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県ユース

こないだジンとハタが泊まりに来た時にジンが「チョモがむっちゃ寂しがってますよぉ~!」と言っていた。
暇があったら見に行っていたチョモの試合を、病気になってからというもの見に行っていないので。
リハビリの運動がてら夜のボンブーはさしつかえないが、日中の陽射しは身体に障るでのぉ。
何よりもカタいアスファルトの上を歩くのが脾臓に堪えるのじゃぁ…堪忍・堪忍。
「ヤだいヤだ~い!試合見にきてくんなきゃ泣いちゃうぞ!」
と、高校2年にもなってダダを捏ねるチョモではないので、その後の試合も見には行かなかったのであるが、久々に県ユースを見に行った。
運転手のむーちんが「見に行くやろ?」というので。

あわや間に合わずか…という間に合い方で陸上競技場へ到着し、痛み止めが切れる中ギャラリー席へと向かっていると、ちょうどマイルを走る選手たちの群れに遭遇した。
「お・チョモたちいるんじゃな~い?」
と私が群れに近づいていくと、隣りでハイエナが身を隠した。
「おいっチョモに気づかれるやんかっ!」
「ええやんか」
「オマエがよくてもチョモがイヤがるやろっ!」
チョモがそんな素振りを小指の先ほどでも出した暁には、メッタメタのギッタギタのボッコボコのガッペガペだけどな。
群れを眺めていると、ひとりだけ群れの流れに逆らってこちらへと横断を試みるカモシカがいる。
私と目が合い、にこやかに近寄ってくるカモシカ。
嵐山のサルは目が合うと威嚇してくるが、おぼこのジンは目が合うと寄ってくる。
「がんばってね~」
「はいっ!」
…悪かった…ジン…私が悪かった。
ウチのチョモは私から手を振っても手を振りかえすことは稀であるし、親子のアイコンタクトが名人の域に達したようで、最近では言葉すらも必要なく、同じ空間に居る時などは会話ではなく各自が醸し出すフィジカルオーラでコミュニケーションを取っている。
これを世間では俗に『反抗期』と言うが、ジンにはないのだろうか。
反抗期がないものと思っていた我が子ヒー坊でさえ、最近では反抗してくる16の夏である。
ジンに出逢ってから2年目の夏、彼には何の変化もない。
変わらず顔見知りを発見すれば寄って行き、変わらず手を振り返す。

「ジン見てるとさ~『青春』ってこうよね~て思う。試合で感極まって泣いちゃうとかさ~そうゆうの、チョモにはないんだよねぇ…チョモって小さい時からそうゆうのないの…」
「チョモ、小さい時ってどんなんでした?」
「野山を駆け巡ってたねぇ…大人レベルのアスレチックとか。幼稚園児にして既にカニ腹だったから…思えば可愛げのないコやで」
結婚が早かったために子育てをするのに私の年齢は体力がピークだったのさ…有り余っててね、アクティブに遊びたい盛りだったもんで『子供に合わせて』なんて配慮はなかったねぇ。
そんなつもりはなかったが対等であることを強要してたのかなぁ…振り返ってみると子供らしいとこがちっともないガキだった。
これまでにチョモが自分の感情を出し切ったところを、1回…いや2回…見ただろうか。

マイルで近畿大会出場を狙っているのでチョモは、決勝に残った200mを棄権。
マイルにかけているから、マイルで勝ち進めば最初から走らないつもりだったのだろう。
リレーの4人という選手を充実させるのは、公立高校では難しいだろうと思う。
私学であれば陸上競技に力を入れるために、記録を出している選手や見込みのある選手にオファーを出し、選手層を厚くすることも出来るが、公立高校でスポーツ推薦というような枠は無い。
チョモの学校は、これから『陸上の強い公立高校』として名を馳せ、選手が公立だったらココと決めてくるであろう『これから強くなっていく』学校といったカンジである。
『陸上といえば』とまではいかないので、競技別にまんべんなく強い選手が揃っていないゆえに『マイルにかければ200は捨てる』といった選択が必要になるチームである現状。
この環境がチョモに良く作用することを願う。

マイル決勝で6位までに入れば近畿大会出場である。
準決勝で2走を走っていたチョモは決勝ではアンカー。
6位か5位かでバトンを受け取ったチョモは後半で追い上げる。
400mを走ってバトンを繋ぐには『最後を粘れる』というメンタル面の強さが要る。
それしかないと思うな、とどのつまり根性だよね。
技術的な面とか走りのテクニックとか身体的能力とかさ、果てはスパイクの機能性や軽さとかね、いろいろ分析して速さに到達するのが今どきの陸上かもしんないけどさ。
根性がなきゃそれも活かせらないっつーのね。
「ああダメ」と思った時点で「ああダメ」の信号が筋肉にも伝わるのが人間の身体である。
まったくダメなのに「イける!」と思っていれば、身体がイけるフォームを計算する。
それがイメージトレーニング。
最後まで根性で思い込めるかどうか、てのが肝。

最後の最後に粘ってチョモは3位でゴール。
地面に転げて息も絶え絶えであった。
これまで見て来た試合の中で、こんなに崩れた姿を見るのは初めて。
人間味があるじゃないか、チョモ。

最後の最後の種目だったので、表彰の時分には競技場内が片づけの最中。
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フィールドがどことなく、のどか。
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表彰台に上がるのを写真に撮ってあげようと、表彰台から近い席でカメラを構えていると、私の後ろからショーウン生と思わるる女生徒の声が聞こえた。
「ジンくん泣いてたってよ」
涙のジン近畿大会出場に感極まって。
泣いてはいなかっただろうけど、今日の我が子からも『青春』ぽさを感じたよ、私は。
ジンほどのまっすぐさはなかったが、それでも今日のチョモはわかりやすかった。
それでオールオーケーさ。

表彰台の前に各チームが整列。
3位の台の先頭に立つ1走のジンと目が合う。
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ジン、にっこり。
思わず手を、振ってしまう。
案の定ジンが手を振り返してしまう。
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悪かったて…ジン…私が悪かった。
ココはだろ。ココは振り返してこないと思ったよ、私は。
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「本気」と書いたら「マジ」というルビであるが、私のルビは「純粋」と書いても「純朴」と書いても、無垢・純真・ピュア、どれもこれも「ジン」でイける。
最期まで思い込めると思う。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-08-27 10:34 | +in much guy+ | Comments(0)

独走

あっという間に病人になり、あれよあれよと悪化した私は、ある日とつぜん調子よくなって、とうとう今では麻薬を服用していない。
だからとても快便だ。
ゆぅていらんとは思うが、下剤を使わず自力排便できるという喜びは、麻薬を服用した者にしか味わえない、どうでもいい幸福感である。
世の中は何も変わっていないだろうが、私の感覚はこんなにも変わってしまった。
排便を喜ぶ無職の女になり、親に合わす顔がねぇな。

先日、私は人生初のひとり通院日を迎えるはずだった。
結局は「最後まで面倒みるわ~」ちゅうてむーちんオカンが付き添ってくれることになったのだが、もうひとりで運転して病院に行けるだろうと自分で判断。
帰り際に麻薬密売人センセーが、よくできましたシールをくれるかもしれないので『おくすり手帳』に貼ろうとまで思っていた。

私の『おくすり手帳』は高血圧の老人なみのペースで処方シールが更新されているからよくできましたシールを貼る余地がないので、見返しの自分のプロフィールの部分に貼ろうっと。
おもて表紙の氏名を書く欄の氏名も、見返しのプロフィール欄の氏名と性別、アレルギーと副作用の有無も、看護婦さんが書いてくれた。
急いでいたのか小学校3年生で学習するレベルである私の名前の漢字の、様子が少々おかしいが、アジで処理できる程度なのでこのまま使っていこうと思う。
しかし、手帳があと1ページで終わってしまうので、自動的に次の処方があれば「おくすり手帳」が新しく発行される。
平成24年に2ページしか使わなかった「おくすり手帳」を平成25年には2ヶ月で8ページも使った。
と、いうことは「おくすり手帳」の投薬履歴記入ページは11ページ。
だから何だと言われたら返す言葉がとくにない。
ご老人が広げて見ているご自分の「お薬手帳」を何冊か私はこっそりと盗み見てみたが、とても地味であり、いかにもお薬の手帳っぽい冊子だった。
しかし15頁から成る私の「おくすり手帳」は、淡いオレンジの表紙に、OLがROUで買い求めそうなランチバックらいくなナチュラルテイストの小花なんかがあしらってあるのだ。
ダントツ可愛い、まるでかまわぬとコラボしている角川の文庫本のよう。
広げて読んでいる活字が「トラムセット配合錠:呼吸抑制等の副作用がでることがあります」であっても、傍目には『伊豆の踊子』でも読んでそうに見える可愛らしさである。
だから何なんだと言われたらそれまでだが。

D病院まで我が家からは、車で3~40分というところ。
これまでは運転出来る状態ではなく、またかろうじて出来る状態があった日もあるが運転をとめられていたので、ずっとむーちんオカンがわざわざ仕事を休み、運転をして私の通院に付き添ってくれていた。
買い物も基本的に自転車で行ける範囲のみで、たいていはむーちんの帰宅後に夫同伴のもと買い出しに行く監視付きのVipな日々。
妊娠初期の妊婦は流産しないためにもあまり重い物を持たないようにしているものだが、妊娠後期の妊婦ではその子宮の大きさは約6~8倍。
あんなに子宮がはちきれんばかりに見えるのに、それでも8倍だって。
私の脾臓は安定期を迎え胎動を感じるようになった妊婦相当の4倍だが、見た目にはちっとも変化がない。
脾臓はいくら腫れても喜びはなく痛いだけ。
しかし妊婦なみの丁重な扱いを夫から受けるチャンス。
ただ、このチャンスは連日連夜、救急搬送され点滴や採血、検査検査で腕に何本もの注射針を刺すという苦難の道である。
脾腫よりもご懐妊をおススメする。

7月の連休明けに私は、自ら運転をして助手席にオカンを乗せるほど回復した。
「あんな状態やったのに、今日はこの子が運転して来たんですよ!もう、信じられなくて」
とむーちんオカンが驚きを隠さずに密売センセーに言うと、センセーは本音をポロリと滑らせた。
「僕もねぇ、ダンナさんと来てた時には、このひとはこんなに弱って点滴してもどんどん悪くなっていってるのに、なんでこの状態で入院を拒否するんだろう、て正直、心配だったんだよなァ。でもあの状態で通院でよく頑張ったよな」
私は自分が入院しても病んでいくだけだろうことは予想が出来た。
どっちにしろ、しんどいことに変わりはない。
夜中に救急車を呼び、それに付き添って睡眠不足のまま仕事に行き、帰宅して家事もせねばならない毎日だったむーちんにとっても、同じようにしんどい日々だったことだろう。
それをしてくれた夫、自分で自分の面倒をみる事で私の闘病をサポートした息子たち、この家族のために私がすべきことは、一日も早く回復することである。
私は、入院してしまったら頑張れない。
闘病ってね、気力だけで頑張ってなきゃダメなのよ。
じゃないと病気にのまれちゃう。

私は西洋医学業界がにわかには信じない説を、センセーに告げてみた。
「これってね?好きな盆踊りをやったからこそ、ここまで回復した、てことだと思いません?」
「ん~…それはあるかもしれないなァ。でも、踊りをし過ぎて体調を崩さないようにな」
「はぁ~い」

日に日に回復しているので、もう悪化はないだろうと予想し、二週間に一度の経過観察となった8月の通院日は、ひとりで行ってみるとむーちんオカンに宣言。
「大丈夫か?」
「はい、道も覚えたし、今日からはどんどん良くなる一方だと思いますんで、ひとりで行ってみます。長いこと休みを取ってもろてありがとうございました」
「私、火曜日は病院の日やおもて全部、休み取ってあんねん。やから何かあったら連絡しておいでや」

回復しているから次の通院からひとりで行くことをむーちんに報告すると、2時間もかけて行くんか、そんなん無理に決まってるやろオカンに頼め、と大反対。
「へ?そんなにかからへんで?2回運転して行ったけど2回とも1時間もかかってないで?道空いてたら30分とかそんなもん」
「車で?!」
「そうや?もう道も覚えたから。あっこみんなビュンビュン飛ばしてるけど、私は60㌔とかでトロトロ行くねん。はーいみんな追い越してよ~ちょっと入れてよ~どうもね~ゆぅて。聞こえてないやろけど」
殆どペーパードライバーで方向音痴、高速乗れない、車線変更出来ない私の独走が不安で不安でしょうがないむーちんは、その報告の日から『お先にどうぞ』というステッカーを探しまくっている。
あまりにないので『赤ちゃんが乗ってます』てのでもえっか…ぃやいっそシルバーマークにするか…手書きして貼っとく?『ペーパードライバーです近づくな超キケン』などと言い出した。

私が脾臓を腫らしてからというもの、その病状の急激な悪化ぶりをつぶさに見て来たむーちんは私が死ぬことにとても敏感になり、事あるごとにさぶいぼな胸の内を口走るようになった。

「おっ♪ここ空いてるやん、ラッキー」
「い~いや俺のほうがラッキーやで。まぅと結婚出来てんから」
「さぶっ…それはラッキーやな…たったひとりしかいない私と結婚出来て」
「やろぉ?ラッキーやろぉ?」
そんなバカップルみたいな会話を駐車場のど真ん中でノらされてる私はアンラッキーだがな。

「わ~やっぱこの素麺おいしいわ~う~ん、幸せ♪」
「ぃい~んや俺のほうが幸せや、まぅと一緒におれんねんから」
「さぶっ…それは幸せやな…これ以上の幸せないやろから浸っとき…私はボンブーに行ってくる」
「え~~~アカンやん!まぅが一緒におらな意味ないやんけ~!」
私の不幸せと引き換えにむーちんの幸せが成り立つ状況を、ひとりよがり、て言うんだよ。

結婚18年目。
息子二人は高校生、互いの性格も熟知して、下の介護を恥ずかしげもなく出来る間柄。
なのに今、我が夫婦は夫だけが勝手に新婚気分である。
そんな新婚かぶれの夫から『今から帰る』コール。
クーラーのキいている二階の部屋で読書していたのを、『おかえり』と言うために階下へとわざわざ降りる私。

ごっこ遊びが得意な妻で、よかったな。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-08-08 15:17 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

ピンクの小粒

麻薬を服用すると便秘になる。

お食事中の方の読破はご遠慮ください。



麻薬を服用するとヘーキで4日くらい便通が無い。
それをどうにかするために、便をやわらかくする薬や下剤が処方されるのだけど、それでもなかなか便通が促されないので、薬の量がどんどん増える。
さらに便秘になることで痛さも増し、それにより痛み止めの頓服麻薬をまた追加。
食後に10錠ほどの薬がちょっとしたデザート感覚になってきた。
滋養強壮剤なんかで流し込んだりして、セレブ気分。
脾臓は貧血のひとが悪くなるからって、鉄分豊富な滋養強壮剤を探したら、普通のヤツの倍の値段だったからやめた超庶民非セレブ。
明日からは白湯で服用ピンクの小粒。

なぜに下剤は、ピンクの小粒なのだろうか。
私はコーラックを実際に見たことはないが、コーラックの歌が♪ピンクの小粒コ~ラック♪とうとてるトコロをみると、ピンクの小粒なのだろう。
D病院の麻薬密売人らいくなスキンヘッドの麻薬調剤外科医から処方された下剤もピンクの小粒センノサイドである。
ホンマにこんなモンで出るんかいなと思うほど小さいが、出る。
出るドコロのハナシぢゃない。
一回2錠で処方されているが、あまりに出すぎるので独断で1錠しか服用していないほどの排泄効果。
こんなに食べた覚えがないほど出るので、心配になって体重計に乗ったりなんかする。

47㌔近くあった体重が病んでから42㌔にまで落ち込んでいたが、最近43㌔にまで持ち直していた。
しかし下剤が処方されてからというもの、ギリの42㌔台、42.9㌔からなかなか43㌔に持ち直さない。
最悪の場合に摘出手術を視野に入れた闘病生活中であるので、入院するまでの間に体重の目安として44㌔にしておくつもりであるが、まずはの43㌔台になるのが阻まれている現状である。
50㌔のひとがダイエットで夢の40㌔台として49.9キロを目指すのと同じくらいに、43.0㌔がなっかなか見られない数字であるのだ。
こんなに苦労して太ろうとしたのは生まれて初めてである。
何を気にしなくても太るのなんて勝手にバカスカ体重増えるもんだとおもてた。

私の落ちた肉は、ドコから落ちたかと言えば瞼と頬それからふくらはぎから、落ちた。
二の腕と太ももから落ちて欲しかったが、人相が若干変わり脚力が落ちてしまったおかげで、近寄りがたく踊るとバテる踊り子になってしまったようである。
元気ハツラツなタフな踊り子ってのがウリだったのに、今年はボンブーリハビリ。

なのにこのところボンブーがなかったので脾臓が痛い。
通常は腹や背中から押して触れる場所にはない脾臓だが、私は4倍に腫れているおかげて医師は触って確認することが出来るようだ。
自分で触っても指先に触れた臓器が胃なのか肺なのか脾臓なのか皆目見当もつかないが、私は脾臓に激痛が走ると自然に左横腹から鳩尾と背骨までの腹側&背側を掌でバヒバヒとまんべんなく叩く。
『叩きさすり』とでも言えばよいだろうか。
お灸屋の院長が、腫れたり打ったりした箇所は圧迫すると痛みが和らぐと言ったこと、あれは正解だ。
あばらが痛ければさするかもしれないが、その奥の触れられない部分に位置する脾臓は、あばらをさするごときでは痛みが和らいではくれない。
あばらがビリビリくるくらいにバヒバヒ叩く。
するとまだ3倍くらいは腫れてんだろうなぁ~という脾臓にその振動が届き、しばし疼痛から逃れられる。バヒバヒ叩いている間は。
ただバヒバヒまでの強い力であばらを叩くと、非常に呼吸が苦しい。
呼吸がしづらいので叩くのをやめると、脾臓が痛いのでまたバヒバヒ。
そんな脾臓との戦いをみてヒー坊が言う。
「かわいそうやなぁ…痛い痛いゆぅてなんでそんなに叩くん?」
叩く痛みよりも脾臓の痛みが上回っているので、叩くことにもはや痛みは含まれておらんのだよ。

痛いから早くボンブー療法したいのに、昨日まで近くの櫓がなかった。
しかし本日からは10連チャンのボンブーリハビリ。
それはそれで、体力がモたないが。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-08-02 09:26 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

ボンブー療法

ソセゴンという筋肉注射を打ち、約2時間の点滴を終えると、私は立って歩けない。
だってソセゴンの副作用は意識障害だから。
どうしても避けられない副作用で大変にキツいが、それを打って欲しいと思うほど、脾腫の痛みはイタいんである。

んなわけでソセゴンが効きに効いた翌日、午前中に3件の買い物をこなす。
入院準備品と甥っ子と姪っ子へのプレゼントを、買いに。
「むっちゃ調子ええわぁ~」と何度も言う。
帰宅してからも何度も言う。
処方されている麻薬を服用しなくてもむっちゃ調子ええから、このままずっといいんじゃないかと思い始めたら、時間はなんと16時。

PCつける。
PCでしかやってないLINE起動。
タイピング。

フクちゃんシティホテルがボンブーやってたらケータイにメールちょーだーい
ねぇ、行く?
ねぇ何時から?
はよ行きたい~~~~
現地で会おう現地で
メールちょうだいよ~頼んだぜフク坊!

フクちゃん仕方ないから「バイクで偵察してくるわ」て言う。

行って行って~やるかどうかきーてきてついでに!
シティホでおーたらおごるから~!


こうして私の熱きボンブー魂は、たったひとりの情報提供者によりリアルタイムに中継された。
私はむーちんに土下座をして、今夜が最初で最後かもしれないシティホボンブーにこの夏の思い出の全てを捧げた。
もう私には、入院1ヶ月にも及ぶ脾臓全摘出というヤなイベントしか残っていない。

ちょくちょく見るボンブー顔見知りで、ちょくちょく挨拶を交わすご夫婦(たぶん)がいられるんだけど、そのご主人のほうが隣で踊っていて私に言う。
「神社でおーたね?」
「どこでも会うよね、いっぱい行ってるからねお互い」
「踊ってる姿がビデオになってんねん知ってるか?アンタ、有名人やで」
「youtubeやろ?どこでも踊ってるからね」
「常に写っとう、有名や」
その有名だという有名人っぷりが私の耳には全く漏れ聞こえもしないけど。

私の姿がないので不思議に思ったというミッチーや、同じボランティアで切磋琢磨中のコーライさん、地元のママ仲間でありボンブー仲間でもあるマミィなんかに、入院準備中であることを報告する。
皆が口々に私を『だいぶ痩せたね』と言っていたけど、体重にしたら4キロほどの減だよ、まだ。
1ヶ月半で4キロだから『成功中のダイエット』くらいの減り。
これから全然体重の減らない停滞期が来て、根性が続かずにダイエットが失敗する頃かな。

脾臓ダイエットは疼痛が酷いので出来れば避けたい、という方はとにかく貧血にならないようご注意ください。
脾臓摘出にいたる危険要素の初期症状はまず貧血です。


シティホボンブーが最初で最後と覚悟を決めた翌日、私は13時からD病院で診察。
日曜日のソセゴンが効きに効いてるから、朝の4時に一回だけ麻薬を服用して、チョモの弁当を作り、洗濯をし、シーツを洗い、植木を剪定。
手紙を書いて病状を告白しておいたお瀧さんから電話をいただき、自分を見失わずに闘病せよとの励ましをいただく。

「どうかな?調子は」
「6月から今までで、昨日が一番、調子良かった。良すぎて良すぎて盆踊りしちゃった」
「ん???ちょっとお腹みして」
先生これまでで一番、顔色がいいと私を褒める。
「これ、痛い?」
「痛くない」
「これは?」
「痛くない」
「そうか…これは…良くなってると考えたほうがいいだろう」
「えぇえええっっっ?!だって日曜日のソセゴンが効いてるんじゃ…」
「ソセゴンは、二日間も痛みを取るような薬ではないんだよな」
「じゃぁ、脾臓が小さくなってるということは?」
「…ありえる」
「えぇえええっっっ?!」

奇跡、起き始めた。
これって、ボンブーのチカラ以外なにものでもナイぢゃん。
だって今までと違う事したとしたら、ボンブーしかないもん。
おそるべしキチガイ。
ボンブー魂で、原因不明の病気の症状を治す。

「これまでの投薬の効果が出始めてきたか、もしくは自然に良くなっていってると考えるのが普通だと思うぞ?少なくとも、腫瘍は悪性のものではない可能性のほうが高い。ガンは勝手に良くなることはほぼないからな。ウイルス感染かもしれないから、それを調べてみよう。採血は、痛いか?」
「もう、さっき採ってきた」
「うん、それとは違う採血をまたするんだ」
「え~~~採血、痛い」
連日の点滴、連日の採血で私の血管は穴だらけである。
「わかった。次にしよう…いいや、その次でもいいかもしれんぞ。二週間後にまた来て経過を見よう。回復に向かっていたら入院を見合わせて、半年後のPETだな。この状態なら脾臓を取らなくてもいいという可能性もあるぞ」
「えぇええ~~~~~~っ?!そんなに?!」
「いや、保証は出来ない。あくまでもこのまま良い状態が続けば、その可能性もみえた、という可能性の段階だけどなぁ」

99%脾臓全摘出だったのに。
入院の手続きも済んでいたのに。
連絡待ちの状態だったのに。
それが、この奇跡である。
ボンブーだね、ボンブー療法だよ。

皆さん 好きなコトは遠慮せず
バンバン やっちゃいなさい

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by yoyo4697ru980gw | 2013-08-02 02:07 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA