どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ

カテゴリ:+談合料亭『千徒馬亭』+( 55 )

伝統芸能は難しい能~

無事にまっさんがどれかもちゃんとわかり、その後控え室から出てくるまっさんにも会うことが出来、私たちは4時開演の能楽師による本格的演目も観賞しとこう、ということで決まった。4時まで時間があるので小腹を満たし、ちょいとブラブラして4時前に会場へ戻ると、発表会とは打って変わって満員御礼状態の会場により、二階席しか空いていないと言う。そうゆうことになっていた事実を私たちは今、知った。…遅いが。

ここで、パンフレットによる能楽の補足を少し。

今回の能は10回目の節目の年である。
「能と狂言を楽しむ会」実行委員の皆様は平均年齢75歳という大先輩方である。
その実行委員の方々に運営を、金春流太鼓方の上田悟先生に企画をお願いし、毎年素晴らしい「伊丹能」を作り上げていただいている。
そしてこの「伊丹能」は、市内外企業、各種団体等々の多大なるご協賛により、無料である。

イチャ11才、ナキヒー10才、私32歳…、早まったか…。このような年齢で、しかもついこないだまで「シテってゆうのは蟹の名前?」なんて訊いておった私たちに、今日のこの能楽を理解することが出来るのであろうか…。私たちはかなり不安になった。2階席の扉を開けてチラチラと、薄暗い客席を盗み見ると目に入ってくる人くる人がみな大先輩方。あぁ、私たちは見た目からして若輩者…二階席に子供の姿はないように私の目には見えた。それで、通路に「知識のないひと専用」みたいな感じで並べてあった折りたたみの黒いイスの一番はじに私たちは座った。程なくして上田先生による「みどころ」の説明が始まったのだが、この席に座ってわかったことは、座ったら丁度目線に手摺があって邪魔で見難いということであった。しかし説明の最中に移動を始めてはマナー違反かと思い、私たち三人は座った状態で前のめりの姿勢になり観賞することにした。これからスキーのジャンプでもするよな感じで。

上田先生曰く、

「これから「みどころ」を説明さしていただくんですが、私は太鼓を叩いてますから、たいがい「は~」とか「ほ~」とかゆうだけで、しゃべりはあんまりうまいことはないんですけども…」

うまいねぇ~。

上田先生曰く、

「狂言「夢の酒(帆足正規作)」は新作も新作、演じるのがここで二回目ときいとります。京都で一回やって、今日が二回目で。」

ほやほやだっせぇ~。

上田先生曰く、

「えぇ、邯鄲(かんたん)ゆぅ能楽、一畳くらいの寝床が出てまいります。まぁ、そこで眠るわけですね、すると夢を見る。その一畳という狭いところでシテが動くわけですな。楽ゆぅて、これがまぁ長いですから、皆さんきっと眠たくなる思いますけど、眠っっったら損ですよ?シテゆぅんは能面をつけてます、ちぃさい穴しか空いてないですねぇ、見えてません。やから、一回落ちます。でも、これはほんまは落ちたんと違いますよ。落ちたようにみせる、というフリですね。これは、邯鄲にしかありませんからね、眠ったらダメですよ、ここは我慢してみたほうがよろしい。その落ちた時に、目が覚めかけるんですね。これから先ですよ?こっから先にみどころですよ?いずれ目が覚めますね。その目が覚めるんも、徐々に徐々に覚める、ゆうわけじゃありません。一気に覚めるんですね。どう覚めるかとゆぅたら、シテが一直線にたーーーーっと走ってきて一畳のその寝床にバーンと。これも、見てくださいね。でも、ここもみどころですけども、こっから先ですよ?こっから先、どうなるか、ゆぅんがですよ?」

ううむ、みどころをうまくツカムことを心掛けよう。
といった意気込みで観賞するつもりはつもりだったのだけれど、いかんせん私たちには能楽の全てのことがいちいち初体験なのである。何の予備知識もなく、そして何の「お決まり」的現象であっても私たちには何ひとつ「お決まり」ではないのである。

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例えばホールには舞台があって、そこでいろいろな演目が披露される。それは舞であったり狂言であったりするけれど、その舞台の中にさらに舞台があるその中でのみ、披露される。玄関と勝手口があって廊下があるワンルームマンション、というような間取りが、舞台の中に設置されている能楽専用(らしき)舞台である(純和風建築)。たとえ屋根が無く、上部空間に本来の舞台のスクリーンが青く光っていても、能楽専用舞台でのみ演じられている狂言に、その青さは影響しないのであるようだ。私は「上の部分、あおいなぁ…。」と度々思った。私の心の中でだけの出来事だ。結構な回数思ったことだったのでちょっと書いてみた。

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そしてまた、玄関(と呼ぶことにした)には、鯉のぼりの一番上で泳いでいる吹流しのような配色のでっかい暖簾がかかっていて、演者が玄関へ向かうと、なんともジャストなタイミングで、ぶぁ~っっっさぁ~っ・ぶふぉぁあぁああああ~、と吹流し暖簾が跳ね上がる。これが見ていて気持よくなるほどフワンボアンと跳ね上がる。

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また、お勝手からは勝手なタイミングで紋付袴の男たちが出たり入ったりする。お勝手はとっても小さくて大の男たちはかがんで出入りしなくてはならない。そして、演目中にこの紋付袴の男たちはそれぞれの役割を持って登場するのだが、どうも演者としてカウントはされないようだ。入ろうが出ようが、誰にも挨拶はしないし舞台にいるひとの誰にも気付かれたためしはなかった。その男は、何かを持って入って来て端に座って何もしない。しばらく何もしないけれど、さりげなく持ってきたモノを演者に渡す。それが重要アイテムの「枕」であった。枕を渡すためだけにやって来た、そして枕を渡したらお役御免で、誰にも気付かれずにお勝手から出て行ってしまった。他にもお勝手からやってきた紋付袴の男たちは、シテの髪の毛や衣装の乱れをそっと正す役割だったり、座っていた演者が立った時に袴の裾の折れを正す役割だったりした。そしてこの紋付袴男衆の所作といったら実にスマートなのである。何一つ無駄がなく手順も最低限の動きで全てをやるという感じ。自分の役割をやるための段取り以外では不必要な動きをひとつもしないといった感じ。主役よりもお勝手からやって来る紋付袴男こそ能楽である!!と思ったくらい、紋付袴男は私にとって「能」であった。

長い長い、上田先生曰く「眠くなる思いますけど」な能楽を、私たちは堪能した。はじめて観賞したにしては、お行儀もよく観ていられたように思う。途中あまりにも手摺が邪魔だったので、10分間の休憩の時に席を移動した。その時、三人が並んで座れるように席が空いてはいなかったので、小声で「私だけあっち座るから、二人そっちで観とき?」と言ったら、親切なおばちゃんが「私がこっちにずれるから、ここにおいで。」と私たち親子が並んで座れるようはからってくれた。
演目が終わり私たちがウウ~ンと大きく伸びをしたら、横の親切なおばちゃんが、
「偉かったね。長い時間、辛抱が偉かったねぇ。はい、丁度あったからアメちゃん、あげよ。年に一回やもんね、辛抱が偉かった偉かった。」
と、我が子二人のお行儀の良さをほめてくだすった。実は途中疲れてしまってイスにぐったりとするナキヒーの膝を一回パシンと打ったのだ。私は、姿勢よく無駄の無い紋付袴男を、もうその頃にはたっぷりの尊敬の念で眺めていたので、我が子ナキヒーが同じ男でありながらダラっとした格好なのに非常に情けないものを感じた。子供だからと甘くはみねぇぞ何時間かだけの行儀を保てんヤツは許さんっ!と、すっかり紋付袴テイストな思考が出来上がってしまっていたのだ。眉間にシワを寄せた私に膝をパシンと叩かれてナキヒーは、姿勢を正し最後まで懸命に我慢した。それを(見て)知っていたので、おばちゃんはほめてくだすったのだ。
「すいません…ありがとうございます。ほら、イチャもナキヒーも…」
と私がアメちゃんのお礼を言うように我が子に促すと、おばちゃんはこう言った。
「…バッグの中ね、探したら、丁度3つ、アメちゃんあったから。」
へ?3つ?
おばちゃんからアメちゃんを手渡されたのはイチャだったので、私はイチャのほうを見た。イチャも同じことを思ったようで「へ?」という顔をして握った手のひらを広げ、アメちゃんの数の確認をした。3つだ。そうなんだ…私のぶんもあるんだ…。
辛抱が偉かったぞ、自分。

(能楽師による演目では「許可無き写真撮影・録音を禁ず」とあったのでここで使用している画像は全て発表会のものです)
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by yoyo4697ru980gw | 2008-02-13 00:33 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(0)

賄賂もぅたことやし行ってみよか能~

毎日毎日「んじゃ、遊び行ってくる。」と出てゆくイチャが、その日は珍しく寝転がって読書をしていた。今日は遊びに行かないわけかい?と訊くとイチャはこう言った。
「まっさん、今日、のー。」
まっさん。最近よく遊んでる女子。今日、のー。
「まっさん、ノー。…Yes、今日まっさん遊べる、イエス。No、今日まっさん遊べない、ノー。まっさん、今日、NO!!…の、ノー?」
「ちゃうちゃう。漢字の、のー。」
「能?それ、能の能?」
「その、能。」
「能・狂言の、能?」
「能。」
「あぁ…そう。今日、能、観に行くんか…」
「能、観ない。能、やる。」
「えぇ?!」
読んでいた本をパタリ、と閉じてイチャは言った。
「びっくりやろぉ?僕もな、『今日遊ばれへんねん、能やねん…』てゆーから、てっきり能を観に行くもんやおもて『能、観に行くん?』てきーたら『能、やるねん。』て。まっさん、能、習ってるらしいわ。」
「能、なろてんのん?!」
「なろてんねて。」
「なろてるて…能やで?アンタ、能やで?!…ごめ~ん、今日、能の日やねん、遊ばれへんわ~…、おんまえに~居てぇ~えござ~れぇ~えっ…たろぉ~かじゃぁ~、やい、たろぉ~かじゃぁあああぁああ~…てやるのん?!…渋いっ、かなり渋いしっ!!」
「能って…そんなん、やるん?…まっさん…渋いな…。」
「渋いよ…。小学生の嗜みとして、お琴・能楽・詩吟は三大渋やな…。」
「そうなんや…三大渋なんや…」
「いや?今ちょっと勝手に作っただけ。琴と能と詩吟を小学生がやってたら文句なしに渋いなぁ、おもて。」
「ないんかいっ。…まぁ…でも渋いな確かに…。」
それで、この渋々な能にちょっと興味を持った私は、イチャを通じてまっさんに、我が家に来て能を披露していただきたい、という約束を取り付けてもらったのであるが、まっさんは恥ずかしがってなかなか来てくだされぇいぃ~ないで候(能バージョン)。
やっとこさ台本を持って来られたとおもへば、やってよやってよ、と言っても普通に言うだけ。
「おんまえにそーろー…」
「そ~んなんちゃうやろぉ~っちゃんとやってよぉ~練習でやってるようにゆってよぉお~っ」
「だって…こんなん…めっちゃ声大きいで…」
「それで。」
「言い方もちゃうし…」
「それで。」
「えぇ~…」
「はやく。」
「… … おん~まえにぃ~い、そ~ぉろぉ~っ」
「それや~んっ!でぇ~そぉ~ろぉ~っ」

まっさんの持って来ていた台本には「蟹山伏」と書いてあった。狂言であるらしい。この「シテ」てゆ~役をまっさんがするん?と質問すると「シテ」ではないらしい。蟹の精が出てくる物語だと言うので「シテ」って変わった名前やな「シテ」は人間の名前なん?蟹のほう?と訊いたら、「シテ」は名前でもないらしい。あ、ほんなら私らがつこてる「シテ」と同じよなもん?ほら、「ほなら月曜日に待ち合わせな~、あ、日曜日にメールするわ~、あ、電話でもいいけど、ほなら一回電話しよか?うん、じゃ~ね~っ♪…して、月曜の待ち合わせ何時って??…の、シテ?」
「違う…違うけど…。シテは…なんて言ったらえぇのぉ…?うぅ~ん…シテっていう名前の役とかじゃなくって…記号みたいなもの?てゆ~か…ちゃうちゃう…そうゆうのじゃなくて…あ、主人公主人公、主人公のことをシテて言うねん。本とかで言ったら主人公のこと。」
「へぇ~。だからいっぱいセリフあんねんや~。」
「そうそう。」
このような質問をたくさんしていたらまっさんが、発表会の整理券をくれた。発表会だけでなく能楽師による新作狂言もアリ。第十回記念祝賀の舞囃子もアリ。もちろん能楽「邯鄲(かんたん)」もアリ。というビギナーにとってはお得かつ優しい一枚のチケットであるようだ。これはこの機会に観るっきゃないね。こういった古典芸能とゆ~んか伝統芸能とゆ~んか、どっちかはわからんのでごじゃるが、なんしか能とか狂言とかそれから歌舞伎に、落語ね。こういったものは自分自身で「ほな、歌舞伎みよっかな」と思い立って観に行くようなジャンルであるとは言えない。少なくとも私にとっては。ま、落語くらいまでなら、落語のまち池田も近いことやし「ほな寄席でも」と思い立つこともなくもないが、思い立つだけで実際に行くかといえば行って「春團治まつり」のメイン会場どまり。落語はまだまだその内容がつかみやすいのに、なんつーんでしょうねぇ、初心者には敷居が高い。よって指南役というのが必要不可欠であり、セットで「丁寧なきっかけ」というのも行動を起こす上で重要な要素である。

私たちはチケットを貰ってから発表会前日の夕方まで、迷いに迷っていた。炬燵の天板の上のビニールマットとの間に挟んである整理券をみながら、「この広告は印象的やな…夢に出そうで怖い…」なんてなことを言い合いながら、大いに迷った。
どうしよう…観てもわからんかったら…4時開演てのと9時半開演てのとなぜに分かれているのだ…とりあえずまっさんが出るトコだけでも観てみようか…それでちゃんとした能楽も興味がわけば…でもこの機会を逃したらもう一生能楽とは無縁の暮らしを送るだろうことは想像に難くない…どうしたもんか…いや…やっぱとりあえずでもまっさんの発表くらいは…それにしてもずっと見てると怖い…
そう迷っているところへ、夜にまっさんから電話があった。
「明日の能やけどな、私たちの発表は13時半くらいやって。」
「あのさ、この9時半開演っていう発表会のことなん?まっさんが出るやつ?」
「そう。」
「連音の時とおんなじホール?あそこ?」
「うん。」
「でさ、連音の時は一つの演奏が終わるまで会場に入られへんかったやん?能もそうなん?演目の途中で中に入ったらあかんのん?」
「ううん、途中でも出入りは自由。」
「そっかそっか。じゃ、明日ね。ありがとね。」
「うん、ばいば~い。」
こうまで「丁寧なきっかけ」をくれたとあっちゃぁ、さもありなん行くことで決定だ。そっかそっか、行って自由に出たり入ったり出来るとあらば気が楽ってもんよ。私たちは、すっかり行く気満々になった。
「もし、まっさんが能面とか被ってたらどれかわからんかも。まぁ、子供やから素顔やろうけど、でも衣装着てすんごいメイクしてたりなんかしたら、どれかわからんかったりして。」
「声聞いたらわかるやろ…」
「声で確かめるのは無理やで。普段出してる声でセリフ言うようなモンとちゃうもん、狂言。何て言ってるか聞き取るだけでいっぱいいっぱいのはずやで。声色聞き分けるなんてまず無理ちゃう?」
「月曜日に『まっさん、どれやった?』とかきーたら怒るやろ~なぁ、まっさん。」
「わからへんかったら、月曜日に『すごかったね~』て濁しといたほうがいいな。」
「そやな。」
私たちはそんな計画を立てて翌昼、能楽観賞へと出掛けたのであった。
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by yoyo4697ru980gw | 2008-02-11 23:07 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(0)

賄賂から墓場まで

はうはず氏からの賄賂の中に入っていたもので、見逃すことの出来ないアイテムをひとつ選べと言われたら、そんなこと言う人ひとりもいないが『目のリフレッシュメガネ』と言いたい。一日3分かけるだけでピンホール原理で目をリフレッシュ出来るのだ。私はこのパッケージに釘付けになった。そして凝視した。だからそのことひとつをとっても、私には目のリフレッシュが必要であり、これを見逃さないというちゃんとした理由になるのだ。パッケージの坊やも「ゲームのあとはこれだね!」と言っている。私は「ネタにするならこれだね!」という気分だ。パッケージのゲームに夢中になる坊やはとても真剣である。そしていらってるゲームは私の予想ではスーパーファミコンだ。なつかしめ。私はゲームにすぐに飽きてしまう性格だ。たいがい何かに飽きてとかヒマを持て余してゲームをするのだろうに、宿題に飽きてゲームを始めた伊茶右衛門がゲームをしているのを見ていて「ちょっとやらして。」と掃除の手を止めてまで寄せてもらう。平均して2分前後で飽きる。ゲームを始めて30秒後くらいに何かとんでもなくおもしろいことが起きてくれない限り、続いたためしがない。だから、私がゲームのあとにこれをやると、ゲームをやっている時間よりもリフレッシュ時間のほうが長いということになる。

では、その気になる「リフレッシュ方法」を学ぼう。
①正面にあるものに焦点を合わせ、近くのもの、遠くのものを交互に見てください。
②次に左を見ます。
③次に右を見ます。
④上を見ます。
⑤下を見ます。
この目の体操を3分間くりかえします。

私とていい大人だ。「かけるだけ!」が本当に「かけるだけ」じゃなかったからと言って文句は言うまい。黙って3分間、目の体操を行おうじゃないか。
私が通った中学校は、自然が豊富で教職員用駐車場に枠がない、まぁくだけて言うとドドドド田舎の中学校であったが、『眼の週間』という特別な週間があり、清掃終了後、全校生徒が各階の廊下に一列に並び、グランドの方角を向いて「顔の前に人差し指を立てて、指を見てください」という放送に従い指を見、「今度は遠くの山を見てください」との指示に従い山を見た。「指を見てください」「山を見てください」「指を見てください」。指と山の二つが揃うその当時、既に週休二日制が隔週で試行されていた。平日を7限授業とかにしてまで土曜に休みを入れるという無理からな週休二日制度は、結局トータル勉強時間に変化はなかったのにも関わらず、新体制の幕開けを感じさせた。詰め込んじゃダメ~とかいろいろとゆとりを持たせる方向で進んでいた「現代教育を改善しましょう大作戦」中、その科白を言ったのは放送委員の私であったが、私は同じく放送委員のナカモリに、マイクの音量をオフにしてボゾっと訊ねた。
「ねぇ、ナカモリ…。遠くの山を見てください、ゆぅて山があるっていう、この環境で育ってる私たちにさぁ、目の体操って必要と思う?」
裸眼では何一つ見えない、学年トップ成績のナカモリは返事をした。
「…この環境は私たちに目の体操を強いてるね。どこを向いても山か川。」
「毎日やってんのに…まだやるか…。」
「いんじゃない?たかが3分だけど、清掃時間が短くなるし。…でも、目の体操の3分て長くない?」
「長い。」
待たされている時とエクササイズの「3分間」て長くね?

ちゅ~わけで、長い3分間の目の体操をすべく、リフレッシュメガネかけてみた。
私の気分はもうすっかり大門である。
ニヒルな笑いを浮かべ、ホシを見据えた。

「おまいらとデカやれてよかった…」

そんな心持ちで撮った写真をチクリンで開いたら、どうゆうわけか林家三平になっていた。
なして「あいつは、化けるよ。」になったかなぁ。(スライドショー参照)


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by yoyo4697ru980gw | 2008-01-26 13:47 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(1)

香ぐわしき賄賂

魅惑のおやつ『ボンタンアメ』。文旦飴。南国の澄みきった空から太陽の直射を受けて実るボンタンは最も大きな香ぐわしいみかんです。其の香り高い風味を偲び、製造されているのが『ボンタンアメ』です。有名でしょうから補足はいらないこととは思いますが、その香ぐわしいボンタンアメはオブラートに包まれています。飴だけど、キャラメルよりやわかいです。そして爽やかです。そのボンタンアメを太っ腹にも5箱もくれるはうはず氏。相当の見返りを要求されても文句は言えません。だって、ボンタンアメにおまけとしてボンタンアメまでつけているのですから。たぶん、ボンタンアメだと思います、おまけ。だって「ボンタンアメ」て書いてるもん。裏を見てみると「名称 飴菓子」となっていて「内容量 2粒」とあります。どうもボンタンアメのような気がしてきました。ワクワクして開けてみますと、期待を裏切ることなく『ボンタンアメ』。ボンタンアメ5箱、50粒に、なおかつボンタンアメがついてくるこの賄賂。専用携帯ケースまでお付けしたオリジナルセットのお申し込みお問い合わせは、ダブリューダブリューダブリュードット、ボンタンドット、アメチャンスラッシュ、ブンタンジャナイヨ.ne.jpまで。賞味期限は2008年2月26日ですのでお早めに!
この文章を書ながら既に1箱イきました。
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by yoyo4697ru980gw | 2008-01-25 23:27 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(0)

キリ番賄賂

料亭と言えば談合である。悪い意味での談合である。料亭では、すんごく悪い話し合いがコソコソと行われているのだ。例えば、「越後屋、お主も悪よのぉ…くっくっく…」「なになにお代官様には敵いません…むっふっふ…」ガサゴソっ「はっ!なにやつ?!」み~ちゃったみぃちゃった~セ~ンセにゆぅてやろぉ~(ここに出てきた『センセ』とは代議士を指します)ゆ~てやろゆ~てやろっ♪

そんなイメージで「千徒馬亭(ちとばてい)」という料亭をこさえました。私がもらった賄賂のご紹介です。しかし、賄賂を贈った方々は、私に見返りを未だ要求してこないのです。どうしたことでしょうか。私は見返りをたくさん用意し、要求時には即対応できるよう、万全の体制を整えているというのに、活躍の出番がありません。(千徒馬亭の「馬」を「うま」と読んで早口で、この料亭の名称を連呼してみましょう。)

大きな声では言えぬが先日、我が家のポストに賄賂が届いていた。階段下の、雨が降ったらビチョ濡れになる我が家のポストの幅ギリギリの郵便物が、留守の間にポストに入れてあったのだ。私はポストの扉を開けた時、しばし考えた。どやって、取るん?扉がはまる箇所の金具が邪魔になって平行には取り出せない。入ったゆぅことは、出せるゆぅことやろし…と考え、いや、まてよ、とケータイを取り出した。とりあえず写メ撮って、報告しないとな。「取れません、でもありがとう。」てはうはず氏に。さすが民営化されただけのことはある。国民を楽しませる気だ。

斜めに取り出し開けてみると、箱の蓋にメッセージがあった。箱の蓋にしか、メッセージはなかった。いや、箱の裏にもあった。息子が小麦粉ねんどつけた、と泣きが入り、小麦粉ねんどらしきものが付着していた。それにしてもカラフルなねんどの色だ。着色は食紅、赤15号・黄色3号・青7号・鉄人28号でなされたと思われる。
中身は多種多様なネタが入っていた。うまい棒入浴剤は乳たんぱく配合で、ゆずのかおりだけどたべてはいけないと書いてある。この入浴剤にはなんと10円玉ケースが入っている。10円玉ケースに10円玉は入っていません。と書いてある。なぜにはうはず氏はこの物品をチョイスしたのだろうか。私が10円玉を豊富に持っていて、持ち運びに苦労していると思っておいでかもしれない。あ、財布を持っていないと思っておいでなんだな。参考までに、この10円玉ケースには10円玉が62枚、入ることは入った。

福運暦が入っていたので、あまり読み方がわからないけれど、なんとかかんとか自分の運勢なるものを見つけた。地味でも着実に努力することが大切なんだそうだ。努力って、たいがい地味である。派手で行き当たりばったりな努力なんて、き~たことないもの。とにかくだ、地味に努力しよう。

そしてだ。釣りを趣味としてきた私に、コンパクト竿。これは、むーちん情報によるとかなりそそられる竿であるらしい。買おうかどうかを、釣り具屋さんで常に迷ってきたそうだ。迷った挙句に、買わない選択をしてきた理由は、この『ペン型携帯釣竿コンパクトロッド』、ペンにしちゃぁ大きすぎて、竿にしちゃぁ小さすぎるのだそうだ。大物狙いで投げ釣りを得意とするむーちんにはもう一歩、決め手に欠ける竿であるらしい。「んじゃぁむーちんはこの竿の何にそそられて毎回迷ってんのさっ。眼中にない商品やんけっ。」と突っ込むと、「いや、オマエにとって最高のプレゼントやで。よかったなぁっ!」と言っていた。むーちんの迷っている、そそられる理由とは、どうも「うっわ、コレ、まぅが欲しがりそうや…」ということらしい。そして、それを私を喜ばすために購入するのでなくやめちまうのは、「まぅにそこまでしてやる義務、ねぇし。」てコトらしい。私にこの竿の存在を教えたら、またねだられると思い、隠してきたのだむーちん。知ってたくせに。「ふぉっふぉっふぉっいいだろぉ~!」と見せびらかしていたら、じ~っとナキヒーがこっちを見ていた。…隠さないと。またねだられる。

はうはず氏との千徒馬亭での談合。
かれこれ何年になることか。
何年も賄賂を贈っていることがバレるといけないと思って、一応文中の送り主名にはモザイクかけときました。
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by yoyo4697ru980gw | 2008-01-25 18:10 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(0)
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