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ヨユーの

「アンタ…余裕のダレちゃん?」
「はぁ?」
「余裕の~ゆぅたら『余裕の誰ちゃん』になんねん?余裕なん、ダレや?」
「余裕なんは千徒様やないか~けっけっけ~」
平成8年生まれ現在16才のオレ様チョモが、ほざく。

「おハナシにならんな…私は『余裕のよっちゃん』やねんけど、ヒー坊には『よっちゃん』ぢゃナイひとがおんねん」
「オレも余裕はよっちゃんやなぁ…」
「やろ?よっちゃんやろ??でもヒー坊は『ユウちゃん』やねん。ほんで『よっちゃんてダレ?』て訊くねん。ダレって聞かれてもよっちゃんが誰かってのはないやんけ。そんなん語呂合わせの言葉遊びやねんから、よっちゃんっていう特定の人物はおーへんやん。けどヒー坊のユウちゃんはおんねん。山田優やねん。プロミスで借りた金を余裕でユウちゃんは返すねん。借金返済余裕のユウちゃん」
キャラクターがはっきりしてるんや、余裕のユウちゃんは。

我が子は年子であり、年子を持つ母親の共通した育児認識の中に「参観日の懇談は上の子に出ればOK」というシステムがある。
1年の差は学校行事予定上は同等である。
上の子でやった行事と同じ事を下の学年でもやるので、上の子で説明などを聞いておけばそのまま下の子に適用出来るのである。
しかし、1996年生まれと1997年生まれの年子には、このシステムが通用しない。
何故だかこの1年で方針が変わってしまうのである。
区切りの年度になってしまっているために、時間割・修学旅行先・キャンプ先等々、ヒー坊の学年から仕切り直しとなり、『例年からの引き継ぎとは異なる学年として変更事項の数々』を把握するために、年子であっても上の子でも下の子でも説明を聞かねばならず、大変にめんどっちー。
たまに聞かずにチョモの学年通りのことをしていると、ヒー坊が「チョモまではそれでよかったけど、ボクたちからこうなった」的な注意をしてくる。
たかが1年されど1年である。

「アンタさぁ、今年の春に後輩出来るやん?その後輩にきーてみ?余裕のダレちゃんや?て。そしたら1年しか違わないのにその後輩は『余裕のユウちゃんです!』て答えるねんで。カルチャーショックやでぇ…しかもそのユウちゃんは、山田優」

余裕と言えばよっちゃんと相場が決まっている皆さんに、山田優に負けないようなキャラクターを作っておきましたので、『よっちゃんってダレやねん!』と突っ込まれた時にどうぞご活用ください。

【余裕のよっちゃんプロフィール(山田優との優劣比較版)】

本名:佐藤ヨシコ
(日本の多い名字ランキング→1位:佐藤 13位:山田)

生年月日:1964年7月5日
(ユウちゃん生年月日:1984年7月5日 よっちゃんのほうが二昔も先輩だバカヤロー)

出身地:北海道
(ユウちゃん出身地:沖縄県 よっちゃんは最北端だバカヤロー)

※佐藤ヨシコ(通称:余裕のよっちゃん)は、何でも余裕でこなします。
きれている蛍光灯がどんなに高い位置にあろうが脚立を使って余裕で交換しますし、どんなにかたくしまっているハチミツの瓶の蓋でも余裕で開けてしまいます。
日常のちょっとしたコツ、という余裕を熟知しているよっちゃんに何でも聞いてください。
機械類の調子が悪くなったらとりあえず叩いて様子をみることを全国的に普及させたのは、よっちゃんです。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-01-28 01:14 | +開楽館+ | Comments(0)

学ばせてくれたひと

ヒー坊は40度の熱が出ても歩くし、足の指の爪が剥がれても靴履くし、自分の体調不良にも非常に鈍い。
あまりに鈍いので無痛症なんぢゃないかと心配になって医者に診せたが、単に性格の問題だったことが判明した。
先天的な脳の状態が理由で発達が遅れていることを『母親に責任はない』という言い方を医者も福祉のひともするが、基本的にはそうであろう。
しかし後天的な訓練方法として何か手を打つ場合に『育てやすい子は発達が遅れる』という、ひとつの落とし穴があると思う。

夜泣きなし、ぐずりなし、ウロチョロなし。
ヒー坊は、通常ならば母親が目を離せないと思う期間に、全自動洗濯機なみに目が離せた。
泣きもせずに勝手に眠り、起きても滅多に泣かない。
わっ!起~き~て~る~っ!いつの間に?!とびっくりするくらい気配を殺して起きる新生児だった。
BOXティシューを取り出して次から次に食べている1才のチョモのクチを無理からこじ開けて吐き出させている間に、たった20㏄のミルクでコテと4~5時間は眠りこけるとても燃費のいい新生児だったのだ。

今となっては完全に言いわけだが、年子である我が子たちの育児条件からゆぅて、ヒー坊が産まれた頃のチョモと言えば、ちょ~~~ど好奇心旺盛なやりたい放題期であり、「とりあえずクチで確認する」という人間の一生でみたら最もアブナイ時期であった。
油断すると粘土をつまみにマキロンを飲みかねないのである。
目を離せるワケがないではないか。
そんな乳幼児を抱えた母親が二人の子供にアンテナを張ることには限界がある。
年子を産むくらいなら双子を産めとはよぉゆぅたもんで、同じ二人でも双子ならば一方が眠る時間帯にもう一方も眠ってくれる。
しかし年子は一方のオムツを替えている時に、もう一方が豪快に階段から転げ落ちている。
いくら若くて体力があり精神的にタフっちゅうても、目はふたつ。
21年の浅はかな人生経験と1年足らずの育児経験で、何の配慮が出来ようか。
考え付くことなど、所詮、知れている。
手いっぱいであった私の育児は、手のかからないヒー坊を後回しにすることでまわっていた。
それで見過ごしたサインがいくつもあったように思う。
私はこれまでの検査や訓練を、ヒー坊にとってベストなタイミングで行ってきたと思っているし、「これはしない」という選択をした事を後悔したことはない。ヒー坊の成長具合と性格を知っている母親である私がするべき選択に間違いはなかったと今でも信じている。
しかし、ヒー坊を後回しにしていた3ヶ月という期間に、私さえもっと注意深く意識していればもっと早くに気付けていた、と思い当たることがある。
それは、ヒー坊に反射の行動が見られなかったこと。

ヒー坊にミルクを飲ませていて、ウトウトと眠りかけていた時に、強風でドアが勢いよくバタンと閉まった。
このような状況では赤ちゃんというのはバッ!と手を挙げたりという反射をみせるものだ。
高い高い~と宙に放り投げたりした時にビックリして手足をピンと伸ばす、ああゆう反射。
大人の私でさえその音にビクっと身を縮めたのに、ヒー坊はそのままウトウトウトウトして、ついには眠ってしまった。
この時に、私が持った疑問は『耳が聞こえていないのでは?』ということだった。泣き声も殆ど聞いたことがなかったし。

私はデフの知人が先天性の聴覚障害だから「話す」というのが訓練をしても完璧にするのは難しい、と言っていたのを思い出した。
後天性の聴覚障害と違い、生まれた時から聞こえないということは話す訓練をしてもその発音が合っているか合っていないかを自分の耳で音として確認することが出来ないため、いくらテキストで、舌の動きと口形を勉強してその通りにやっても、本当の意味での発音がそのひとのモノにはならないのである。『健聴者に伝わる言語』であることを彼女は過剰に意識していた。それで会話の途中で必ず『わかる?発音合ってる?言えてる?』と確認を入れるのである。10代だった私は彼女の気持ちを考えることをせず、そのままでちゃんとわかるから、その『わかる?発音合ってる?言えてる?』を入れる必要はないと言った。それが会話の流れを止めている、と言った。彼女にとってはこのフレーズを含めて全てが会話であったのに、私は彼女に必要不可欠であるそのフレーズを不必要だと言ったのである。
それに気付いたのは社会人になって、言語は手話のみというご夫婦にお会いした時である。このご夫婦はどちらも読唇をし、互いの会話は手話で、健聴者と会話をするのは筆談であった。ある日、我が母コケさんがそのご夫婦と手話で会話をしているのを見、私はコケさんに訊いた。
「会話は全部、手話なの?」
「私がわからない時は筆談よ」
そして母はご夫婦に背を向けてこう言った。
「最初は話しておられたの…事情があってね、話すのを避けてられるから今は私のほうが手話を勉強しないとね」
この時のコケさんの言葉は私の胸を刺した。
デフの知人ユミさんのことを思って。

そのご夫婦が話さなくなった理由は『通じない』という弊害であった。自分たちは自分たちの言葉を通じると思って使うが、通じない、聞き返されるという事実に直面する。
誰だってそうであるが、自信がないことを堂々と表には出せない。
不安だから確認する。確認出来れば安心する。その安心が自信になり、自信を積み重ねるから、堂々と表に出すのである。

私は障害を持つ子供の母親として、隠さずに堂々と表に出すことをヒー坊には教えたいと思う。
発音が出来ない自覚のあるヒー坊は、おみくじを引いてその番号が40番だったことを、今年も私に言わせた。
絶対に通じないから言って、ちゅうて。
ヒー坊は『発音に自信がない』という絶対の自信を持っている。
相当の自信を積んできたので、今度は堂々と表に出すべきだね、ユミさんのように。
こんなに自信がないんです、と堂々と出し続け、そしていつかたったひとりにでも、この障害がどんな事実と向き合っているのかを理解してもらえたら、それがヒー坊の大切な役割だったのだと教えたい。

ユミさん、元気ですか。
私と言葉での会話をずっとしてくれて、ありがとう。
あなたの丁寧な言葉のひとつひとつが、今、私がヒー坊に教えられることの全てです。
そして今更ながら身に沁みます。
ユミさんがどれほど強いひとだったことかが。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-01-06 00:37 | +ミルニング+ | Comments(0)
メンタリストDaiGoがメンタルパフォーマンスをやりたくないらしいね。
メンタリズムは十分に認知されたので、パフォーマンスとして魅せる必要性はなくなったということかな。
メンタリズム普及ということでパフォーマンスをしていたのなら、十分に成功ではないだろうか。
だってあまりテレビの電源を入れない私が知っているくらいだから。

他人の心理をコントロールすることが、自分の心理をコントロール不可にさす影響力を持つと痛感したのなら、よりご自身のメンタル面を強化し、パフォーマーではなくカウンセラーとして、それを活用することが出来るメンタリストになっていただきたいと思う。
『摩訶不思議なパワー』みたくもっていくんぢゃなくて『ちゃんと根拠があって計画的に誘導している』と示して超能力的なコトをしてみせたところが、メンタリストDaiGoの最大の魅力。
『すべての超常現象は科学的に再現できる』ってんだから頼もしい限りである。
摩訶不思議っぽいことを今からやります、と言って摩訶不思議にやってみせるなんて、よっぽどの目的意識でもなきゃやれないと思う。
その目的をより向けるべき目的に向けて、是非とも根拠あるココロのサポートをするカウンセラーになっていただきたい。
根拠や理由がはっきりしている暗示は、洗脳と違って患者に優しいだろうから。
精神的なダメージから自力回復出来ない現代人が増えているらしいので、科学的観点から冷静にカウンセリングをして癒しの実績を積んで欲しい。
怪しげなカウンセラーにしか出会ったことがないので、怪しくないカウンセラーとして成功して欲しい。がんばれ!DaiGo!

しかし私は、応援しておいてナンなんだけど、科学的になんでも再現できるとは思っていない。
かと言って、摩訶不思議なパワーを信じているということもない。
ただ、科学的根拠はあるだろうが偶然の一致が見事に重なり、あらゆる条件が揃わなければ起こらない、という事があると思っている。
それは、どんなに人間がコントロールしようと思っても無駄で、なるようにしかならないと思っている。
その起こった偶然を前にして自分が無力だと理解した時に、次にどうすべきかを考えられるか否かが、自身のメンタル面が強いかどうかだと思う。
諦めずに最後まで気力を振り絞れるか、そしてそれを保てるか。
もういいや…と一度は思っても“でもやっぱり”と思い直すことが出来るか。思い直してからちゃんと具体的に動けるか。
真価が問われるのは『何をやったか』という部分だと思う。
キレイな言葉はどんな口からでも言えるからね。

言う事だけが立派で行動が伴わないひとの言葉に翻弄されることなく、憎まれ口ばかり叩いているひとの行動が本当に卑怯なのかどうかを見極め、
表面的なことだけで判断をせず、自分の目で見、自分の胸に手を当てて考えることをする、そんなカウンセラーを世の中は求めているぞ、DaiGo!

迷いながら選択肢だけを増やすようなことは、決してするな。
摩訶不思議の結末はいつもそうなりよるから、それだけはせんがええで。
夏の風物詩になることだけは、しなや。

健闘を、祈る。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-01-05 01:43 | +丁猫犬堂+ | Comments(0)
【投稿キャンペーン第2弾】あなたの新春の一枚&新年の抱負

今日中には眠らない。
平日でも休日でも眠るのは1時を過ぎてからである。
連休ともなれば趣味と呼べる趣味の全てをこの機会にやってやろうと、夜な夜な本を読み音楽を聴き映画を観て、木を削り紙を漉き石まで彫るので、気が付くと朝になっている。
こんな睡眠不足で繰り出す初詣の朝はとても辛い。
日の出など、詣でるついでに見ようとするともう出てる。
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そんな一年の始まりだが、元旦の澄んだ朝は誰にも等しく清々しいものである。

老化のひとつに『見た夢を覚えていらんない』という現象があるが『やりたいことが多すぎて眠っていらんない』というのは、老いとは真逆でとてもアクティブな病状ではないかとほくそ笑んでいる。
だがしかし老いはじめているカラダは正直なもので、明け方の4時に眠ると昼がくるまで起きれない。
正月休み明けの最初の出勤が不安だな…そんなことが頭を過りながらの着床。
去年、宝船の絵を枕の下に敷いても見なかった初夢。
七福神も回文も効かなかったので、もう今年は宝船の絵さえ買わず、初夢を見る意気込みすらない。
今年もどうせ見過ごすに決まっているさ、初夢。

3時間後、特別な音に設定している会社関係者からの着信音で飛び起きた。
…社長だ!
…いや、久々の初夢だっ!
初夢どころかこのところ見た夢をさっぱり覚えていられない日々だった私は、新年早々の社長からの業務連絡より、自分が初夢を見たことに驚いた。
幸先が良いではないか。
33歳の散々から始まった大厄小厄の6年間がやっと明けたこの良き始まりに、ずっと見忘れていた初夢を見るなんてなんと縁起がよろしいことよ。よきかな、よきかな。

白衣を着た初老の男性が、私の竹を割ったような性格を褒めてくれる。
「アナタは白黒ハッキリさせる性格をしているからねぇ、まァ隠しても無駄だろうからハッキリゆぅけどねぇ、アナタ、進行性のガンだね」

待望の初夢で『余命いくばくもない』という大病に罹っていた。
不幸中の幸いにも、私はかろうじて30代と患者年齢としては若きエース。
おそらくガンの進行もトップスピードを維持できる。
それは、高額になるガンの治療費を私の命を救ってくれるために家族が捻出したとしても、もって3ヶ月ほどの出費で済むだろうことを意味している。
最期の最期まで金のかからない女であったことを私は誇りに思う。

生まれ変わったつもりで新しい自分の一年を生きることにしよう。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-01-03 16:02 | +ミルニング+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA