どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ

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イッパチボランティア

「アンタぁ、こないだ聞いてた時に気になっとったんやけど、薬飲んでるってどうゆうことやの、前からか?」
コヤモでのボランティア発表会出番前30分の控室でハムさんが、前日の土曜日のお稽古での私の発言を聞き洩らさなかったようで、詰問を浴びせた。
27日の発表会に言い出しっぺである私が欠席となるのは病気とは言えどあまりにも無責任なので、水曜日あたりから念のためにと痛み止めの麻薬系鎮痛剤をきっちり日に3回、用法と容量を守って飲んでいたのである。
何の症状を治療することもないのだが『痛くて参加できない』というような事態だけは免れると思って。
ところがとんぷくとして自分で調節して服用していた時と違い、日に3回のプレ麻薬の副作用は相当のもんで、まァ眠る眠る。
人間の身体って慣れるのも早いけど、戻るのも早いんだね。
麻薬を断った期間のある私の身体は、麻薬の副作用を完全に忘れてしまい、無痛の恩恵を受ける代わりに吐き気と眠気と便秘の副作用をも甘受せねばならなかった。
…ねぇ知ってる?便秘になると肌荒れがすごいの。とくに顔。コンシーラーでカバーできないほどの肌荒れだから下剤を使うんだけど、下剤にも慣れてないから副作用で便所に駆け込むの。もうね、ほぼ便所が住処。

土曜日のお稽古でちょっと踊ったら早速「ごはん、食べていい?」ゆぅておにぎりを一個食べていたら「お昼ごはんまだやったん?」という会話になり「実は強めの薬飲んど~から副作用で眠気が酷くてさ~食べんとギリギリまで眠ってけつかってんや~」と正直者なので正直に答えた。
ハムさんは着替え中だったのでこの会話の中にはいなかったのだが、聞き耳は立てていたらしい。
それを控え室で「無理してやってんのんとちゃうやろな?!」と尋問されたんである。
「前から麻薬は飲んでんねん。最近は調子よかったからやめててんけど、精密検査後からまた飲み始めてん。やめてた分な、副作用に慣れるにも時間がかかんねん」
今回は舞台だから化粧をしているけども、普段のお稽古はノーメイクで行っているので、私の体調は顔色で判断出来るようになっている。私のスッピンは病状に正直なので、踊りたくて行くけども代表に「今日は…ちょっと…調子があんまり良くない、ていうカンジ?」と見抜かれたりする。
「バレた?」
「まぅさん、顔に出てる」
「踊りたいから来てみたけどやっぱしんどいから2時間で早引けするわね」
「是非そうしてください」
そうして4時間のところを2時間に減らしてみるんだけど、踊るんかいなっ?!今日は早く帰って休みんか!と突っ込まれる。
でもコレどうしたことでしょうねぇ…魂の問題やと思うんやけどねぇ…踊ると調子ええのよねぇ…。

そんなこんなで本番を迎えたこのよき日。
赤い羽根担当の女性職員に「あ~こないだはどうも~」と言うも、気付かれない。
「あの…こないだイオンモールで…募金で立った時にはお世話になりまして」
「あ~!今日は雰囲気が違うから気付きませんでした!」
今年、初めて募金の担当になったからよくわかってないというこの女性職員に、毎年参加されているんですか?と聞かれ、私もこれが初めての参加やから一緒一緒!とウソをついた。…いやウソというか…ウソではないのよ【ボランティアさくらんぼの会】として立つのはこれが初めてやから。でもこのトシで子供もいれば街頭募金は立つものよ。私、学校行事とかちゃんと参加するタイプの親なの。
「赤い羽根のイベントの度にどこそこ行ってるんですか?」
「はい、担当なので」
「大変ですねぇ」
「ンフフフフ、そうですねぇ」
このお嬢さん(推定26歳)は、絵に描いたような控え目タイプで、司会進行を担当していられるのだが、マイクを使っている声が私の地声より小さい。
ハウっちゃうからマイクの音量を絞っているのかと思っていたら、インタビューでマイクを渡されたハムさんの声ではマイクがキーンとゆっていた。

mixiでつぶやいた甲斐があってさっちゃんがスタバからご覧あそばしていた。
互いに気付いてアイコンタクトで「来てくれたんや~」「うん、うん」みたいな会話をしたが、私は最初の一回目のアイコンタクトをさっちゃんにスルーされている。
私はピクニック(特売68円)のストロベリーでさえ「いやいや踊りが終わったあとのご褒美で…」と着いた早々は手を出さなかったというのに、さっちゃんは独身をいいことにスタバの高価そうな飲み物を飲んでいて、私のこっち向けビームに気付いてくれなかったのだ。
べつに~根に持ってはいないけどさ~、リッチなエスプレッソにスチームミルクを注ぎフォームミルクを丁寧にトッピングしたミルキーな味わいの気持ちまで温かくしてくれると豪語する最も人気あるエスプレッソビバレッジであるらしいスターバックスラテTall380円とかに負けたんかなぁおもたら、あまりに寂しかったから書いてみたまでよ。
スターバックスラテの宣伝文句はスタバのサイトからコピペしたものをちょっぴり悪意をプラスして並び替えたものです。

従業員出口から出てください、と言われドアを開けると『搬入口のど真ん中』だったので、ド方向音痴の私はもう一度ドアを開けて言った。
「すいません、店内に戻りたい時にはどっちに行ったら?」
そこにちょうどイベント担当の男性がいて、ご案内します、と長い長い店内までの従業員通路を道案内してくれた。
出番も終わり従業員出口から出るということはこれから帰路に着くことを意味するが、私は羽織袴のなりである。
「その恰好で来られたんですか?」
「ええ、このまま来ましたが、何か不思議なことでも?」
「いいえ…」
この恰好でウロチョロ出来るのは落語家か歌舞伎役者か私くらいのもんで、中でもこの恰好をしている意味がわからないという点では私がダントツで一位の物珍しさでしょ?
「いろんなひとにジロジロ見られながらここまでやって参りました」
「…そうでしょうね」
そしてコレからこの恰好で万代と関西スーパーに寄るの、主婦だからね。

いいかね若いの、やりくりの基本はスーパー2店舗以上のハシゴが大きなカギだ。
本日の特売品や広告の品は近所のスーパー同士で同種類のモノがカブらないようになっている。
特売品だけを買うスーパーのハシゴをすることで、育ちざかりの息子2名を抱えた4人家族の一週間の食費を5000円以内に抑える!
そうやってやりくりをした金で、土日祝日に料理をせずに惣菜や弁当を買う!
世間様は『何やってんだョ』と、思うかもしれん!
休日に料理をしたくないがために、平日のやりくりに頭を使う。
祝日の多い月などの平日は今日と明後日くらいに600円で作っとかないと連休がキツいな…と計算していざコストが700円になった場合は負担がつのる。
チョモがなんぞやらかして制裁オヒノマル弁当だと50円で済むのに…という考えが頭をよぎる。

生活に余裕があり時間にもお金にも不自由がなく、喰う事に困っていないそんなひとがボランティアをやっているイメージがおありの方は多いと思うが、こんなカンジでボランティアをやっている人間もいるのである。
条件や環境は何ひとつ私を縛りはしないんだよね。要は、私がどうしようと思ってどう行動するかってだけで。間違ってたら誰かがとめてくれて、許されたらそのまま突き進むまで。私のボランティア、一か八か。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-28 16:45 | +朝臣寺+ | Comments(0)

和して同ぜず

病気が発覚して、真っ先に退いたのがボランティア活動。
仕事を辞めるよりも先に、ボランティアの代表に相談してお稽古から退いた。

ボランティアには様々なジャンルがあるだろうけれど、私のやっているボランティアは『皆さんに楽しんでもらうための余興』という意味合いのオファーをいただいて参加する趣旨のものである。
そこへたった2時間の踊りも満足に出来ずに息があがってしまうような踊り子が来て見ているひとが楽しめるか、と考えた時、私だったら楽しめないというハッキリとした答えが出た。
気分でも悪いのかしら…と心配させてしまうような、見ていて痛々しいボランティアではせっかくの余興は台無しである。
自己満足のボランティアほど、迷惑の押し売りはないと私は思う。
サークルの仲間にしたってそう。本番に参加しない私の身体を心配しながらお稽古をしているだなんて、私は踊りが好きだからそれで楽しいだろうけど、サークルの本来の目的からはズレている。

問題なく元気だった私が復帰がいつかわからない状況で休めば何の重病かと疑問に思うだろうし、話題にも当然のぼるだろうから、私の病状を代表の口から伝えるというカタチで皆に告げてもかまわないので判断はおまかせします、と言うと、代表は『病気を治す間はお休み』とだけ伝えておく、とおっしゃった。私よりも皆とは長い付き合いの代表がそう言うのだから、右に倣え。

力仕事のボランティアや災害復興のボランティアなど、若い世代のその若いパワーを活用してボランティアをしている若者も当然いるだろうが、私がやっている余興タイプのボランティア界に10代や20代の若者は私の知る限りでは皆無。
なぜならば、聴いたこともないような民舞を扇を持って踊ったりするから。
『平日2日はゲートボールに勤しんで休日の早朝は太極拳』てなライフスタイルでなければ、伸ばした指先に広げた舞扇をスーっと持って来てピっと止めることに、シビれることなどとても出来ないことだろうと思う。
シビれなくとも若い体力とキレでよしんば扇を操れたとしても、それを愉しいと思えるかどうかは甚だ疑問である。
30代の私でもじつは扇を使って舞いながらも、その愉しさの半分も理解してはいない。
この理解度というのは明らかに年齢が関係している。ジジババが演歌や時代劇を好むのと似ているの。まだまだ個性や奇抜やを好むような世代が、愉しみを理解出来るような嗜好ではないのね。
人生経験を豊富に積んだ年齢のひとが、様々なひととの関わりとそれに付随する悲喜こもごもを越えて超えて最終的に行き着く嗜好。そこには『定番』にも似た安心感があるものである。それでいてその舞いにはそのひとが歩んだ人生のストーリーが含まれているようなね。

私は子供の頃に祖母が三味線を弾くのを見て、その曲が何なのかも歌なのか語りなのかもひとつもわからなかったが、ただ祖母のバチが三味線を弾く時にはなんて凛としていることかと思っていた。
小学生だからその姿が『凛としている』とわかったわけではないが、小さいながらも三味線を弾いている祖母にはなんとなく近寄るのが憚られた。その理由が祖母が『凛としている』からに他ならなかったことに、高校生くらいで気が付いた。
凛としている姿がカッコイイのは中年以降の年齢の特権ではなかろうか。
若さでは勝てないが、我々には『凜』がある。小娘がいくら表面的に『凜』と見せても、40代の『凜』には勝てようはずがない。胸を痛めた回数が多いほど、凛とした姿にハクが付くってもんだからね、勝てまい小娘よ、おぬしの涙はまだまだ清いわぬはははは。マスカラが流れ落ちるのも気にせず黒い涙を流さんかいだはははは。

…と、小娘を罵ってしまったが、老人ホーム慰問が中心であるボランティア活動の世界では、37歳である私は『元気の塊』のような若さである。
ボランティアを始めた当初、慰問先のお年寄りから「いろんなボランティア団体が来ていろんなことをしてくれるけど、全部の中でアンタが飛び抜けて若い!一番、若いわ~!」と言われた時には、そんなにボランティア界に若者がいないものかと思ったが、本当にいなかった。
どこへ行っても私が若く、我が親よりも目上の方々と活動しているのが現状である。
『一番若い』が、実際はホルモンバランスも崩れだし大病を患いはじめるアラフォーの域なのだ。昭和50年産まれ、37歳。
見た目には出ていませんでしょうが、なかなかガタ、キてますよー。21歳から腰痛患ぅてますねん、毎年のように足の指は骨折しよぅし、ええトコゆぅたら性格と顔くらい。あとはドコもカシコも難アリですねや。

夏の病み始めに少々体重が減って見た目が病人らしかったんだけども、それからみるみる元気になっていったのを期に、ひとつだけのつもりで、ボランティアを個人的にやってみた。
知人の働いている介護施設で初めて夏祭りをやってみるということで『盆踊りをして盛り上げて』という気軽なオファーだった。
一番カンタンで知名度の高い炭坑節と東京音頭を踊って帰る予定が、その場が盛り上がりすぎてしまい、施設のご老人がカラオケで歌う河内音頭に合わせて踊ったり、職員さんが輪の中に混ざって踊ったり、盆踊り曲のリクエストが出たりと、騒々しいほどになって予定時間を大幅に過ぎる。
それでもご老人たちの盛り上がりはやまず、最後のほうでは各テーブルの合間をぬって踊り、アッチにコッチにとテーブルに座ったご老人と手を合わせ肩を叩き目を合わせ腕を振り、さぁ次は何かといった具合である。

そうやって盛り上がる中、おひとりの老媼が私に向かっておいでおいでと手招きをしているのが目についた。
施設に来られているご老人たちには、もちろん健康である方はいない。
車椅子の方、半身麻痺の方、視力・聴力・握力・脚力、様々な箇所に程度の差はあれど障害を持っておいでである。
手招きの老媼は、声がなかなか出ないようであった。クチをパクパクとさせながら私に向かってしきりに手招きをするので、私は踊りながら近づいて行き、老媼のクチもとに耳を添えた。すると老媼の微かな声は、私の耳にこう囁いたのである。

「たのしい、たのしい」

私はその瞬間、自分がいかに自分本位に物事を考えていたことかと思い知った。
「たのしい」は、私のものでもなく誰かのものでもなく、共有するものであった。
私は自分が「してやる側の人間」だという傲り高ぶった考え方をしていたのだ。
だから私が元気でなければ意味がなかったし、ちゃんと出来なきゃダメだった。
一緒にたのしむ気があるかどうかなだけでよかったんだな、ボランティアって。
それに技術があとから付いてくればそれでいいんだと思う。
やってゆく中で順を追っていろんなことがわかり、学び、実践して、経験にし知識にし技術にしていけばいいんだと思う。
病気だったら病気のままで出来ることが何かをしてみたらよかったんやな。
「たのしい」を共有できる方法でやればよかったことを、たのしめないと決めつけて。

今、私はボランティアのお稽古に行っている。
しんどい時には正直にしんどいと言い、2時間前まで行くつもりだったけど土壇場になって「鼻血が出ているからどうも行けそうにない」と言ったりもする。
「アンタそんなに続けて踊って大丈夫かいな~」と心配されながら「今日は調子ええから大丈夫~」と大丈夫な時にはここぞとばかりに踊っている。
誰も出るなんて言ってなかった今日のボランティア発表会に「出ようや~ほんで新規メンバー募集中って宣伝しようや~」と言い出したのは私である。
「まぅちゃんが出たいってゆぅなら、ほな出ようか~」と意を決してたった2回しか出来ないお稽古でも出ることに賛成してくれたハムさんとモリッチ。
ボランティア界で私は『若モン』なんであるが、このボランティアの世界で学べる奥深い人間の在りようを、私は私よりも若い世代に是非とも感じ取ってもらいたいと思う。

ボランティアの世界は一筋縄ではいかない。直面している問題点のほうが多い。
人間関係に於いても通常の社会より何倍も複雑で、何倍もややこしい。
このたった1年の間ですら、私は何度もやめてしまおうと思ったし、溜息を吐きながら動いたことも数え切れないくらいある。
それでも、これだけの数々の苦労を束にしても、たった一回の出会いやたった一度の感動がそれらをチャラにした。
このつまづきくらい何やねんまだまだやれる、と思わせてくれた。
このような経験があるとなしとでは、何かが違うような気が私はする。
それが何かはわからんが、若い世代が持っていて損にはならない、ということだけは言える。

若いうちの苦労は買ってでもしろと言うけれども、買うくらいなら、ウチのボランティアで活動することをオススメする。
なんたってボランティアだから年会費がないうえに、漏れなく様々な種類の苦労が付いてきますのでね、一石二鳥です。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-27 10:16 | +ミルニング+ | Comments(0)

地獄の沙汰

「今の医学って発達しと~からあんまりザックリ切ったりしぃひんらしいで?」
「らしいな。先生も『簡単な手術で傷口も大きくはない』みたいなコトゆぅとった」
「やろぉ?穴2つとか4つとか空けてチューチュー吸い出すとかそんなんらしいわ」
じゃぁいっか。
…とは、ならんけどな。
チューチュー吸うことになんかカジュアルな雰囲気をもたせてるけど、イヤやでな、脾臓をチューチュー出されたら。
取り出した私の脾臓は病理検査でしっかりと、しかるべき診断名になって私に還元されなきゃ浮かばれない。
何の解決もされないまま無駄に内臓が1コなくなるなんて、ヤだ。

夏に劇的な回復をみせていると思われていた私の脾腫は、10月の造影CTで『まったくもって回復していない』ことが判明した。
まだ治っている最中だろうから今のところはひとまず元の脾臓の2倍くらいかな~半分くらいは小さくなったかな~と、それでも控え目の予想で精密検査の結果を聞きに行くと、先生は私の脾臓CT画像を見せながら言った。
「これなァ。全く変わらないんだよなァ」
「へ?小さくなってへん、ゆぅことですか?」
「そうだな」
「少しも???」
「そうゆうことだ。そしてやっぱりココとココと…このヘンだな、黒い影が出てるな。若いから残すようにしてあげたいとは思うんだけども、まだ死ぬわけにはいかないだろ?」
「そうですねぇ…もうちょっと生きてないといかんでしょうなぁ…」
「若いもんなぁ、そりゃ死なないほうがいいぞ。手術も視野に入れて、外科の先生たちの意見も聞いておくから、来週もう一度、今後について話し合おうか」
「こんなに元気なのに?」
「う~んそうだよなぁ、わかるわかる。血液検査の結果も出てるけど何も異常はないもんな。こんだけ元気だからまずガンという可能性はないとは思うんだけど、もしガンだった場合が怖いだろ?」
「うーん…これね?もしガンだったら他に転移することは?」
「もちろん、あるな」
「そっか…わかった。来週、考える」
イテテテテ…完全に心理的作用だが、腫れたままだと聞かされた途端、急に痛い。
病状横ばいの結果を一緒に聞いた付き添いのオカンが言う。
「えぇー…先生ぇ…喜び勇んでココに来たのに…」
「ごめんな、良い事が言えなくて」
先生、思わず謝る。
いえいえいえ、治っていないのは先生のせいじゃナイですから。
夏が終わってボンブーがなくなったもんなァ。
ボンブー療法の効き目が9月後半あたりで切れたみたい。

私の脾臓を取る予定である外科医の予約を入れられたということは、手術をすすめられるのだろうか。
摘出手術の手続きも済ませていて、それが劇的な回復により延期になり、ついにはキャンセルになったのが夏。
夏は私のボンブー魂が疼くものだから、キチガイ根性で入院を蹴散らしたのだろうな。私の貴きボンブー魂は入院を阻止はしたが病状の回復までは力及ばず。
この先、経過観察を続けても回復の見込みはなさそうだし、たかだか2~3ヶ月間だけ手術を先延ばしにしたところで、痛みに耐える期間が延びるだけなのは目に見えてるから、こりゃ切るしかないな。
神様…いるんだったらありがとう、夏の間の私の楽しみを奪わないでいてくれて。
ほんで、モノは相談ですがボンブーは秋にもあります。
すでに11月まで予定を入れてしまっているのでもしいるんでしたらそこンとこ、ひとつよろしくお願いします。

手術を受けるという意思を伝えるつもりで病院に行くと、予約したはずの外科医の診察はなく、いつも通り主治医の診察であることを看護士に告げられる。
どうしたのだろう?外科医がこぞって私の脾臓を取ろうと言うと思っていたのに。
主治医の説明はこう。
「現状で脾臓を取ってしまうのはあまりにもかわいそう過ぎる、ということで外科の先生たちの意見が一致したんだよな」
私はこんなにえ~かげんな生活を送っているのに、どうゆうわけか『男気溢れるしっかり者』と思われていて、滅多にかわいそうがられることがない女であるが、毎日毎日内臓を取り上げている外科医たちがみんなして『かわいそう過ぎる』と言うなんて、もう今日で死んでもいいくらいの温情判決なのではないだろうか。
私の人生でこんなにかわいそがられることは、今後ないと思う。つまり今の私は最高潮にかわいそうなのである。それが証拠に私は11月からイヤな検査が目白押し。

「可能性として3つの病気が考えられる状況なわけなんだけど、まずは癌の全身転移だな、これは何の治療もせずに3ヶ月も生きていられるわけがないからないだろう。あと悪性リンパ腫、これもこんなに健康な状態が続くとは思えない。残りがサルコイドーシスという病気、これをまずは調べてみよう。急を要する危険な病状ではないが、ほっとくわけにもいかないからな。胃カメラは…」
「え~~~~っ?!ヤダやだヤだ!もぅ二度と飲まないっ!」
「まぅちゃんそんなんゆぅたってそれで何かわかるんやったら…今のカメラは小さくて飲みやすいって聞くで?」
「いぃやいぃやいぃや!先生もボールペンくらいで細いってゆぅたけど、前に飲んでどんだけ苦しかったか!苦しいなんてモンじゃなくて苦しいなんてモンぢゃなくてどんだけ苦しいかですよっ!もう胃は診たし、救急車で運ばれた時にやって本当にどうもないって言われたし、胃には何の問題もないから飲みません!」
「…そうかぁ…じゃぁ鼻からもっと細い管を通して肺の細胞を取ってくる…そっちだったらどうだ?」
「えー…」
聞くだけでも痛いけど、さらに細いってゆぅてるし…胃カメラ飲むことを思えばマシか。
「じゃぁ…それで。」
しかし私は、病院の『細い』がいまいち信頼できない。
“細い管を”と表現した時の私の細い管は極細の管であるが、医師の言う細い管は『細めの太さの』管ってダケなのだ。『太い管とまではいかないが、わりかし細めの太さの管』であって、私が思っている以上にその管は太い。細めの太さ、ていうのは細いのではなくてある程度の太さがあるということなのだ。そのある程度の太さがある細めの管を私は鼻から通すのできっと苦しいことだろう。
苦しいうえにその結果が「肺は何も問題ありません、いたって健康です」ということもあり得るのである。
高いお金を払って痛い思いをし健康体だと確認する、こんな地獄がほかにあるだろうか。
はぁ…なんてこった。

私は救いを求めて中村うさぎにハシった。

本屋で立ち読みをする時、私は高確率で中村うさぎの本を手に取る。
こんな特殊な文章を書く作家は中村うさぎ以外にいないと思う。
読み続けられてしかも今この瞬間にすぐにでも読むのを止められる、そんな文章を書ける作家なんて稀である。おもしろくておもしろくて読むのがやめらんない文章とか、最初からつまんない文章とか、キリのいいトコまで読んでやめる文章とか、そうゆう文章を書く作家はたくさんいるけど、中村うさぎは違う。おもしろかったり考えさせられたりするから、立ったままでもずっと読み続けることが出来る。立ち読みは途中で疲れてくるものだが、中村うさぎの文章は立ったまま1冊読める。読めるけど、待ち合わせ時間よりちょっと早く着いたから本屋で立ち読み、というような13分間の読書時間だったとして、それが中村うさぎなら、待ち合わせた相手が現れた時点で本をパタンと閉じることができる。文章の途中でも、結論に到達していない内容でも、後腐れなくその瞬間に読むのを止められる本なんてそうそうあるもんじゃない。
中村うさぎの世界はあんなにも独特なのに、中村うさぎの世界に決して私という読者を引きずり込まない書き方がされている。なんて不思議な作家なんだろう、中村うさぎ。だから私は、自分をもってかれたくはないんだけど、自分らしさとは違う心境で何かを考えたい時には、中村うさぎを頼る。今がまさに、うさぎ時。丑三つ時、みたいにゆぅたけど。

奇しくも、うさぎ女史は病名特定に至らないまま闘病中であった。
更新されてゆくブログでのうさぎ女史本人による病状の回復ぶりを読みながら、私は思ったね。なんという根性で書くことに正直なんだろう、このひとは。そうかぁ…このひとの文章がずっと読めて簡単に止められるのって、責任持って書いてるからなんだ。だから読者のほうに負担がかからないんだな。

そうか。
鼻に管くらい何本でも通してやろうやないけ。
それで何もわからいでも次々イくで、胃か?腸か?
心臓も脳もイけるとこまでイこうやないか。
ほんで私は、絶対に春に帰省してやる。
春に帰って来た時には、叔母が弟が友人が、私においしい物を食べさせてくれると言うから、意地でも帰ってやる。
しかしみんな、聞いてくれ。
4倍に腫れている私の脾臓は満腹になるまで食べると食後3時間が激痛だ。
だから、うまいものを目の前に並べられて、それがおごりだった場合、それは新たなる地獄である。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-24 23:49 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

昭和術

D艾より1年ぶりに勧誘電話があった。

『艾』はガイと読む。
五十のことを艾といい、艾はヨモギのことで、髪がヨモギのように色褪せ白くなる年齢という意味である。
よって「D艾」という呼称は高級化粧品会社Dから勧誘電話をかけてくる50代女性のことで、私が勝手に付けている「艾」という敬称は、去年からの呼び方である。

私は社会人になってから今日まで個人的にコスメ研究をしているが、その目的は『チープで優秀』なコスメを究めることであって、基本的にブランド物や高級化粧品会社の商品には見向きもしない。
白斑問題によって女子の皆さんに於いては「一流メーカーだから高くても安心」という盲目的認識はもはやないだろうと思う。
私は経済的な理由から「一流メーカーてだけで高い」と感じて女を37年間もやってきた人間で、きっとネームバリューだから無名の企業で似たような成分を使っている所を探せばもっと安くで手に入れられるハズだ、という信念で成分表記の羅列に目を通してきた。
その思い込みが功を奏してと言うべきか、高級ブランド志向でないために、コスメにかける金額が同じでも次から次へと湧いて出る低価格な二流・三流ブランドのコスメ商品ならば、数量を豊富に試すことが出来、結果、たくさんの商品から得たデータにより殆どの化粧水で重要な成分が『水』であることを突き止めた。
有効成分や独自開発の成分がいくらあろうとも、『水』と喧嘩するような成分は肌に働きかける力が期待出来ないということだろう。
ま・成分について研究している専門家でもなんでもない私は、本当のトコロは何もわかっちゃいないがこのことは朗報である、化粧水のポイントである『水』は日本では長らく『タダ』という認識が根付いていたほどの成分だ。チープが泣いて喜ぶではないか。よきかな・よきかな。

このチープコスメの研究は、たま~にお金に余裕がある時「高級に決まってんだろうなぁ」という製品の実力がいかほどかという研究に着手する。
そうして試してみたのが、女優をイメージキャラクターにしてCMが流せるほど広告費に予算がつぎ込める高級化粧品会社Dで、2回ほどの研究ですでに万単位のお金が飛ぶことからとても継続するには至らず、また、万単位のお金をかけるほど納得のいく即効性のある効果は実感できなかったことから、私はDに見切りをつけた。
私がコスメに大枚をはたく場合に最も重要な効果は『即効性』である。
「使い続ければ良くなる」といった商品が、無理をするほど高価であれば、飲まず食わずでも使い続ける頑固な意思でもない限り実際問題的に使い続けることが出来なくなり、結果的に高い金を払ったダケで何の効果も得られない。
高いけどもこの2日間だけキレイだった、という即効性があれば、その2日間に対しての価値に代金を支払ったと思えばいい。
キレイだった2日間で商談がうまくいったとかね、プラスになったことがあれば高価な化粧品のおかげってことにすればいいし。
この場合、即効性のある何かの効果が本当に出ているかどうか、というのは関係ない。使用者本人が即効性の何かを感じているかいないか、というのが重要である。
心理的に私はDの商品からプラシーボ効果も得られなかったということなのだ。
その原因が高額商品だということがハッキリとわかったので、私はDの商品を買い続ける気がなくなったのである。
「高いだけあってやっぱイイわね~」より「高いくせしてなんともねぇな」と思う性格をしていた私が悪いんだろうけども「心もカラダもキレイになりましょう」なんて内面の美しさもセットにして声高にアピールしてる美容業界も無責任だよね。
「高かったら買う気が起こらへんわ」と心理的マイナス要素の理由をハッキリと述べる私の心の負担を考えずに、化粧品が1本12000円とか簡単に言うんだから。
「キレイになりたいと思いますよね?」と言って勧誘をしてくる数々の美容業界の電話勧誘はまず一回目で私はこう断る。
「そんなん思ったら私、まず外側をキレイにしてもダメなんだよね。長年の不摂生と暴飲暴食で内側からキタナイから。キレイになろうとしたらまず生活改善が先だからね、何ゆぅても出る幕はないで。生活改善できるようならとっくにしとるからね、死なにゃ治らん」
サプリメントじゃ体質改善じゃ、デトックスじゃ老廃物のなんじゃかんじゃと、何をゆぅても出る幕はないと言っても、たいてい電話口の勧誘嬢は私の意見は聞かなかったことにして一方的に自分ペースで話し続けるので「はいはいはーい、はぁ~いぃ~」と後半はタラちゃんでかわいく一方的に電話を切る。一方的には一方的で対処。
すると多くの場合は2回目の勧誘は無い。

しかしD艾の電話勧誘は2回目があった。
それどころか断っても断っても定期的に行われる。
D艾に類い稀なる根性がおありか、私に電話したことを覚えていないのか、こうなったら二つに一つだと思う。
D艾の電話勧誘こそが、勧誘業界では2000年あたりから急激に廃れていった『畳み掛け話術』を継承するニュアンスがあるため、古き良きクドい勧誘問答を目的に時間がある時に、商品は買わないのだがD艾としゃべることにしている。
ただ惜しいことにこのD艾、話術の駆け引き力がやや低め。
畳み掛けの根性は素晴らしいが、惹きつける力がいまいちである。
この『畳み掛け話術』のポイントは相手を適度に気分よくさせながら、相手の購入意欲の無さを心からすっとぼけてスルーし『何で買いたくならないのかが不思議で不思議でたまらん』というキャラで畳み掛けてゆくのが基本系である。
これにどう変化をつけるか、というのが個々の手腕に依るところで、勧誘業界の流行で言えば『金銭感覚系』がしばらくは幅をキかせていた。
電話勧誘業界も訪問販売業界も一斉にこの応用編を好み、『主婦の仕事を給料換算すると20万』や『この製品を一日の使用分で換算するとたった300円!喫茶店のコーヒー1杯分くらい』なんてな言い回しが重宝された。
専業主婦だから買う余裕なんかないわ、てな拒否反応があれば『アナタのしている家事は給与20万円相当!よってアナタが欲しいならば買うがよろしい!アナタにはその権利がある!』という金銭感覚のすり替えね。
だいたい月々の支払が5万以下のローンを組ませたいような商品の時に、この専業主婦20万相当を出してくる。
専業主婦の給与換算相場もアベノミクスでだいぶアがったかもしれないが、それでも30万相当とは言わないだろうと思う。
専業主婦が20代前半の新妻だった場合、働いていない嫁の家事の換算額が、就業率が低い昨今の夫の月給を超えてしまったらいけないからである。

30代や20代の勧誘嬢は、畳み掛ける根性もなければマニュアル通りの勧誘でマニュアル文例を使って流すために魅力そのものに欠けるが、D艾には「キャラ」がある。
私はD艾との会話では『若くで結婚したから出産も早く、また我が長男のママ友たちの殆どが『一番下の子』という条件により、10歳以上年上の女性とばかりいるので『アンタ~今は若いからそんなん思わへんやろけどな~アタシが言うことちゃんと覚えといてこの事か~て後で自覚しぃや~』と老化の脅しをかけられているため、衰えの予備知識はバッチシ」というキャラ設定にしている。5年を費やしてコツコツとこのキャラを作り上げた。
D艾は私のこのキャラに対し、「その今の若さを保つため」に我が社のエイジングケアを勧め「10歳以上年上のママ友の中にもキレイなひと」ているよね、と、エイジングケアをしている人としていない人の違いは明らかと説き、やってる人とやっていない人の違いの例として、4年前に私に電話でこう言ったのである。
「私ねぇ、もぅトシ言っちゃうけどねぇ、48なんですぅ、こう見えて。」
「見えないけどね」
即答だった。突っ込みが。
私はもちろん、D艾との会話を楽しんでいる5年の間、一度もD艾にお会いしたことはない。声のみの付き合いで、見えて、ない。
「見えないってねぇ、本当によく言われるぅ~!これねぇ、我が社のエイジンクケアをね続けてるからなんですよね、やっぱり違いはソコ!」
本気だろうか?わざとだろうか?一瞬だけど私は深く考え込んだ。
私の『見えないけどね』は『視覚でアナタという人の外見を確認していない』という意味で言った言葉であるが『とても48には見えない』という意味でハナシがすすんでいる。
あんまり間を取っても…いぃや、まったく取らなくてもD艾はコレでイくんだろうな、という結論しか出なかったので、私は適切に相槌を打つことにした。
「若い声してるから声だけ聞いてると同年代かと思うわ~。そんなに私より年上やってんや?敬語にしたほうがいい?」
「もぅ~まぅさんホンマ関西人やわ!おもろいわ~っ!」
おもろいのはアンタや。
「私も、もともとは関西人やねんよ~ふふふふ~」
私はもともとは九州人やねんよ。
D艾の笑いのツボって関西人独特なのだろうか?
私が知っている関西人には無い感覚みたいだが。
ここ数年は1年に1回、D艾は標準語で勧誘の電話をかけてきて、会話の途中で関西弁になり、年齢をカミングアウトする。
言い方は毎年4年前と一緒だが、1年経っているので、49歳になり50歳になった。
そして今年は自動的に51歳になったD艾。
D艾はなぜに毎年、ご自分のトシを暴露していることを忘れてしまうのだろう。
私は計算が苦手も苦手だが、去年50歳だった人が今年51歳になることぐらいは計算出来る、こう見えて。
しかし毎年毎年D艾が今年の重大発表みたいに告白するから、性懲りもなく私もトップシークレットの機密事項を前に迅速に任務を遂行する。
「わ~51?むっちゃ若いやん」
「そうでしょう?本当にね、エイジングケアのおかげ~」
警戒レベルが最終的な数値を叩き出すのも時間の問題だな。

D艾のこの「キャラ」だけで十分ツカミはオーケーであるのだが、肝心の「商品を売る」ための話術が足りないので、私はかれこれ5年はD艾から商品を買わずにいる。
いつもいつも同じパターンで会話が終わるので、そろそろ何か別パターンをもってキたほうがいいと思うが、他のひとにだったら売れているのだろうか。D艾が歩合給ならとても心配だ。

「3000円くらいだとしたら、どう?」
「3000円“くらい”ねェ…ホンマかな?」
化粧品会社の『美白コース』とか『エイジングケアコース』なんて銘打ってる一連のシリーズものって携帯電話会社の『無料通話分にて実質いくら』て金銭感覚と似てんだよね。
1本で約2ヶ月使っていただけますからこちらが半年かけての肌質改善でアレアレとソレソレとコレコレでトータル28300円ですね、これは1ヶ月分に換算しますとだいたい3000円程度になりますぅ~、て言うの。
結局ね先々までおたくの化粧品に縛り付けられて約3万を前払いをさせられんねん、使っても使わいでも。買う以前、商品到着以前の、契約の段階でね、そうゆう約束をさせられてるってコト。必要なダケ売るってシステムではないの、前もって売っといて使わなかったのはアナタの責任、てことにする。しっかりと使っていただいたら肌質改善されてとてもキレイになりましたのに~、というイイワケもキくから次が売りやすい。
ほんで1ヶ月換算にして3966円を「3000円程度」て言うよね、厚かましい金銭感覚やで、それ。

「スキンケアに時間をかけるのは苦じゃない?いろいろ肌のお手入れはされてるタイプ?」
「苦だね。まったくかけたくないね、何もしなくていいタイプ」
「じゃぁ、朝晩ちょっとの時間で済むスキンケアだったら出来るひと?」
「ちょっと、ならね。『ちょっと』の共通定義なんてないけど私の『ちょっと』の感覚わかるん?」
「オールインワンの化粧水をやって~、美容液を気になるところにつける?そのくらい…だったら?まぅさんはそれだったら出来るひとぉ?」
D艾の特徴は私を下の名前で呼ぶことと、語尾である。
文章にして書いただけではイントネーションが伝わらないが、スキンケア知識をふんだんに盛り込むダメ出し型のねっとりフレンドリーセールストークである。
私がやっている『ダメ』なスキンケアをまずは聞き出す。
ダメだろうと思われる手入れをこれでもかと挙げていかなくてはならないので、私のほうも大変である。
D艾に『お肌にとってすんごくダメなことばっかりしてるわ、まぅさん』て言わせなきゃなんないので、肌に良い事とかひとつも言っちゃダメ。
毎晩呑んだくれて明け方にヘベレケで帰って来て台所でカルキたっぷりの水道水を蛇口から直接ゴクゴク飲んだあと、基本的にウォータープルーフタイプのコスメを使っているフルメイクをそのままシンクで中性洗剤を泡立てもせずに塗りたくってクレンジンクしてるよ、3日に1回は米櫃を抱えて寝てるからビックリする~、くらい言っとかないと。

「お客様に還元の意味を込めて、コレとコレと、もちろん試供品も全てついて、今回はファンデーションも付いてくるのね、どう?すっごくお得だと思いません?」
「う~ん、今買えばお得ってのはわかったけどいらない」
「あら?どうして?ダメ?なにが?」
正しい。
正しい『畳み掛け』方式を踏むすっとぼけ反応。
あぁ懐かしい昭和のあのカンジあのカンジ。
これから畳み掛けに入っていきますよーの姿勢が嗅ぎ取れるあのイヤ~な感触。
ちょっと強面の訪問セールスが最初は低姿勢で話してくるんだけど、玄関先に招き入れてタタキに商品の入ったバッグを広げてアレコレ出して来て、いらんと断る姿勢を見せると急に態度を変えて脅迫になっていく、あのイヤ~なカンジと似てる。
「コレって脅し売りなの?ちょっと電話するから待っといてや、代わるから。」
ゆぅて110番しないと帰らない、あのカンジ。
訪問販売・電話勧誘に対する度重なる法改正などですっかりしつこさが鳴りを潜めたが、法に触れないイヤ~なカンジは畳み掛けセールストークの中にご健在。
私はそんなD艾に、なにがダメかをご説明。

「今ストックしてる化粧品がよーけあるし、それを使うまでは興味湧かないな。買っても使うのなんてずっと先になるしフレッシュさなくなるやん」
「い~えいえいえ、うちの製品はね、天然素材が防腐剤の役目をするので大丈夫なのよ~」
自然の摂理をご存知か?
新鮮なモノはすぐに腐る。
腐らないほどの防腐剤入り食材は、バクテリアも喰わない。
あのバクテリアでさえ食べ物と認めていない、てどう?
もはやそれは食品ではない、と思わんか。
天然素材が腐りやすいからいかに日持ちさせるかってことで人工的なことを仕事でいろいろやってる人がいるってのに、こんなことなら人間は何もやらんほうがえんちゃうか。人間って無力よね。

「あのね、私がトシを感じるようになってスキンケアに金かけてもええから肌をキレイにしたいわ~て気持ちになったタイミングで再チャレンジしてみて?今がんばっても私が心を動かされてないから無駄や思うで?答えはノーやな、買いたいと思っていないの。買いたいと思ってないひとはね、買わないよ。買いたいという気持ちになるように持っていかないと、無理やろうなぁ」
「まぅさんやっぱ関西人やわ~!ハッキリしてる!」
だから、産まれも育ちも九州やってば、戸籍上関西人になって19年。
「私も関西人やからわかるっ!やから私もクドクドしたこと言わへんわ!いろいろクドクドゆぅたけどっ!お互いに関西人やからなっ!」
うん、だから脈々と受け継がれた生粋の九州人だから。

私はよく『根っからの関西人』みたいな感想を持たれるが、純粋に宮崎人、こう見えて。両親もそのまた両親も宮崎人。宮崎に宮崎を重ねて宮崎をふりかけ宮崎をトッピングし宮崎の上に盛り付けた宮崎人です。宮崎で着飾った本日は足元に宮崎をあしらいました。そんな私からはどのような関西のエッセンスが抽出されているのだろうかか。漏れても宮崎だが。

兵庫県民になってからよく聞く場所の名前「くまのこどう」を、ついこないだまで「クマの子堂」だと思っていた。
いろんなひとが「連休でクマノコドウに行ってきて~ん」ゆぅて私にお土産をくれる時、なぜかそのお土産は和歌山マリーナシティのクッキー率が高かった。
狭いスペースのことを『猫の額』と表現するのと同じ感覚で、『クマの子』と表現するくらいの小さなこぢんまりとしたお堂があってね、「参拝」が目的かな。
観光地化されていないの。
クマの子のお堂だからって、かいらしいクマのキャラクターなんかをこさえてストラップとか売ってないよ。
お土産屋なんてお堂にはありません、なんたって世界遺産なんだから。
歴史ある建造物『クマの子堂』
帰りしなには、和歌山マリーナシティに寄ってってネ!
…そうゆうことだと、思っていた。
そしたら、いただきもののミネラルウォーターに『熊野古道』と書いてあったのである。
何本ももらったので何も考えずに飲んでいる時は気付きもしなかったが、ふとラベルを読んだ時に急に合致した。
「くまの、ふるみち。ふるみち、とは読まないか…もこみちぢゃないんだから…こどう?くまの、こどう?くまのこどう…クマの子堂?!へ?お堂ぢゃなくて?!」
…衝撃的だった。
熊野古道を知っている関西人に聞けば、それは5つからなる古い参詣道だそうで、皆のクマノコドウ目的は歩くことであるらしい。
クマノコドウへ歴史的建造物を見に行ってきた、と皆が言っているものだと思っていた「クマノコドウ行ってきてん」が『歩いてきてん』という意味だったなんて。
かように、私の関西人としてのにわか知識なぞクマの子程度ですねん。
知らない事が多過ぎて、毎日がひとより楽しいばい。
奇跡的に人生を楽しめてるタイプね、私。

来年、52歳になったD艾はどのタイミングで電話をかけてくるだろうか。
夏が終わって紫外線を浴びた疲れた肌をお手入れしませんか、というタイミングかな。冬って乾燥が気になりますよね、というタイミングかも。
それとも、今回は私の断り方が去年よりも「より買わない気」を醸し出していたのを察し、2年くらい冷却期間を置くだろうか。
どのタイミングであろうとも、私はもう今年でお腹がいっぱいなのでD艾をおかわりするつもりがない、こう見えて。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-23 00:55 | +in the sky?+ | Comments(0)

捨てるために買うゴミ袋 お荷物になるエコバッグ

私は最近とてもヒマなのでちょっくらそのヘンを無駄に歩いたりするのだが、まァすごいねぇ、スマホの普及率。それに比例する首カックン率の高さね。まァそこ100mを歩く間に、何人の『スマホ画面を見ているひと』を避けるとお思いか。10歩に1人は避けている有様だけど、全員が全員とも私がアナタ様を避けていることに気付いてもいないの。スマホの画面を見ているひとって首をカックンと下げて自分の足先の30㎝くらいの範囲しか見てないんだね。

そのヘンを歩いている時に私はおおかた手ブラで、ジーンズのポケットに800円以下のチャリ銭を入れている。日によって小銭の持ち合わせが違うので金額はまちまちだけど枚数はいつも3~4枚。
散歩先で農家の畑で100円野菜が売られていたり、途中のスーパーの軒下ワゴンでバナナが88円で売られていた時に購入するためのチャリ銭であり、これはどんなにバカバカ農家やスーパーが出て来ても、買い物の額が800円を超えることはない。
だって800円以上買ったら重くて散歩をやめる羽目になるからね。
散歩だけして何も買うことなく帰ってくることも勿論あって、そんな時でも3~4枚のチャリ銭は何の枷にもならない。

問題は、エコバッグのほうである。
このエコバッグというヤツは、結局なにも買わなかった時の散歩では最初から最後までただのお荷物なんである。
私のエコバッグは背負える。
エコバッグ的には背負える形状で作られてはいないだろうし、私以外のひとで同じタイプのエコバッグを背負っているひとにお目にかかったことはないが、私は背負っている。ソコがスーパーの袋とは違うトコロで、スーパーの袋とほぼ同形状ではあるが、取っ手の部分が長く、腕を通してまるでリュックのように背負えるとても便利なエコバッグなのだ。

この私のエコバッグのことを家族が「モーモー」と呼ぶ。
「エコバッグ持ったか?」という意味で「モーモー持った?」と言い、「まぅのエコバッグ貸して」という意味で「まぅのモーモーどこ?」と言う。こないだは実家のオカンまで「まぅちゃん、モーモーは?」言ったので、さすがに今更だが訂正しておきたい。
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みんなが乳牛模様だと思っている、私のモーモーはパンダである。
ウチに乳牛模様の毛布があって、それをずっと「モー毛布」と呼んでいるから、これも見た目でモーモーとなったかと思うが、実はパンダである。私だけが知っている事実だと思うので、ここでちゃんと言っておきたい。
パンダです。
が、私は今まで通りモーモーと呼ぶ。

ペペペと折りたたんでクルクルとやってパチとゴムで留めるとコンパクトになるようになっているモーモーは、そりゃ広げているよりはコンパクトにはなるけど、ジーンズのポケットには入らない。
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だから何も入っていないエコバッグを背負って出掛けるのだが、そもそもリュックでも何でもないので肩に沿わず、落ちてくる。
荷物が入って重みのある状態では、荷物の重みで後ろに重心があるためガバガバの取っ手は重力もええカンジに加わって肩にフィットしているが、行きは完全にカラのスーパーの袋を背負っているダケなので、なんか歩きにくいなぁと思うと背負ってるエコバッグの取っ手が落ちて肘の曲がりを阻止していたりする。音も負荷もなく落ちてくるのが厄介の種で、なかなか落ちてきていることに気がつかない。
背中に何か霊的なイヤな違和感を感じると思って立ち止まると、背負ったエコバッグの両方の取っ手が手首まで落ち切って、歩いて自然に振っている両腕が加圧トレーニングを受けていたりするのだ。

エコバッグがかさばる。

ゴミ袋を買う。

私の中で今このふたつのコトが『腑に落ちない行為』として首位争いをしている。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-21 22:19 | +ミルニング+ | Comments(0)

それが円周率という数の不思議

「前にさ~円周率を語呂合わせにして簡単に覚える方法として円周率物語ってのを作ったやんか~?」
「作ったなァ…妻子異国に婿と巫女はクナ汲みに…てヤツやろ?」
「ソレソレ」
「アレ完璧やんな?」
「なんせワタシは完璧主義者やからな」

「今、その円周率物語の続きを作ってんねんけどさ~語呂合わせがどんどん苦しくなってきて、ほとんどがど~しょ~もない物語になっちゃってんねん」

「ギャル達が古語を使い始めたり、腹を下した兄ちゃんがハイチから中国に飛んで使えないクーポンを掴まされたりするんだけど、もぅこうなってくると私という人間の本領発揮ってゆぅか~」

「バカの上塗りっていうか~愚の骨頂ってゆぅか~トンデモナイ方向にハナシがイっちゃってサ、次々にバカな語呂合わせが出来ちゃって、どんどんどうでもいい物語が出来ちゃうのよ」

「とうとう100桁を超えちゃって。物語自体を覚えていられるか、ていう新たな問題まで出て来ちゃったんだけど。あまりにポンポンとバカな語呂合わせが出てくるわ出てくるわで、出てきまくっちゃうもんだからひょっとして天才なんじゃないかと思って~!」

「ね?聞いてる??」



「バカな語呂合わせがポンポン出て来るんやろ?…アホやな」

どっちに転んでも、その程度でした。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-14 19:53 | +cool down run+ | Comments(0)

ノッポの栗落とし2013

西宮に住むDJ夫婦が休日に三田の栗山へ栗拾いへと行き、受付で入山料を支払い、いざ山へと向かうその時、受付のひとに呼び止められた。
「ちょっとダンナさん!ビーチサンダルじゃ危ないよ!!」
なんとな~く三田にでも遊びに行って、栗拾いのノボリを見て「栗拾いでもしてみっか」と立ち寄ったわけでなく、家を出る時から目的は栗拾いだったらしいので、きっとダンナさんはワイルドなトコロを見せたかったんじゃないか、とチャルが言っていた。
と、むーちんがラジオで聞いた話を私に聞かせた。
チャルは我々夫婦が今一番注目している俳優で、むーちんが仕事中に聴くラジオ番組のアシスタントなのだけれど、その突っ込みがおもろすぎてメインでいいほどの存在である。
俳優だけども、オファーがないのかセーブしているのか俳優業は半年に1回くらいしかしなくて、一言三言のセリフがあるかないかみたいな端役。
ラジオ番組で「いついつのドラマに出ている」みたいな宣伝はするものの、何の役で出ているということまでは言及しないために、むーちんは『ラジオで声だけの時にはおもろいチャル』が俳優としてどんな演技をするものかが気になり、ドラマを観てみるのだが、なんせ端役なので『一瞬だけ』でありセリフのない役だったりなんかして、チャルを見過ごす。
ネットで顔を見たし、セリフをしゃべって顔さえ映れば『これがチャルだ』と認識出来るものの『どれがチャルだかわかんない』ウォッチングが度重なり、とうとう録画して端役にスポットを当て虱潰しに観賞する『チャル探し』という暴挙にまで出た。
そこまでして観たいのかと私も気になりはじめ、やっとこチャルの演技を観た日にゃぁ、もぅ何だかチャルという俳優を一から作り上げたような気にさえなった。

チャルがワイルドさの演出だと分析した栗拾いビーサンの件。
その話題で盛り上がる車の中、私たちは実家である三田へと向かっていた。
入山料を払うことなく、実家に成っている栗を棒で叩き落としてパクって来ようと、私とヒー坊は泥棒会議。
本来の目的は、おじいちゃんが肉の市で焼き肉用のおいしいお肉を買ったので食べにおいでと呼ばれ、BBQをするためである。
私はレアで食べておいしいような高級肉をレアで食べて無事に済んだことが産まれてこのかた一度もないが、案の定アたった。
皆は平気なのに、私だけが。
私は「この肉は赤い」と訴えてカチカチのウエウエルダンダンくらいに焼いてとお願いしたのに、「オマエはホンマに田舎モンやなぁ~!このくらいで食べぇ!おいしいから!」ゆぅてむーちんが血の滴る赤い肉を私に差し出した。

ここでひとつ疑問なのだが、都会人ほど生肉を食べるというデータでもあるのだろうか?レアでなくウエルダンを好む都会人はいないのか?
私は確かに九州で一位二位を争う田舎のパイオニア宮崎の、その中でも地元の人間が交通網が麻痺しているとまで言い切るド田舎の、大自然の中で生まれ育ち挙句の果てにはその自然にケチまでつけられるほど自然と一体となったデラ田舎モンであるが、基本的に田舎モンは食材を生で食べることが多い。
漁港が近いせいか刺身もアホほど食卓に並ぶ。
馬肉やせせりなど肉類も刺身の状態で並び、いたみの早い鶏肉でさえ「たたき」で食卓に並ぶ。田舎ほどレアな食べ物が日常的に食べてられているが、むーちんは、私が肉をカチカチに焼くのは田舎育ちだからだと思っているようだ。
己の胃腸の消化機能を知ればこその食の好みであるが、むーちんはちょいちょい「田舎モン」の生態を勘違いしている。
方向ド音痴なのは「田舎モン」だからという理由ではないの。
チャンネルで放送局がわからないのは「田舎モン」だからという理由ではないの。
地図に現在地がなかったらドコがドコだかわかんないのは「田舎モン」だからという理由ではないの。
すべて「私だから」という個人的な理由なのよ。
賢い「田舎モン」の皆さん、汚名返上に心血を注いでくださいね。
私ひとりで「田舎モン」の顔に泥を塗っておりますのでね、よろしくどうぞ。

私は厳冬の時季以外はほぼ下駄なので、入山も下駄なの。
これも「私だから」という理由で。
田舎モンがみんな下駄ではないのよ、そこンとこよろしくどうぞ。
「イガクリが頭に落ってきたら痛いから、ノッポノッポ」
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私が被っているこの帽子を『ノッポ』と言う。
ノッポさんみたいでカッコイイやろ~、と自慢したが16才の我が息子はノッポさんを知らなかった。
「一言もしゃべらずに工作をする人やノッポさん。ゴン太ちゅうワガママばっかり言いくさるパートナーがいてて、こいつがノッポさんの邪魔ばっかりして、作った工作で遊んでたら壊したりとかいらんことするんやけど、フゴフゴ言うだけでノッポさんをその気にさせることが出来るヤツやからみんな我慢してあげてんねん、ゴン太のこと」
「そんな複雑な番組なんや…」
「幼児番組やけどな」
「幼児番組なん?!」
「幼児向け工作番組やで。アンタの世代でゆぅたら『つくってあそぼ』やな。ノッポさんは『できるかな』やけどな」
「ノッポさんがワクワクさんやな?ゴン太はゴロリ?」
「ゴロリほどの補助力ないで、ゴン太には。ゴロリはワクワクさんの手伝いするやろ?役には立たない、ゴン太。基本的にはしゃいでるだけ、ゴン太は。3回に1回ペースでノッポさんを困らせる」
「迷惑なやっちゃなァ…ゴン太」
「ゴン太が迷惑なヤツやから、ノッポさんの不器用さが目立たへんねん。よく出来た番組やったわ」
「どっちもどっちやな」
完璧な人間なんていないんだってことを子供の心に浸透させる、そんな深い番組だったのさ。
誰もそんな風に観てたひとはいないと思うが。
「ノッポさん、て呼んでいいよ」
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「とりあえず、登ってノッポさん、ソコでじっとしてると邪魔やから」
「あ・ハイ」
ノッポさん、邪険にされる。

「うわ~~~叩き落とすまでもなく落ちてんで~」
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♪でっきるっかな・でっきるっかな・収穫ホホ~ン♪

「ウニてやって」
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♪でっきるっかな・でっきるっかな・ウニウニホホ~ン♪
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今年も地味にウニで栗ゲット。

「じゃぁ、ココのヤツ落とすから。落ちたトコをちゃんと確認してや~」
「わ~ノッポさん待って待って、危ないからちょっと待って」
「知らんで。もぅコレ叩くで?」
「ちょっと!待ってよ!」
「遅いねん!」
「待ってって言ってるやろ!ノッポ!こら!危ないやろ!こっちに落ちてきたら痛いやろ!」
呼び捨てかいっ。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-14 17:06 | +knowing+ | Comments(0)

サンプクノヨリ

先週か先々週くらいに2~3日とっても寒い朝が続いて、5時起床の私があまりに寒いんでコタツを出そうかなァと口走ったら「この寒さに騙されんなっ!我慢せぇっ!」と気温に身を任せない夫むーちんに怒鳴られ、何をソコまで熱くなっとんねん…と思いつつ、夫のいう事をきいてというより単に面倒臭くてコタツを出さなかったが、正解やな。

この頃の暑さのぶり返しにはげんなりでございますなぁ。
扇風機をかけるも、それでは追いつかない暑さ。
かといってわざわざ窓を閉めまくってエアコンを、という行動をとるものどうかと迷うことは迷う。
家中の窓という窓を開けて通気をよくすれば、風はある、ぬるいけど。

ここ2~3日はヒー坊との会話が夏みたい。
「うっわ、むちゃ暑くない?」
「めっちゃ暑いで」
「2階って1階より暑いな?」
「言えてる。アツの戻りやな」
「アツノモドリ?ナニソレオイシイノ」
ヒー坊の言によると、春先に寒さがぶり返すのを『寒の戻り』と言うので、暑さがぶり返している今を『暑の戻り』と言ってみたらしい。
「寒に対してやったら暖でえんちゃう?暖の戻り。寒暖の差とかって言うからなぁ…でも『暖をとる』てくらいやから、暖って言うと人工的に温かい状況を作るっていうイメージがあるよなぁ…」

つくろう。
造語妙手の名に懸けて、ここは『寒の戻り』に匹敵する気の利いた表現を。

では皆さん、たった今からですね、バンバン使いましょう。

暦の上ではすっかり秋なのに、ぬっとりとした暑さがぶり返しているこの鷹鐘の候を『三伏の寄り』と方々で表現なすってください。

「春先に寒さがぶり返すと『寒の戻り』て言うやろ?暑さが戻れば『三伏の寄り』言うねん。あ・もしかして、知らん?」

ウンチクをタれる用の、それらしい理由も作っておきましたのでご活用ください。

夏至の日、またはその直後の庚(かのえ)の日を第一とした場合、第三にあたる庚の日を『初伏』第四の庚を『中伏』、立秋またはその直後の庚の日を『末伏』といい、この三つで『三伏』です。
三伏は一年のうちで最も暑気の酷しい時候で、現在では殆ど使われることはありませんが、酷暑の時候挨拶用語として『三伏の候』や『三伏の猛暑』などと使われます。
俳諧で『三伏』とは夏の季語で、その『三伏』が秋にちょいと立ち寄ってしまったこの頃の暑さが『三伏の寄り』です。

ず~~~と昔からさもそのような言葉があったかのように堂々と説明して、来年の秋までに市民権を得ましょう。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-11 00:41 | +in much guy+ | Comments(0)

物言いし父は長柄の人柱 鳴かずば雉子もうたれざらまし

「あれ?今日は行かへんの?」
「どこに?」
「遊び。いつも行ってるやん」
「遊びじゃないわ、お稽古。ま・遊び…のようなモンではあるけど…もうすぐ検査やからな、ちょっと間だけでもおとなしくしとくねん」
「いつも通りにしといて受けなアカンで。そんなん誤魔化したって一緒や」
「アカン時は何してもアカンからなぁ…まァでもちょっとでもおとなしくして結果オーライならそんで万事OKやからな」
CT検査を翌日に控えているので、ボランティアの民舞お稽古は大事をとってお休み。
今のかかりつけであるD病院で私は、とくに運動を止められたりはしていない。
食事制限があるわけでも、投薬治療があるわけでもない。
病状が悪化しないように温かく見守られているのみ。
脾腫を起こす病気と思われる検査はすべてやったので『はて、何が原因だろうか』と、様子を見ている。
それなので、禁止事項もなければオススメ情報もない。
何かが起ればその時々に対処するのだ。

しかしえらいもんで、血液系の病気だろうからより鉄分の豊富な食材のほうを選んだり滋養強壮剤を飲んだりなんかする。
どうせ生きるなら健康に生きていようとするもんだね、人間って。

救急車で運ばれたついでに造影CTを撮った時の私は、緊急的にこの検査をしたようである。
自分では立てもしなかったもんで、自力で出来ることは何もしなかった。
どうやら、患者らしく身なりを検査衣に着替えてバリウムを飲み、機械に自ら横たわるようである。

検査室の待合のイスでTVを見ていたら女性検査士が高級なバナナ牛乳のボトルみたいなのをシャカシャカとシェイクしながら近づいて来た。
「以前に造影剤を使ってCT検査されたことはありますか?」
「あります」
「その時に副作用など出たりしましたか?」
「いいえ」
ドコの病院でもおおかた同じ印象を抱くのだが、検査士の会話のスピードって速くない?
私は、早口で聞き取りにくいとよく言われるが、自分が早口だからか同じように早口のひとの言葉が聞き取れる。
そんな私でも、検査士のスピードに後半はついていけない。
同じ説明を何度も何度もしている検査士のセリフは、市役所職員の年金取扱窓口の案内やコンビニ店員のいらっしゃいませこんばんはー同様、ヘンな抑揚が付いている。
それで、私が聞き取る時に挿入する読点の打ちどころを逃してしまう。

検査士は私に質問をしている間も高級バナナ牛乳をシェイクし続けた。
「前回の検査の時にこういったモノは飲みましたかね?」
「いいえ?」
その高級バナナ牛乳はどうやら私の飲み物らしい、ボトルには300mlとある。
「こちらはバリウムを100倍に薄めたものですので、とくに下剤などで出す必要はありません。出来れば全部飲んでいただいたほうがいいのですが、半分くらいでも大丈夫ですので」
そういってシャカシャカとシェイクしていたボトルのフタをパチと言わせて、私に手渡しこう言い足した。
「フタ、軽く開いてますので。おいしくは、ないですけどね」
100倍に薄めてあるにしては随分とコックリしたボトルの中身からは、ほのかなバナナの香りがした。香りと同等のバナナのほのかな味。なんなんだ、この明らかにバナナ牛乳に似せて思いっきり失敗しているバナナ臭。どうしてこんなにほんのりとバナナ味にするんだ。やるならしっかりとしたバナナフレグランスをつけて欲しいし、味もつけるならつけるでちゃんとバナナをキかせて欲しい。バナナじゃなくてバリウムが勝つ。誤魔化しきれないバリウムフレーバーのバリウムドリンク、ひとくちごとに嫌気がさすほんのりバナナ。いっそのことバナナはぬいてくれ、こんなに微かに顔を覗かせるくらいなら。後味で助けてくれるわけでもなく、最初の口当たりをまろやかにしてくれるでもなし。終始バナナ邪魔。空きっ腹に流し込むバリウムはちっともすすまない。
…マズい。
これまで飲んできた飲み物の中で、一番マズい飲み物は『どくだみ茶』であるが、どくだみ茶は、まだ曲がりなりにも茶であった。どくだみの味がする、お茶だった。
しかし私がいま飲んでいるのは、バナナ臭が邪魔をするバリウムである。
私はバリウムのせいで好きなバナナをしばらく嫌いになりそうだ、と思いながらバリウムを着実に一口ずつ飲んだ。
TVではドラマがやっていて、ジャニーズのやまぴーが眉間にシワを寄せていた。
私も今まさにやまぴーと同じように眉間をシワを寄せているのに、えらい違いだな。
やまぴーがその顔でいくら稼いでいるかは見当もつかないが、私はこんな顔になるほどマズいバリウムを飲む検査に1万円弱を支払う。
相変わらず一年中風邪を引いているような声でやまぴーが元気に芝居をしているのを観ながら私は「残していいですかね、思ったよりマズくて」と検査士におうかがいを立てた。
検査士が一生懸命にシェイクして渡してくれたので『思ったよりマズい』というやわらかい表現を使ったが、マズさがマシだなんてこれっぽっちも思っていない。

点滴で造影剤を入れていくと、身体が熱くなる。
高熱を出して熱いのとは違い、体中が辛くなる。
吐く息までもが辛いと感じる。揮発性のある熱さで、自分の身体から何かが流れ出てるんじゃないかという溶けてる感覚。
その熱さは針を抜けば終わるんだけど、まァ脱力感ったらナイね。
自分の身体の内側の力を使い切った感みたいな干乾びた状態。
空腹にバリウム入れて干乾びたらもぅね、ゲップしか出ないね。
検査が終わったら、病院内にあるスタバでコーヒーを飲もうとか、うどんを食べてもいいな、鰻もあるんか、リーガロイヤルのレストランかよ~、とそれだけを楽しみで行ってたけど、ローソン。
注文とか並ぶとかメニュー決めるとか、そんな思考力はもはやない。
自分が食べたいのがパンなのかゴハンなのか、それもよくわかんない。
パンを一袋持ってレジへ行き、そこで『からあげクン』かな、て気分になる。
どこか食べられる場所があるかをレジのおばちゃんに聞くと、すぐ横のスペースが使えると言う。
テラスのようなガラス張りのその場所はフリースペースのようで、本を読んでいるひとがいたり、軽食をとっているひとがいたり、面会用の談話スペースとして利用しているひともあった。

私はカラの胃袋にからあげクンを入れる。
文庫本を持参していたけれど、とても活字を読む気力はない。
ゆっくりとからあげクンを食べながら、となりの夫婦の会話に耳を傾ける。
60代後半とおぼしきご夫婦は、入院している妻に面会に来た夫、という関係性であるらしい。
私が席に着いた時すでにその席に居て、ちょっとした口喧嘩が勃発していた。
事の発端は、妻が夫に頼んでいたブローチを、夫がハナから持って来る気もなかったことにあるようだ。
そのことで立腹している妻は、夫からの何の質問にもケンカ腰にしか答えない。
退院してからの食事の心配をすれば「食事制限も何も無いねんから何をどう食べてもええ言うてるやないのっ!」
妻の話題はブローチオンリーである。
「だから持って来て、ゆぅたやないの」
「こんなトコでそんなん付けてどうすんねん」

妻の言い分はこうである。
洗濯の必要がないレンタル病衣を着用している入院生活。
バスローブと浴衣をミックスさせたようなデザインの病衣は、合わせになっている首元がどうも浮く。
安全ピンで留めても用は為すわけであるが、ソコは味気ない入院生活の中に女ゴゴロが芽を出す瞬間である。
そう言えば、私のあのブローチ。あれがちょうどいいわ。
3つあるブローチの中のひとつ。アレがイイ感じ、とビンゴさせた妻は、きっと夫にブローチが入っている場所、ブローチの形状、それらを詳しく伝えたのに違いない。

私の鏡台あるやん?椅子な、パカっと開くねん、開けてみて。中にジュエリーボックスがあるわ、そうそう、開けるとオルゴールが鳴るヤツな。その中にブローチが3つ入っとってやろ?2つはピンロックタイプの、そーそー、安全ピンみたいなヤツや。しっかり留めるようになってるやろ、裏?それは検査やらの時に具合悪いさかいに、キラキラしている花の形のヤツにして、それやったら真っ直ぐのピンやろ?挿すだけでイけんねん。それがイイわ。

夫は電話口で一生懸命ブローチの在り処を説明している妻にテキトーに返事をしていたに違いない。
リアル中継をしているものと思っていたのは妻だけで、実は夫はソファーに肩肘をつき半分夢の中で妻の電話の相手をしていたのだ。
夫は妻ご所望のブローチを探すどころか、そもそも面会時に持参しようという気すらない。
妻は電話を切ったあとで、今度の面会時に夫があのブローチを持って来てくれることを信じ切っており、とても楽しみにしていた。

ああ、捨てなくてホンマよかったわ。こんな使い方するとは思わなんだ。
あんまり使うこともないから去年、誰かにあげるか捨てるかとチラとおもたもんやけど、かさばるもんでもないしまァ持っとこ、ちゅうて。
使いようがあったがな、これ~。ほん~まちょーーーーーどええわ、あれ~。

ところがである。
夫は手ぶら。
面会の際にあれだけ頼んだブローチを持って来ていないことで、夫の性格を熟知している妻は、あんなに熱心に説明したブローチを夫が見てもおらんことを確信したのである。

「だから、持って来てってゆぅたやないの。3つあるうちのピン挿すだけのキラキラの花の形のにして、ゆぅたやない」
「何が?」
「ブローチよ」
「病院でそんなんいるかい」
「ブローチ」
「どこにそんなモンつけんねん」
「ブローチ」

一荷ににのうて棒が折れる。

おっちゃ~ん、わかんで?じゃ~くさいねやろ?
そんなんだ~~~~れも見えへんブローチなんかどこぞに付けんねんオシャレもへったくれもない病衣にキラキラのブローチなんか。
検査やなんじゃゆぅたらいちいち外すんかいなじゃ~くさいのぉんなモン最初からしていらんねん。
な~にがキラキラの花ぢゃトシを考えトシを10代の娘ちゃうねから病院に合わして地味にしといたらええがな一日レンタル200円の病衣やでソレ。


おばちゃん、わかんで~。
ブローチひとつまともに持って来られへんのんか、ホンマ~。
ブローチ何トンあったんや、ゆぅてみ。重とぅて持たれへんかったんか、え?
懇切丁寧に場所から形から説明したったやろ、サラサラ見てもへんやないか腹立つのぉ~。べつに出来んで?洗濯バサミとかで留めれんねん。何やったらホチキスでも留まんねん。それがあのブローチやってみ?気持ちがちゃうねん、あ・た・し・の!
ブローチがあったらバリウムもグビグビいけんねん。


※私が聞きかじったご夫婦の会話以外は、全て私の想像でありフィクションです。
からあげクンを食べ終わり私が席を立つまで、おばちゃんの会話はブローチでいっぱいでしたが、私はどなたの心の声も実際には聴いておりません。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-09 10:33 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

摘出の儀

「切れ」
外科医とむーちんは、すぐに内臓を取ろうとする。
外科医もむーちんも取ったって痛まんさ、だって私の内臓だから。
「それ、悪化やで」
「うぅむ…そうか…。切らん」
私の脾腫は、思い返せば季節の変わり目の鼻血から始まった。
風邪でもひいたか鼻水が垂れ流れてきた…と思うとそれが鼻血であったということが2~3度あり「最近よく鼻血出てんな?」「季節の変わり目やからなァ」という会話をした。
私は昔から季節の変わり目によく鼻血を出すので『恒例の』という感覚であるが、そもそも血液に病癖があるようである。
最近出ている鼻血が恒例の季節の変わり目によるものなのか脾腫の症状のひとつであるのかが判断に迷うところである。
痛みが夏よりも強くなりたまに麻薬で散らしていることもあり、治癒上々とは言い難い。

「またいつ悪化するともわからん状況がずっと続くねんで?食事も満足にできんと、腫瘍がガンで転移とかしたらどうすんねん。それやったら丸ごと取ったらえんちゃうか?脾臓って取っても死にはしひんねやろ?」
「脾臓そのものを取ること自体は命に関係なくても、術後の生活が問題やがな。開腹手術のリスクと考えるとメスを入れたくないなぁ…脇の下から結構ザックリらしいからなァ」
4倍に腫れている脾臓の全摘出となると、ちょいと2センチほど切ってソコからデロンと出すわけにはいかんだろう。痛みの度合いからしたら今は2倍とかの小ささになっているかもしれないが、それでも2センチからトロンとは出なさそう。
脾臓がどの位置にあるか詳しいことはわからないが、痛むポイントから察するになかなか奥まったトコにある臓器のようだから、いろんな内臓をかき分けかき分け脾臓に到達するのだろう。
となると、やっぱザックリか。

メスの切れ味の良さに気持ちよくなって、ついつい外科医がいつもより余計に切っちゃったらどうしよう。
そんな強烈キャラの外科医なんて、絶対に私のツボである。
術後の経過をみるために私の病室をおとずれて私の傷口を診るのだ。
1ヶ月の入院のはずだけど、ついザックリいっちゃったから20針で済むところを38針なんかになっている。
芸術的な縫合だと外科医うっとり。
外科医、悪いクセが出る。
それで看護婦さんに「せ…先生…」とたしなめられたりなんかする。
私、ウケすぎて38針の傷口がパックリ開いちゃう。
…入院が延びるなコリャ。

いいや、切らない。

切らずに私はあらゆる痛みをコントロールする術を覚えることにする。

脾臓が腫れているために私は、6月から今日までお腹いっぱいに食べた日が数えるほどしかない。『常に少し腹が減っている』という状態である。
あまりにひもじいので夕食に思わず適量以上を食べてしまい、激痛に耐えた日が数回あった。
食べ過ぎると膨れた胃袋が、腫れている脾臓を押すから、消化するまでの3時間弱が痛い。
食欲に勝てずに何度か失敗したが、今では1回の量がわかってきた。
わかっているのに、一週間に一度は夕食でやや失敗する。
一日を通して『ちょっと空腹』が何時間も続くので、それが数日続くときっと空腹が過ぎて自暴自棄になるんだな。
空腹は人間から判断力と忍耐力を奪うね、空腹はアブナイ。

人間の満腹中枢って馬鹿に出来ないよ。
『満腹』て感じてなかったら『食べてない』て感じるみたい。
私のこないだの夕食は回転寿司3皿だったんだけど、これ以上食べたら痛くなるな~って思ってソコでやめたの。
健康に問題なければ5~7皿だから、満腹じゃないけれど飢えない程度には食べてるわけ、3皿ね。
それでも中枢がさ、満腹って思ってないから空腹だと判断したんだろうね。
回転寿司屋からウチまで車で5分。
助手席に乗ってるだけ。
自宅に着いた。
手を洗って。
冷蔵庫、開けたもんね。
食べ盛りのチョモでさえ、5分じゃ冷蔵庫は開けへんで。

「ダメだ…食べてないコトになってる…」
しかし私は知っている。
私は、さきほど3皿食べた。
満腹感を感じて食べるのをやめたわけではないが、確かに食べている。
だから私にはわかるのだ。
この空腹感に負けて私が冷蔵庫のキムチとシャケフレークをごはんの上に乗っけてお茶漬けでサラサラといただいた日にゃぁ、痛い。

私はフッと勝ち誇ったかのような一言を吐き捨てて、冷蔵庫のドアを静かに閉めた。
今の私の一回の食事量は、お子様ランチを頼んだけど途中で飽きてオモチャで遊び始める5歳児くらいである。
こんだけの量しか食べられないのだから、回転寿司は吟味に吟味、選びに選んだ3皿を決めるために、頭を使う。

「たった3皿しか食べられないからさぁ…吟味せななァ…前回の3皿は一貫の寿司が2皿だったわけで、だから3皿は3皿でも四貫の寿司ってコトやろ…今日はおやつも食べずに計画的にお腹を空かせてきたから3皿は3皿でも一貫はナシで六貫でイけると思うねん。でも軍艦はダメ。ごはんが多いからきっと痛む」
「…と、思ってるやろぉ?一緒やで」
「何が?」
「軍艦はごはんが多いって思ってるやろけど、同じやで」
「ロバートの山本が『軍艦の山本』て異名で寿司屋でバイトしてて軍艦はごはんが多いから得だって言ってたで?」
「軍艦の山本の店ではそうだっただけで、かっぱの軍艦はごはんの量は一緒やで」
「なんでそんな事知ってんの?」
「まぅが軍艦はごはんが多いからやめとく、て言うから、本当にそうかなァと思ってこないだ軍艦食べた時にごはんの大きさを確認してみてん。一緒やったもん」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「絶対?」
「うん。まぅも見てみる?」
「見てみたいけど、私が軍艦にしてそれでもし多かった場合には脾臓が痛むからヤだ。ヒー坊の軍艦を見せて」
「いいよ」
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「それだけ見せられても…大きさ比較がいるな。なんかにぎりを。にぎりのごはんを横に置いてよ。じゃないと同じかどうかがわかんない。だって海苔にごはんがくっついちゃってるもんね、それだけでは判断しかねる」
「どんどん僕の寿司がマズくなっていってる…」
「検証のためや、仕方ない。にぎりのごはんを。」
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「な?わかった?」
「ううむ…むしろ軍艦のほうがごはんは少ないような気がする。いや、一緒なんだけど軍艦の具に重さがあるためにふんわりと握られた酢飯が圧縮されていると、そうゆうことか…」
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「いいやろ?もう?すでに僕の寿司は十分マズいからもう食べるよ?」
「よかろう…軍艦はやめとく。酢飯が圧迫されて小さくなるほどの量の具が乗ってるってコトは脾臓が痛む」
「え?!結局?!僕がこんなに犠牲になったのに?!」
「アンタはええやんか、10皿はいくねんから。私は3皿やねんで?貴重な3皿やから量も味もベストなチョイスをしたいんや、こう見えて病人やねんぞ」
患者の中で誰よりも若く、誰よりも元気そのものに見えてる自信がある私の脾腫は、食後が一番痛いから、こんなに3皿に慎重になるの。
それほどの痛みということだ、私に根性があるから痛いって言わないだけで。

かっぱ寿司の軍艦のごはんの量はにぎりと一緒だが、それを確認しようとすると寿司が不味くなる。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-07 10:09 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)
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