脱妄想「音」

面倒だ。何が面倒って、電気をつけるのが。節約したい気持なんて実はないんだけど電気をつけるのが面倒なので、「節約のため」とホラ吹いている。もうかれこれ、25年くらいずっと面倒だ。私は引っ越しが好きなのでいろいろなタイプの家でいろいろなタイプの電気を使ってきたけれど、壁にスイッチがあっても、電気から紐が伸びてても、リモコンがあっても、自然光でやってきた。暗くなって帰ってきた誰かが、電気をつけてくれればそれにこしたことはなかったのだ。当たり前のことだけど、暗くなる時って、急にはならない。ジワジワジワリと暗くなる。それに合わせてジワリジワリと瞳孔も開く。だから、ふと気が付いて周りを見れば薄暗くなっていることはあっても、当の本人の視界は暗くなってはいないのだ。何かに集中している人の見ている対象物には、必要最低限の光は射しているものなんである。
夢中になるひとが見ているもの、そこには常に光が射している。
おぉ素晴らしい、なんてこったモノは言いようだな。

私が電気をつけなくてもひとりでなければなんとかなるもんで、帰宅した家族の誰かがつけてくれることになっている。
そして、「なんでこんなに暗いとこで本読んでんのっ!」とか何とか言って電気をつけてくれた御仁は、二言目には皆一様にこのセリフを言わはる。
「目ぇ悪くなるでっ!!」
わたくし、32年間、電気つけずになんやらやってきたが、只今の視力、1.2。たぶん、まぁまぁいいほう。自分でもいつかホンマに視力悪くなるよな、とずっと思ってきて、まだ思ってる。未だに自然光でやっているけど、あと32年かけて予想では0.9。たぶん、予想では意外とマシなほう。

とにかく電気をつけない習慣できているために、私は夜中、暗闇の台所にインスタントコーヒーを5~6杯作りに行く。「暗闇インスタントコーヒー歴20年超」である。感覚でコーヒーの粉入れて、グラニュー糖入れて、ミルクパウダー入れる。時々味が崩れていることもあるけど、許せる範囲内で崩れてるからオーケー。そんで湯を注ぐわけだけど、「ここや」と思うところでやめて居間に戻ると、ジャスト「ここや」の嵩まで注いでいるのだ。毎日のことなのでマジマジと見ることはなかったが、今日もジャスト「ここや」。そしてその嵩を見、私は小学生の時に『ジャスト「ここや」』を掴んだことを思い出した。私失敗してたんだった、最初。

小学生の時分私は、殆どを祖父母に育てられた。飲み物はいつでも日本茶であった。急須に湯を注ぐのであるが、祖父母からして面倒がりだったのか、祖母は急須に湯を注ぎに台所へ行く際、電気をつけることがなかった。しかし、祖母はいつでもジャスト「ここや」でキめてくるんである。すでにコーヒー中毒だった私はたしか最初の何回か、湯を溢れさせた。ヤケドを何回か経験した覚えがある。電気ポットなる便利品が祖父母の家には設置されていなかったように思う。ヤカンで湯を沸かしていた。「あっちっ!」と何回か言った時に、祖母が私に教えてくれたのだ。
「注ぐ時の音をききなさい」
って。なるほど音には変化があるのだった。ジョボジョボコポコポカカカカ、て。カカカカはあんま、聞いちゃいけない音なの。その後「ジャ~」だから。ジャ~ゆぅたら「あちっ」やから。手遅れやから。

私は今日、はっとした。
確かに子供の頃学ぶための音に耳を傾けたのに、いつから騒音にばかり耳を傾けるようになったんやろ。工事の音を耳障りに感じたり、洗濯機の脱水の音がガッコンガッコン鳴り始めたら「ちっ…」て思ってた。歯医者屋に行って「キュイ~ン」て聞こえたら「やっぱ今日はやめときます」て何度も言ったな…。
私は、自分に必要な学びの音を、一体いつから聞き漏らしてきたんだろ。聞き取る耳を、一体いつ失ったんだ。私、ちゃんと自分に注がれる音を、聞かなきゃ。
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# by yoyo4697ru980gw | 2007-12-29 01:04 | +ミルニング+ | Comments(0)

妄想込「麦芽」

麦芽という飲み物を飲んだ。人生二度目の麦芽飲み下しである。麦芽とは、「植物性たんぱく飲料」で、イソフラボンに鉄まで入っている体によろしそぉな飲み物である。豆乳と麦芽エキスをブレンドしてコーヒー風味に仕上げているのだ。だが、口が裂けてもコーヒーとは言えない。コーヒー中毒で舌がアホになっている私の口が裂けてもコーヒーとは言えないのだから、相当コーヒーから遠い飲み物である。要するに豆乳を飲みやすくコーヒー味にしているが、素材の風味が生かされまくっている豆乳飲料なのである。つまり豆乳だ。コーヒーっぽくしてみた豆乳なんである。
前回、親戚のおばちゃんにもらったので、飲んでみた。感想は「飲めないこともないけど、二杯目はいらん。」であった。今回の感想も寸分違わず同じである。飲めないこともないけどやはり二杯目はいらん。同じおばちゃんからもらった麦芽。よっぽど麦芽に興味があるらしい。たぶん、お潰れにならはったコンビニのテナント募集中に移動式の健康食品販売店が、午前と午後にわかれて健康食品をタダでくれるイベントをやる、アレに行っていると踏んでいるがどうだろう。アノ行列の中に、おばちゃんはいる。お年寄りがかなりワンサカ集まっているので、私は3回ほど偵察に行った。だっておもろそうやねんもん。最初はシステムがわかっていなくって勝手に入って行こうとしたら、ダメだった。なんか「引換券」みたいなものがなければ入れも貰えもしないという怪しいシステムらしい。その券とやらはどこで購入するのかを探ったら、勝手にポストに入ってるんだって。おっと実に怪しいじゃないか。タダで何かが貰えることになる券が勝手にポストに入っているなんて、これほど怪しい出来事は滅多なことではないと思う。ケツの穴が痒くなって私はいてもたってもいられなくなり、とにかく引換券が勝手にポストに入る日を今か今かと待っていた。しかし、我が家のポストに引換券はついぞ姿をあらわさなかった。(後日、知り合いからその引換券なるものを土下座して譲ってもらった。期待通りのおもろい体験であった。)
戦争を知る年代であろうおばちゃんは、健康食品の会社がPRのために配っているサンプル品を、配給感覚で受け取り、それを栄養失調の私にくれはる。他にもプロポリスなんとか、みたいなドリンクもいただく。私はおばちゃんからもらえるこの健康食品の数々を密かに「救援物資」と呼んでいる。おばちゃんは、私の健康を管理してくれるありがたいおひとなんである。実際、おばちゃんがくれる健康食品で私の身体は健康になっているのかもしれない。がしかしそれを上回る効果を出しているのが、心の健康である。救援物資は何よりも私のココロに栄養をくれるのだ。どれもこれも、ワクワクするんである。「きざみ海苔」の袋は開封すると翌日には「カタマリ海苔」になるという素晴らしさ。私はそれをミルフィーユを上から一枚一枚剥いで食べるかのようなワクワクさで、「剝がし海苔」に出来るのである。無添加だけど、味がこれでもかと付けてある。剝がした海苔一枚で、魚沼産コシヒカリが5~6杯はいけるだろう。おかずなくても、魚沼産コシヒカリならそれだけで3杯いける、日本人なら。
他にもワクワクするような救援物資はある。「混ぜて炊くだけで赤飯みたいになる雑穀」や「糖尿になるんちゃうかゆぅほど入れても全然甘くならない砂糖」や「舐めるのか噛むのかどっちかはっきりしない飴」。あぁ、それから「どうみてもインスタントなのに身体によい成分だらけで出来ているラーメン」てのもある。開発者の技術に拍手喝采である。どれをとっても片腹よじれる楽しさの救援物資。楽しくておいしい品々の中で、この「麦芽」は異端児である。マズいわけではないのに、ススまないという絶妙のポジションで、怪しモン好きの私のハートに揺さぶりをかける存在なのだ。
2杯目が飲めない麦芽は、結構な時間私を束縛する。元来のもったいながりを発揮して、私は麦芽を捨てない。情には厚いのだ。一度関係を持ったからには、そうそう簡単に捨てないのがオイラのヒトトナリ、てなもんである。
「よしっ、今日も一杯は飲み干そう…。こうやって毎日一杯ずつ…」
麦芽を飲んだ私の身体は確実にイソフラボンと鉄を摂取して健康になるってのに、毎日のプレッシャーでココロは不健康なんじゃないかと、思えてくるほどだ。
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# by yoyo4697ru980gw | 2007-12-27 01:37 | +ミルニング+ | Comments(0)

ツキ

ロボやん、これは妄想ではないんです。

仕事に行く時とかちょっとソコまで行くような時に財布を持参しないので、自分の財布に今いくら入っているのかがわからない。わかっていることは「最近銀行で引き出した記憶がないからあんまり入ってないんだろうな」という程度の感覚的なもの。それで、おやつが何もないので買いに行ったのだけど、行く前に財布の中身を確かめなかった。おやつ買えるくらいは入ってると思っていたから。
あ~コレ、食べたい。とか、お~コレ、明日食べるかも。とか、いつか無性に食べたくなるかもしんない。とか、不確かな感じでいろいろとカゴに入れてみて、レジに並んで支払いを待っていたら順番が来て、その時に財布を開けてみて、「あら~…」という事態になってしまった。
財布に千円札1枚しかなかったんである。小銭を確認してみたら「いっぱいあるなぁ~1円玉っ」という状況。う~ん…う~ん…と思うも、「もうここまできてしまったし…もし合計金額が上回ったら『やっぱやめます』システムを利用して2~3個おやつを引き取ってもらうしかないなぁ…」と決意。すんごいドキドキした。小銭を手に出してみると、100円玉1枚とあとは50円玉で、400円はあった。なんとか1400円以内になってくんないかなぁ…と思ったけれど、自分でも「超えとるよね・超えとるよね」と薄々、気付いてはいて案の定、超えていた。しかも「もう一声っ!」くらいの超え。1446円。10円玉で30円あって「あ~と16円のことやないけぇ~!」と私は地団駄踏んだ。ほんで、ワサワサあった1円玉を数えてみたら、16枚あるんだもん!!もう、なんか、コーフンしちゃって。
「細かくなっても構いません?!」
とレジのおばちゃんに言うと、
「大丈夫ですよ~♪」
と、快く承諾してくれたので、今一度数えながら1円玉を出していった。
「コレで、1430円で…、1・2・3・・・9、10…40で…1・2・3・4・5・6!!6!!ねっ?!?!」
私は見ず知らずのレジのおばちゃんに、思いっきり「ねっ?!」ゆぅて伝えてしまった。
「ほら~!!み、み、みて~!!ちょっきし!めっちゃピッタリ!財布の中のお金が全部なくなったしっ!!すごいっ!!スッカラカンで丁度っ!!」
だからなんやね~ん、てハナシなんだけど。なんだけど、だって…小銭がちょっきし、ってのはあっても、全額マルマルなんて、なかったもんだから…。
レジのおばちゃんはこう言わはった。
「いや~!ホンマやねぇ!いやぁ~あんねんなぁ、こうゆうこと。ホンマにちょっきりやなぁ、今日ツイてるかわからんで?宝クジでも買い~な。当たるかもしらんでっ!スクラッチ、スクラッチ。」
「えっ?!そやろかっ?!買って帰ろかなっ?!買ってみよかなっ?!」
「そうし、そうしぃ!」
いやいやいや、買えない買えない、たった今、一文無しになったトコ。
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# by yoyo4697ru980gw | 2007-12-25 23:59 | +ミルニング+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA