迎春

妄想に妄想を重ね重ね
本年も宜しくお願い申し上げます
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# by yoyo4697ru980gw | 2008-01-02 00:20 | +ミルニング+ | Comments(4)  

妄想上「講習代」

さて、2007年もとうとう最後の一日を残すのみとなりました。この一年、私には毎日何かしらいろいろなことがありました。どんないろんなことがあったかを書いていくと365日かかり、ただでさえ長い文章が今度は終わらないことになってしまうので書きませんが、とにかく一言で言えば「決断をし、行動をした」一年にございました。たしか2年前、占術に興味のある職場のオーナーが、私の運勢なるものをみてくだすった時には「3年間、何もしたらアカンで。」との助言をいただき、なんてラクチンな3年間なんだ!と、占いに明るいことは全くない私でありながら瞬時にその運勢を信じました。あたしぃ~今後3年間、何もしたらアカン運勢やね~ん♪と方々で言っては、やらない言いワケにすることができました。「自分から何かをしたらアカンよ3年間は。誰かの意見で動くことやね。」というのがオーナー曰くの「私の今後3年間のよいはからい」であったのにもかかわらず、本厄だった2007年、私は様々な決断と様々な行動を取らざるを得ない状況下にばかり居りました。下した判断が間違っていることも多く、ゆえにこの2007年、私は様々な失敗やら挫折やらを味わいました。しかし2007年、失敗したや挫折したやゆぅて明日がなくなったことはただの一度もござ~せんでしたねぇ。
「ダメだ…もう私の明日はない…」て、失敗するたんびに申しておりましたが、必ず明日はやってきました。イヤでもやってきましたねぇ…よぉできたもんで絶対に「明日」ってあるんです。もしかしてご存知ないかたあるかもわかりませんから、ゆぅときまっせ。生きている限り「明日」はなくなりません。その「明日」が生き地獄なのかリベンジのチャンスなのかの違いはありましょうが、人生の貼紙はいつだって手書きで貼り出されるわけです。

「明日」入荷いたしました!

くらいの待望感を抱けるほど確実に

「明日」あり☒。

だから私はこの2007年の失敗をどう受け取ってどう処理したかというと「ま、厄だから。」と流してまいりました。「厄」出したらあーた、オールオーケーだわさ。

ところで。
関西のおばちゃんというのは、日本のおばちゃんの中でもその図々しさが秀でていることで有名です。関西のおばちゃんの代表的な口癖は「よぉゆわんわ~」と「まけてぇな~」です。活用法は以下の通り。

「えっ?!コレ、こんなんが5000円もすんのっ?!こんなんアンタ、なんぼほどぼりよんねんっ!こんっなペラペラで5000円?よぉゆわんわ~。ワタシ、3000円しか出せへんで?まけてぇな~。」

なんぼほどマケさしよんねんっ!でも、大丈夫。商人もマケちゃぁおりやせん。関西のおばちゃんを熟知しとるから、はなっから設定金額が高いんですわ。商人の代表的な売り台詞は「かなんなぁ~」と「マカらんねんでっ!」です。活用法は以下の通り。

「え~…も~…吉田さんはホンマかなんなぁ~。ほなワシも勉強するさかいあと500は出してぇな~!吉田さんやなかったらマカらんねんでっ!3500でどないでっか?!」

原価2000円の品、アナタも得、ワタシも得。めでたし・めでたし。

図々しさでは右に出る者のいない関西のおばちゃんの「図々し口癖」の中に、メジャー級ではないのだけれどとっても好きな台詞があります。それが「講習代はろたおもて」です。主に金銭が絡む失敗の時、そのお慰みの言葉として用います。

ドライブ中に左右確認を怠って、左ドアをブロック塀でガリガリとやって修理代10万円で凹んでいると、関西のおばちゃんはこう言って慰めます。

「まぁ、10万の講習代はろたおもて。もう当たることはないやろから。」

しかし、払った10万の甲斐も虚しく、今度は後ろをブロックに当ててしまうひとってのはいるもんで、更に高い修理代に凹んでしまうアホがいます。…それは私ですが。

「これでもうブロックには当たらへんわ、25万の講習代はろたんやから。」

この「講習代」とは「同じ失敗を繰り返さないために受けた講習やおもて払ったことにしとき」という趣旨のものであるらしいことがわかります。とにかく金銭に換算して得をしとかなアカンのがポリシーの関西のおばちゃんですが、この「講習代」に関しては自分の腹が痛む金銭が絡んでいなくても、活用するおばちゃんが時々いたりします。

例えば仕事で失敗したとしましょう。それは謝って済むような失敗ではない大きい失敗です。会社を辞めるか辞めないかというくらいの。週末、辞表を出すか出さないかモンモンと悩んでいる所へ、近所のお節介大好き小野さん(関西のおばちゃん)が家にやってきました。
「はい、こんにちは~。あら?おかーさんおってやないの?今日3時に行くでて、ゆぅてあんのにから…どこ行きはってんや?まぁまぁ、ま、まだ3時ちゃうけどな、おばちゃんちょっと早く来たさかいな。」
「あぁ、こんにちは。いや…ちょっと出るゆぅて…すぐ帰ってくる思うわ「小野さん来るからな~」ゆいもって出て行きよったで?」
「まぁ~アンタ、えらい痩せたんちがうの、ショーちゃん?!どないなん、仕事忙しいんかいな?」
小野さんは、自分からオカンがどこ行ったかを訊いておきながらショーちゃんの答えには一切耳を貸さずに、言いたいことだけ、言うでしょう。
「うーん…忙しいっていうか…辞めようかと思ってるとこやねんけど…」
「あーら、まーたアンタそんなんゆぅて~。なんぞあったんか?おばちゃんにゆぅてみい?おばちゃんショーちゃんの味方やねんから、ゆいんか。アンタ、産まれた時から知ってんねからっもうおばちゃんが産んだみたいなもんやでっ!ゆーて?産んではないねけどな~あっはっは~、ゆーて?」
ショーちゃんは、その事の重大さをあんまりわかっちゃいないおばちゃんの雰囲気につい「実は…」と本音を言ってしまいます。どうせ、たいして聞きゃぁせんわい、おもて。…オレ…失敗してもたんや…会社にえらい損させてもた…一千万やで一千万…こんなん謝って済むこととちゃう…辞めたほうがええやろておもてんねん…
小野さんによる証人喚問が始まります。
「上司に怒られたん?」
「かなりや…」
「そら怒るわ。ほんで、クビになるん?」
「クビになる前に辞めたいわ…」
「アンタ~っ!!ちっちゃい時からヘタレやヘタレやおもてたけど、ショーちゃん大人になってもヘタレのままやったんか?!よぉゆわんわっ!失敗したんは失敗してんから、その辛いんを講習代はろたと思いんか。今度失敗せなんだらええねん。会社はショーちゃんの講習代をはろたんや。一千万はろてんねで?アンタ、辞めたくても辞められへんがな。せぇだい、仕事で返しなさいんか。」
なんぼほど払わすねん小野さん!凹む気持ちまで講習代に換算してしまうこの図々しさ。会社の損失までショーちゃんの講習代に充ててしまうこの図々しさ。でも、下手に慰められるよりこのほうが目は覚めるかな。パンチ効きすぎてるで、小野さん!
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# by yoyo4697ru980gw | 2007-12-30 22:46 | +ミルニング+ | Comments(0)  

脱妄想「音」

面倒だ。何が面倒って、電気をつけるのが。節約したい気持なんて実はないんだけど電気をつけるのが面倒なので、「節約のため」とホラ吹いている。もうかれこれ、25年くらいずっと面倒だ。私は引っ越しが好きなのでいろいろなタイプの家でいろいろなタイプの電気を使ってきたけれど、壁にスイッチがあっても、電気から紐が伸びてても、リモコンがあっても、自然光でやってきた。暗くなって帰ってきた誰かが、電気をつけてくれればそれにこしたことはなかったのだ。当たり前のことだけど、暗くなる時って、急にはならない。ジワジワジワリと暗くなる。それに合わせてジワリジワリと瞳孔も開く。だから、ふと気が付いて周りを見れば薄暗くなっていることはあっても、当の本人の視界は暗くなってはいないのだ。何かに集中している人の見ている対象物には、必要最低限の光は射しているものなんである。
夢中になるひとが見ているもの、そこには常に光が射している。
おぉ素晴らしい、なんてこったモノは言いようだな。

私が電気をつけなくてもひとりでなければなんとかなるもんで、帰宅した家族の誰かがつけてくれることになっている。
そして、「なんでこんなに暗いとこで本読んでんのっ!」とか何とか言って電気をつけてくれた御仁は、二言目には皆一様にこのセリフを言わはる。
「目ぇ悪くなるでっ!!」
わたくし、32年間、電気つけずになんやらやってきたが、只今の視力、1.2。たぶん、まぁまぁいいほう。自分でもいつかホンマに視力悪くなるよな、とずっと思ってきて、まだ思ってる。未だに自然光でやっているけど、あと32年かけて予想では0.9。たぶん、予想では意外とマシなほう。

とにかく電気をつけない習慣できているために、私は夜中、暗闇の台所にインスタントコーヒーを5~6杯作りに行く。「暗闇インスタントコーヒー歴20年超」である。感覚でコーヒーの粉入れて、グラニュー糖入れて、ミルクパウダー入れる。時々味が崩れていることもあるけど、許せる範囲内で崩れてるからオーケー。そんで湯を注ぐわけだけど、「ここや」と思うところでやめて居間に戻ると、ジャスト「ここや」の嵩まで注いでいるのだ。毎日のことなのでマジマジと見ることはなかったが、今日もジャスト「ここや」。そしてその嵩を見、私は小学生の時に『ジャスト「ここや」』を掴んだことを思い出した。私失敗してたんだった、最初。

小学生の時分私は、殆どを祖父母に育てられた。飲み物はいつでも日本茶であった。急須に湯を注ぐのであるが、祖父母からして面倒がりだったのか、祖母は急須に湯を注ぎに台所へ行く際、電気をつけることがなかった。しかし、祖母はいつでもジャスト「ここや」でキめてくるんである。すでにコーヒー中毒だった私はたしか最初の何回か、湯を溢れさせた。ヤケドを何回か経験した覚えがある。電気ポットなる便利品が祖父母の家には設置されていなかったように思う。ヤカンで湯を沸かしていた。「あっちっ!」と何回か言った時に、祖母が私に教えてくれたのだ。
「注ぐ時の音をききなさい」
って。なるほど音には変化があるのだった。ジョボジョボコポコポカカカカ、て。カカカカはあんま、聞いちゃいけない音なの。その後「ジャ~」だから。ジャ~ゆぅたら「あちっ」やから。手遅れやから。

私は今日、はっとした。
確かに子供の頃学ぶための音に耳を傾けたのに、いつから騒音にばかり耳を傾けるようになったんやろ。工事の音を耳障りに感じたり、洗濯機の脱水の音がガッコンガッコン鳴り始めたら「ちっ…」て思ってた。歯医者屋に行って「キュイ~ン」て聞こえたら「やっぱ今日はやめときます」て何度も言ったな…。
私は、自分に必要な学びの音を、一体いつから聞き漏らしてきたんだろ。聞き取る耳を、一体いつ失ったんだ。私、ちゃんと自分に注がれる音を、聞かなきゃ。
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# by yoyo4697ru980gw | 2007-12-29 01:04 | +ミルニング+ | Comments(0)