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代用品

「今日なぁ~、パン買ってもらってーん。パン購を注文するってゆう友達がいたからな?ぁあ~~~~コレ食べてみた~いっ!!買って買って~ねぇ、買って~!てねだったら、『ん~~~…いいで。』ゆぅてこーてくれて~ん♪」
「アンタそれなぁ、『ゆすり』てゆぅねん。」
「ちゃうちゃうちゃうっ。おら~オマエ買えや~!!とかそんな無理矢理とかちゃうしな。お願い買って~食べてみたい買って買って~、てゆぅな?お願いしたおしてこーてもーた。」
「あ・じゃぁそれ『たかり』てゆぅねん。」
脅したら『ゆすり』で泣きついたら『たかり』ね、方法が違うだけでやってることは一緒だ。
「でもなぁ…注文したのは「チョコワッフル」やってんけど、きたんは「チョコむしパン」やねん。」
「惜しいね。味の系統は似てても食感がまるで違うね。なんのための注文やねん。」
「そうやねーん。でもそうゆうことしょっちゅうあんねん。注文した通りにくんの50%くらいちゃう?たいがい違うのが入ってんねん。勝手にやで。勝手におばちゃんが自分で選んだの入れとんねん、希望をきーてくれたらええのんになぁ…まぁ「チョコむしパン」のほうが20円高いハズやねんけどな…」
「勝手に入ってるヤツに追加料金とか払わんでもええねやろ?」
「ないない、それは得っちゃぁ得やねんけどな?もしイヤなヤツがきたらなぁ…」
「そこはまぁ…おばちゃんも考えて似たような味のものを…」
「…いや?そうでもないで?まったくちゃうもんが入ってるしな?シャケのおにぎりとかな?全く注文してへんかったのに今日、きとんねん。」
「あー…そう。」
それはー…おにぎりの代わりにおにぎり、とかぢゃなくて、パンがなくておにぎり、になったのかな?まぁおにぎりの代わりにおにぎりやったとしても、中身の具が代わるともうそれだけで大変化なんだけどね。ごはんも海苔も共通やねんから具が決め手なんちゃうんか、おにぎりって。
「紙になぁ?「ナニナニの代用品として」て書いて別のモンが入ってんねんけどな?代用品が入ってナイってこと…まぁ…ないんちゃう?」
常に何かに摩り替わっているらしい。
「…代用品…て。」

私のイメージする「代用品」は、パンがおにぎりになることではない。私たちの世代が「代用品」と聞いてイメージする「代用品」とは、「石鹸」じゃなくて~「廃油せっけん」…みたいな感じではなかろうか。苦肉の策でこうなりました、という物資の欠乏を含みはしないだろうか。それには「戦争」というキーワードが絡んでいる。
日中戦争の長期化と太平洋戦争の勃発により軍需優先の影響を受け、いろいろな物が不足。燃料も材料も人員さえも不足した苦難の時代に、生活用品や軍用品、梵鐘や陶貨まで多種多様な代用品が生産されることとなった。この代用品生産によって、割れにくい製品の開発や、成形技術の進歩など、日本品質とも言える技術が生み出されてゆくのである。苦心の末にあみだした結果それが技術となったもの、その原点が「代用品」であるということで「代用品」という言葉を知り、イメージしている私たちの世代。あくまでも代わりに過ぎなかった代用品は、質を格段にあげることで主流となるのである。かつてフランスで生まれたマーガリンは戦時中に不足したバターの代用品であったが、めきめきと風味を向上させ、バターの短所を補い長所を生かすという出世を見せ、暖簾分けした弟子の店が繁盛するが如く、今では主流の商品である。

しかし平成生まれだらけのアレ中生徒たちのイメージする「代用品」とは、「パン購のおばちゃんが、注文したパンがなかったからって勝手に選んでおにぎり入れてキた。」みたいなことになる。たしかに人気がひとつのパンに集中するとなれば、パン購の商品には限りがあるわけだから代用品で賄うことにはなろう。おばちゃんにとっては「苦肉の策」でパンをおにぎりに代えてしまわなければならない日もあるだろう。しかしそこには「物資の不足」という逆境をバネに、技術や質を向上させるエネルギーは含まれない。むしろ物の豊かさと選択肢の豊富さが露呈されている。パンの代わりに米が出せる余裕があるのだ。なんやったらカラアゲとか焼きソバなんてのも、出せんぢゃねぇの?…えらい時代になったもんやでぇおじぃちゃん…なぁ?
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-30 11:47 | +in the sky?+ | Comments(0)

ちょっと だけよ

この「ちょっと」は二通りの解釈が出来る。
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「ちょっと」だけ入っているSサイズのポテト
Sというサイズを丁寧に教えてくれている場合と、
「ちょっと」だけSサイズであるポテト
というお店の特色である場合。

Sサイズというサイズが「小さい」や「少量」のことを示しているのが共通概念であるため、「ちょっとSサイズ」というのはこのお店のオリジナルサイズかもしれないのだ。Mサイズほどは食べられないけどSサイズじゃもの足りない腹具合のひとのための「ちょっとS」である。量的にはMサイズ寄り、てトコ。Sサイズより「若干多く入ってる」ていうよりは、Mサイズから「きも~ちへした」くらいの量だな。具体的な数で言ったらSを基準に7~8本多く、Mからみたら4~5本少ないのが「ちょっとS」ね。「たっぷりLサイズ」が「ちょっとSサイズ」の2倍やからね。
では算出してみましょう。
Sサイズ 10本
ちょっとSサイズ 17~8本
Mサイズ 21~22本
たっぷりLサイズ 34~36本

こんなカンジかな。
Lサイズは多いけどMじゃきも~ち足らんな~って時には、あるかどうかわかんないけど「ちょっとLサイズ」ってのを注文するとよい。LサイズとまではいかないがLサイズ寄りな「ちょっとLサイズ」ね。そうなってくると「ちょっと」でも「たっぷり」でもないLサイズってどうなってくんのってなるやんな。そこまで細かくしちゃうともう1本2本の世界になっちゃうしね。がさつなスタッフとかだとはぢめっから1本2本のことなんて気にして盛ってないだろうしね。
もともとMは確実に食べられるっていう腹具合なんだから、たっぷりLを無理してでも食べといたらいいと思うな。健康のためにMにして腹八分でとめとくってテもあるよね。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-28 22:25 | +in the sky?+ | Comments(0)

スマートな空間

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流線形。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-26 12:05 | +武道便所 グレージー+ | Comments(0)

番台

私が「番台」と呼ぶ文机は傷だらけである。
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傷というよりも明らかに切り込みが入れてある。
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この切り込みが何かの作業をするのに都合がよかったのであえて彫った、と思わるるような切り込みなんで気に入っている。誰かが故意に切り込みを入れたのだ。持ち主の仕事か趣味か、ともかく主人の生活と共にこの番台は年月を経たものということであろう。
この「番台」は私の祖父母が毎日通っている銭湯の番台として使用されていたものである。私も幼少の頃からその銭湯へ入った。離れの窓際に置いてあるこの文机の前におじいさんが座っていて、ここで湯銭を払う。シャンプーを忘れた時に祖母がシャンプーを買ったことがあった。一回分個包装のヤツである、たしか30円。おじいさんは、番台の抽斗からそれを出した。この時の抽斗の音に惚れて私は次から毎回シャンプーを忘れたが、どうゆうわけだか祖母の荷物には出しても出してもシャンプーが戻っているのである。風呂の時間になれば、滅多に入ることのない家の風呂場にまで持って行って隠したのに、祖母はシャンプーを見つけ出す。仕方がないので母親コケさんや叔母イネさんと一緒に銭湯に行く時に忘れることにしたが、この親にしてこの子やねぇ、シャンプー見つけ出しはんねん長女も次女も。イネさんと二人で行った時に私はこれぞチャンスとシャンプーが欲しいと駄々をこねた。シャンプーなら持って来てるからと言ったイネさんに買って買ってとせがむと目論見通り、身内で一番のスポンサーであるイネさんは私に30円のシャンプーを買ってくれた。イネさんはそれまでも私にいろいろ買ってくれた。ポテトを買ってくれたこともあるし、洋服を買ってくれたことも、帽子を買ってくれたことも、いろんな所に連れて行ってくれたこともある。我が親よりもイネさんとはつながりが深い。姉であり母であり仲間である叔母、イネさん。そのイネさんがきいてくれた私のワガママの中で、この時のシャンプーほど嬉しかったことはなかった。子供心に「イネさんならわかってくれる」という確信があってねだったのだが、本当にイネさんはわかってくれた。シャンプーがあるのにシャンプーを買ってくれた。その後、せがむ私に根負けした祖母が一度だけ、シャンプーがあるのにシャンプーを買ってくれた。その時は番台のおじいさんに「髪を洗いますシャンプーください髪を洗いますシャンプーください髪を洗いますシャンプーください」と言い続ける作戦に出ていた。大人数で行っていて男衆は全員もう風呂へと消えたが、私がねばるのでクミさんとコケさんとイネさんが足止めを喰らい、とうとうクミさんが買ってあげようと言いだした。コケさんは我が娘のワガママを咎めクミさんに買ってやる必要はないとえらい剣幕で反対したが、クミさんはこう言った。
「これだけひつこくシャンプーシャンプー言うのだから何か理由があるんじゃろうて。」
誰も私にその理由を問わなかったが、子供のしつこさにはいつだって大人から見たらどーでもええようなれっきとした理由があるもんである。私はシャンプーシャンプーゆぅててからにそれを使わなかったので、二度とシャンプーは買ってもらえなかった。しかし三たび聴いた抽斗の音に、私はすっかり骨抜きにされ「ゾンタの机が欲しい」と思うようになっていた。

社会人になって独り暮らしをするようになり文机を買おうかと見に行ったこともあったけれど、新品の文机には当たり前のことだが傷一つ無い。どうも私は「ボロボロの文机」というものに憧れているらしい。新品を買ってボロボロまで使い込みたいわけでなく、最初からボロボロのヤツが欲しいのだ。いや、たぶん「ゾンタの机」以外の文机に興味はないのではないか。思い出があるからこそ欲しい「ゾンタの机」なんである。それから私は結婚し子供を産んで、しばらく兵庫県に住んでいたわけだがちょいとよからぬ事情が出来て、一家総出で家出。行くあてがないので私の里である宮崎へ行き、そこで2年ほどその日暮らしで食い繋いだ。その2年間の宮崎在住中に、ある日コケさんが私に電話でこう訊いた。
「アンタさ、ゾンタの机、欲しくない?」
欲しいけど…なんで?と訊けば、番台に座っていたおじいちゃんがお亡くなりになっておじいちゃんの持ち物を親戚の方がひきとっていたのだが、その親戚の方とどうゆう接点を持ってだかはわからないが、「必要な家具があるならウチに処分しようと思っているものがあるから、いるものだけを持って行ったらええよ。」と、離婚して独り住まいのコケさんへお呼びがかかったらしいのである。私は聞いていて鳥肌が立った。運命というか縁というか不思議というか、目に見えない何らかの力があるように思えたのだ。ゾンタのおじいちゃんがお亡くなりになったことも知らなかったが、コケさんがその形見分けにお呼ばれしていることも私は知らない。そして私が宮崎に住んでいるのがそもそも予定外の突発的な出来事であって、私は自分の記憶ではシャンプーは欲しがったけれど、番台を欲しい欲しいと口にしたことはなかったように思う。
「…それであのゾンタの机があったもんやから、もしかしてこれもいただけるものかしら?って訊いたら古いから捨てるつもりだって言うの。ウチの娘が欲しいかもしれないから確認してみる、て言って捨てるのを待ってもらってるの。いるんやったら、もらってこようか?」
「欲しい欲しい欲しい、もらって。でもさ…私、コケさんにあの机が欲しいって言ったことあったっけ?」
「いやー…おぼえんけど…なんか見た時に『あ~コレはまぅが欲しがりそうじゃぁ…』て思ったもんやから。兵庫におるんやったらもらってもねぇ、届けられんけど?今なら届けられるからね、ほならもらっとくわね。」
「嬉しいわ、ありがとう。…嬉しいけど…今…すっごい不思議な気持ち。なんでこのタイミングで私…宮崎に住んでんねやろ…」
「さぁ?それは知らんわ。」
ごもっともー。
こうしてこの不思議な縁により、ゾンタの番台は形見分けというかたちで私のものになったんである。

しかし宮崎の仮の住まいは「その日暮らし」に見合った狭さであったため、番台を置くスペースがなかった。それでとりあえずはコケさんに預かってもらっていたのだが、そうこうするうちに私たち家族はさすがに食えなくなってきた。職の無い宮崎に定住することは、流離いの生活をするような人間にとっては金が無ければ不可能。むーちんの両親に100%の世話をかけて再び兵庫県へと戻ることになったのである。お金の無い私たちは引っ越しも自分でする。単身パックで荷物をむーちんの実家へと送り、残りはトラックに積んで車もろとも船に乗る。乗らない荷物は処分する。引っ越し貧乏とはまさにこれである。捨てて買う、捨てて買う、捨てて買う。大半の物を私たちは捨てなければならなかった。兵庫に戻るからとコケさんに形見分けの番台を届けてもらっていたが、どう考えても番台が乗るスペースは無い。兵庫からわざわざ引っ越しの手伝いに来てくれていたおかーさんは、私に諦めるよう説得した。「どうしても、いるの?」「机なんて、向こうで買えば?」「わざわざ持って帰る価値ないでぇ?きったないきったない…いるか?」と、その諭しの文句に私は深く傷ついた。しかし、おかーさんの言っていることは正しい。必要な物は必要だ。積んだものの中からどれかを捨てるという選択は出来ない。不必要なものはすべて捨てているのだ。もったいないとは思いつつも捨てて、荷物は一回で運べるようにすべきと選んだ物だけを積んでいるのである。机ならどこにだってある。番台が我が家の唯一の机というわけでもない。多額の金を使わせてわざわざ宮崎ぐんだりまで足を運ばせた挙句、嫁は手垢にまみれた落書きのひどい、抽斗の取っ手がぐらついているようなやたらと重い文机を、トラックに積んで欲しいとぬかす。私が姑なら嫁に言う。「てめぇ…背負って走って帰って来いっ!」
実は形見分けはもう一品「揺り椅子」があった。コケさんがもらったものであったが、譲ってもらったのである。これも積んで欲しいと希望していたのであるが、「もし積めたとしても、どっちかひとつしかムリやで…」と言うおかーさんの選択は「揺り椅子」であった。揺り椅子やったら和室でおとーさんが使っても…という基準である。

良い嫁なら、おかーさんの意見に従うべきであったろう。しかし、誰の目にも価値など無い机であったとしても私には揺り椅子よりも価値があったのである。「良い嫁」の評価欲しさに自分の気持ちを偽ってしまったら、私は生涯、後悔すると思った。この時のことを事あるごとに思い出し、そしてそれは後々、自分の気持ちを偽らざるを得なかった状況だったのだと認識することになるのだ。後悔はやがて恨みになるだろう。その矛先をおかーさんに向けることは想像に難くない。どんなにおかーさんの言っていることが正しくても、だ。ひとは「そうなった自分」を決まって誰かのせいにする。自分が立場の弱さから諦めたことを、権限のある者のせいにするのである。自分自身が弱気になって先に手を引いたくせに「許されなかった」のだと思うのだ。自分の偽らざる気持ちは尊い。それを口にし主張したならば、たとえそれが許されなかったとしても誰をも恨みはしないだろう、全力を尽くしてのちの後悔の気持ちは時間と共に自分の中に消化されるように思う。私はこのことひとつでおかーさんを恨みたくはなかったのである。私が駄々をこねることで、血の繋がりのないおかーさんとは摩擦が起こりはするだろうが、諦めれば最善を尽くさずしての後悔である。私から手を引いてそれを「諦めさせられた」という風に思うのだけは嫌だった。私の口からはもうこの一言しか出なかった。
「揺り椅子をあきらめるので…この机は…持って帰りたい…。」
私の返事のあと、溜息と沈黙が同時にあった。そして動いたのはむーちんだった。私に「積むぞ。」と言ってむーちんは、一度積んでしまった荷物の位置をどーかこーか変えて番台のためのスペースをこさえ、一番上に揺り椅子を積みあげた。そうすることで運転しているむーちんは後ろが見えないということになるのだが、形見分けの二つは縄でガッチリと車に固定された。私は、偽らざる気持ちは尊重されるということを痛感した。

私たちはむーちんの実家へ戻り、おかーさんは私たちの引っ越しを手伝うために休んでいた仕事へと行った。おかーさんが帰って来たらみんなでおやつを食べてから私は夕食準備のお手伝い。おかーさんは花嫁修業を一通りしたひとなので、料理の苦手な私が「何かお手伝いを…」と言っても「今日はもうカンタンにするからええで、子供と遊んだりー。」と言うことが多かった。おやつの時にいろんな話をしながら、夕食のメニューをおかーさんは言う。「今日はカレイを煮つけよ、おもて。サラダもすぐ出来るし、あとはもうカンタンやからな、準備も、なしっ!」そんなカンジ。
私たちが同居してから数日経ったおやつの時間だった。
「まぅちゃん…ゴメンな。私、今日、みんなに怒られたわ。」
と謝るのである。
「…へ?ナニがでしょう?」
おかーさんは笑いながら、あのまぅちゃんのきっちゃない机よな~、と言う。職場で昼ごはんをみんなで食べている時に、息子さん夫婦の引っ越し終わって今は一緒に住んでるんやんね~?という話題になり、その時におかーさんはみんなに披露したそうである。
「それがウチのヨメさんが、傷だらけのきっちゃないきっちゃない机をどーーーーしても持って帰りたいゆぅねやがな~。荷物ももう乗れへんし諦めぇゆぅたけど、ボロボロのその机が諦められへんゆぅてなぁ…。」
高級品でもないねやで?いくらでも机はあるし、同じようなん買ぅたるがなゆぅても、その机がええゆぅてきかんさかい、しゃ~ないからそのボロボロの机、積んで帰ってきたがな~、捨てていきーゆぅても捨てられへんゆぅねからなぁ…何の価値もあらへんのに~っ。と話したトコロ、「アンタ、そら、ヨメさんが可哀想やで。」と言われ、おかーさんは驚いたそうである。
「私、『ええ~~~~?!』ゆぅてな?どんだけきっちゃない机やおもてんのん?ほんまボロボロやで?そない価値あるもんにも見えへんねけどなぁ…ゆぅたんや?そしたらな、『そらアンタはそうおもとっても、ヨメさんには価値のあるもんやねんやろ。そんだけ捨てられへんゆぅてんねから、大事なんやと思うで?ボロボロでもきっちゃなくても、ヨメさんがええと思うんやったらヨメさんには価値があってやわ。それを『捨てぇ』ゆぅて、ヨメさんが可哀想やで~。』ゆぅねん。私…汚いしボロボロやし価値ないわおもてあの時、捨てぇてゆぅたけど、悪かったわゴメンな。まぅちゃんにはまぅちゃんの価値が、あったんやな。」
「あるんですっあるんですあるんです、私には価値が。いいんですいいんです、あの机、ココにちゃんとあるんですから。」
夕食準備免除の午後の時間、私は二階の番台を撫でくりまわしながらジワリと泣いた。出戻りしてからの同居生活、目に見えた摩擦など姑と嫁の間には無かったが、少なからず気にはしていたのである。おかーさんにとっては邪魔でしかないものを、我を通してまで同居生活に持ち込んだわけである。無論、私にはその価値があって傍に置きたいと思ったからの行動ではあるが、おかーさんを呆れさせるほど大切だと言い張ることが果たして「よい」と言えることなのか。
おかーさんに「私には私の価値があった」と認められたことで、私はあの時、自分の気持ちを偽らないでよかったと思った。そしてそれを報告して「ゴメンな」と言ってくれたおかーさんに主張したこともよかったのだと思えた。だって、職場での出来事をおかーさんは私に報告することなんてしなくてもいいのだ。それでも話してくれた。それがおかーさんの偽らざる気持ちである。きっちゃない机に価値はない、って思ったこともおかーさんの偽らざる感想である。そしてそれを同僚から怒られたことを「怒られたわ」とおかーさんは偽らずに口にした。偽らざる気持ちは尊い、そのことを私はまた実感した。

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こうしてこの番台は今、伊丹の狭い狭い文化住宅にドデンとある。引っ越し当初は最低限の生活が出来るだけの荷物しか持って来られなかったので泣く泣く諦めたが、捨てるのではなく預けているだけなので実家に帰ればいつでもそこにあった。たまに行けば抽斗を開けて「やっぱいいな」と思う。そうすると手元に置いておきたくなるもんで、週末に子供らが泊まりに行った時に「帰って来る時に番台を持って来て欲しい」と頼み、届けてもらった。運搬を手伝う羽目になるチョモはその重さデカさに「ドコに置くねんっ」と頼んだ時からイヤイヤだった。「まぅが持って帰って来いゆぅねんアレ。家せっまいせっまいのにー、どんだけ重いおもてんねん、あの机…」と愚痴っていると、おばーちゃんは笑ったそうである。
「こんなんが要るゆぅてんのんかぁ?またあの家のドコに置くつもりやろなぁ?置けるんか?て、おじーちゃんがゆーててんけどなぁ?僕が、やろぉ?まぅが置けるって言うねん置けへんのにっ、てゆぅてたら、そら~あんだけきっちゃないのを宮崎から持って帰るゆぅくらいの価値がママにはあんねから~でもドコに置けるんやろなぁ~?ゆぅておばーちゃんわろてたで?」
私の価値はすっかり笑いのタネになっているが、思い出がうんと詰まっているその笑いは、今の私には清々しい。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-24 16:06 | +開楽館+ | Comments(2)

メゲないフクちゃん

「…んでアッチとコッチの物件の中を見てみたいねんね、よろしく。そんでフクちゃんにお願いがあんねん。こないだ物件資料を挟んで持って来たファイルあるやろ?あれが欲しいねんやんか~。」
「あー…あの…ロゴあるヤツですよね?」
「そうそう、緑色のヤツね。」
「…何か…なさるんですか?」
「なさるねん。子供が使いたいゆぅて欲しがるんやけど、私のやからダメゆぅてんかー。『フクちゃんにゆーといたろか?』ゆぅたら『ゆーて』てゆぅからさ~、ゆぅたで?」
「ああー…そうなんですねぇ…」
「2~3枚、ちょうだいよ。」
「2…3枚…そー…ですねー…」
「アカンのんかいなっ!」
「いや…大丈夫です。はい、大丈夫です。千徒さんダケですよっ。」
「やった、やった、ありがとう。ほんまはアカンのん?」
「ダメですね。アレは、僕たちとかは絶対、持ってたらあきませんね。完全にお客様専用のものなんでね。」
「ほなら無駄に資料挟んで持ってきてよ、2~3枚ね2~3枚。」
「わかりました…2~3枚ですね…用意しときます…」
フクちゃんは、ファイルにファイルをファイルして持って来てくれた。お~ありがとうありがとう、と受け取ると新人のマックスは苦笑いをしていた。

希望に叶う物件が出ないので頓挫していた物件探し、予算と場所に合う物件がいくつか妥協付きで見つかったので、それを見るため、メゲないフクちゃんとコンタクトを取っている今日この頃。久しぶりに会ったフクちゃんには新人のマックスが漏れなくついている。先輩の付き人のような感じで最初に出会ったフクちゃんに新人が付いた。
「部下が付いてえらい昇進したやないの~」
と言うとスポーツマンのフクちゃんは「いえいえ、僕なんてまだまだ。」とスポーツマンシップを発揮して正々堂々と御謙遜。
「しっかしこんだけ条件のワガママゆぅてんのんに、フクちゃんも頑張ってくれてんなぁ…メゲんと。」
と、希望地区を急遽「校区内限定」に変更したむーちんがフクちゃんのガッツを褒め称えた。むーちんは地区よりも物件重視の姿勢であった。…あの運命の市内総体陸上競技大会、その試合を見るまでは。この大会でチョモは1年生100mの枠を勝ち取り試合に臨んだわけであるが、個人種目の結果は2位であった。学校別の点数制で我がアレ中は大差をつけての総合優勝。市内の中学校ドコの追随をも許さない「さすがアレ中」と言うべきレベルの高さを見せつけた。まぁ世に言う「スポーツ馬鹿」という学校である。学力でダメなら体力で、と部活動にウエイトをかけるサダメなんだな、アレ中は。つーわけでアレ中の陸上部の練習は顧問リンゲンが「市内大会のレベルではやっておりません」と豪語するハードなレベルだったわけである、試合でそれが納得できた。個人種目で100m1位のメダルを勝ち取ったのが、同じアレ中のキディ。ライバルはすんごく身近なトコロにおらっしゃらっしゃる。「打倒キディやっ!」と火が点いてしまったんである…むーちんに。どうしてもチョモを勝たしてやりてぇ~っ、と親バカ根性を丸出しにして、「学校なんてどうでもええやん」からあっけなく「中学校は変えられない」に心変わりした。百聞は一見にしかず、やね。あれだけチョモに「学校、変わりたくないんか?」とその理由を根掘り葉掘りきーてたくせに、「友達がー…」「部活がー…」の返答に聞く耳すら持ってなかったのに、負け戦を目にして動かざること山の如し。驚異的なスピードで校区内に居座る根が生えた。たった一度の試合観戦はむーちんの発根促進剤となったわけである。
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これからチョモの試合を「ルートン」て呼ぼっと。

家というのはデカい買い物である。即金で買えるわけがないのでココではぢめて金利のかかるローンを組むことになるわけで、先にローンの審査をやりましょうとフクちゃんが言う。銀行にそれを出したからといって絶対にこの物件を買わなければならないというわけじゃないですし~、なんてフクちゃんはカンタンに言ってくれるが、我が家にローンがひとつも無いのにはそれ相応の理由があってのことである。何十万の買い物をするのに分割しよっかな~とおもてもカード会社がむーちんにも私にもにカードを作ってくれないのである。社会的信用がナイのよね~夫婦揃って。致し方ないので15万の物品を買おうと思ってから15万を貯め始める。3万くらい貯まったトコロでなんか太っ腹になっちゃって1万ほどを遊びに使ってしまい、15万がなかなか貯まらない。やっと10万貯まったかな~という頃には、最初の貯蓄目的であった物品はもうすっかり欲しくはなくなっている。もういらないや~貯めることないぢゃ~ん、と思ったらコレ不思議なコトに1年以上もかけて貯めた10万は、ものの見事に1ヶ月も経たずして消えてしまっている。何に使ったんやろね。結婚したての頃はまだ、むーちんは私をよく理解していなくって、私が何かが欲しいからとコツコツと小銭貯金を始めては結局、何も買っていないという状況を度々目にして「オレ…まぅが買いたい物も買えないような生活をまぅにさせるんはイヤや…」とボソっと呟いた。わ~…このひと…すごく勘違いをしている…と私は思ったが、これにて根性を入れかえて定職に就いてくれることならありがたいので、この呟きを私は無言で肯定した。まぁそんなこったろうとは思ったがむーちんはコロコロと職を変え、とくに何も変わらなかった。いや変わったか…むーちんは新婚でなくなる頃にはよりよく私を理解するようになった。何か欲しいものがあって小銭貯金を始めているがどうせ半分貯まる頃には欲しくなくなる、ほんで小銭は遊びで消える、それを「私が貯め始めた時」からわかるようになったのだ、むーちんは。すごいねー…。まず私が変わらないとねー…。

「…それで、最初に頭金として現金が…もちろん『無し』ってことも出来るんですが…どうでしょう?無いよりはあったほうが…どうでしょうね?」
「ないね、ないよ。あったほうがいいって、いくらあったらええの?」
「いや…いくらでも。5万とか10万とか…まぁ10万は。」
「じゃぁ、10万。それもあるとは言えない10万。あるわけナイぢゃん。」
「…いやっ。僕ね、わかりますねん。」
フクちゃんは目を細め、わっるい目ぇして斜に構えて私を見るなりこう言った。
「もうねぇ、僕、千徒さんのことだいたいわかってきました。こんだけお相手さしてもらってねぇ、わかってますねん、千徒さんはちゃんと貯めてるひとです。しっかりと貯蓄されてます。ありますよ。」
「何ゆぅてんねんな、そら貯めてんで?15万あるもん。それが来月な、保険の年払いで全部なくなんねん。わかるぅ?払うために貯めてんねん、余裕はないっちゅーねん。」
「いやーいやー、いやっ。千徒さんはね、貯めてますっ!」
…フクちゃん、何を根拠に。わかってねぇなぁ、フクちゃんは。私がしっかり者で貯蓄をしてるんやったら、フクちゃんオススメの1880万の物件、こぅてるっちゅーねん。働く気があんねやったら1600万の物件、こぅてるっちゅーねん。働く気もなければ貯める気もないから1000万以下の物件をさらに値引き交渉するように頼んでんのんやっ。メゲずに頑張ってな、フクちゃん。私の平和な日常は、フクちゃんにかかってんねやでぇ~っ。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-23 09:37 | +開楽館+ | Comments(0)

チャリ練習

ヘイポー5年生の秋から自転車に乗る練習をしている。それまでは本人、徒歩以外の動きの練習を頑なに拒否していた。運動発達が言葉同様に遅れているヘイポーは「自転車に乗れたらいいかも」ということに5年生で気が付いた。…遅ぇ。ひとつのきっかけは、私の自転車の後ろに乗っているとおまわりぴんに止められる、ということが多くなったためである。もう幼児とは見なされない大きさに成長したことの証である。6年生になった春から本格的にやる気をもってチャリ練に挑むようになった。
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最初はチャリにまたがってポーンポーンと蹴って進むだけであったが、直線を30m程度なら進めるようになったので次の段階へと移ることにした。
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車が入って来ないスポーツセンター内のアスファルトの敷地で、なだらかなカーブを曲がる練習である。野球場のまわり一周をグルグル。

その間、私はといえば木蔭のベンチに寝転がって本を読み、眠くなったらそのまま眠る。
「んじゃ、40分間グルグルしたら買い物に出発しよな?もし眠ってたら起こしてね。」
「わかった~」
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「…まぅっ!まぅってばっ!!」
「…ふぁーぅ…へ…?」
「もう、思いっきり眠ってるやんっ!!」
「…あー…ここはいいねぇ…明日は枕とタオルケットを持ってくるのを忘れないようにゆぅてな?」
「もぉー…まぅ…ホームレスみたい…」
「そぉ?よく言われる~似てるかな?」
「ええー…もぅ…まぅひとりで眠ってたらいろんなひとにホームレスって思われるから、時々まぅに話し掛けてあげるから。時間きーたり、するから。」
…きーていらん、そっとしといて、眠らして。私どう思われてもいいから、うたた寝を阻害するなよ。よけーな心配すんな、お気遣いなく。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-22 22:15 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)
こまごまとした用事が同じ地域にかたまってあったので、それを片づけてきた。阪急電車に乗るのだが駅までは自転車。駅構内を歩いていると3回ほどツルっと滑って危なかった。梅雨なのにもう明けたかと思うほど今日も晴れ晴れとした天気である。床がすべるのでなく、私の下駄がすべるのだ。なぜならば下駄がちびているからであろう。
到着先でも度々すべるので、用事を済ませて駅に戻って来た時に伊丹駅にほど近い『ふなき屋』さんに行くことにした。ついでなので新調しようしようと思って経済的な理由からあきらめていた下駄を思い切って買うことにした。だって履いているこの下駄なんてすべるほど履きたおしているんである。何年か前にふなき屋さんで作った下駄は歯がちびるどころか割れてしまっている。もう新調してもよい頃合いであろう。予算額は5000円まで。そりゃそれ以下の廉いことなら嬉しいが、ふなき屋さんではムリっぽい。だって、台を選び鼻緒を選びすげてもらっての値段なのだから。出来合いのモノならば履物コーナーで1000円からでも下駄はあるが、ふなき屋さんの下駄は言わばオーダーメイドである、下駄の鼻緒をすげられるのは伊丹市内ではふなき屋さんだけ。1000円ではないことの覚悟は要るのだ。しかしふなき屋さんで買っておけば、アフターケアの心配がいらない。履きものは全て底がちびるが、下駄というのはそれだけでなく鼻緒も緩くなる。それをシめる技術というものが必要なんである。鼻緒がちぎれて台がまだまだイける、なんて時は「鼻緒だけを替えたい」と私は思う。その望みを叶えるならふなき屋さんで作ってもらうのが一番だと思えるのだ。下駄を買いたいために先月2回、日雇いのバイトをしたがうち2000円がヘイポーの修学旅行の写真代へと消えていき残金は4000円、私の懐具合で精一杯の5000円である。一銭の足が出てもならぬ。

「こんにちは~」
とふなき屋さんに入って、出ていらした大将に私は蹴りでも喰らわすかというポーズで下駄の裏を見せた。
「こんなん、なりましてん。すべってすべってかなんのですわ。」
「はっはっは~、ゴム打ちましょか。」
「打ってください。」
ふなき屋さんのええとこは、こんなトコである。買い替えをすすめるのでなく、今の下駄を使えるようにすることをまず考えてくれる。歯がボロボロのもう捨ててもいいような下駄で、調子をこいて砂利の上を飛び跳ねたら裏で鼻緒をカバーしている金具がはずれてしまったことがあった。鼻緒もだいぶ色褪せているし歯もないに等しいしこれが捨てるきっかけになっても申し分ない体の下駄であったが、私はこれを気に入っていた。気に入ればこそ毎日履き、ゆえにボロボロになるのである。丁度ふなき屋さん界隈での出来事であったので、ちょいと寄って今日のように足の裏を見せ「こんなことになってますねんけど…」と言うと、今日のように笑って大将は、はずれてはいないがボコボコにへこんだ片方の金具も一緒に僅かな金額で新しいものと交換してくれたんである。その時に私は「ここで下駄を作ろう」と思った。以来、私の下駄店はふなき屋さんに決まった。

「ええっと…この台はいくらでしたっけ?」
ショーケースの中の台の値段を私は訊いた。前に作ろうと思っていた時にもあった台で、その時にも値段は訊いたがその時に作らなかったことを思えば、理由はひとつ、お金がなかったんだろうな。
「3800円ですね。」
「ううーん…」
やはり、ちと考える値段をしている。バス代400円を節約した私である、この台で市バスに9回ほど乗れると思うとこれから夏の炎天下でチャリ20分を9回往復か…と、考えるだけで汗が流れた。
「こっちは?」
「こっちは…安かったんちゃうかなぁ…あ、違いました…高かったですわ。」
「うーん…これは?」
「5000円ですね。」
「うわっ高い…これ買ったら鼻緒が買えへん…。」
鼻緒が買えなかったら下駄じゃねぇ。
「あ、アレいいですねぇ。」
「アレはいいもんですよ。でも、値段もいいですわ。」
「あはー…そうでしょなー…鼻緒が買えへんかったら意味がない…」
結局、オーダーメイド下駄であっても私は妥協に妥協を重ねなければならないらしい。私…何年に一度かの下駄も満足に買えないんだね…トホホ。

3800円の台でテを打ち、
「安い鼻緒から出してください。高いヤツ見たら下げられませんから。」
とお願いすると、大将は笑いながら安い鼻緒の蓋を開けた。上を見たら限がなく、私の気持ちは荒むばかりなり。
「こっちが2000円、こっちは2500円です。」
「ううーむ…あの、もっと細いのが2本のヤツ、あります?」
「無地の…色だけのが…あるにはありますけどねぇ…細いのんは履き難いですよ?」
私の足は、オーダーメイドシューズの職人さんが再三再四パンプスの微調整を行って「靴屋泣かせの足」と泣いたほどの足である。その足が、太い鼻緒より細い鼻緒を「副う」と感じるのだから私は己の甲のカンに従う。
「これは?いくらです?」
「2000円です。」
「ええっとー…じゃぁー…3800円、たーすー、2000円でぇー… …はい、いくら???」
「んー…5000円。」
「ホンマにっ?!いいのっ?!」
「5000円に、しときましょ。」
「やったーっ!んじゃコレでお願いします。」
今日もふなき屋さんは情込価格。私の予算設定を知っているかのように800円マけてくれた。来月に保険料の年払いがあってホンマに1円だって予算オーバーしたくなかったの、あと34850円貯めなきゃなんないから。

「宝塚に行ってる言わはったね?」
大将は、いつもの作業スペースに移動すると私に訊いた。
「大将ね、いっつもそう訊くよね。」
私は笑顔で突っ込んだ。
「看護婦さんとまちごーてるやろ?」
「違いました?」
「ここ来ると毎回、私に『宝塚行ってはんね?看護婦さんしてはるゆぅてた?』て訊くで?よっぽどその宝塚の看護婦さんと私と似てんねやろね、雰囲気が。」
「違いましたか…それは失礼しました。」
「私は、伊丹におりまっせ。」
伊丹で、…うだ~としてる。…伊丹の何サンで覚えてもらおうか、大将に。とくにコレといった肩書も職業もない私を。
「残念ながら看護婦さんじゃぁ、ないですねぇ。仕事も辞めました。」
「そうでしたか…悠々自適ですなぁ…。」
「そうですなぁ…」
貧貧困困な生活ってヤツなんですけどね。

そうでしたか…そうでしたか…と納得しながら鼻緒をすげてゆく大将。また次に下駄のメンテナンスに来た時「宝塚や言わはったね?」て訊くとみた。「実は看護婦してるんです」て次はウソでもこいてみることにしよう。
「鼻緒をすげてる所の写真を撮ったら、怒ります?」
台に目打ちで穴を開けている大将に訊いてみた。大将は「うぅーんふふふふー…」とどっちともつかない笑みをこぼすので、私はもう一押し。
「ダメ?」
「まぁ…いいでしょう。」
「やったー。市内唯一の鼻緒をすげるふなき屋さんやと、ブログで宣伝しとくからね。」
と言って遠慮なくバシバシ撮りたい放題。大将の顔がわかったらダメ?この作業にココだけは撮ったらダメとかある?などと遠まわしに許可を求める。大将は「ふふふ…」とどっちともつかない笑みで「そらもう…覚悟は決めましょうかね。」と全てを承諾した。ついでなので、これまでもブログにふなき屋さんのことは書いてたりしてるんですわ、でも許可を取ったわけじゃないから「ふなき屋」とは書かんと仮名でやってきたけど~、今回のコレねぇ…どうでしょうな?と投げかけると「あ~そら書いといてください書いといてください。」と言う。やっぱ「職人気質」ってこうゆうトコに出るもんだな、と思った。称賛も批判も我が負うのが職人である。屋号を誇るも汚すも腕次第、どうぞ宣伝をと言うならその腕は確かなことが窺える。
公開的な場や本やTVやでの中で語られる時、企業名やブランド名やひとの名前はよく伏せられている。TVなんかだとスポンサー関係の何かの理由があってのことかもしれないが、本の中などで「某氏」だったり「某大手企業」だったり「A社」「〇〇(仮名)」と出てくるのを目にすると、せっかく好んでノンフィクションを読んでいるのに、一気に読書熱が冷めてしまうもんである。実名を出すことがリアリティだとは思っていない。守るべきものは守るべきだしルールがあるのならルールを破らないことが第一であると思う。表現の自由とはやりたい放題にすることではないと思っているが「某〇〇」と書くくらいならその一文は省けばいいのに、とよく思うことがあるのだ。個人の日記に書く場合なら勝手に書きゃいいのだろうが、ブログのように公開する場であれば許可が取れないなら仮名にするしかないのである。勝手に実名を書いたことでそれで検索が出来たり、関連キーワードで検索が出来てしまう世の中である、書く方が配慮すべき最低限のマナーが仮名を使うということのような気がする。しかし仮名を使ったり名前を伏せればノンフィクションの面白味は台無しである、モザイク処理が画像をつまらなくさすのと一緒で。モザイク処理はそのジャンル如何では「想像力」で「モザイク以上の効果」というプラスの面として活かせる表現方法にもなり得るが、ノンフィクションの中で書けばわかるものを伏せるというのは、事実をボヤケさせることにしか働かない。よしんば「想像力」を持ってして某氏の実名の見当をつけられたとて、それを正解と誰が教えてくれようか。
永六助氏が、クレームならまだしもよいことをしている企業の名前ならもっと書いてもいいのではないかといったことを著書の中で書いていらした。氏は講演か何かの仕事をボランティアとしてやる、ということがあった。もちろん「無償でやる仕事」ということである。それを知った航空会社がそうゆうことならばその仕事の際の移動には我が社の飛行機を、と言ってくれたところがあった。無料で乗れる、ということである。その航空会社の社名をはっきりと永六助氏は書いていたように記憶する。こうゆうことはもっともっと言ってもいい、と氏は書いていた。私もそう思う。
組織はなかなか難しいのだろうか。下っ端の新人がしくじったことひとつをとって企業名を出されたら、その新人ひとりの失敗で上司もろとも企業が責任を負わされるとなるのがかなんのはわからんでもないが、その逆だってある。ひとりの社員の人間性が評価されるのに企業の名前を出されたら、それはそれでその社員が選んだ属する企業の評価が上がるではないか。クレームをどう処理したかで評価がぐっとよくなることだってある。その腕に自信があるなら企業名をバンバン出してOKにすると思うのだ、それがプロ、つまり「職人気質」というわけだ。職人は逃げも隠れもしない、屋号をそのまま使えのGOサインを出した大将は、間違いなく「職人気質」なのだ。腕に自信があればこそである、頼もしい。
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ふなき屋大将が目打ちを握る。
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この目打ちが「年季モノ」ってカンジ。私は「傷だらけなのが勲章」みたいな道具が大好きだ。

さぁ~て取り出したるは漆黒のエプロン。
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大将がエプロンしてからが見物だよ。私が知る限り大将のエプロンはずっとコレだ。買い替えたかもしれないが、何も変わっていない。黒で、かぶるタイプのヤツ。そしてエプロンから爪先だけ出し、必ず片足だけあぐらをかく。それが大将の「すげスタイル」である。
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きゅっきゅっきゅ~と
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ぐっぐっぐ~と
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そんなリズムで進む手順。
職人の手つきの素晴らしさは、それがショーのようであるところだ。体が覚え手が知っている、という動きをするところである。入れるべきところで入れるべきように必要な指の力が勝手に入っているように見える。そうゆう人をもうひとり知っている。私が通う美容院のオーナー、シオさんである。私は時々、お金に余裕がある時にシャンプーを入れるがこの時、たま~にシオさん自らシャンプーをするということがある。もうひとりのスタッフの女性の手が空いていない時などである。このシオさんのシャンプーときたら、実に職人っぽいのである。指に勝手に力が入り手が覚えたシャンプーをやっている、といったカンジなのだ。このひとは美容師ぢゃなくて職人に近いな…と洗われながら思う。そんなに湯を出さんでも、てくらいの水圧で流されていると節約家の私としては水がもったいねぇー…と思わずにはいられないのだが、ジャジャジャーコココ・ジャジャジャーコココ、というリズムでシオさんが流しを終えると、手が水圧を覚えてんだな…やっぱこのひとは職人に近ぇな…と思う。オーナーじゃなくて大将と呼ぼうか。いや、シオさんって呼んでるけど。

リズミカルに仮すげが完了。
「はい、履いてみてください。」
と言われて足を通す。
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それを見ただけで大将がこう言う。
「もうちょっとしめときましょか。」
なぜに緩いのがわかったのだろうか。後ろをしめて欲しいと願うとその通りにしてくれる。
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さすがオーダーメイド。
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「この微調整できるってトコがイイですよねぇ…」
としみじみ言うと、
「いいですねぇ。」
と大将。
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ナニがスゴイってサ、片方に足を通して微調節した感覚をもう手が覚えてるってのがスゴイのね。左足だけしか通してないのに、右は一発OKなんだもん。
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無残なほどちびた下駄も、鼻緒がまだイけそうなのでゴムを打ってもらう。私の甲を覚えた大将の手は、ここでも鼻緒が緩んでいることを見抜いた。
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「あぁこれで大丈夫ですね。」
「足も動かんでしょう?」
「ん。動かん、動かん。では、全部のお代はいくらでしょう。」
「ええっと…こっち5000円に、これが300円。」
「…はい、いーちにーさーん…、5000と300円。」
「はい、確かに。ありがとうございます。」
「どーも、お世話様でした。」

靴屋さんがピンヒールにゴムを貼るのにいくら取ると思います?あのせっまいせっまい面積のヒールに接着剤をはみ出してつけといて500円も取りますねで。こんなんやったら自分で出来るわいっ接着剤はみ出して汚くしたないからおもて技術に金をはろたんちゃうんけ~っ。ココに接着剤がついてますけど、とゆぅたら靴屋は言った「目立ちませんやん」そのうち取れるとウソまでこいた。プロの風上に置けないような靴屋を選んでしまった私に見る目がなかったんである。ええか靴屋よ耳の穴かっぽじってよく聞きな、女にとってピンヒールの美しさは華奢なヒールがいかにキレイな状態であるかなのだ。ソコに魅力がなかったら誰がスキ好んで歩き難いピンヒールを履くんぢゃっ!…と、言ったところでこの靴屋はこちらの気持ちなど理解してくれはしないのだろう、目立たなかったらいい、ていう感覚なのだから。接着剤がついているとその腕への不信感を伝えたのにちゃっかり500円取ったしね。
ふなき屋さんのゴム打ちの値段はひょっとすると500円なのかもしれない。しかし今日の私は下駄を新調したのでこちらもマけてくれている可能性がある。
ええか靴屋よ覚えとけっ、コレがふなき屋さんの情込価格。

大将がすげながら私にブログのことをお聞きになった。教えてもらおうかなぁ…と呟きながらすげるのに対し「ええー…どうしょうかなぁ…」と私は渋った。私と現実的に絡む御仁には、私のブログのURLを教えるにあたっての「何にも屈しない鉄の条件」がある。誰であってもこの条件はクリアしていただかなくては。しかし…ふなき屋さんの大将は私を宝塚に行ってる看護婦さんやとおもてるくらいに、私に疎いおひとである。我が家にいらして靴を並べ挨拶をし私のために3回以上働いていただくことはまずないであろう。というか、そんなことをしていただくまでもなくもう私のために情込価格で下駄のメンテナンスを3回以上しておられる。うぅむ…考えどころ。
「検索とかやります?」
「あぁー…娘が検索をすると思いますが。」
「じゃぁ、ブログのタイトルを書きますので、検索で辿り着いてください。」
知ってるひとにしかURLを教えていないブログなのでヒットするんだかしないんだか…てなブログですが、一応ムダに公開されているとは思うので、と説明。
さて、私のことを違うおひとと勘違いして久しいふなき屋大将は、ココに辿り着けるのか否か。ちなみに大将は私の名前も知らないはずだが、HNも知らないであろう。

宣伝しとくからね、と約束したのでその約束を最後に。
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伊丹で唯一、鼻緒をすげる下駄が作れる履物屋さんは『ふなき屋』どすえ。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-20 00:34 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(2)

バテバドラー

無風で寒くない時、私たちはおおかたバドミントンをして体力をつけるとともにストレスの発散をしている。発散せねばならぬほどのストレスを感じているわけではないがやっていると楽しいので、もしストレスがあったりしても発散できているだろうと踏んでいる。暇さえあれば「ドバミントンしようぜぃ」と誰彼あのひとこのひとそのひと誘っているのだが、この誘いにノる者は今まで少なかった。なぜならば、我が家のドバミントンは「過酷」だからである。かる~い気持ちでこの誘いにノった女子など、2回目にはこてんこてんにやられてしまうのだ。私たちは、女と老人には甘いので休憩したいというのを「アカ~ンっ!」と無理からやらせるなんてそんな殺生なコトはしないのだが、休憩中なら仕方がないと私たち二人が本気になってバシバシ打ち合うのを見て「私…帰るわ…」とサラ~と居なくなる、ということが何度もあった。「あ・帰んの?」「じゃ~ね~♪」と言ってその姿をバシバシと打ち合いながら見送るのだが、どうもその背中は「コイツら…もはやアソビの域ぢゃねぇぞ…」と語っているんである。そう、アソビの域はとうに過ぎた。こちとら昨日今日のドバミントンの成果ではないのである。幼稚園児時分のチョモから鍛えあげてきたのでドバミントンに関して「オアソビ」なのはラケットの廉さだけである、2本セットで1000円以下、飛ばないシャトルもついてたよ~。今年からはおもちゃ売り場のシャトルなんかではなく、スポーツ用品のシャトルにレベルアップまでした。「やっぱ100円と違って飛ぶね~おヨネックスっ!」とハイクラスな感想をよく口にする。その品質の良さに、尊敬・丁寧の気持ちを表して「御」という接頭語をおつけあそばしているのであるが、褒めれば褒めるほどにバッタモンを使っているような印象を与えるのが玉に瑕やね。

伊丹に住んでからの私たちのドバミントン会場は主に、自転車で15分ほどかかるバラ公園である。バド仲間であるおっちゃんが居るし、何より芝生の広場なので軽量シューズが履ける。「バラ公なら軽量シューズやんな?」「もちろん。」という会話をして、雑巾を持ち下駄で出掛ける。軽量シューズはすでに履いている、賢いおひとになら見えるだろう。バラ公には水道があるので軽量シューズはそこで脱ぐ。私たちが「軽量シューズ」と言い張っているシューズは、一般的に裸足と表現されている。「ハダシやろ?」と訊かれても「軽量シューズがもしかして…見えへんのか?」と、王様の靴は大バカ者には見えませんのオホホというデンマークジョークをかましている。「軽量シューズ、履かへんの?」とこの最高級品をオススメすると、みんな渋々と履き替える。やっぱり自分が大バカ者と思われるのがイヤなんだね。軽量シューズになった時点で相当の大バカ者なんだけどね。

バラ公は時期になるとバラが咲く。
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こんなのや、
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こんなのや、
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こんなのや、
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こんなので、
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その種類は豊富である。
その時期には人も多く芝生広場には人がひしめき合っているが、その時に対応した「座バド」の練習を積んできたので省スペースでもドバミントンを楽しめる。

時々、夕立ちもくる。
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その時に対応して隣の建物に避難。
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あきかんBOXだね~
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バラをあしらって、めちゃおっされ~♪
なんと高貴な空き缶BOXであろう…入っているのはゴミですな。
とネタの収集をしながら雨宿り。

バラ公に遊びに来ていたチョモの先輩をドバミントンに誘い対戦の果し状を突き付ける。グッパで分かれて私と同じチームになった先輩が「おばちゃんチームや…」と言うと「誰がおばちゃんやねんっ」と闘志を燃やし、カスガセンパイを明日学校でシめとくようにとチョモに働きかける。私らの子供時分に「グー」と「パー」で分かれる場合の掛け声というのは『グーとパーでわっかれっましょっ!』であり、人数が多くて3つのチームに分ける時には『グーチョキパーでわっかれっましょっ!』であった。とにかく『しょっ!』の部分がジャイケンの『インジャン・ホイっ!』の『ホイっ!』や『ジャンケンポンっ!』の『ポンっ!』に匹敵するわけである。しかし平成キッズの掛け声は『グッパでワカメっ!』である。『メっ!』て、出しづらい。出せないことはないが「許せる範囲の後出し」くらいの時差が発生する。もっと短縮して『グーーーッパっ!』というタイミングがつかみ難いバージョンもある。これはもう気がついたら終わっている。ハヤけりゃエエってもん、ちゃうで。さほど時間短縮にもなってへんねから「分かれましょっ!」くらいゆぅてもえんちゃうか。

「バドせぇへん?」とキューからメールが来ると「じゃぁバラ公、どう?」と誘わせて、密かに私も同行する。
そんなこんなのお誘いをコツコツ続けていたらこの頃では、バラ公でドバミントンをする仲間が誰かしら確保できるようになってきた。さすがに「闇バド」までやって暗闇で弁当まで食べるという仲間は居ないが「我が家のドバミントン」から「みんなのドバミントン」へと広がりをみせ、バドラーのチームを作るのも可能性としてアリになってきた。人数を増やして試合をやりたいな。ひとり10円ずつ出し合って優勝者に祝杯を与える、というやる気がむちゃくちゃ出るドバミントン。それを「賭博ミントン」と名付けよう。12人は要る、自動販売機のジュースが120円だからね。

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しかし、誘いにノっているメンバーがバテバドラーなのが問題である。
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十代であるのに私よりもバテるのが早ぇ早ぇ。
中学校は校区の関係で違うが小学校が一緒だった友達なんて、油断すると立ちションベンばタレているか屁ぇこいてるかなので「バッチィ」という渾名を付けて差し上げた次第である。バッチィはとにかく休憩が多い。ドバミントンをしているのでなく、休憩をしていてドバミントンを思い出してやってる、と言ったほうが正しいくらいに、休んでばかりのバッチィ。キューが「バッチィ」なんて渾名カワイソウだいぢめに近い、と私を非難するので本人に「バッチィって呼ばれるのイヤ?だったら呼ばないけど。」と確認したら「別に?」とエリカ様ライクに言うので、この渾名は成立である。いぢめっていうのは信頼関係のないところに発生する行為だ。私が渾名で呼ぶのは対等な関係であることの証明で、キューを「キュー」て呼んでるのと同じ感覚だよ。「バッチィ」という呼び名に本来の「ばっちー」という意味は無い。きっかけを立っションと屁ぇからいただいたってだけで、親しみを込めての命名やねんで。私、嫌いなひとに渾名はつけない主義なの。

バラ園は17時閉園なので、それを過ぎると人もぐっと減る。そこからが私たちの特訓時間である。
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19時を過ぎてもこの明るさである。

やる気のあ~るヤツぁ~闇バドへ来いっ♪
軽量シューズの心配すんなっ♪
9時半過ぎる~と 自動で消灯♪
そのうちスタミナつくだろぉ~♪

また一曲アげちゃったな、ハナモゲスト。天童よしみ「だまって俺についてこい」の替え歌で「だまってスタミナつけにこい」うるう日リリース。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-18 22:44 | +ハナモゲスト ゲリライブ+ | Comments(0)

爽やかが濃い

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爽やかパパに爽やかポロやって。爽やかか爽やかじゃないかってきかれたら『爽やか』のほうやと思うけど、この人、爽やか?もさいことはないけど…ビミョーじゃないか?」
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「うぅむ…そうやなぁ…なんか『作ってる』って感じ?」
「ま・広告やからなぁ…作んなきゃ出来上がらないし。『作ってる』ってゆぅ時点でもう『爽やか』じゃなくなってるよな…」
パパモデルにケチをつけたいわけではないけれど『爽やか』かってことには、ケチがついてしまいはしないか、この微妙な爽やかさ。男前のパパではあるが濃い男前ってゆぅね。若いお父さんなんだけど「新世代って言われはぢめてる」というような「ちょっと男っ気の残り香がある」カンジ。
そりゃね、外見で「爽やかさ」を醸し出す男は、いる。しかし私が爽やかさを感じるのは「コンディション」である。ひとの体調や感情には波がある。決して感情を表に出さないような冷静沈着な男にでさえ、いくばくかの波はある。見てくれがどんなに爽やかであっても、サワヤカくんだって落ち込んだりする。落ち込んでいるサワヤカくんに「君、肩が下がり切ってて爽やかだね~っ!」と言うひとがいたら、そいつが不謹慎に爽やかだ。

いっつもいっつも、もっさいどよ~んとした男と待ち合わせをする。12時間の睡眠をとったモサ男は午後1時に起床。2時に待ち合わせの喫茶店までは、徒歩7分。何かの時間潰しをするには余裕がなくじっとやり過ごすには余るので手持無沙汰がモサ男に髭を剃らせた。上に下に右に左にと顔面の皮膚を伸ばして毛穴の奥まで剃らんばかりの丁寧さ、だって時間に余裕があるから。シェービングフォームを流すついでに洗顔。なんの違和感もないが目薬なんかをさしてみる。季節は初春、日によってはいくらか肌寒いが、本日は快晴なり陽射しもまた良好。「半袖でいっか…」モサ男はひとりごちて白いだけのポロシャツを着、濃いインディゴのジーンズを履く、そして出発。7分後に喫茶店に着くが時間は少々早い。朝食兼昼食の軽い食事を注文、待ち合わせをしている私の姿が見えたらわかるようにと、テラスのパラソル下でクラブハウスサンドをパクつく。平らげて二杯目のアイスコーヒーを飲みながら、適当な時間潰しでもないものかと目が店内を捜索しているトコロへ、3分遅れた私が到着。おお~カウンターの下に雑誌あんじゃ~ん、と立ち上がったモサ男の姿を認めた私は声を掛ける。
「あ~モサ男っ!どしたん?今日は時間通りに来てるやーん。」
立ったままモサ男は私の声に振り向き、万年遅刻の汚名を返上したとばかりに勝ち誇った笑みを見せてこう言う。
「あれ?もうそんな時間?」
腕時計を見やる。
モサ男は今日、えらく爽やかな男である。普段のモサ男を知ればこそ、爽やかなことがわかるのである。それは12時間の睡眠と手持無沙汰の髭剃りとおまけの目薬による効能で、「爽やかやな~っ」と私が感想を持つ時その前には必ず「今日は」という限定的な枕詞が付いている。

爽やかなパパがいつもいつも爽やかなわけでは、ないのである。
爽やかポロで爽やかパパ、という見せ方が出来ているだけなんである。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-18 10:20 | +in the sky?+ | Comments(0)

支える膝

チョモの早起きが成功し、つられて早く起き早く朝食を済ませたヘイポーが、何もすることがなくなって私の机(名を『番台』と言ふ)の前に座り、抽斗の取っ手に輪ゴムをかけたりなどして時間を潰していた。私は正座をした太腿に上半身を倒して乗せ一番コンパクトにまとまった姿勢でもって今日の折込広告をチェックしていた。それから立ち上がり、う~~~~ん、と伸びをしてヘイポーに言った。
「最近な?正座して伸ばした時に膝が痛いことがあんねん。」
2キロの体重増加に膝が悲鳴を上げている。この痛みの申告にヘイポー医師はこう答えた。
「まぅ…あぐらばっかりかいてるから、正座筋が弱ってんちゃん?」
「へ?なんやねん、正座筋って。」
「たぶん…正座する時に使う、筋肉。」
ドコの筋肉のコトやねんっ。正座する時に負荷がかかってんのは「膝の関節」やと思うねんけど。膝が痛いってゆってんねんけど。
正座筋ねぇ…。
ほならアレか、なんかしらの動作をする時にはそれぞれ専用の筋肉というのが存在するのか。一般的にはおおきく「腹筋」と言っておりますがー、起床時起き上がり筋やー、授業中に椅子に座ったまま後ろの席の生徒に話し掛ける場合の「消しゴム貸して」筋などー、さまざまにかつ具体的にわかれていますー、てなっとんのか。

そんなわけでしてー、この文章はー、ブログ投稿筋を使って書きましたー。
毎日のように鍛えているのにー、なかなか力の出ない筋肉やな。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-17 09:20 | +in much guy+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA