そういう風に生きることを許してはダメだろうか、死を選ばないために。 #
by yoyo4697ru980gw
| 2023-05-19 21:18
| +難℃ set key+
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