どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ

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笑道入門:副作用という作用

「痛いのに、5月まで入院しないのか?」
「うーん…だって短期のバイトが4月いっぱいまであるから入院出来ひんねんもん」
「大丈夫か?」
「それで相談やねんけどねセンセ。立ち仕事の時が辛いんだけど、痛いと思ってからじゃ遅いねんね。なんせ介護職なもんでこまめにオキノームを飲める状況にないねんやんか~…やから1回ですぐに効いて長く続く薬てないかな?」
「んー…そうだなぁ…オキノームも効くのに15分~30分はかかるからなぁ…」
「かかる・かかる、そやねん時間かかんねんね、間に合ってない」
「新しい薬でなぁ、すぐに効く舌下錠あるんだけど、それを一回試してみるか?」

確かに効いた。
舌下で溶けて30秒くらいですぐに効いたが、1時間とモたない。
激痛には波があるので厳密に鎮痛持続時間を計るのは難しいが、立て続けにやってくるパターンの激痛3連続くらいになら効いてくれるが1時間置きの激痛だと2回目の痛みの時に「アレ?もう効いてないのかな?」くらい。3回目には「完全に効き目きーれーてーるー!」という痛みが走る。

私の脾臓が痛み始めてから、そろそろ1年が経つ。
脾臓が小さくなることを期待して短期バイトが終了したあとで入院治療を受けることにしたので、それまでの2ヶ月間、どうやってうまく痛みを散らすかを密売先生と相談。

寒い場所での立ち仕事があったので、やめていた鎮痛剤を一時的に服用した。
私の脾臓の疼痛は温めることで和らぐタイプの痛みのようで、よって寒さで痛みが増す。
密売先生が投薬の種類を変えたリリカというカプセル薬は「そんなに強い薬ではないんだけどなぁ…」と言っていたけど、これまでの強い薬で耐えてきた副作用よりも副作用がツラい。
副作用の何がツラいって、吐き気とめまいがツラい。
眠くなるとか便秘になるとかの副作用なんてヘでもないのだ。
太りやすくなるとか感染症にかかりやすくなるとか骨がもろくなるとか、長期服用による怖いとされているステロイドの副作用も、さしあたっての吐き気やめまいのツラさを思えば、これをなんとかしたいという気にしかならない。

吐き気で吐いてしまった後の最終的な吐き気の副作用では「何も吐くものがアがってこない」という苦しみがやってくる。
胃液さえもアがってこないほど、カラなのである。
喰えてないし飲めていない。
吐くものが何もないのに吐くことが、こんなにツラいなんて知らなかった。
胃液がアがってくるその先にある、胃液すらもアがってこない嘔吐。
食道が焼けるかと思う、胃がアがってくるかと思う、唾液も出ない嘔吐。

ああでもないこうでもないと鎮痛剤を試すのも、自動的に1年になる。
決まらない…本当に何も決まらない。アレが効くような気もするし、コレも効くようなカンジもする。無数にある鎮痛薬、次々に開発される新薬。

一般的な鎮痛薬ロキソニンがジェネリックで1錠8円ほどなのに対し、最新麻薬の舌下錠はジェネリックもまだなくて500円超。1錠だよ、1錠。舌の裏に「ペ」て置いたら3秒足らずで溶けちゃう1錠が573.6円もすんの。痛みも引くわて、別の意味で。
私がレスキューとして現在使用中のオキノーム散は2007年に発売された麻薬で65円、比較的新しい薬であるリリカは2010年発売で125.3円なので、2013年12月に発売されたばかりのこの麻薬がいかに桁違いに高価な薬かということである。
これが14錠も処方されてごらんなさい、脾臓が痛まない代わりにフトコロが相当イタいよ。

難病指定の病気である私の場合は、処方薬は全額、国が負担してくれる。
私の今の鎮痛薬は、ガン患者に処方されている薬と同様のもので、これがガン患者の場合は難病ではないので全額自己負担ということになる。
私の脾臓の痛みはガンの末期患者ほどには痛まない。ガン患者の初期くらいの痛みだろうと思う。
それでも月に鎮痛剤だけで、5000円を超える。
痛みに毎日服用するのであれば、痛みを抑えるだけの薬に月々1万円ほどかかる計算になる。
これに治療や入院にかかる費用が加算されるし、ガンの治療には保険のきかない治療もある。
日本人の死因の1位はガンであるが、ガンになったら経済的負担がかかる、ということなのだ。
医療の進歩が目覚しいので、これからもガン治療の最新技術の進歩スピードは加速する。しかし公的保険でカバーできる範囲を技術進歩のスピードに合わせて拡大することが間に合わない日本の財政事情。保険のきかない治療の選択肢だけが増えていくことになる。

そこで「高額医療費制度」という聞き覚えのある制度を利用することになる。
多くの場合、病気にかかった先達がこぞってこの制度を利用しろと教えてくれることだろう。私もいろんな友人・知人がこの制度をすすめてくれた。
でもね、今はもっと便利な制度があるの「限度額適用認定証」という。

「高額医療費制度」では、一時的にではあるにせよお金が戻ってくるまで治療費を自分で立て替えなければならないという経済的な負担があるが、「限度額適用認定証」の場合は、がん治療のように高額な入院治療を行うことが当初よりわかっている場合、自己負担分の請求がある前に医療機関にこの認定証を提示すると、高額な自己負担額を一時的に立て替える必要がなくなる。限度額分だけ支払えばその月の残りの分の支払いは不要になるわけ。

しかしこの制度に保険のきかない「先進医療」は適用されない。
先進医療を受けるならば、全額自己負担。
保険がきく治療を「標準治療」と言うが、これは国内外の最新の研究成果を踏まえ、最も治療効果が高いと推奨される治療法のこと。
しかし治療というのはいつまでもいつまで同じことをやっているわけではない。新しい治療法は日々生まれているんである。だからこの日進月歩の医療に対応するため「保険外併用療養費制度」というものがあり、「評価療養」と「選定療養」に定められたものについては保険診療と組み合わせて行うことが認められている。先進医療はこの「評価療養」に該当するのだ。「評価療養」の中身は常に動いていて、評価が確立したものから保険診療に移行する仕組みになっている。要するに、治療効果が認められる治療は保険がきくようになっているのである。

大切なのは、自分に効果のある適した治療法を選ぶこと。
経済的な負担なしに医療を受けられることが、一番望ましい状況だということにほかならない。
高額な医療であれば、なんでもかんでも効くということでは決してないのである。
先進医療は保険がきかなくて高い、というのは実は誤解で、100万円を超える治療は3種類しかない。ほとんどの先進医療は50万円以下。
先進医療のうち約7割がガン治療で、ガン以外の先進医療のうち7割が10万円未満、99%が50万円未満。つまり、先進医療の費用を心配するのであれば、医療保険ではなくガン保険に先進医療特約を付けるほうが合理的な考え方ということになる。

私はガンではないんだけども、ガンと同じ鎮痛剤を服用している者として、経済的負担の観点から豆知識を入れておきました。

私は、ガンにかかった時のためにと一応は保険にも入り、そしてこの病気にかかるのを予期していたかのように2年前に、何故か保険の見直しをして入院と通院の内容を充実させていたんだって。
ダメ元で保険屋さんに連絡を取り聞いてみた。

「病気になって検査入院することになったんだけど、私の保険って一泊の入院じゃ出ないタイプだったんだっけ?」
50を過ぎないと入院することなんてないに決まっていると思っていた私は、とにかく保険料を安くすることに命をかけていた。
「1年前に入院1泊から出るように、って見直ししたじゃないの」
「うそ?!変えてんの?!そんな手続きした覚えないけど…」
「たしかあの時、通院でも5000円出るタイプに内容を変えたのよ。入院と通院の内容を良くしたの。だから1泊の検査入院でも、ちゃんと出ます」
「うそーん…ラッキー」
恐るべし予知能力。
私は何を思って2年前、自分の保険を充実タイプに変えたのだろうか。
子供達にお金がかかるので、節約出来るところはもう保険の内容を薄くして保険料を下げるしかない、と見直しをした。主人は風邪ひとつひいたことのない健康体ですからホホホ…と主たる保険契約を見直し、ついでに私の保険も見直したような気もする。学資保険などとうの昔に減額し、年金の保険もやめようとしていたのを、入っているのがとても良い時期に入っているから、これは続けたほうがよいと説得されて、貯金をしているのだと無理に思い込み、ヒーヒー言いながら払い続けている。だから残された保険関係は、夫婦にかけている保険。これを掛け捨てでいいからとにかく安くすること。そのための見直しで、私はどうゆうわけか備えを充実させてしまった。結果、当然だが保険料は上がった。しかし、1年後にこの病気発覚という事態である。無駄にトチ狂ってたわけじゃなかったんだな。

一泊の検査入院で、私の場合は47840円。
大学が病巣をサンプルとして使うので検査費用が大学持ちとなっての金額である。
本当に検査費が大学負担となっているのかと思うほどの金額である。
校費負担の書類にサインしたけど、本当に校費で負担して47840円なのだろうか。
だとしたら、全額自己負担だった場合に入院検査費が6万を超えてもおかしくないということである。
検査するだけで6万円。
単なる、検査。治療でもなんでもなくて、6万円。
医療費とはかくも高額なのか。

そして、入院1泊から出た私の保険料は3万円。
差し引き17840円の負担ということである。
これは大きい。
1回の入院で5万負担するのと、2万負担するのとでは、だいぶ違う。
備えあれば憂いなしとはまさにこのことである。
はぁ…何を思ったかあの時トチ狂ってて本当によかった。

病気になるとお金がかかるんだなぁ…。
私の入っている保険は、「払込免除」が付いているタイプ。
実はいろんな保険会社がこの払込免除をなくしていってるの。
なんでだろうね?免除されるほうがいいのに。
ガンや生活習慣病であれば保険料そのものを払い込まなくていいタイプだけれど、その中に難病は含まれない。
だから私は、保険料を払いながら保険料を受け取る患者である。

週一のパートで月に17000円ほど稼ぐとしても保険料で13000円が消え、残りの4000円で医療費を賄わねばならない。
特定疾患医療受給者証による、私の医療費の月額自己負担限度額が外来で2750円。これは4000円内で賄えるな。
しかし入院だと5500円の負担である。
入院後も確実に通院するので、入院したら8250円。
アシの出た4250円を、入院と通院の保険でカバーする、と。
入院治療するまでの通院には保険は出ないけど、入院後は5000円出るわけだから大丈夫だ、とお思いのことだろう。入院しても保険が出るので、プラスだと。
がしかし、入院している間の生活費が通常の倍以上になるのをご存知だろうか。
オカンが入院すれば、食費はヒドいことになる。
まず弁当は学食になり弁当ならば170円前後で出来ていたのにそれが一気に500円に跳ね上がる。息子二人で一日1000円なのだ。1ヶ月の入院で昼の弁当代が25000円。我が家の1ヶ月の平日食費相当である。
材料費1000円程度で出来ていた4人分の夕食は、惣菜などを利用して3人分1500円前後だろうか。1ヶ月45000円。冗談じゃない、弁当と夕食のみで7万円だと?
朝食はすぐに食べられる調理パンなどを買うはずだ、89円で「安かった」なんて言ってる調理パンをひとり3個の計算で買ってくるむー、1日801円、1ヶ月2403円ふざけんな。その他、アレがいる・コレがいる、となる。家の中を探せばある物なのに、当日の朝などに言いやがるため「あぁ~もう!購買部に売ってるやろ!」となる。こうしておもしろいほど現金が飛ぶに飛ぶのである。

私が、平日に3店舗をハシゴして広告品を買い求め、一週間の食費が5000円以下となるようにしてきた努力。そんな努力に努力を重ねて食費を削ってきた10年を超える日々。そうしてコツコツと貯めてきた血のにじむような努力の結晶、貯めるのには10年もかかったというのに、わずか1ヶ月の入院生活でそれが消えるのかと思うと、泣けてくる。
あぁ健康だったあの時に、一回でいいから旅行に行っておくんだった。
お金がないから無理、と行って宮崎への帰郷を許さなかったむーに「へそくりがあるんぢゃい」と威張り、あの時に無理やり宮崎に帰っておくんだった。
手土産までは買えなかったが、旅費くらいはあったのに。
なんで病になんて侵されてしまったのだろう。
しかも、なんでサルコイドーシスで、そのうえなして「悪いほう」なのか。

サルコイドーシス患者の8割は無症状で自然治癒していくというのに。
なんの症状も出ず、自分がサルコイドーシスであることにも気付かず、健診なんかで肺のレントゲンを撮ったら判明した、というひとが8割もいるのに。

「サルコイドーシスの人の8割が自然に治るのに、どうして2割のほうだったんだろう…8割のほうに入れなかった違いって何なんだろう…」

それを研究するために2割のほうの私はサンプルになるわけだが、私以外の2割の方々と会って話しをすることが一番の近道なんじゃないかと思う。
症状が出る人と出ない人がいるということは、出る人に共通する生活習慣や体質があるはずで、それなら患っている本人が病人のカンで「ひょっとして原因はコレなんじゃないか」と疑っている事項を発表するのもひとつだと思う。
『サイルコイドーシス2割のほうあるある』ていう情報交換ね。
それで見えてくる事が、私たち2割のほうのツラい症状に効く気がしてならない。

世の中のサルコイドーシス患者の2割のほうの皆さん、ココで『2割のほうあるある』の発表をしてみませんか。
よりお金を使わない治癒の方法が見つかるかもしれませんよ。
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by yoyo4697ru980gw | 2014-03-30 18:28 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

バッシングを魅せる材料に変えた沢尻エリカ

沢尻エリカが宮沢りえに近づいてきている。
いいぞ沢尻エリカ、その調子だ。
女優という仕事が楽しくて楽しくて仕方がない、というトコロまで狂うように演じてしまえ。
そして30代後半で賞を総ナメ。
それからが、沢尻エリカの真骨頂だ。
踏ん張れ、沢尻エリカ。
自分の感情にウソをつくことを決しておぼえるな、沢尻エリカ。
いいひとになろうとするな、沢尻エリカ。

「別に」発言からバッシングされまくってきた憑依女優、沢尻エリカ。
世間が沢尻エリカを嫌っても、私は信じていた。
沢尻エリカは宮沢りえのようになる、と。
バッシングそのものを、自分を魅せるための糧に出来る根性があると。

芸能界で女優として成功しようという女の根性が、そんじょそこらの女の根性と一緒なワケがないのに『清純派女優』という言葉が存在する。矛盾してるっちゅーねん。
そして世間は清純を求めて高みにアげては、理想通りの言動をせねばこれでもかと叩くのだ。
芸能界で注目されることを職業とするオンナに清純派を求めるのがそもそもの間違いやねんて。
本当に清純な女優は、無名で終わる。
清純派女優というのは、作られるものなんである。
女優として成功するなら、清純でいてはいけない。
いろんな根性と後ろ盾を付けてカンも鋭くなきゃダメだろうな。
いろんなことをクリアにし根性で乗り越えた先に、それでも自分を見失わずに、確固たる信念を貫いたオンナとなった時『清純派女優』というものが誕生する。
あくまでも『派』だけど。

根性が女々しくない宮沢りえと沢尻エリカが、私は好きだ。
『芸能界に居る』ていう自覚が、それ以外にはないっていう根性の据わりよう。
キレイな女の人の姿カタチをした侠気の持ち主。もうほぼ男。
このふたりが一般人で友達だったら、付き合うのラクやろなぁ。
ランチとかの約束して当日に「どうも気が乗らん」て理由でキャンセルしても、笑って許してくれそう。



かつて宮沢りえがマスコミで連日騒がれ、りえママが槍玉にあげられていた時代があった。
やれ娘を芸能界に売った母親だ何だとりえママの叩かれっぷりはPTAが騒ぐのに申し分のない内容で、世間はりえママを完全なる悪者にした。
そんな最中、宮沢りえがインタビューを受けている時に、ひとりの記者から自分の母親が悪く言われることについてどう思うか、という質問が宮沢りえ本人に向けられたことがあった。
正式に設けられた記者会見、という雰囲気のテレビ画面から、その質問が聞こえてきた時に私は顔を上げて宮沢りえの受け答えを待った。
騒がれている宮沢りえ本人に興味はなかったが、その質問には興味があったのだ。
我が母がバッシングされているのを娘としてどう思うか、と聞かれて宮沢りえはどう答えるのか。
当時の宮沢りえはすったもんだの数々に、マスコミがいろんな場で関係のないことを根掘り葉掘り聞きたがるような状況だった。

彼女は印象的な答え方をした。
「自分の母親が悪く言われるのはイヤです。世間で言われているようなことはありませんし、私もそうゆう風に思ってないです。でも、それは私がわかっていればいいことなので」
言い回しがちょっと違うかもしれないけれど、印象的にはこのような答え方を宮沢りえはした。
母親は本当はこうゆうひとだと言うことも出来た。
報道されていることは違うと具体的に否定することも出来た。
時間をかけて何かを語っても編集の手が加わるのを宮沢りえは痛感していただろうし、だったら質問自体に無回答でもよかった。

しかし何をどう語ってもノーコメントでも、この言葉に勝る効果的な言葉は他になかったに違いない。

それは私がわかっていればいいことなので。

記者も二の句が継げなかった。
そうだろうとも。
ハタチそこそこの娘が親子関係は他人にどう言われようとも当事者である我々が分かり合っていればそれで良いと、ピシャリと言い放ったのだ。

何の噂に踊らされてなんぼほどの真相を追求したかったかは知らんが、この質問をした記者を通して、あの会見を見た茶の間の反応もその場の反応もまったくもってひとつだったと思う。結論はひとつしかなかった。

宮沢りえの周りが幼稚

そう思わせるオンナ、宮沢りえ。
と、いうことである。
宮沢りえの回答が周りの幼稚さを露呈させる。
宮沢りえのコメントが周りの騒ぎをバカバカしく見せる。
しかし、宮沢りえは決してあからさまに「幼稚」とは言わないし「バカバカしい」とも言わないし、態度にも出さない。
これを言動に出してしまうのだ、沢尻エリカは。

沢尻エリカは『根性のある流されやすい夢見がちな少女』であった。
ガッツがあったばっかりに『個性』という要求に、夢見がちな少女は応え続けてしまったのだ。
ズバ抜けて憑依するという才能を見出され変幻自在感を次から次に要求された沢尻エリカはガッツでそれをこなしていたのだが、ある日ふと我に返ってしまったのである。

夢見がちな少女は夢見がちなままなら要求にも応えるが、フワフワとした夢の中で自分がフワフワ出来ないと我に返ってしまう。
根性がある人間が我に返った時には、非情なほど情熱が冷めてしまうものである。
夢見がちな少女が芸能界に注いだ情熱と個性的であることの要求に答える情熱。
その情熱を失ってふと我に返った目から見えたマスコミは、バカバカしいまでに幼稚に騒いでいたことだろう。

「それがアナタのお仕事です」

そう優しく諭してくれる人物が、残念ながら沢尻エリカの傍にはいなかった。
りえママは、それが言えた人であっただろう。
夢を与える芸能界の華やかさ、ショービジネスの豪華さ、そういった世界の裏側には過酷さがある。
どんな仕事でも、ただ楽しいだけの仕事などありはしない。
仕事である以上、みんな何かしらに耐え、我慢して乗り越えて仕事をしている。
それが他人の目にどう見えようとも、自分がやりたいと思える仕事だからみんな辛くても我慢するのである。
その「やりたいと思える」理由が、「生活のために仕方なく」であったり「安定した職業だから」だったり「この仕事が好きだから」だったりする。
選んだ理由はそれぞれ違っても自分が選んだことなんだから、責任を持ってそれに付随することに耐えてこそ、仕事に携わる人間としての義務を果たしていると言える。義務を果たさずして権利を主張する自分勝手など、どんな世界でも許されない。
沢尻エリカは、それをした。
芸能界に生きるプロとして我慢せねばならぬことを我慢できずに、それが自分の個性なんだからと主張することだけをしたので、叩かれたのである。
これは、度を越した「若気の至り」であったが、その気付きのなさがいかにも若すぎて世間には受け入れられなかった。
どんなに若くても、働いてお金を稼ぐ社会人として通用しているのだから、この先の展開を読んだ言動をすべきなのに、それが出来ないのだから社会人として世間が認めるワケがない。
社会人としてのマナーもへったくれもない、という状況がまるでジャスティン・ビーバーのようで、痛々しい。
その痛々しさに沢尻エリカはもう気付いたが、ジャスティンはまだ気付いていないようだ。

今の沢尻エリカはその叩かれた原因をちゃんとわかっている。
バッシングが自分をどうゆう状況に追いやったかも、理解している。
それでも自分は女優をやりたい、と思っている様子だ。
その雄々しい根性に、俄然興味が湧く。
これは「清純派女優」を作れる逸材である。
沢尻エリカはただ好きだという理由だけで、いろんなことを吸収出来る女優となるに違いない。
劣化しない・錆びないカンジも、宮沢りえとそっくり。
並々ならぬ根性の持ち主なのだろう。
ふたりのこの根性はあとから付けたものではなく、生まれ持った根性なのだ。
稀にいるのだろう、男の根性を持ったキレイな女が。

沢尻エリカは性格が悪いままでも、口が悪いままでも、自分を魅せる材料に変えられる。
だからいい人になろうとしなくても、そのままでいいのだ。
どうぞそのままでいてほしい。
悪態をついてもキレイでいられる女優なんて少ないから。
自分がイヤだと思ったことを平気な顔してイヤって言える、感情に素直なところが「清純派」な「女優」を作ると思って、自分の感情を決して隠したりなんかするな、沢尻エリカ。
性格が悪いと言われ続けるだろうけど、それを痛くも痒くも思っていない沢尻エリカを、キレイだと思う人間のひとりである、私は。





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by yoyo4697ru980gw | 2014-03-30 18:23 | +難℃ set key+ | Comments(0)

笑道入門:刻み込んだかい

「その体調でよく三宮に行こうとか言ったよな」
「あの時はこんな体調になるなんて思わへんかったからな」

短期のバイトと週一の介護、ふたつの仕事を掛け持ちしていても水曜日が確実に休みの私は、水曜日になる度に次の休みにはココへ行こうアソコへ行こうと、口だけは達者であった。
しかし実際には薬の副作用でおおかた気分が悪いので、どこへも行かない。
なのに自分の行動範囲内で一番の遠くへと想いだけは馳せて、クチにするクチにだけ一応。

「つるさくにうどんを食べに行こう…でも食欲がないからやっぱ行かない」

そんな私が21日金曜日の祝日にはサンキューマートへ行く!と具体的に宣言したのが、19日の水曜日であった。

三宮にあるサンキューマートへ行き、買い食いをして帰って来る。
久々の、遊びという遊び、遠出という遠出の計画。
サンキューマートと南京町での買い食い、たった二箇所であるが、今の私には冒険に匹敵する険しい道のりである。
電車に乗りまぁまぁ歩くんだから、付き添いなしでは出発出来ない。
基本的に付添人は二男ひー坊。
いざという時に頼りにならないことが予想されるが、いざって時に急に役に立つ可能性にかけての、イチかバチかの付添人。
その付添人に祝日の三宮冒険予約をすると、二つ返事で快諾であった。

が、しかし。
20日の仕事中、午後の仕事を2時間ほどこなしたところで私は激痛のあまり仕事が続けられなくなってしまい早退。帰宅してからは麻薬に次ぐ麻薬で意識もぶっ飛びまくった。
悪くなる一方の体調が3日も続き、今回という今回はもう救急車を呼んだら打つ手はないぞと覚悟。最終兵器である坐薬の効き目が現れなかった時には、さすがに青ざめた。
もちろん祝日の三宮なんて行っている場合ではなく、吐くか泣くか眠るかってカンジ。
ようやく病状が落ち着いた日曜日に、よくぞそれで三宮に行く気になってたよな、とひー坊は呆れ返っていた。
二日後の体調がこんなに死にかける状態になるなんて、わかってたら三宮に行く気になんかなってないわい。

「悪かったよ…こんな事になって。約束してたのにさ。でもこんな状況なんで体調が悪くなって行けないことは仕方がないと思ってくれないと…私だってわざとじゃないんやから…もぅ遠くに遊びに出ようとかすんの、やめる。はぁ…行きたかったけど…行けると思ってたんやけど…」
そんな私の心情を思ってか、ひー坊はハナモゲストアレンジ曲を口ずさむ。

♪もうすぐ今日が終わる~ やり残したことしかないわい~♪

後悔がかなりあったかい
残念な歌詞やないか~い

一生忘れないような~
出来事に耐えたやないかい
かけがえのない時間を胸に
刻み込んだやないかい

…切ない
…胸にしみるなァ
…イヤだ…こんな生活はあぁもうイヤだ

こんなカラダになりたくなけりゃ
いま元気な皆さん
自ら人間ドッグに行きましょう
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by yoyo4697ru980gw | 2014-03-30 18:02 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

笑道入門:闘病をするにあたっての予備知識

「おまえ、病気で意外に不安になっとってんなぁ?」

不安にならない病人なんて、いるのか???
たとえそれが死ぬような病気じゃないとわかっていたとしても、風邪やインフルエンザの類ではないと言われたら、ちょっとばかし不安にもなるだろう?
病名がわからず何が原因かすら不明の状態が半年以上も続いてて、良くなるかも悪くなるかも不明、その状況下で痛かったら、不安にならないほうが人間としておかしいよ。

故郷宮崎の友人から、金柑がプレゼントされた。
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宮崎のブランド金柑『たまたま』は生食用金柑の最高峰で、その『たまたま』の中から更に糖度が厳選されたエリート金柑が『たまたまエクセレント』に昇格する。
『たまたま』を金柑専務とするならば『たまたまエクセレント』は金柑代表取締役ということになる。
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金柑は常温保存で1週間は日持ちがするのですが、金柑相談役になりますと鮮度が落ちることが予想されます。
冷蔵保存で3週間が過ぎてしまった完熟金柑である金柑会長ともなりますと、アクが強い可能性がございますのでなるべくお早めにお召し上がりください。

どうしてプレゼントされたのかとむーが訊くので、同級生たちの今年の年賀状に病気であることの報告と、とにかく検診を受けたほうがいいと書いたからそれで私の身体を心配してお見舞いを送ってくれたのだと説明した。
それを受けてのむーの感想が冒頭の言辞である。

さて、将来的に闘病をする予定の皆さん。
健康には一方ならぬ自信があり風邪ひとつひいたことがござぁやせん大将も、元気だけが取り柄と豪語する姐御もどなた様もね、闘病の予定など立てたことはないことでしょう。
私もそうでした。
3~5年に一度の頻度で大々的に寝込むくらいであとは風邪やインフルエンザをひきつつ仕事や家事をこなしている一般的な健康体保持者である私は、自分が人生に於いて難病申請をするような予定は全くありませんでした。
予定外の事が起きるのが人生ってモンです。
だからと言ってアタフタして、これから先の何かが変わりますか?
いいえ、変わりません。
アナタの力をもってすればこれから先の出来事を変えられるなんてことがあったらね、人生はアナタに合わせてアナタの予定通りに事が運ぶハズではありませんか。
金があっても地位や名誉や人気があっても人生を予定通りに運ばせる力にはならないみたいですよ、ほら、最近話題のアノ方もコノ方もアチラ様もコチラ様も金や権力や秘密を使っても人生を狂わせてしまったではありませんか。

どなた様の人生でも予定は狂います。
人生が、アナタが思い描くちっぽけな未来に合わせてくれたことなんて、ただの一度もございません。
いつでも、アナタが人生に合わせて変わっていきます。
アナタが想定外の出来事に合わせて変化するからこそ、アナタの未来はちっぽけなものではなくなるのです。
コレが自分の人生だと腹を括るのは容易いことではないでしょうが、人間のクズになりたくなければどうぞ黒くてもその腹を括ってくださいね。

人生が、予定になかった闘病で狂ってしまった場合を想定して、死に損なった私からひとつ、予備知識をお教えしておきますね。特別ですよ。
「特別ですよ」と言われると、自分だけが得したような気分になりますが、この「特別ですよ」の催眠言葉を誰にでも言っている、というのが世の中の真実です。
本当に特別な人に対しては、その人だけが特別であるということを特別な本人には悟られないようにして特別扱いをします。それほど、特別なひとだから、そうします。
その事を踏まえまして、特別な予備知識をご熟読ください。



【闘病をするにあたっての痛みの予備知識~特別編~】

症状の何がツラいって、痛みです。
耐え難きを耐え忍び難きを忍ぶ闘病のいの一番は、痛みです。
闘病には他にも堪え難き諸々のことがございますが、痛みに耐える根性がつけばおおかた大丈夫です。

痛みが全くないのをゼロ、意識を失うくらいの痛みを10とした時、5までが日常生活をどうにかこうにかでもこなせる痛みであり、6以上だと日常生活に支障が出てしまうと考えてください。

6痛で大半の時間を横になって過ごすことになります。
これは鎮痛剤の量を増やした結果、副作用である吐き気やめまいが耐え難いレベルになるからです。5痛までの鎮痛剤の副作用程度ならば、服用しているうちに身体が次第に副作用に慣れていきますが、6痛以上に使う鎮痛剤の種類や量では慣れることは望めません。「今日の副作用はなんか軽いかも~」と喜ぶのも束の間、立って10分の作業をするのに40分眠らないといけない有様です。
ちなみにですが私はこの文章を5痛強くらいの症状で書いていますが、6痛と7痛に悪化することを繰り返しているために、書き始めてすでに4日経っています。
座りの作業でこのくらいの進み具合です。ブログが更新されていないからネタが尽きているのだとお思いでしょうが、ネタならアホほどございます。
「書いていないネタ」が腐るほど溜まっていて、そのネタに添える画像は2011年10月から溜まる一方で、実際に半分ほどはネタとして腐りました。
ブログが滞っていることはこれまで、怠けている私の性格が関係しておりましたが、2013年の夏以降は『痛みに耐えている間は更新していない』という立派な大喜名分を得た現状なのです。
どっちにしろブログを更新しないのは怠けているからですが、今の私は今までの私とは違います。怠ける理由が立派なのです。私はこんなにも怠ける理由がご立派な人間を私以外に知りません。怠け者のカガミになりたいくらいです。

7痛で上記副作用に加え、痛みで身体の芯が小刻みに震えるようになります。
もはや医療用麻薬を服用しても1時間ともちません。
見た目には薬中毒で『クスリが切れた』というようなカンジ。
短く浅い呼吸に、時折発する唸り声。
医療用麻薬は30分置きに服用することは出来るけれど、このような状況下ではそれが効かなくなるのも時間の問題ってトコでしょう。
医療用麻薬の間違った知識を植え付けないために、これだけは強く言っておきますが、医療用麻薬の効き目がなくなったわけではございません。
副作用に身体が慣れることはあっても、効き目がなくなるということはありません。薬に慣れると効果もなくなると思っているひとが大半だとは思いますが、効き目は変わりません。「効かなくなった」のではなく「痛みが増した」のです。
麻薬2.5gの効き目を超える痛みになったから、麻薬の量を5gに増やし、それでも痛みのほうが強いなら7.5gを服用します。
2.5gで1時間は確実に痛みを取る作用のあるオキノームを1時間で15g服用した時の副作用はいかほどか。
強い薬は副作用とのセットであることを忘れてはいけません。
医療用麻薬を使用するということは、痛みを単になくすという行為ではないのです。麻薬が痛みに作用するようにうまく痛みをコントロールすることなのです。
だから、こちらが常に主導権を握って服用をしていかねばなりません。
意思を持って服用するのが医療用麻薬です。
痛いからって安易に手を出す魔法の粉ではなく、タイミングを見計らって投入する秘密兵器です。
痛みを我慢することのほうがストレスなのか、副作用に耐えることのほうがストレスなのか、自分にとってどっちなのかを見極めて服用することがポイントになってきます。
痛みを我慢していて身体に悪いことが何かあるのか、そのことが知りたいと患者なら誰でも思うでしょう。私も思ったので訊いてみたら、我慢した痛みはただ我慢した、という事実でしかないそうな。
痛みやストレスそのものが、病気の悪化を招いたり手助けすることはない模様です。
そんなわけなので、痛いのがストレスなのか副作用がストレスなのか、自分でよくよく考えてよりストレスレスな状態に近づけるというのが、7痛の時に優先する事項です。
耐えられるならば副作用だけしか出なくなるような服用の一歩手前で医療用麻薬の服用をセーブして、その効き目が一時的にでも現れるのを待ちます。
家族は麻薬中毒者のように唸って痛がるアナタを心配して早く痛み止めを飲めとすすめてくるでしょうが、その声に負けてはいけません。
見極めて『ここぞ』というタイミングで服用します。
そして一時的にでもレスキューが効けば、安心感からその後の激痛にも落ち着いて対処出来るようになります。

8痛ではあまりの痛さで実際に嘔吐します。
服用タイプの麻薬では鎮痛効果は殆どありません。
麻薬の作用よりも痛みのほうが強力な症状に見舞われています。
残念ですが8痛までの激痛が出た場合、9痛にまで悪化するのは確実でしょう。
痛みの劇的な回復というのは、私の経験上ございません。

9痛でとうとうモルヒネに相当する座薬を使い、意識が4時間ほど飛びます。
意識が戻った後でもしばらくは睡眠と覚醒を繰り返し、翌朝までまともな人間活動は出来ません。
これで痛みが増すようであれば、10痛でしょうね。
あまりの痛みに完全に失神してしまいます。
もしそうなった場合にひとりなら、9.5くらいのかろうじて意識があるうちに救急車を呼ぶべきです。病院到着後は筋肉注射ですね。
鎮痛剤の筋肉注射はだいの大人が腹の底から情けない声を漏らすほど痛いですが心配はいりません、その筋肉注射をしてくれと頼むほどアナタの痛みは末期ですから、どちらにせよ地獄の一瞬を味わうのに変わりはございませんので。
10痛を前にしているアナタの幸せは、この筋肉注射の後に安らかな眠りが待っていることです。
痛みと意識が、なくなります。

以上が痛みを段階分けした予備知識です。

私にはあらかじめこういった知識がなかったので、不安でした。
どこまで痛いのか、いつまで痛いのか。
いつになったら痛みがマシになってどのくらいまで痛いかなんて今だってわかっているわけではないですから、不安と言えば不安ですが、えらいもんですねぇ経験って。不安はなくなりませんが、考え方が変化します。
「しゃ~ないがな、痛いねから」
といろんなコトをサッサと諦められるようになります。

本当は4月までだった短期のバイトも3月いっぱいで諦めました。
しゃ~ないがな、痛いねから。
病状の悪化を理由に辞する意向を社長に告げるのには多少の勇気と申し訳なさを要しましたが、社長は快諾してくだすった。

入院治療をするならクビになるかな~と思ったけど職を失うならそれはそれでと諦めた週一の介護職。
しゃ~ないか、痛いねから。
入院治療する旨を申し上げ「私はクビになるのでしょうか」とうかがうと施設長はおっしゃった。
「千徒さんの場合は、病気のことを知った上で雇用の契約をしていますし、最初から週一勤務というのも治療を優先したいということでの勤務でしたからね、入院が理由でクビということにはならないですよ」
私の試用期間は半年。
入院治療が終わった頃にちょうど試用期間が終わり、このまま仕事を続けるのか辞めるのかの意思確認をして本採用となる。
「その時にどうしても体力的に働き続けるのが無理な状況であれば千徒さんのほうで辞めることを決めてもらったらいいです。会社としてはこれもせっかくのご縁ですからずっと働いてもらいたいとは思っていますけどね」
入院治療の甲斐があって継続して働けるまで回復する可能性もあるのだから、と入院期間中の欠勤が続いてもそれが理由でクビにはしないから安心して入院してください、と言ってくだすった。

あぁ私はなんてひとに恵まれているのだろう。
病気になったことは良い出来事ではなかったけれど、そのおかげでたくさんの良い人たちに出会いました。

嗚呼、人間万事塞翁が馬。
これまでの出来事をややダイジェストでお送り致しましょう。
幸福や不幸は予想のしようがないという例え、人間万事塞翁が馬劇場です。
久々に長文を書くというビョーキまで出ていますが、モノはついでなので。
しゃ~ないがな、痛いねから。

伊丹に筆名を千徒馬丁とするまぅがおりました。
2013年の春、このまぅが原因不明の病気にかかり、職を失ってしまいました。
人々は気の毒がりましたが、まぅは言うのです。
「このことが幸福にならないとも限らないよ」
病床に伏せる何ヶ月かが過ぎ、まぅは何もしていないのに急に元気になりました。
その時期たるや趣味のボンブーシーズンが始まる直前。
職を失っていたまぅは翌日の仕事に縛られることなく大好きなボンブーを心ゆくまで堪能出来る日々が続いたのです。
人々はこれは奇跡だと喜びましたが、まぅは言うのです。
「このことが災にならないとも限らないよ」
体調が良い日々が続き自分の元気を過信したまぅは、介護職を友人に紹介してもらいます。自分の病気のことを知っている友人が紹介してくれる職なので、病気の治療を優先して働ける職場でした。しかし働き始めると痛みがぶり返し、これでは仕事にならないと働いている間の強い鎮痛剤が必要になりました。その鎮痛剤がとても高価で、週一の就労ではとても賄えません。人々は何をしてるんだ、と呆れましたが、まぅは言うのです。
「このことが幸福にならないとも限らないよ」
まぅは痛みに耐えながら、友人に泣きごとを言いました。鎮痛剤がとっても高価で週一のバイトでは赤字なんだけど、かといってずっと週二勤務を続けられる自信がないんだよ~。すると友人は言いました。1月~4月まで週三勤務の短期のバイトがあるねんけど、どう?病気のまぅに仕事をすすめるなんて鬼やな~と思って言ってなかったんだけど。これは良い職に就けたと人々は祝いましたが、まぅは言うのです。
「このことが災にならないとも限らないよ」
週三で4ヶ月ならなんとか大丈夫だろう、と働き始めた職場で2ヶ月が過ぎると、病状は悪化の一途を辿るようになりました。鼻血も出し、欠勤もし、最後の1ヶ月を就労するだけの体力がなくなってしまったのです。



3月いっぱいで短期バイトのほうは終わる。
4月末までのバイトだったのでそれが終わってから入院治療をしようと、5月半ばくらいの希望で入院の手続きをしているが、大学病院なのでベットの空き状況により入院日が決まる。
希望が叶えられるかどうかはわからないが、一応は希望を考慮してくれることになっているので、バイトが終われば1ヶ月ほど仕事は週一だけとなり、体力的には入院までなんとかこれでもつだろう。
このことが、吉と出るか凶と出るかはまだわからない。
その時々で自分を変えてゆくまでよ。
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by yoyo4697ru980gw | 2014-03-16 23:13 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)
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