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妄想上「講習代」

さて、2007年もとうとう最後の一日を残すのみとなりました。この一年、私には毎日何かしらいろいろなことがありました。どんないろんなことがあったかを書いていくと365日かかり、ただでさえ長い文章が今度は終わらないことになってしまうので書きませんが、とにかく一言で言えば「決断をし、行動をした」一年にございました。たしか2年前、占術に興味のある職場のオーナーが、私の運勢なるものをみてくだすった時には「3年間、何もしたらアカンで。」との助言をいただき、なんてラクチンな3年間なんだ!と、占いに明るいことは全くない私でありながら瞬時にその運勢を信じました。あたしぃ~今後3年間、何もしたらアカン運勢やね~ん♪と方々で言っては、やらない言いワケにすることができました。「自分から何かをしたらアカンよ3年間は。誰かの意見で動くことやね。」というのがオーナー曰くの「私の今後3年間のよいはからい」であったのにもかかわらず、本厄だった2007年、私は様々な決断と様々な行動を取らざるを得ない状況下にばかり居りました。下した判断が間違っていることも多く、ゆえにこの2007年、私は様々な失敗やら挫折やらを味わいました。しかし2007年、失敗したや挫折したやゆぅて明日がなくなったことはただの一度もござ~せんでしたねぇ。
「ダメだ…もう私の明日はない…」て、失敗するたんびに申しておりましたが、必ず明日はやってきました。イヤでもやってきましたねぇ…よぉできたもんで絶対に「明日」ってあるんです。もしかしてご存知ないかたあるかもわかりませんから、ゆぅときまっせ。生きている限り「明日」はなくなりません。その「明日」が生き地獄なのかリベンジのチャンスなのかの違いはありましょうが、人生の貼紙はいつだって手書きで貼り出されるわけです。

「明日」入荷いたしました!

くらいの待望感を抱けるほど確実に

「明日」あり☒。

だから私はこの2007年の失敗をどう受け取ってどう処理したかというと「ま、厄だから。」と流してまいりました。「厄」出したらあーた、オールオーケーだわさ。

ところで。
関西のおばちゃんというのは、日本のおばちゃんの中でもその図々しさが秀でていることで有名です。関西のおばちゃんの代表的な口癖は「よぉゆわんわ~」と「まけてぇな~」です。活用法は以下の通り。

「えっ?!コレ、こんなんが5000円もすんのっ?!こんなんアンタ、なんぼほどぼりよんねんっ!こんっなペラペラで5000円?よぉゆわんわ~。ワタシ、3000円しか出せへんで?まけてぇな~。」

なんぼほどマケさしよんねんっ!でも、大丈夫。商人もマケちゃぁおりやせん。関西のおばちゃんを熟知しとるから、はなっから設定金額が高いんですわ。商人の代表的な売り台詞は「かなんなぁ~」と「マカらんねんでっ!」です。活用法は以下の通り。

「え~…も~…吉田さんはホンマかなんなぁ~。ほなワシも勉強するさかいあと500は出してぇな~!吉田さんやなかったらマカらんねんでっ!3500でどないでっか?!」

原価2000円の品、アナタも得、ワタシも得。めでたし・めでたし。

図々しさでは右に出る者のいない関西のおばちゃんの「図々し口癖」の中に、メジャー級ではないのだけれどとっても好きな台詞があります。それが「講習代はろたおもて」です。主に金銭が絡む失敗の時、そのお慰みの言葉として用います。

ドライブ中に左右確認を怠って、左ドアをブロック塀でガリガリとやって修理代10万円で凹んでいると、関西のおばちゃんはこう言って慰めます。

「まぁ、10万の講習代はろたおもて。もう当たることはないやろから。」

しかし、払った10万の甲斐も虚しく、今度は後ろをブロックに当ててしまうひとってのはいるもんで、更に高い修理代に凹んでしまうアホがいます。…それは私ですが。

「これでもうブロックには当たらへんわ、25万の講習代はろたんやから。」

この「講習代」とは「同じ失敗を繰り返さないために受けた講習やおもて払ったことにしとき」という趣旨のものであるらしいことがわかります。とにかく金銭に換算して得をしとかなアカンのがポリシーの関西のおばちゃんですが、この「講習代」に関しては自分の腹が痛む金銭が絡んでいなくても、活用するおばちゃんが時々いたりします。

例えば仕事で失敗したとしましょう。それは謝って済むような失敗ではない大きい失敗です。会社を辞めるか辞めないかというくらいの。週末、辞表を出すか出さないかモンモンと悩んでいる所へ、近所のお節介大好き小野さん(関西のおばちゃん)が家にやってきました。
「はい、こんにちは~。あら?おかーさんおってやないの?今日3時に行くでて、ゆぅてあんのにから…どこ行きはってんや?まぁまぁ、ま、まだ3時ちゃうけどな、おばちゃんちょっと早く来たさかいな。」
「あぁ、こんにちは。いや…ちょっと出るゆぅて…すぐ帰ってくる思うわ「小野さん来るからな~」ゆいもって出て行きよったで?」
「まぁ~アンタ、えらい痩せたんちがうの、ショーちゃん?!どないなん、仕事忙しいんかいな?」
小野さんは、自分からオカンがどこ行ったかを訊いておきながらショーちゃんの答えには一切耳を貸さずに、言いたいことだけ、言うでしょう。
「うーん…忙しいっていうか…辞めようかと思ってるとこやねんけど…」
「あーら、まーたアンタそんなんゆぅて~。なんぞあったんか?おばちゃんにゆぅてみい?おばちゃんショーちゃんの味方やねんから、ゆいんか。アンタ、産まれた時から知ってんねからっもうおばちゃんが産んだみたいなもんやでっ!ゆーて?産んではないねけどな~あっはっは~、ゆーて?」
ショーちゃんは、その事の重大さをあんまりわかっちゃいないおばちゃんの雰囲気につい「実は…」と本音を言ってしまいます。どうせ、たいして聞きゃぁせんわい、おもて。…オレ…失敗してもたんや…会社にえらい損させてもた…一千万やで一千万…こんなん謝って済むこととちゃう…辞めたほうがええやろておもてんねん…
小野さんによる証人喚問が始まります。
「上司に怒られたん?」
「かなりや…」
「そら怒るわ。ほんで、クビになるん?」
「クビになる前に辞めたいわ…」
「アンタ~っ!!ちっちゃい時からヘタレやヘタレやおもてたけど、ショーちゃん大人になってもヘタレのままやったんか?!よぉゆわんわっ!失敗したんは失敗してんから、その辛いんを講習代はろたと思いんか。今度失敗せなんだらええねん。会社はショーちゃんの講習代をはろたんや。一千万はろてんねで?アンタ、辞めたくても辞められへんがな。せぇだい、仕事で返しなさいんか。」
なんぼほど払わすねん小野さん!凹む気持ちまで講習代に換算してしまうこの図々しさ。会社の損失までショーちゃんの講習代に充ててしまうこの図々しさ。でも、下手に慰められるよりこのほうが目は覚めるかな。パンチ効きすぎてるで、小野さん!
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by yoyo4697ru980gw | 2007-12-30 22:46 | +ミルニング+ | Comments(0)

脱妄想「音」

面倒だ。何が面倒って、電気をつけるのが。節約したい気持なんて実はないんだけど電気をつけるのが面倒なので、「節約のため」とホラ吹いている。もうかれこれ、25年くらいずっと面倒だ。私は引っ越しが好きなのでいろいろなタイプの家でいろいろなタイプの電気を使ってきたけれど、壁にスイッチがあっても、電気から紐が伸びてても、リモコンがあっても、自然光でやってきた。暗くなって帰ってきた誰かが、電気をつけてくれればそれにこしたことはなかったのだ。当たり前のことだけど、暗くなる時って、急にはならない。ジワジワジワリと暗くなる。それに合わせてジワリジワリと瞳孔も開く。だから、ふと気が付いて周りを見れば薄暗くなっていることはあっても、当の本人の視界は暗くなってはいないのだ。何かに集中している人の見ている対象物には、必要最低限の光は射しているものなんである。
夢中になるひとが見ているもの、そこには常に光が射している。
おぉ素晴らしい、なんてこったモノは言いようだな。

私が電気をつけなくてもひとりでなければなんとかなるもんで、帰宅した家族の誰かがつけてくれることになっている。
そして、「なんでこんなに暗いとこで本読んでんのっ!」とか何とか言って電気をつけてくれた御仁は、二言目には皆一様にこのセリフを言わはる。
「目ぇ悪くなるでっ!!」
わたくし、32年間、電気つけずになんやらやってきたが、只今の視力、1.2。たぶん、まぁまぁいいほう。自分でもいつかホンマに視力悪くなるよな、とずっと思ってきて、まだ思ってる。未だに自然光でやっているけど、あと32年かけて予想では0.9。たぶん、予想では意外とマシなほう。

とにかく電気をつけない習慣できているために、私は夜中、暗闇の台所にインスタントコーヒーを5~6杯作りに行く。「暗闇インスタントコーヒー歴20年超」である。感覚でコーヒーの粉入れて、グラニュー糖入れて、ミルクパウダー入れる。時々味が崩れていることもあるけど、許せる範囲内で崩れてるからオーケー。そんで湯を注ぐわけだけど、「ここや」と思うところでやめて居間に戻ると、ジャスト「ここや」の嵩まで注いでいるのだ。毎日のことなのでマジマジと見ることはなかったが、今日もジャスト「ここや」。そしてその嵩を見、私は小学生の時に『ジャスト「ここや」』を掴んだことを思い出した。私失敗してたんだった、最初。

小学生の時分私は、殆どを祖父母に育てられた。飲み物はいつでも日本茶であった。急須に湯を注ぐのであるが、祖父母からして面倒がりだったのか、祖母は急須に湯を注ぎに台所へ行く際、電気をつけることがなかった。しかし、祖母はいつでもジャスト「ここや」でキめてくるんである。すでにコーヒー中毒だった私はたしか最初の何回か、湯を溢れさせた。ヤケドを何回か経験した覚えがある。電気ポットなる便利品が祖父母の家には設置されていなかったように思う。ヤカンで湯を沸かしていた。「あっちっ!」と何回か言った時に、祖母が私に教えてくれたのだ。
「注ぐ時の音をききなさい」
って。なるほど音には変化があるのだった。ジョボジョボコポコポカカカカ、て。カカカカはあんま、聞いちゃいけない音なの。その後「ジャ~」だから。ジャ~ゆぅたら「あちっ」やから。手遅れやから。

私は今日、はっとした。
確かに子供の頃学ぶための音に耳を傾けたのに、いつから騒音にばかり耳を傾けるようになったんやろ。工事の音を耳障りに感じたり、洗濯機の脱水の音がガッコンガッコン鳴り始めたら「ちっ…」て思ってた。歯医者屋に行って「キュイ~ン」て聞こえたら「やっぱ今日はやめときます」て何度も言ったな…。
私は、自分に必要な学びの音を、一体いつから聞き漏らしてきたんだろ。聞き取る耳を、一体いつ失ったんだ。私、ちゃんと自分に注がれる音を、聞かなきゃ。
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by yoyo4697ru980gw | 2007-12-29 01:04 | +ミルニング+ | Comments(0)

妄想込「麦芽」

麦芽という飲み物を飲んだ。人生二度目の麦芽飲み下しである。麦芽とは、「植物性たんぱく飲料」で、イソフラボンに鉄まで入っている体によろしそぉな飲み物である。豆乳と麦芽エキスをブレンドしてコーヒー風味に仕上げているのだ。だが、口が裂けてもコーヒーとは言えない。コーヒー中毒で舌がアホになっている私の口が裂けてもコーヒーとは言えないのだから、相当コーヒーから遠い飲み物である。要するに豆乳を飲みやすくコーヒー味にしているが、素材の風味が生かされまくっている豆乳飲料なのである。つまり豆乳だ。コーヒーっぽくしてみた豆乳なんである。
前回、親戚のおばちゃんにもらったので、飲んでみた。感想は「飲めないこともないけど、二杯目はいらん。」であった。今回の感想も寸分違わず同じである。飲めないこともないけどやはり二杯目はいらん。同じおばちゃんからもらった麦芽。よっぽど麦芽に興味があるらしい。たぶん、お潰れにならはったコンビニのテナント募集中に移動式の健康食品販売店が、午前と午後にわかれて健康食品をタダでくれるイベントをやる、アレに行っていると踏んでいるがどうだろう。アノ行列の中に、おばちゃんはいる。お年寄りがかなりワンサカ集まっているので、私は3回ほど偵察に行った。だっておもろそうやねんもん。最初はシステムがわかっていなくって勝手に入って行こうとしたら、ダメだった。なんか「引換券」みたいなものがなければ入れも貰えもしないという怪しいシステムらしい。その券とやらはどこで購入するのかを探ったら、勝手にポストに入ってるんだって。おっと実に怪しいじゃないか。タダで何かが貰えることになる券が勝手にポストに入っているなんて、これほど怪しい出来事は滅多なことではないと思う。ケツの穴が痒くなって私はいてもたってもいられなくなり、とにかく引換券が勝手にポストに入る日を今か今かと待っていた。しかし、我が家のポストに引換券はついぞ姿をあらわさなかった。(後日、知り合いからその引換券なるものを土下座して譲ってもらった。期待通りのおもろい体験であった。)
戦争を知る年代であろうおばちゃんは、健康食品の会社がPRのために配っているサンプル品を、配給感覚で受け取り、それを栄養失調の私にくれはる。他にもプロポリスなんとか、みたいなドリンクもいただく。私はおばちゃんからもらえるこの健康食品の数々を密かに「救援物資」と呼んでいる。おばちゃんは、私の健康を管理してくれるありがたいおひとなんである。実際、おばちゃんがくれる健康食品で私の身体は健康になっているのかもしれない。がしかしそれを上回る効果を出しているのが、心の健康である。救援物資は何よりも私のココロに栄養をくれるのだ。どれもこれも、ワクワクするんである。「きざみ海苔」の袋は開封すると翌日には「カタマリ海苔」になるという素晴らしさ。私はそれをミルフィーユを上から一枚一枚剥いで食べるかのようなワクワクさで、「剝がし海苔」に出来るのである。無添加だけど、味がこれでもかと付けてある。剝がした海苔一枚で、魚沼産コシヒカリが5~6杯はいけるだろう。おかずなくても、魚沼産コシヒカリならそれだけで3杯いける、日本人なら。
他にもワクワクするような救援物資はある。「混ぜて炊くだけで赤飯みたいになる雑穀」や「糖尿になるんちゃうかゆぅほど入れても全然甘くならない砂糖」や「舐めるのか噛むのかどっちかはっきりしない飴」。あぁ、それから「どうみてもインスタントなのに身体によい成分だらけで出来ているラーメン」てのもある。開発者の技術に拍手喝采である。どれをとっても片腹よじれる楽しさの救援物資。楽しくておいしい品々の中で、この「麦芽」は異端児である。マズいわけではないのに、ススまないという絶妙のポジションで、怪しモン好きの私のハートに揺さぶりをかける存在なのだ。
2杯目が飲めない麦芽は、結構な時間私を束縛する。元来のもったいながりを発揮して、私は麦芽を捨てない。情には厚いのだ。一度関係を持ったからには、そうそう簡単に捨てないのがオイラのヒトトナリ、てなもんである。
「よしっ、今日も一杯は飲み干そう…。こうやって毎日一杯ずつ…」
麦芽を飲んだ私の身体は確実にイソフラボンと鉄を摂取して健康になるってのに、毎日のプレッシャーでココロは不健康なんじゃないかと、思えてくるほどだ。
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by yoyo4697ru980gw | 2007-12-27 01:37 | +ミルニング+ | Comments(0)

ツキ

ロボやん、これは妄想ではないんです。

仕事に行く時とかちょっとソコまで行くような時に財布を持参しないので、自分の財布に今いくら入っているのかがわからない。わかっていることは「最近銀行で引き出した記憶がないからあんまり入ってないんだろうな」という程度の感覚的なもの。それで、おやつが何もないので買いに行ったのだけど、行く前に財布の中身を確かめなかった。おやつ買えるくらいは入ってると思っていたから。
あ~コレ、食べたい。とか、お~コレ、明日食べるかも。とか、いつか無性に食べたくなるかもしんない。とか、不確かな感じでいろいろとカゴに入れてみて、レジに並んで支払いを待っていたら順番が来て、その時に財布を開けてみて、「あら~…」という事態になってしまった。
財布に千円札1枚しかなかったんである。小銭を確認してみたら「いっぱいあるなぁ~1円玉っ」という状況。う~ん…う~ん…と思うも、「もうここまできてしまったし…もし合計金額が上回ったら『やっぱやめます』システムを利用して2~3個おやつを引き取ってもらうしかないなぁ…」と決意。すんごいドキドキした。小銭を手に出してみると、100円玉1枚とあとは50円玉で、400円はあった。なんとか1400円以内になってくんないかなぁ…と思ったけれど、自分でも「超えとるよね・超えとるよね」と薄々、気付いてはいて案の定、超えていた。しかも「もう一声っ!」くらいの超え。1446円。10円玉で30円あって「あ~と16円のことやないけぇ~!」と私は地団駄踏んだ。ほんで、ワサワサあった1円玉を数えてみたら、16枚あるんだもん!!もう、なんか、コーフンしちゃって。
「細かくなっても構いません?!」
とレジのおばちゃんに言うと、
「大丈夫ですよ~♪」
と、快く承諾してくれたので、今一度数えながら1円玉を出していった。
「コレで、1430円で…、1・2・3・・・9、10…40で…1・2・3・4・5・6!!6!!ねっ?!?!」
私は見ず知らずのレジのおばちゃんに、思いっきり「ねっ?!」ゆぅて伝えてしまった。
「ほら~!!み、み、みて~!!ちょっきし!めっちゃピッタリ!財布の中のお金が全部なくなったしっ!!すごいっ!!スッカラカンで丁度っ!!」
だからなんやね~ん、てハナシなんだけど。なんだけど、だって…小銭がちょっきし、ってのはあっても、全額マルマルなんて、なかったもんだから…。
レジのおばちゃんはこう言わはった。
「いや~!ホンマやねぇ!いやぁ~あんねんなぁ、こうゆうこと。ホンマにちょっきりやなぁ、今日ツイてるかわからんで?宝クジでも買い~な。当たるかもしらんでっ!スクラッチ、スクラッチ。」
「えっ?!そやろかっ?!買って帰ろかなっ?!買ってみよかなっ?!」
「そうし、そうしぃ!」
いやいやいや、買えない買えない、たった今、一文無しになったトコ。
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by yoyo4697ru980gw | 2007-12-25 23:59 | +ミルニング+ | Comments(0)

銀杏並木の坂道を

木枯らしがピープー吹いて、おおさむこさむと山から小僧さんが泣いてきた日、私は銀杏並木の坂道を登っていた。両手に紙袋を提げて、ボーっとはしているが黙々と歩いていた。確かに寒いがこうして坂道を歩くことで寒さというのは感じなくなるもんだな、いや既に麻痺してるんじゃねぇのか?違う、これも運動だから体が温まってるってことだろさ、しかし足の指先がいつまでも温まらないのはなにゆえ?もしかして気付いてないだけで私の足は凍傷になってんじゃねぇの?なに?!今日はそんな危機的な寒さか?それはねぇだろ、太陽あんじゃねぇか。と思っているが実はありゃ太陽じゃなくて月だぴょ~ん、ええー?!んじゃ、今は夜じゃねぇか!!明る~いっ!!!こんな夜は、ハ・ジ・メ・テ(うふ)。と、思考回路があらぬ展開をみせていた。

散歩なら意外とスタミナのある私は、この坂道を休むことなく歩き続けた。なだらかだけれどテラテラ徒歩で30分くらいは続く坂道。強い風でミゾに集められた銀杏の落ち葉が、溢れんばかりにてんこ盛り。
枯葉の季節、我が職場は落ち葉をすぐさまかき集め常に落ち葉が落ちていない状況を作れという掃除命令が各店舗に出され、オーナーは朝も昼も、お客さんが居なくなった隙を狙って「落ち葉掃いていくるから、よろしくね。」と裏口から出ていく。最初は小さな塵取でかき集めていたのだが、埒が明かないってんでとうとう鉄製の取っ手のついた大きな塵取に変わった。ガンデキとダンボールも加わって、落ち葉三点セットである。
なぜそんなに落ち葉を目の仇にしているのだろう、偉いさん。タバコの吸殻やコンビニの袋が落ちているのとは違うのだ。落葉樹は落葉するから落葉樹なのだ。落葉樹は迷惑行為はやっちゃいない。ゴミを落としたわけじゃない。私、好きだけどな、落ち葉が風で舞ってるの。私は断固、戦うぞ!庶民の風流を、市民の季節感を守るため!『落ち葉は落ちたそばからかき集めて捨ててしまわなくてもイインジャー(ショッキングピンク)』として、戦うぞ!地味に戦うぞ!!裏口を開けて、落ち葉が入り込んで来たら「いらっしゃいませ~」と言い、レジのそばのカウンターに常連のお客さんが座れば、わざとたらしく裏口を開けて舞っている落ち葉を見せて言うのだ。「いや~ん、倉さん見て~。すてきぃ~!落ち葉が舞ってるぅ~風流ぅ~!」と。

この日も私は落葉派のイインジャー(サーモンピンク:洗濯で色落ちした)であった。てんこ盛りの落葉が風で巻き上げられ、すごい勢いでブァ~っと坂道を下って来たのである。遥か坂のテッペンから下ってきた銀杏の葉っぱは勢力を弱めながら、でも確実にカタマリで下ってきた。私は歩幅を変えることなく、思った。

「おぅ…このままだと落ち葉まみれは免れない…」

そしてイインジャーたる瞬時の判断を下すため、自分自身の全身をチェックした。髪の毛、そういや昨日トリートメントしなかったな・化粧、かなり崩れてるだろこの時間・ブーツ、かれこれ3年履いてるな・ジーンズ、サイズが合ってないヤツだな、これいつから洗ってないんだっけ・インナー、う…これはちょっと高いぞ…まぁでもキャミ重ねてるし・キャミ、そろそろ手を出してはいけない歳になってきたしな・羽織、呉服屋のワゴンでみっけたリサイクル品、1000円だったな十分着た・マフラー、何本でもあんぞもってけぬすっとぉおぉおぉぉおお!!よっしゃぁあぁあああぁぁ!!来いっ銀杏よ!私の全身を撫でてゆけぇ~っ!!

受身300%でウエルカムだったのに、落ち葉は私のつま先の手前から「モーゼの十戒」の如く左右に割れた。お殿様でも「おな~り~」か?私は振り向いたがそこには殿様も何様もなく、ミゾに落ちゆく葉っぱの姿があるばかり。

いとのきて さうにわかれり 銀杏や 怪しうはあらず 花鳥風月

詠んでみた。

なにが起こってもとことんまでもってゆく心、それこそが風流。
風流も、ラクじゃぁないのだ。 
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by yoyo4697ru980gw | 2007-12-24 00:31 | +ミルニング+ | Comments(0)
わたくし、十目一ハ研究所所長のMAと申します。
「ま、いっか~」やら「ま、そのうち・そのうち」やらの「ま」です。
ちなみに上から下へと順番に「十」「目」「一」「ハ」と書いてゆくと「真」になります。
まっこと漢字はバラしてみるもんですな。

多趣味な諸賢各位、我が研究所に属してみませんか。
器用貧乏と言われなんだか大成しないような気がしているアナタ、
中途半端に諦めた趣味の残骸が押し入れのアチコチで化石になっているアナタ、
ああやって~こうやって~と沢山の楽しいことを思いついている間に結局どうでもよくなってしまっているアナタ、
我が研究所ではそんなアナタの肩を鷲掴みにいたします。
そして、言います。

「ほ~ら、案の定~っ」

ただ、それだけなんです。
「やっぱりね」とか「だと思った」とか「なんつって~」とかいった自己納得が出れば御の字なんです。
そんなアナタとは、そう…私。そんなトホホな研究所、それが当『十目一ハ研究所』です。
なお参考までに、十目一ハ研究所は実在せず、よって何も研究していません。
たいしたことしてないってのにどうして「研究所」にしたかとゆ~と、だって…「ブログタイトル」と「ブログ説明」を何かしら記入しないと、開設さしてくんないの。「ま、後で考えたらいっか~」なんてな後手後手な感じでは、次に進むことすらままならないということをわたくし、学ばせていただきやした。…トホホ。

そんなこんなで、趣味が増えた。1円の費用もかからないチープな趣味だがゆえに頭をめちゃ使う。でも、それは「考えてみる」だけでいいのでお手軽。どこでも出来るけど、どこでもやっちゃうと時々途中で口に出してしまうので要注意である。こないだなんか、午前中めいっぱい使って「考えてみる」をやっていて、とりあえずの結論を、スーパーで豚肉を選んでいる時に出した。最後の感想が「よくもそんだけ難しく考えて途中でイヤにならんかったもんや」と、つい口から出てしまった。私の選んでいた豚肉はバラのブロックでこれをグリルで焼くのでなるべく厚みのないものを選っていた。隣で50代くらいのおばさんも選っていた。私が豚肉売場に到着する前から両手にブロック肉をお持ちだったようだ。タイミングが悪く、おばさんはかなりの分数その二つを見比べておられたのである。

私は、最近気になっていた「わり算をする時の我の計算能力」について考えていた。3割引と30%引きと、結局は同じコトを言ってるわけだよなぁ…といった具合に考え始めていたのが朝だった。それからも引き続き考えていたのである。「20%引」などのシールが貼ってあった場合、その商品が162円とかゆう値段だった時、私は20%引いた値段をどう計算しているのだろうか、と考えていた。いつも「おぉ、20%も引いてくれるんかっ」と思って買う気になるのにいざレジへ行くと自分が思っている程の割引率ではないんである。「20%引」を過大評価している節があるので、つらつら考えていたのである。162円、てのがなんかややこいから160円で考えたとしてぇ…なんかきりが悪いなぁ150円でいっとこかぁ…これが100%引やったら無料になるわけやから、50%で半額つーことは…それよりは多く払うわけやろ…と考えながらスーパーに到着。まだまだ私の「考えてみる」は続いていた。100円と60円でわけようかなぁ…、100円の20%引、80円ちゃうの。ほなら60円余ったなぁ…でも100円の中に60円はないわけで…それは60円からも20%を引いて足すとゆうことか?…いや、本当は162円なんやから2回20%引いたらそれは40%引に勝手にしちゃわないか?…うぅむ、我のことであるくせして私の手には負えなくなってきたな…ほー…お店が20%引いた値段をつけてくれることが一番の策だけど、それがない場合は自分が思っているよりそんなに安くはないのだと肝に命じよう、その方法でいこうこれから。結局、計算出来なかったわけか…もうこりゃ一生出来んな…しっかし(までを頭の中で考えていた)、「よくもそんだけ難しく考えて途中でイヤにならんかったもんや」と、ソコの部分が口から出たわけである。

独り言にしては割合ハッキリと言ってしまったので、隣のおばちゃんは私のほうを見てしまった。そして私は、はっ!あたしゃ、今、何ゆぅたんや?!と思ったが後の祭り。ち、ち、ち、ちがうんです…おばちゃんにゆーたんやないんです…話せば長くなるんですが…自分に…自分に対して呆れたんです…。しかし、私の気持ちはおばちゃんには通じなかった…。おばちゃんは、豚肉を2パック持って去って行かれた…。ちゃうんです…ほんまに…。

この「考えてみるに…」と考えてみる趣味のことを「ミルニング」と命名し、只今普及に努めている。ネーミングはカーデニングからヒントを得て。草木を育て花を育てるガーデニング。考えを育むミルニング。哲学者のことを密かに「ミルニンガー」と呼んぢゃおかな~。しかし、哲学者はミルニンガーとは呼んではいけないんある。だって「ミルニング」は、出来るだけどうでもいいことを真剣にうだうだ考える、完全に趣味の域を出ない行為であるから。それに答えが出たとて、納得するのは自分だけ。んでもって、9割、答えは出ない。答えを出そうとするなら無理から結論を出して「納得~納得~」とひとり思っておかなくてはならない孤独な趣味。考えっぱなし。今のところ「ミルニング部」には研究員がいない。道のりは、険しい。がしかし、ちょっとでも何かど~でもえぇことを考えてしまった瞬間、アナタはもうこの研究所ミルニング部の一員なのである。

ご、ご、ご、ご愁傷様です…。共に楽しんですすんでまいりましょうっ!いよっ!!
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by yoyo4697ru980gw | 2007-12-23 23:31 | *ご挨拶* | Comments(3)
ある初夏の休日自転車で、まだそんなに暑くもないのに私はプールへと溺れに行った。満水にしたばかりのプールで体は冷えに冷え、ガタガタ震えながら溺れること5時間。水着の上に服を着ていただけの格好で自転車を走らせた私は、帰る時の状況にまで考えが及ばなかった。初夏のプールあがりの寒さを大人になって忘れてしまっていたようだ。着替えるのめんどいから水着で行って水着で帰ってくりゃえぇわいな~、と真夏のプールあがりのイメージしか持っていなかったのである。…寒い…寒いなんて…夏なのに…。私は帰宅途中のコンビニが掲げるのぼりにすがった。「おでん」の文字が私を手招く。「夏に『おでん』って~喰うひと、おんねやろかぁ??」とほざいていた私である。喰うひと、それは今の私だが。
ガンガンに冷房が効いた店内で、店長らしきおっちゃんに震えながら言う。
「だ、だ、だいこんとぉ…」
「はいっ、大根とっ!?」
おっちゃんは威勢のよい声でもって味のしゅんだ命の大根を選ってくれた。
「し、しら…しらたきぃ…」
「しらたきサンっ!はいっ、あと?!」
命のしらたきサン、40歳、生保レディ。
「…がんも…」
「ほいっ!がんもクンっ!」
命のがんもクン、元気だけが取り得だぜ。
「ほな…それで。」
「はいはいっ、汁、どうする?ちょっとだけでも入れとこか?」
「山ほどナミナミ入れといてぇ~…」
「へいへいっ~たっぷりね~っ」
私はおでんの出汁をこぼしつつ、コンビニの真裏のお花見広場的公園のベンチまで移動した。命のおでんは私を芯から温めた。おっちゃんがたっぷり入れてくれた汁を飲み干し、満足した私の目に映ったのは、便所標示であった。左に行くと、公衆便所があるようだ。私にはもよおしたい気持は微塵もなかったが、便所標示に近づいた。気になる…気になるのだ。便所標示に描かれてある紳士と淑女が。これは…普段着ではなかろう。もう私の目には紳士はタキシードを淑女はドレスを着ているようにしか見えない。そんな貴族御用達公衆便所標示を前に、私は我の姿を再確認した。濡れた水着の上から羽織ったパーカーが、残念な具合で濡れている…。踵を返してそそくさと自転車まで戻る道中、古いビーサンがキュキュっフギョフギョっと鳴いた。
嗚呼、私は気軽に公衆便所に立ち寄れないような大人になってしまったのか。
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by yoyo4697ru980gw | 2007-12-22 14:03 | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA