おつかいの値段

我が子の「おつかい」に余分な金額を渡す。15円のきゅうり1本と248円のキャノーラ油を買ってきてと頼んで500円硬貨を渡す。常に財布には小銭がたんまりあるので私は自分で買い物をする場合、その金額がはっきりわかっていてそれのみを買いに行くような時、丁度しか持たない。この2品だけを買うつもりなら263円を持参。税込表示かどうかがわからないような店ならば消費税分を加算する。それなのでこの「おつかい」の場合だと276円を渡せば事足りるわけだが、500円硬貨を渡すのは我が子の年齢によるキモチからの配慮であって、わざと500円硬貨を渡している。13才と12才の我が息子たちはそろそろ「他人の目」というものをモーレツに意識するだろう年齢であるのだ。自分がどう思うかよりも「他人にどう思われるか」を過剰に意識する。
我が家が貧乏であることは身に沁みているようで、将来どうなりたいかと問えば「お金持ちになりたい」という大きい括りを口にするようになってきた。金の必要性の金額設定が「多いに越したことはない」という気持ちでいるようだ。どんな職業についてどのくらい稼ぎ何歳でいくらの貯蓄、とまでの計画を持ってはいないが、漠然と「この経済状況はヤだ」とお思いのようである。自分と親を切り離して考えるようになった、成長の顕れであろう。「我が家が貧乏」から「親が貧乏」と捉えるようになってきたんである。大きくなったねぇ…早く自立してくれると、貧乏な親は大助かりやで。
我が子が他人の目を意識していることは、学校生活を参観した時にも察せられることではあるが、所詮「授業参観」用の我が子の振る舞いである。「親に見られている時の集団生活」という、家とも学校とも違う態度を作っていることなどお見通しの金さんである。この桜吹雪、散らせるもんならチラ見せしやがれ。

貧乏出身作家の子供時代のエピソードにこういうものがあった。

貧乏で食べるものがないので、道端に捨ててあった収穫後のイモのツルを煮て食べていた。すると、畑の主が家の外から「盗んだイモの味はいかがですか」と大声で訊いてきたという。その畑のイモは何者かにより盗まれていたのである。母親がイモなど盗んでいないと言ってくださいな、と願うと父親は、やましいことがないのなら堂々としていればよい、と言って畑の主に何をも言わなかった。後日イモ泥棒は捕まり、濡れ衣は晴れた。畑の主に会ったが目を合わすことなく足早に去って行った。

「やましいことがないのなら堂々としていればよい」
本当にそうだと思った。貧乏でお金がないと捨ててあるものを拾う。自分が使えると思う他人様のゴミを漁ることがあった私は、その通りだな、と思った。盗んだわけでないので、堂々としていればよい。情けないなと思うことはあれどやましいことは何もないのだ。貧乏ゆえ体裁は悪いけれど恥じなければならぬやましいことはない。「自分が正しいと思うんやったら堂々としといたらええねん。」と我が子にも言ってきた。間違うことはあろう、それは改めればよいのである。善悪の判断をした上で悪のほうをとったなら、それは明らかに「やましい行動」である。やましいことがあるとひとは、決まってコソコソしている。

私がおつかいに出そうというのだから、「特価品」や「広告の品」だけを買うおつかいである。やましくはないよ、おつかい自体はね。これが我が家の正しい生活だから堂々としとけってなモンである。しかし「おつかいにやらされて安いもんだけ買っている」ということをするのは校区内のスーパーにおいてである。タイミングが悪ければ同級生などの顔見知りに会うことであろう。さぁこのおトシゴロ「めっちゃハズ~ぃ」というキモチを抱いて当然。その時に、ちょっとした物品を紛れ込ませることが出来るように金銭的なフォローがしてあるのである。おやつ一袋でカモフラージュ出来るカンジで。ほんとはAV借りたいだけなんだけど~レジスタッフが若いおねぇちゃんだから~戦争モノとアクションモノ2本でAV1本を挟んどく、みたいなカモフラージュと同等と思っていただいたらよい。だた、健全な男子のAVカモフラージュ方法と違うのは、主目的よりカモフラージュが高くつかないようにしているという点である。おつかい先のスーパーでダレソレにおーた、といった会話がなされ、その荷物の中に必要のないスナック菓子が入っていても私は咎めない。私は確かにケチであるが子供心の経験者である。羞恥心から出た無駄な買い足しは咎めないことで本人に効くことを知っている。「あぁ…本当は要らないモノだったのに…」と思わせるために私はこうする。袋からスナック菓子を取る。「お菓子?」「…あ…コレ…安かったからこーてみてん…けど…。」「はい、じゃアンタの。」「え?僕の?」「手伝いとかしてるからな、毎日。たまには、褒美。」効くよ、コレは。ダレソレにおーたのに必要なモノだけを買って来た場合は、その堂々さを褒め称える。「ダレソレにおーて『安いモンしか買わへんのか?』て訊かれてきた?」「いや?」「ハズかしないの?」「とくに?」「見上げた根性やな~その堂々っぷりっ!アンタは間違いのない買い物をするなぁ、さすが。アッパレ・アッパレ。」
余計な買い物をしたとしても、たった一回でおつかい計画を軌道に乗せられるなら安いもんである。そう思ってのおつかい金額上乗せであるが、我が子たちはまったくもって余計な買い物をしてこない。最初は上出来・上出来とほくそ笑んでいたが「コイツらは他人の目というのを気にする神経があるのだろうか」と不安になっているこの頃である。

「僕、ミズオが行ってる高校にしよっかなぁ…」
とまだ受験も先なのに早くも高校を絞ってチョモが言う。そりゃ、1年の時からの積み重ねが受験の結果に出るとは言うが、まだ絞らなくっても…と言えば、
「だって、僕が入学する年にミズオは卒業してるわけやん?そしたら、同じ高校やったら学校指定のもんは全てミズオがあげるでってゆぅねん。全部やで全部っ!全部タダって、めっちゃラッキーっ!!」
…チョモよ…骨の髄まで貧乏がゆき渡ってたんか…山田太郎ものがたり的思考回路…。学用品がタダでラッキーという志望動機である。
「ミズオの高校がドコにあるおもてんねん…タダでもらえてもバス代かかったらよけいに金かかんねん…頼むから市内の高校にしてくれ…」
「チャリで行けんことナイんやろ?まぅ、ミズオを早引けさして遊ぶゆぅてた時、ミズオの高校までチャリで迎えに行くゆぅてたやん?まぅが行けたら僕なんてヨユーで行けるっちゅうねん。ミズオの高校って公立やんな?」
「…わかった、うん、わかった。金がかからんように大学まで公立で行けとはゆぅたで?それは学費のことな。それにかかるその他諸々の費用のことは、アンタの将来への投資やと考えてるから心配なくね。とにかく志望校を絞る前に『何をやりたいか』を絞りなさい。アンタが本当に進みたい道があるんやったら、アンタが決めたことに金はケチらんから。」
「ゆぅたな?ホンマやな?まぅ働くな?」
アンタの決めた道に金をケチらないと言っただけで、私が今から働いてまで工面するとはゆーてない。
私の道はね、貧乏道の上にあるの。逸れたことは、無いね。
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Commented by ター。 at 2009-07-04 23:31 x
貧乏性ってさぁ、アチキ最近思うんだけど、
貧乏ぢゃないと落ち着かない事なんぢゃね?

布団ぐちゃぐちゃぢゃないと眠れないみたいな?

オレなんて夜も寝るまを惜しんで働いてるのに、なぁーんに使ってんだかいっーっもお金ないのよぉ~。

働いたら働いた分だけ使っちゃうのね?



働くだけ無駄か?
Commented by at 2009-07-05 01:18 x
弟よ、極めなさい。
当然の流れやね、使うために働いて、無くなるからまた働くのだよ。
消費するのに忙しいのが貧乏人で、お金持ちは貯めるのに忙しいってのが、世の摂理やね。
お極めなさいな。おねーたん、寝る間も惜しんで遊んでいるのに働かないから、極まっちゃって首くくるのもそう遠くないと思うの♪

そんな無駄なコトしてたおねーたまが居たって…
…末代まで語り継いでね。


…目が醒めると思うわ。
by yoyo4697ru980gw | 2009-07-02 21:55 | +YOU WIN!!+ | Comments(2)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA