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サンゲツの壁紙はね~♪

舌足らずの滑舌で♪サンゲツの壁紙はね~♪と歌っていた鈴木福くんは、ポストえなりかずきなんじゃないかと、ひっそりと私はひとりで憂えていたが、この度、ジャスティン・ビーバーの如き成長の度合いを目の当たりにし、少々複雑な心境だ。

いやなに、男前にはなりよるで。
無線を操りゴルフが趣味のえなりかずきに寄っているとしたら、サンゲツの壁紙はね~と言っていた福くんは、そのうちコンピューターの壁紙に凝ったりなんかするだろう。
そうなる前に、とりあえずカラダ…鍛えようか福くん。
そんなことを言ってあげたくなるが、そんなひとことも躊躇する。

前髪を上げてキまる男前スタイルを私は『レトロールアメリカン』と呼んでいる。
若干80年代的なスタイルとでも表現したらいいのだろうか。
このスタイルが悪いわけではないのだ。
カッコイイひとはカッコイイ。
ただ、ひとを選ぶ。
思春期を過ぎてから露出したような歌手だったり俳優だったりのスタイルなら、さほどの違和感はないだろう。

ただ、子役からの脱皮でレトロールアメリカンは危うい。
子供っぽさを引きずらずにシフト出来るスタイルではないと思うから。
福くんの成長を半年に1回のペースで観ておきたいと思う。
中学に入って2年間くらい、学業に専念するとレトロールアメリカンがキまると思う。

グットラック!福くん。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-04-01 00:42 | +ミルニング+ | Comments(0)
そろそろ桃の節句が来ますかね。
女の子供がいない家庭というのは侘しいもので、ひなまつりは知らない間に過ぎています。
私とて数々のオトコのコに追われ雛壇の後ろに隠れてしまう可愛らしいオンナのコでしたのに、今となっては数々の男に隠し事をされる女になってしまいました。
いいのよ。
正直に言わないほうがかえって良いことも、世の中にはあるわ。

私の文机は一階の居間にある。
本棚は二階のヒー坊の部屋の一角で、寝床はその横のチョモの部屋の一角。
間借りでやってマス。
私のモノは基本的に『すみっこ居候』方式なのだ今のところ。

本棚に用事があったのでヒー坊の部屋に行ったが、目的の本が見当たらないのでヒー坊に訊く。
「あのさぁ…私の辞典知らん?」
ヒー坊は私の古書をよく勝手に読んでいる。
古ければ古いほどちょっとマニアックなジャンルの本なので、出来れば我が子には読んでほしくないのであるが、許可もなしに勝手に読んで置き場所を変える。
私は独自の順番で並べてあるので、変えたらわかる。

「どんな辞典?」
「赤ちゃんの名づけ辞典て書いてるカバーのない本」
「あぁ~アレね。チョモに訊いたら?」
「なんでチョモ?アレはココのことわざの横にあるハズやねんから、チョモに訊いたトコロで…」
「あの辞典はチョモが知ってる」
なんなのだろう、この揺るがない自信。

私は隣の部屋へ移動して聞いた。
「あんたさ、赤ちゃんの名づけ辞典てかいてるカバーなしの本に心当たりあんの?」
「あ~アレな」
「なんで知ってんのよ。アレはヒー坊の部屋の私の本棚にあるはずやのに。なんでヒー坊はチョモが知ってるってことを知ってんねん?」
「アレなら捨てたで?」
「なにっ?!アレすんげぇ大事な本!てゆぅかアレがないと今すぐたった今いま、いま困るし、代わりはナイんだけど!自分のぢゃない本を勝手に捨てるなっ!!どうしよう…どうしよう…私の本が…本当に今すぐ困る…名前が必要…あぁ…」
「ネットで調べたらなんぼでも出てくるやろ、名づけ」
「アホかオマエはなんもわかっとらへんなっ!名づけはネットより本!ページ繰らなアカンねや!しかもあの本がいろいろ調べた中で一番優れてる本やのに…なんでひとの持ち物を勝手に捨てるんやっ!持ち主の意見を聞かなあかんやろーがっ!!!あぁ…もぅ絶対売ってないわ…あんな古い本もうないわ…ブックオフでもないわ…もぅダメだ…私の脚本が…28日までに書けない…絶望的やな」

「ほらよ」
自分の本棚の強化ガラスの扉を開け、チョモは赤ちゃんの名づけ辞典を投げてよこした。
「隠し持っとったんか?なんで捨てたと嘘をついた?なぜにゆえにヒー坊はアンタが知ってることを知ってんのや?なぜアンタら兄弟がこの辞典の在り処を同じように把握しとんのや?」
そうか…敵はヨソにだけでなく身内にもおったか。

思い返せば私がライターを職業として意識し、書き始めた年齢は14才だったではないか。
つーことは16才のチョモや15才のヒー坊が書き始めてもおかしくはないわけだ。
ただ、油断していた。
どう考えても理数系であるチョモが書くはずはないと高をくくっていたのだ、私は。
コミュニケーション障害で学校緘黙症のヒー坊は書くより先にすべきことがあると高をくくっていたのだ、私は。

そうだ、忘れてた。
ひとは人生の岐路に立った時、書く。

吐いて捨てるほどいるライターの中で、それを職業に出来る人間は〆切と枚数とテーマが守れるかどうか。
200枚の原稿を60枚に出来るかどうか。
その作業を継続出来るかどうか。
ただ書くだけなら、誰でもするさ。
いいか、覚えておけ息子どもよ。
原稿10枚てのはな、5枚分の文章を10枚に嵩ましするのではなく、30枚の文章を10枚に要約することだぞ。

百々の仇打ち

産みの苦しみ
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by yoyo4697ru980gw | 2013-02-18 22:02 | +ミルニング+ | Comments(0)

検定試験

数検・漢検、英検に硬筆検定、ええっとそれから歴史検定?
…こんなにザラ紙を無駄にしてからにもったいないなぁ。
ウチは一切、検定試験の案内はいらんから、もぅもらってくるな。
メモ帳はカレンダーの裏で事足るから、ウチの分の印刷をしてもらうな。
いつから学校は資格重視層の回しモンとして営業するようになったんや?
学生が進学するのに資格はいら~ん!
高校卒業後に銀行で働きたいか事務職に就きたいヤツだけが簿記検定を取っておけ~!

私が採用担当者なら、学生期間中に取得した資格よりも、大人になってから、もしくは転職を視野に入れている時期に取得した資格があることを評価する。
大人になって社会人として働いていく上でその資格が必要だと感じ自ら勉強して努力で取得した資格、やりたい職種に就くために必要だと思って取得した資格、そういう動機で取得した資格こそがそのひとの財産だから。
受験に有利な資格などひとつもない。
活用実績のない資格など無意味。
資格は書類上で活かさせるものではないの。
働いてこそ、仕事をしていく中で、自分に必要なスキルや目指したい資格が見えてくるものだ。
勉強が存分に出来る環境がある学生時代に熱心に勉強をして取得した資格と、自分が仕事をしていく上で必要と感じ、スキルアップのために自ら勉強をしたいという気持ちで、働きながらも学習時間を捻出し取得した資格と、同じ資格であってもその価値には違いがある。
その資格が本当に役に立つカタチで取得されているのは、後者である。

そんなこと、人事の一部を数年間担当している私ですらわかるのだから、数多くの人間を教えてきている大学の講師がわからんわけないだろ。
大学受験をするのに、必要な資格や有利な資格というものは存在しない。
必要なのは、これまでに学んできたことの基礎、人間としての基礎、それが身に付いているかどうか、それだけだ。

高校よ、学校という狭い視野の中での経験しか持たない学生たちに、資格取得という情報をチラつかせるのはもうやめたらどうだろうか。
有名大学を出て履歴書に書き切れないほどの資格を持っているのに長らく無職、という中年の男性に、私は中学生の時に出会いそれがとても不思議だった。
頭がいいのに就職出来ないなんて現実があるとは思っていなかったから。

でも今の私になら、わかる現実である。
現実とはかくも厳しいものでもあるが、それは自分の在り方次第でどうにでもなる。
私が思う『一人前のヤツ』とは、定職に就き三度の飯が喰えることだ。
有名大学を出ていなくても、資格がなくても、出来る。
生まれた瞬間から誰もが一人前になる資格を既に持っている。
生きている限り失うことのない素質だ。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-02-10 14:22 | +ミルニング+ | Comments(0)

学ばせてくれたひと

ヒー坊は40度の熱が出ても歩くし、足の指の爪が剥がれても靴履くし、自分の体調不良にも非常に鈍い。
あまりに鈍いので無痛症なんぢゃないかと心配になって医者に診せたが、単に性格の問題だったことが判明した。
先天的な脳の状態が理由で発達が遅れていることを『母親に責任はない』という言い方を医者も福祉のひともするが、基本的にはそうであろう。
しかし後天的な訓練方法として何か手を打つ場合に『育てやすい子は発達が遅れる』という、ひとつの落とし穴があると思う。

夜泣きなし、ぐずりなし、ウロチョロなし。
ヒー坊は、通常ならば母親が目を離せないと思う期間に、全自動洗濯機なみに目が離せた。
泣きもせずに勝手に眠り、起きても滅多に泣かない。
わっ!起~き~て~る~っ!いつの間に?!とびっくりするくらい気配を殺して起きる新生児だった。
BOXティシューを取り出して次から次に食べている1才のチョモのクチを無理からこじ開けて吐き出させている間に、たった20㏄のミルクでコテと4~5時間は眠りこけるとても燃費のいい新生児だったのだ。

今となっては完全に言いわけだが、年子である我が子たちの育児条件からゆぅて、ヒー坊が産まれた頃のチョモと言えば、ちょ~~~ど好奇心旺盛なやりたい放題期であり、「とりあえずクチで確認する」という人間の一生でみたら最もアブナイ時期であった。
油断すると粘土をつまみにマキロンを飲みかねないのである。
目を離せるワケがないではないか。
そんな乳幼児を抱えた母親が二人の子供にアンテナを張ることには限界がある。
年子を産むくらいなら双子を産めとはよぉゆぅたもんで、同じ二人でも双子ならば一方が眠る時間帯にもう一方も眠ってくれる。
しかし年子は一方のオムツを替えている時に、もう一方が豪快に階段から転げ落ちている。
いくら若くて体力があり精神的にタフっちゅうても、目はふたつ。
21年の浅はかな人生経験と1年足らずの育児経験で、何の配慮が出来ようか。
考え付くことなど、所詮、知れている。
手いっぱいであった私の育児は、手のかからないヒー坊を後回しにすることでまわっていた。
それで見過ごしたサインがいくつもあったように思う。
私はこれまでの検査や訓練を、ヒー坊にとってベストなタイミングで行ってきたと思っているし、「これはしない」という選択をした事を後悔したことはない。ヒー坊の成長具合と性格を知っている母親である私がするべき選択に間違いはなかったと今でも信じている。
しかし、ヒー坊を後回しにしていた3ヶ月という期間に、私さえもっと注意深く意識していればもっと早くに気付けていた、と思い当たることがある。
それは、ヒー坊に反射の行動が見られなかったこと。

ヒー坊にミルクを飲ませていて、ウトウトと眠りかけていた時に、強風でドアが勢いよくバタンと閉まった。
このような状況では赤ちゃんというのはバッ!と手を挙げたりという反射をみせるものだ。
高い高い~と宙に放り投げたりした時にビックリして手足をピンと伸ばす、ああゆう反射。
大人の私でさえその音にビクっと身を縮めたのに、ヒー坊はそのままウトウトウトウトして、ついには眠ってしまった。
この時に、私が持った疑問は『耳が聞こえていないのでは?』ということだった。泣き声も殆ど聞いたことがなかったし。

私はデフの知人が先天性の聴覚障害だから「話す」というのが訓練をしても完璧にするのは難しい、と言っていたのを思い出した。
後天性の聴覚障害と違い、生まれた時から聞こえないということは話す訓練をしてもその発音が合っているか合っていないかを自分の耳で音として確認することが出来ないため、いくらテキストで、舌の動きと口形を勉強してその通りにやっても、本当の意味での発音がそのひとのモノにはならないのである。『健聴者に伝わる言語』であることを彼女は過剰に意識していた。それで会話の途中で必ず『わかる?発音合ってる?言えてる?』と確認を入れるのである。10代だった私は彼女の気持ちを考えることをせず、そのままでちゃんとわかるから、その『わかる?発音合ってる?言えてる?』を入れる必要はないと言った。それが会話の流れを止めている、と言った。彼女にとってはこのフレーズを含めて全てが会話であったのに、私は彼女に必要不可欠であるそのフレーズを不必要だと言ったのである。
それに気付いたのは社会人になって、言語は手話のみというご夫婦にお会いした時である。このご夫婦はどちらも読唇をし、互いの会話は手話で、健聴者と会話をするのは筆談であった。ある日、我が母コケさんがそのご夫婦と手話で会話をしているのを見、私はコケさんに訊いた。
「会話は全部、手話なの?」
「私がわからない時は筆談よ」
そして母はご夫婦に背を向けてこう言った。
「最初は話しておられたの…事情があってね、話すのを避けてられるから今は私のほうが手話を勉強しないとね」
この時のコケさんの言葉は私の胸を刺した。
デフの知人ユミさんのことを思って。

そのご夫婦が話さなくなった理由は『通じない』という弊害であった。自分たちは自分たちの言葉を通じると思って使うが、通じない、聞き返されるという事実に直面する。
誰だってそうであるが、自信がないことを堂々と表には出せない。
不安だから確認する。確認出来れば安心する。その安心が自信になり、自信を積み重ねるから、堂々と表に出すのである。

私は障害を持つ子供の母親として、隠さずに堂々と表に出すことをヒー坊には教えたいと思う。
発音が出来ない自覚のあるヒー坊は、おみくじを引いてその番号が40番だったことを、今年も私に言わせた。
絶対に通じないから言って、ちゅうて。
ヒー坊は『発音に自信がない』という絶対の自信を持っている。
相当の自信を積んできたので、今度は堂々と表に出すべきだね、ユミさんのように。
こんなに自信がないんです、と堂々と出し続け、そしていつかたったひとりにでも、この障害がどんな事実と向き合っているのかを理解してもらえたら、それがヒー坊の大切な役割だったのだと教えたい。

ユミさん、元気ですか。
私と言葉での会話をずっとしてくれて、ありがとう。
あなたの丁寧な言葉のひとつひとつが、今、私がヒー坊に教えられることの全てです。
そして今更ながら身に沁みます。
ユミさんがどれほど強いひとだったことかが。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-01-06 00:37 | +ミルニング+ | Comments(0)
【投稿キャンペーン第2弾】あなたの新春の一枚&新年の抱負

今日中には眠らない。
平日でも休日でも眠るのは1時を過ぎてからである。
連休ともなれば趣味と呼べる趣味の全てをこの機会にやってやろうと、夜な夜な本を読み音楽を聴き映画を観て、木を削り紙を漉き石まで彫るので、気が付くと朝になっている。
こんな睡眠不足で繰り出す初詣の朝はとても辛い。
日の出など、詣でるついでに見ようとするともう出てる。
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そんな一年の始まりだが、元旦の澄んだ朝は誰にも等しく清々しいものである。

老化のひとつに『見た夢を覚えていらんない』という現象があるが『やりたいことが多すぎて眠っていらんない』というのは、老いとは真逆でとてもアクティブな病状ではないかとほくそ笑んでいる。
だがしかし老いはじめているカラダは正直なもので、明け方の4時に眠ると昼がくるまで起きれない。
正月休み明けの最初の出勤が不安だな…そんなことが頭を過りながらの着床。
去年、宝船の絵を枕の下に敷いても見なかった初夢。
七福神も回文も効かなかったので、もう今年は宝船の絵さえ買わず、初夢を見る意気込みすらない。
今年もどうせ見過ごすに決まっているさ、初夢。

3時間後、特別な音に設定している会社関係者からの着信音で飛び起きた。
…社長だ!
…いや、久々の初夢だっ!
初夢どころかこのところ見た夢をさっぱり覚えていられない日々だった私は、新年早々の社長からの業務連絡より、自分が初夢を見たことに驚いた。
幸先が良いではないか。
33歳の散々から始まった大厄小厄の6年間がやっと明けたこの良き始まりに、ずっと見忘れていた初夢を見るなんてなんと縁起がよろしいことよ。よきかな、よきかな。

白衣を着た初老の男性が、私の竹を割ったような性格を褒めてくれる。
「アナタは白黒ハッキリさせる性格をしているからねぇ、まァ隠しても無駄だろうからハッキリゆぅけどねぇ、アナタ、進行性のガンだね」

待望の初夢で『余命いくばくもない』という大病に罹っていた。
不幸中の幸いにも、私はかろうじて30代と患者年齢としては若きエース。
おそらくガンの進行もトップスピードを維持できる。
それは、高額になるガンの治療費を私の命を救ってくれるために家族が捻出したとしても、もって3ヶ月ほどの出費で済むだろうことを意味している。
最期の最期まで金のかからない女であったことを私は誇りに思う。

生まれ変わったつもりで新しい自分の一年を生きることにしよう。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-01-03 16:02 | +ミルニング+ | Comments(0)

平成の大要領

【投稿キャンペーン第1弾】2012年一大ニュース&カウントダウン2013!

2012年
「平成でゆぅたら何年なん?」

と何度も口にした。
平成でゆぅたら24年です。
平成になってから、そろそろ25年目を迎えようとしているわけですね。

ということは自動的に『平成になってから』という感想を持つ『平成という年号に変わってから』感覚を持っている皆様におかれましては、それなりのトシが加算されていることと、お慶び申し上げます。
私も漏れなくそのひとりです。

平成24年の締めくくり大掃除。
今年の一大ニュースはこの大掃除にございました。
会社の大掃除はいつもルーターの線が抜けヤレ急にネット接続が出来ひんや、電話の線が抜けヤレ内線が通じひんや、重いデスクを持ち上げる腕の力が抜けヤレ痛いイタイ痛~~~いっ!やゆぅて、一悶着あるのが毎年のことでしたが、今年は違いました。
スタッフ一同、別人が出勤しているのではないかと疑うほどの手際の良さで、ルーターの線も電話線も腕の力も抜けることなく、たった1時間でキレイさっぱりと大掃除。
これに気を良くした私は、自宅の大掃除も驚くべき手際で大豪邸なのにたった1日で小奇麗にしました。
3部屋を4名で大掃除というこれまで通りの余りが出る掃除要員には何ら変化はないのにも関わらず、この偉業を成し遂げた大きな要因は、途中でファミレスに行って『続きは明日でえっか~』と戯言をたたかぬよう、窓を開け放った寒風吹きすさぶ室内で昼食のパンをかじったことにあると思います。

手際ですね。
何事もやはり手際です。
手際が良いということが時短のテクニックですね。
そのことを発見したこの大掃除を『平成の大要領』と呼び今後の改革に活かしてゆきたいと存じます。
来年は「何をもってして手際というか」というトコロを追求していけたらと思います。

最後に。
今年はもちろんこのピカピカの大豪邸でも一際キレイな一畳ほどのトイレでカウントダウン。
31日の23時過ぎあたりからボチボチ用意した年越しそばをワタクシ、つゆまで飲み干すタイプです。
よい子のみんなは眠る前にちゃんとトイレに行きましょう。
あぁついでだから歯も磨けよっ
宿題、やったか?
またらいね~~~~~んっ!
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by yoyo4697ru980gw | 2012-12-30 13:38 | +ミルニング+ | Comments(0)
1990年代、高校生だった私は放課後のある日、当時既に社会人として実家を出て自立し、だいぶ羽振りの良い生活をしていたスポンサーである兄に1000円を手渡され、こう言われた。

「あ・オレ忘れた!今日セーラームーンあるから帰るわ。何か食うて帰れ?じゃー」

自転車で峠を越えて1時間かかる自宅まで、バイクで送ってくれるという約束をドタキャンされた私は、開いた口の顎関節がパキてゆぅたね…兄の奇行に振り回されるのはいつものことだが、そんな中でも記憶に残る奇行中の奇行『セーラームン観るからバイバイ』事件である。

社会現象と言ってもよかった『ドラゴンボール』と『セーラームーン』
私の周りではいい大人までもがこぞって水曜日に在宅率をアげにアげた。
ドラゴンボールをリアルタイムで観るためにザルがこぞって飲み会を断わり、学生やパートが残業をしなかった。
ビデオが普及していたにも関わらず『すぐに観たい!』という衝動にかられるのを抑えられないアニメだったようだ。
5時以降の就業時間延長は割増の時給が支払われることになっているので、いつもはたった一人の残業枠を巡ってアルバイト学生のジャンケンバトルが繰り広げられるのだが、ドラゴンボールの続き観たさに学生バイトもパートのおばちゃんも、みんなが帰りたがってうちのオカンの不戦勝。
「みんなに人気があるみたいね、学生の男の子も女の子もパートのおばちゃんもよ、ドラゴンなんとかちゅうアニメ」
ドラゴンボールをドラゴンとボールで分けた場合、ボールのほうがダンゼン残りやすいので“なんとかボール”になりそうなもんであるが、人生うろ覚えで生きているコケさんに“ドラゴン”のほうを残させたなんて、鳥山明も隅に置けないな。

ドラゴンボールとまではいかなかったが『美少女戦士セーラームーン』も大人にまで人気があった。
しかしドラゴンボールにハマるひとよりもセーラームーンにハマるひとのほうが、よりマニアックを究めるタイプの大人たちだったカンジがする。
そんなワケで私が揶揄を込めて『セーラー戦士』と密かに呼んでいるひとたちは、まるでヒーローの世界の住人かのごとくフワフワしていて、その基準が私の思う『普通』ではなく、私の思う『常識』からは逸脱していまっている戦士たちのことである。

このファイターたちが何よりも常識を必要とする普通の社会で通用するためには、月にかわってお仕置きが必要なのだ。
感情の起伏が激しいという共通点のあるファイターたちはしばしば理性を失い、冷静さを欠いて感情的に仕事を処理してしまい数々の尻拭いを同僚に与える。
セーラー戦士たちにはビジネスの基本的仕組みから教えるのがよいだろう。
金銭を得て仕事をするということは、基本のキを軸に動くことを最低限すべきなのだという認識を持っていただきたい。

以下、セーラームーンの決めセリフをビジネス色を濃くした常識をからませた文例として作成することにしよう。

テキストを作るのに先立ち、このネタがヒー坊のひとつの質問から成ったことを書いておく。
「なぁなぁ…ボクよく知らんのやけどセーラームーンってあるやん?」
「あるねぇ…」
「あれさぁ…月にかわっておしおきよーとか言うみたいやん?」
「言うねぇ…」
「月ってお仕置きするっけ?そうゆうのあったっけ?月でウサギが餅つきするのは聞いたことあるけど、月にお仕置きされるっていうハナシは聞いたことない…」
確かにそうだ。
お地蔵様が閻魔様の代わりに日頃の私たちの悪事を監視しているのは聞くが、ウソツキの舌を抜いてお仕置きをするのは閻魔様で、月にまで制裁を加えられるとは聞いていない。
月の名を出してきて己の独断サンクションを誤魔化すつもりぢゃねぇだろうな。
月にそんな実力行使に出られる覚えもなければ、代理を立てて間接的に暴力を振るわれるのを受け入れる気もない、私は。
…ないが、テキストとして使わせていただくことにした。
なんせ平成の子供たちにも人気みたいだから。

『愛と正義のセーラー服美少女戦士セーラーマーズ
ネコの恋路をじゃまするものは火星にかわって折檻よ』


驚いた…セーラーマーズという美少女戦士は火星に代わって折檻するらしいが、私は火星から折檻されるほど親密な関係を築いてはいないぞ。
地球人代表として月面着陸をしたひとが12名いることになっているわけだから、月からお仕置きされるのは甘んじて受け止めよう。
しかし火星にはそこまでされる覚えがない、地球人として。
覚えはないが、ビジネス的なフレーズでこれをテキストにしておこう。
なんせ平成の子供たちにも人気みたいだからな。

わたくし愛と正義のセーラー服美少女戦士をさせていただいておりますセーラーマーズと申します、よろしくお願い致します。
ネコの恋路をじゃまする事案に関しまして、当方と致しましては火星からの代理として折檻というかたちを取らせていただく運びとなりましたことを、どうぞご了承くださいませ。


ビジネスのメールでは、ちゃんと自分を名乗りましょう。
取引先はアンタだけとちゃうねから。

『愛と正義のセーラー服美少女戦士セーラームーン!
月にかわってお仕置きよっ!』


関係者様 各位

前略、
愛と正義を以って対応させていただいております中で、
この度はお仕置きを考えております。
取り急ぎ、ご連絡まで。

草々

月代理
セーラー服美少女戦士セーラームン所属
月野うさぎ


ビジネスのメールでは、最後に署名を付けましょう。
取引先はアンタだけとちゃうねから。

『愛と正義のセーラー服美少女戦士が
 月にかわって徹底的にお仕置きよ!』


貴殿は、当方の愛と正義による再三のお仕置きにもかかわらず、
本日に至るまでご改心がなされておりません。
ご善処いただけない現状には、誠に困惑するばかりです。
つきましては弊社代表月の代理としまして甚だ遺憾ではありますが、
しかるべき法的手段に訴える所存ですのでお含み置きください。

セーラー服美少女戦士 一同


まずは内容証明郵便の送付となります。
近日中に法廷でお会い致しましょう。
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by yoyo4697ru980gw | 2012-11-04 21:51 | +ミルニング+ | Comments(0)

ポルコ・ロッソの法則

私のデイリーコンサイス英和辞典が戻って来ない。
とくに日常生活で英和辞典が必要なわけではないし、ここ数年ほど英単語に関しては辞書をひくのではなくネット翻訳機能を利用しているので、なくて困っているわけではないが、返さないのはチョモだ。
高校で英語の辞書がいるというから『引きやすいんであげる』と言って渡した。
そしたら『いらん』とゆぅたので『じゃぁ3年間貸す』と貸した。

最初の授業で英語教師にその辞書では授業で使う単語数を補えないから買い替えをすすめられたと言ってきて、辞書代を要求してきた。
みんな電子辞書を使っているからそれでもいいけど、ちゅうて。
私は“みんなが持っているから”という理由で欲しい物を買い与えることはしない。
自分が欲しい理由を自分の“欲しい思い”として言えない物品は自分にとって必要だとは思えない。
「勉強するのにまだ“覚える”ていう段階の時に電子辞書は向かない。電子辞書は自分の知識を補ったり活用したりするツールやから。紙の辞書を繰りなさい。ひとつの単語を引いたら、その前後の単語もついでに見なさい、それが勉強というものです」
「…てゆぅけど、自分はやったんか?」
「いいえ。しておりません。だから未だに辞書を引かないといけない人生やで?しないと、こうなんねん。なりたなかったらせぇだぃ勉強しよし~」
デイリーだから単語数が少ないと見積もられたらしいコンサイス。
高校の時からこの辞書を私はかれこれ20年ばかし引いてきたが、収録単語の全部をまだ引き切っていない。
「私が何十年とかかって全部の単語を引いてないのに、それでも足らんとな?そんなに単語使うんか?英語って?ネイティブな外人同士の会話って短いけどなぁ?ァウ、ンフ?オイェー、アハ?てなカンジや」
「それ会話ちゃうやろっ!載ってない単語があんねんて~この辞書。古いから。」
「古さぢゃねぇよ…言葉に旬があるからやろ…残る単語はどんなに古くてもちゃんと残る。それを見越して編んでるんが辞書やないか。博識者がよってたかって編んどんねん、要る単語はちゃんと載せとるわい」

辞書ってのは不思議なものでねぇ…語彙が豊富に載っているから用をなすというその考え方が正しいのは間違いないんだろうけどねぇ…『辞書を引く』という行為に関しては収録語数ではなくて『引きやすさ』なんだよねぇ…収録語数が豊富でわかりやすい解説がしてあってカラーで見やすい、そんな優秀な辞書でも、結局は引きやすくなかったら引かないのが辞書なんだよねぇ。
よく引く辞書で載ってない単語がたまにあるのと、載っていない単語はないんだけど滅多に引かない辞書と、どっちが学習に向いてるって言えると思う?
引きやすいこの辞書の引きやすさのクセを覚えてから、収録語数が十分な辞書を買う、というのが賢い選択だと思うけど。

そう言ったら、チョモの認識で私は『どケチばばぁ』で通っているので、こう言ってきたのである。
「授業で使うモンやねんから辞書くらい買ってやぁっっ!相変わらずケチやなぁっ!」
使える辞書の買い方を私は経験から教えてやってんのに…わかんねぇヤツだな。

「アンタが今、必要と思うなら買ったらええけど、私が言ったこと覚えといてな?引きやすい辞書を選ばないと、辞書は引かないよ?引かない辞書って無駄やで?引く辞書を買えよ?わかってんねやろな?」
「オレは収録語数が多くて引きやすい辞書を買うから心配すんなっ」
私も学生の時はそうした。
学校がすすめる辞書を、先生が買い替えろと言うタイミングで買った。
でも結局は国語辞書も英和辞典も、買い替えたヤツは引かなかった。
引きやすい祖母が使っていた岩波の国語辞書を今でも引いているし、引きやすいデイリーコンサイスの英和辞典を傍に置いている。
確かに引いても載っていない単語はあるが、載っている単語だけでは不十分かと言うと、これまでの人生では十分だったように思う。
私の辞書に載っていなかったばっかりに警察の世話になるような間違いを犯したことはないし、私の辞書の語彙が足らなかったことで単位が取れずに留年したという事実もなく当たり前に卒業した。

理数系の私学なんておっそろしく金がかかるから、理数系を選択した生徒には国公立大学を受験させること前提で授業が進んでいくという説明を、高校からは受けた。
チョモは理数系を選択したと言っていたので、そこそこ難しい勉強をすることだろう。
そりゃ語彙の足らんデイリーコンサイス英和辞典なんぞ、さぞかし無用の長物であろう。
だかしかしbutけどけれどyetチョモの机の本棚スペースでは、見覚えのない英和辞典が函に入ったままホコリをかぶって鎮座ましましており、この英和辞典がその定位置から移動しているのを見るのは皆無で、私のコンサイスは見当たらない。

だから私はゆぅただろう?

「引かない辞書はただの紙」

飛ばねぇ豚は、ただの豚だ。
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by yoyo4697ru980gw | 2012-10-28 23:42 | +ミルニング+ | Comments(0)
遠足で京都に行ったその記憶がまだまだ新鮮なタイミングで、中学時代の同級生でよきライバルのキディが久々に実家に戻ってきたということで週末に、中学時代の友人らと連れ立ってチョモは京都観光へと出掛けた。
すると京都のオバはんがはんなりとチョモたちに何処から来たかを問うた。
チョモが「兵庫県です」と答えると、そのはんなりオバはんはこう言った。

「滋賀でもあんなんあったし、川西でもあんな事件あったし、これで関西の評判が悪くなったわぁ…」

この一言で京都のオバはんの印象が最悪になったが、私は個人の言動はその個人のものとしてしか判断材料にしないことにしているから、これはこのオバはんに対してだけの感情として処理したいが、どうも京都に悪い印象を抱く理由がいつもいつもいつも一緒だ。
いつも同じパターンで京都をちょっぴり残念に思う。

私は京都が好きだ。
京ことばを使う文化も好きだ。
が、京都のイケズ根性だけは好きになれん。
このオバはんとは別の女性が同じように遠回しに厭味を言っているのを京都では度々、聞く。
バスの中や電車の中での京女同士の会話には、老いも若きもひっそりとイケズ根性が見え隠れする。
なぜにいらんことをゆぅて『楽しんでいる気分』にわざわざ水を差すんやろ。
双方にとって得になることなんてひとつもないのに。

いぢめを苦に死を選んでしまう若人たちに、『転校生』という理由で目立ったがためにいぢめ抜かれてきた私は、今の世界が一部にすぎないことを切に訴えたい。
世の中にはいろんな考えを持つ人間がいる。
君を理解しないひともいれば、理解するひともいる。
君をいぢめるひともいれば、いぢめないひともいる。
そしてプラスになる人物に目を向けるだけで、君は必ずそのひとに出会えるのだということも付け加えたい。
君の目は悪い所だけを見ていないかい?
イヤなコトだけを見ていないかい?
だったらソコからは目を背けよう。
本当に一部なんだよ、今はそうは思えないかもしれないけど。
その一部から逃げてでも避けてでも、先にある全体を見てほしい。
心配いらないからピューーーーって走って行きな、味方がいるから。
君の歩幅は、君が思っているよりもずっと大きい。
だから君が本気で逃げたら、ヤなコトは君には決して追いつけない。
そのかわり逃げると決めたからには、中途半端に逃げてはいけない。
ほんの少しも振り返らずにゆけ。
逃げる時は逸走入魂!!

いぢめを撲滅するのは実はムリだと、私は思っている。
鬱憤は何をしても晴れないもので、鬱憤を晴らしているような気分だけを味わっているものである。だって鬱憤だから。
外へ出さないで心の中に抑えている怒りや恨みというものは、その根源を見つめることでしか晴らせない。
根源を消化できないと自分でわかっているから八つ当たりをしてスッキリしたような気分になっている。
けれどもそれはやっぱり気分だけなので、いずれまた消化しきれない気持ちが積もる。
根源を見つめる根性もなく、気分だけで耐えた気になっているヘタレのやることがいぢめなのだから、カタチをかえて品かえていろんなバリエーションで、いぢめは続く。
いぢめは被害者の連鎖で続いてしまう。
問題を抱える被害者がいぢめをして被害者をこさえてしまうのだ。
たったひとりの理解者さえいれば、それだけでいいのに。
誰も被害者になってはいけない。
じゃぁどうすれば被害者にならないかっていうと『なんだそんなちっぽけなコト』と思えれば、誰も被害者にならないかもしれない。
つーわけでいぢめにはユーモアで対抗するのがベスト。
いぢめていることがアホらしく感じられるように。
アホくさくてやってらんなくなるように。

…という結論を前提に、いぢめをテーマにパロってみましょう。



いぢめ撲滅パロディ童話

『パシれメロス』

「おぃメロスぅ~…ショートケーキ買ってこいやっ」
メロスは激怒した。
アゴでひとを使うヤツらを。
カツアゲという非人道的な行為を上乗せしているこのパシりという命令行為を。

「わかった。三日間だけ待ってくれ。ショートケーキは今日、買うには買うがのっぴきならない事情があって三日後に届ける。もし三日経ってオレが帰って来なかったらこの真鯛を刺身にして食べるがよい」

どっちにしろ三日後が楽しみだ。
真鯛は内臓が入った状態で預けておくからねー。
コンディションの悪い道ばっか選んで走れメロス。
上に乗ってるイチゴなんかコケといたらええねん。

生モノはお早めにお召し上がりください
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by yoyo4697ru980gw | 2012-10-22 02:46 | +ミルニング+ | Comments(0)

幼児らよ

幼児番組、いつの間にこんなにおもろくなってたんだ?

関西の朝は『おは朝』である。
私は自分でTVの電源を入れることは滅多にないが、毎朝、ついているTVの電源を消している。
だから電源ボタンを知っている。
たいがいリモコンの電源ボタンって一番派手なボタンだよね。
それ以外をいらうことも滅多になく、だから毎朝『おは朝』を消すまで見ているともなく聞いている。
しかし時々『おは朝』のチャンネルではゴルフがやっている。
ゴルフってのはセレブの嗜みやな。
こないだまーちゃんがおじぃのクラブをネットで買っといてと頼まれて買ったら3万ナンボだと言っていた。
1本だ。
3万以上するクラブ1本が「安い」のだそうだ。
ゴルフの番組なんて見ていたら視聴料金でも発生しそうだったんで、久々に自分でチャンネルを変えたぞ。

たぶん『めざましTV』を見てから『みぃつけた』という幼児番組を見、その後自動的に『おかあさんといっしょ』を見たと思う。
いやぁ幼児番組は吉本養成所みたいなテイストになっていたんだな。
養成所の内情はまったく知らんが、吉本芸人に基礎を教え込むような番組構成となっているかのような印象の幼児番組。
子役になりたい子供と、子役にならせたい親が増えることだろう。
3番組ともググッとくるポイントを観られて、チャンネルの替え甲斐があった。
役に立つ指先操作をしたと実感している。
こないだの無駄な指先操作とはえらい違いだった。
数日前の朝は壁掛け扇風機の電源を入れようとしてリモコンの一番派手なボタンを押したら電気が暗くなったが、どうやら電気のリモコンだったようだ。

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似てんねん、ウチの扇風機と電気のリモコン。
おもちゃみたいでね。
左が扇風機で右が電気なんだけど、どっちのリモコンを使っても、どっちでも動きそうだぁろぉ?
でも電気をつけようと派手なボタンを押したら扇風機が止まったから、やっぱり無理みたいだぜぇ?

ところで大注目だったのは、幼児番組を見る前にチラっとだけ観た『めざましTV』で番宣していた『ビューティフルレイン』である。
芦田愛菜とのダブル主演である豊川悦史と、中谷美紀がゲスト。
キャスターは「撮影でのエピソード」を聞き出す目的で「芦田愛菜ちゃんはどうですか~」みたいなフりかたをしていた。
天才子役&モーレツ可愛いという認識だろうか、芦田愛菜。
私は芸能事情に明るくないが、世間一般の『芦田愛菜』の表面的な扱いはそんなところだと受け取っている。
しかし「芦田愛菜エピソード」を語る豊川悦史と中谷美紀のコメントから受けた私の率直な感想は、

『芦田愛菜』の見え方は視聴者と共演者では隔たりがあるんだな?

であった。
豊川悦史は、本当の親子のような演技になる雰囲気を作っている芦田愛菜がすごいというようなニュアンスのコメントであり、中谷美紀は自分が演技を芦田愛菜に合わせてあげようと思っていたが彼女が私に合わせてくれている、と言った。
二人の「芦田愛菜」像は一致している。
子役としてのプロ意識が高い、ということだ。
「子役としての」てトコがミソ。
多くの「天才子役」と言われた子役たちが、子役の子役たる道を踏み、残念ながら…ちゅう結果となるのを視聴者はどれほど見てきたことだろう。
天才子役が役者になるには、思春期にフツーの感覚を取り戻さなければ難しいのだろうことが窺える。
中学高校と、迎える多感な時期はメディアから消えてフツーの中学生、フツーの高校生として大人を敵視して過ごすのが、正常な成長に欠かせないのだと思う。
その自分自身の内面変化の時期を経て役者として戻って来るのがベストに思えるが、掃いて捨てるほどいる役者希望枠はきっと厳しいのだろう。

芸能界にこんな幼さで漬かった感化されやすい子供が、どうして「芸能界」以外の世界に目を向けるだろうか…こんなにチヤホヤされるのに。
お片付けをしただけで「えらいね~」と褒められ、それで得意になって掃除機まで出してくるのが、子供っちゅうもんである。
ひとより感受性の強い子供が、天才子役なんである。
その感受性の強さを、周りの大人が利用していることに気付いても「天才子役
」と持ち上げられたから天才子役として頑張るのだろう。
なんせ感受性が強いからね。
芸能界に身を置くほどだから根性だってあるんだろうし。

私には芦田愛菜と沢尻エリカが同じライン上にいるようにみえる。
彼女たちをプロデュースしている大人が確実にいるのに、それをセルフプロデュース力や才能・素質が高いようにみせるという手法で彼女たちのキャラが、彼女たち自身の純粋な思い込みの力で作り上げられてゆくようなね。
見ていてちょっぴり切ないカンジになってしまう。
基本的に頑張り屋さんなんだろうなぁ…。
彼女たちの夢見がちな純粋さを利用した大人がいるように思えて仕方ない。
そして彼女たちがそれに気付いた時には思春期を迎えていることだろう。

そのやり方に自分の意思で不満をぶつけて大人から遠ざかれるなら、そうすべきだと思う。
同世代の仲間だけの中につかって、そこから大人の世界を監視する時期を持つことはとても重要なのだ。
そして働くということがどんな世界であっても“ビジネス以外のものではない”ことが理解出来たなら、芸能界に戻って来て今度は利用されるのではなく認めさせる努力を重ねたらいい。
理想ばかり高くても実現する力を持たないヤツの理想は、結局は幻想なんである。
夢を持ったらまず実行力を磨け。
有言実行を成し遂げるヤツの夢や理想は、現実になるだけの力を持っている。
それが「才能」や「可能性」として評価されているものの正体なのだ。
努力が身に付いているかどうかは、自分自身よりも他人が見たほうが正確に測れるものである。
才能を売りにする世界の人間なら、才能と実力と可能性を正当に評価する人物が必ずいるはずだ。
そのひとに使いたいと思ってもらえるような役者になれば、子役は「利用価値」から「仕事仲間」に昇格だ。
子役が役者になる時にそれを見極めるかどうか、ソコがポイントだね。
おきばりやす、天才子役。
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by yoyo4697ru980gw | 2012-07-08 19:27 | +ミルニング+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA