情込価格に情報教示の礼を成す

こまごまとした用事が同じ地域にかたまってあったので、それを片づけてきた。阪急電車に乗るのだが駅までは自転車。駅構内を歩いていると3回ほどツルっと滑って危なかった。梅雨なのにもう明けたかと思うほど今日も晴れ晴れとした天気である。床がすべるのでなく、私の下駄がすべるのだ。なぜならば下駄がちびているからであろう。
到着先でも度々すべるので、用事を済ませて駅に戻って来た時に伊丹駅にほど近い『ふなき屋』さんに行くことにした。ついでなので新調しようしようと思って経済的な理由からあきらめていた下駄を思い切って買うことにした。だって履いているこの下駄なんてすべるほど履きたおしているんである。何年か前にふなき屋さんで作った下駄は歯がちびるどころか割れてしまっている。もう新調してもよい頃合いであろう。予算額は5000円まで。そりゃそれ以下の廉いことなら嬉しいが、ふなき屋さんではムリっぽい。だって、台を選び鼻緒を選びすげてもらっての値段なのだから。出来合いのモノならば履物コーナーで1000円からでも下駄はあるが、ふなき屋さんの下駄は言わばオーダーメイドである、下駄の鼻緒をすげられるのは伊丹市内ではふなき屋さんだけ。1000円ではないことの覚悟は要るのだ。しかしふなき屋さんで買っておけば、アフターケアの心配がいらない。履きものは全て底がちびるが、下駄というのはそれだけでなく鼻緒も緩くなる。それをシめる技術というものが必要なんである。鼻緒がちぎれて台がまだまだイける、なんて時は「鼻緒だけを替えたい」と私は思う。その望みを叶えるならふなき屋さんで作ってもらうのが一番だと思えるのだ。下駄を買いたいために先月2回、日雇いのバイトをしたがうち2000円がヘイポーの修学旅行の写真代へと消えていき残金は4000円、私の懐具合で精一杯の5000円である。一銭の足が出てもならぬ。

「こんにちは~」
とふなき屋さんに入って、出ていらした大将に私は蹴りでも喰らわすかというポーズで下駄の裏を見せた。
「こんなん、なりましてん。すべってすべってかなんのですわ。」
「はっはっは~、ゴム打ちましょか。」
「打ってください。」
ふなき屋さんのええとこは、こんなトコである。買い替えをすすめるのでなく、今の下駄を使えるようにすることをまず考えてくれる。歯がボロボロのもう捨ててもいいような下駄で、調子をこいて砂利の上を飛び跳ねたら裏で鼻緒をカバーしている金具がはずれてしまったことがあった。鼻緒もだいぶ色褪せているし歯もないに等しいしこれが捨てるきっかけになっても申し分ない体の下駄であったが、私はこれを気に入っていた。気に入ればこそ毎日履き、ゆえにボロボロになるのである。丁度ふなき屋さん界隈での出来事であったので、ちょいと寄って今日のように足の裏を見せ「こんなことになってますねんけど…」と言うと、今日のように笑って大将は、はずれてはいないがボコボコにへこんだ片方の金具も一緒に僅かな金額で新しいものと交換してくれたんである。その時に私は「ここで下駄を作ろう」と思った。以来、私の下駄店はふなき屋さんに決まった。

「ええっと…この台はいくらでしたっけ?」
ショーケースの中の台の値段を私は訊いた。前に作ろうと思っていた時にもあった台で、その時にも値段は訊いたがその時に作らなかったことを思えば、理由はひとつ、お金がなかったんだろうな。
「3800円ですね。」
「ううーん…」
やはり、ちと考える値段をしている。バス代400円を節約した私である、この台で市バスに9回ほど乗れると思うとこれから夏の炎天下でチャリ20分を9回往復か…と、考えるだけで汗が流れた。
「こっちは?」
「こっちは…安かったんちゃうかなぁ…あ、違いました…高かったですわ。」
「うーん…これは?」
「5000円ですね。」
「うわっ高い…これ買ったら鼻緒が買えへん…。」
鼻緒が買えなかったら下駄じゃねぇ。
「あ、アレいいですねぇ。」
「アレはいいもんですよ。でも、値段もいいですわ。」
「あはー…そうでしょなー…鼻緒が買えへんかったら意味がない…」
結局、オーダーメイド下駄であっても私は妥協に妥協を重ねなければならないらしい。私…何年に一度かの下駄も満足に買えないんだね…トホホ。

3800円の台でテを打ち、
「安い鼻緒から出してください。高いヤツ見たら下げられませんから。」
とお願いすると、大将は笑いながら安い鼻緒の蓋を開けた。上を見たら限がなく、私の気持ちは荒むばかりなり。
「こっちが2000円、こっちは2500円です。」
「ううーむ…あの、もっと細いのが2本のヤツ、あります?」
「無地の…色だけのが…あるにはありますけどねぇ…細いのんは履き難いですよ?」
私の足は、オーダーメイドシューズの職人さんが再三再四パンプスの微調整を行って「靴屋泣かせの足」と泣いたほどの足である。その足が、太い鼻緒より細い鼻緒を「副う」と感じるのだから私は己の甲のカンに従う。
「これは?いくらです?」
「2000円です。」
「ええっとー…じゃぁー…3800円、たーすー、2000円でぇー… …はい、いくら???」
「んー…5000円。」
「ホンマにっ?!いいのっ?!」
「5000円に、しときましょ。」
「やったーっ!んじゃコレでお願いします。」
今日もふなき屋さんは情込価格。私の予算設定を知っているかのように800円マけてくれた。来月に保険料の年払いがあってホンマに1円だって予算オーバーしたくなかったの、あと34850円貯めなきゃなんないから。

「宝塚に行ってる言わはったね?」
大将は、いつもの作業スペースに移動すると私に訊いた。
「大将ね、いっつもそう訊くよね。」
私は笑顔で突っ込んだ。
「看護婦さんとまちごーてるやろ?」
「違いました?」
「ここ来ると毎回、私に『宝塚行ってはんね?看護婦さんしてはるゆぅてた?』て訊くで?よっぽどその宝塚の看護婦さんと私と似てんねやろね、雰囲気が。」
「違いましたか…それは失礼しました。」
「私は、伊丹におりまっせ。」
伊丹で、…うだ~としてる。…伊丹の何サンで覚えてもらおうか、大将に。とくにコレといった肩書も職業もない私を。
「残念ながら看護婦さんじゃぁ、ないですねぇ。仕事も辞めました。」
「そうでしたか…悠々自適ですなぁ…。」
「そうですなぁ…」
貧貧困困な生活ってヤツなんですけどね。

そうでしたか…そうでしたか…と納得しながら鼻緒をすげてゆく大将。また次に下駄のメンテナンスに来た時「宝塚や言わはったね?」て訊くとみた。「実は看護婦してるんです」て次はウソでもこいてみることにしよう。
「鼻緒をすげてる所の写真を撮ったら、怒ります?」
台に目打ちで穴を開けている大将に訊いてみた。大将は「うぅーんふふふふー…」とどっちともつかない笑みをこぼすので、私はもう一押し。
「ダメ?」
「まぁ…いいでしょう。」
「やったー。市内唯一の鼻緒をすげるふなき屋さんやと、ブログで宣伝しとくからね。」
と言って遠慮なくバシバシ撮りたい放題。大将の顔がわかったらダメ?この作業にココだけは撮ったらダメとかある?などと遠まわしに許可を求める。大将は「ふふふ…」とどっちともつかない笑みで「そらもう…覚悟は決めましょうかね。」と全てを承諾した。ついでなので、これまでもブログにふなき屋さんのことは書いてたりしてるんですわ、でも許可を取ったわけじゃないから「ふなき屋」とは書かんと仮名でやってきたけど~、今回のコレねぇ…どうでしょうな?と投げかけると「あ~そら書いといてください書いといてください。」と言う。やっぱ「職人気質」ってこうゆうトコに出るもんだな、と思った。称賛も批判も我が負うのが職人である。屋号を誇るも汚すも腕次第、どうぞ宣伝をと言うならその腕は確かなことが窺える。
公開的な場や本やTVやでの中で語られる時、企業名やブランド名やひとの名前はよく伏せられている。TVなんかだとスポンサー関係の何かの理由があってのことかもしれないが、本の中などで「某氏」だったり「某大手企業」だったり「A社」「〇〇(仮名)」と出てくるのを目にすると、せっかく好んでノンフィクションを読んでいるのに、一気に読書熱が冷めてしまうもんである。実名を出すことがリアリティだとは思っていない。守るべきものは守るべきだしルールがあるのならルールを破らないことが第一であると思う。表現の自由とはやりたい放題にすることではないと思っているが「某〇〇」と書くくらいならその一文は省けばいいのに、とよく思うことがあるのだ。個人の日記に書く場合なら勝手に書きゃいいのだろうが、ブログのように公開する場であれば許可が取れないなら仮名にするしかないのである。勝手に実名を書いたことでそれで検索が出来たり、関連キーワードで検索が出来てしまう世の中である、書く方が配慮すべき最低限のマナーが仮名を使うということのような気がする。しかし仮名を使ったり名前を伏せればノンフィクションの面白味は台無しである、モザイク処理が画像をつまらなくさすのと一緒で。モザイク処理はそのジャンル如何では「想像力」で「モザイク以上の効果」というプラスの面として活かせる表現方法にもなり得るが、ノンフィクションの中で書けばわかるものを伏せるというのは、事実をボヤケさせることにしか働かない。よしんば「想像力」を持ってして某氏の実名の見当をつけられたとて、それを正解と誰が教えてくれようか。
永六助氏が、クレームならまだしもよいことをしている企業の名前ならもっと書いてもいいのではないかといったことを著書の中で書いていらした。氏は講演か何かの仕事をボランティアとしてやる、ということがあった。もちろん「無償でやる仕事」ということである。それを知った航空会社がそうゆうことならばその仕事の際の移動には我が社の飛行機を、と言ってくれたところがあった。無料で乗れる、ということである。その航空会社の社名をはっきりと永六助氏は書いていたように記憶する。こうゆうことはもっともっと言ってもいい、と氏は書いていた。私もそう思う。
組織はなかなか難しいのだろうか。下っ端の新人がしくじったことひとつをとって企業名を出されたら、その新人ひとりの失敗で上司もろとも企業が責任を負わされるとなるのがかなんのはわからんでもないが、その逆だってある。ひとりの社員の人間性が評価されるのに企業の名前を出されたら、それはそれでその社員が選んだ属する企業の評価が上がるではないか。クレームをどう処理したかで評価がぐっとよくなることだってある。その腕に自信があるなら企業名をバンバン出してOKにすると思うのだ、それがプロ、つまり「職人気質」というわけだ。職人は逃げも隠れもしない、屋号をそのまま使えのGOサインを出した大将は、間違いなく「職人気質」なのだ。腕に自信があればこそである、頼もしい。
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ふなき屋大将が目打ちを握る。
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この目打ちが「年季モノ」ってカンジ。私は「傷だらけなのが勲章」みたいな道具が大好きだ。

さぁ~て取り出したるは漆黒のエプロン。
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大将がエプロンしてからが見物だよ。私が知る限り大将のエプロンはずっとコレだ。買い替えたかもしれないが、何も変わっていない。黒で、かぶるタイプのヤツ。そしてエプロンから爪先だけ出し、必ず片足だけあぐらをかく。それが大将の「すげスタイル」である。
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きゅっきゅっきゅ~と
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ぐっぐっぐ~と
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そんなリズムで進む手順。
職人の手つきの素晴らしさは、それがショーのようであるところだ。体が覚え手が知っている、という動きをするところである。入れるべきところで入れるべきように必要な指の力が勝手に入っているように見える。そうゆう人をもうひとり知っている。私が通う美容院のオーナー、シオさんである。私は時々、お金に余裕がある時にシャンプーを入れるがこの時、たま~にシオさん自らシャンプーをするということがある。もうひとりのスタッフの女性の手が空いていない時などである。このシオさんのシャンプーときたら、実に職人っぽいのである。指に勝手に力が入り手が覚えたシャンプーをやっている、といったカンジなのだ。このひとは美容師ぢゃなくて職人に近いな…と洗われながら思う。そんなに湯を出さんでも、てくらいの水圧で流されていると節約家の私としては水がもったいねぇー…と思わずにはいられないのだが、ジャジャジャーコココ・ジャジャジャーコココ、というリズムでシオさんが流しを終えると、手が水圧を覚えてんだな…やっぱこのひとは職人に近ぇな…と思う。オーナーじゃなくて大将と呼ぼうか。いや、シオさんって呼んでるけど。

リズミカルに仮すげが完了。
「はい、履いてみてください。」
と言われて足を通す。
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それを見ただけで大将がこう言う。
「もうちょっとしめときましょか。」
なぜに緩いのがわかったのだろうか。後ろをしめて欲しいと願うとその通りにしてくれる。
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さすがオーダーメイド。
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「この微調整できるってトコがイイですよねぇ…」
としみじみ言うと、
「いいですねぇ。」
と大将。
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ナニがスゴイってサ、片方に足を通して微調節した感覚をもう手が覚えてるってのがスゴイのね。左足だけしか通してないのに、右は一発OKなんだもん。
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無残なほどちびた下駄も、鼻緒がまだイけそうなのでゴムを打ってもらう。私の甲を覚えた大将の手は、ここでも鼻緒が緩んでいることを見抜いた。
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「あぁこれで大丈夫ですね。」
「足も動かんでしょう?」
「ん。動かん、動かん。では、全部のお代はいくらでしょう。」
「ええっと…こっち5000円に、これが300円。」
「…はい、いーちにーさーん…、5000と300円。」
「はい、確かに。ありがとうございます。」
「どーも、お世話様でした。」

靴屋さんがピンヒールにゴムを貼るのにいくら取ると思います?あのせっまいせっまい面積のヒールに接着剤をはみ出してつけといて500円も取りますねで。こんなんやったら自分で出来るわいっ接着剤はみ出して汚くしたないからおもて技術に金をはろたんちゃうんけ~っ。ココに接着剤がついてますけど、とゆぅたら靴屋は言った「目立ちませんやん」そのうち取れるとウソまでこいた。プロの風上に置けないような靴屋を選んでしまった私に見る目がなかったんである。ええか靴屋よ耳の穴かっぽじってよく聞きな、女にとってピンヒールの美しさは華奢なヒールがいかにキレイな状態であるかなのだ。ソコに魅力がなかったら誰がスキ好んで歩き難いピンヒールを履くんぢゃっ!…と、言ったところでこの靴屋はこちらの気持ちなど理解してくれはしないのだろう、目立たなかったらいい、ていう感覚なのだから。接着剤がついているとその腕への不信感を伝えたのにちゃっかり500円取ったしね。
ふなき屋さんのゴム打ちの値段はひょっとすると500円なのかもしれない。しかし今日の私は下駄を新調したのでこちらもマけてくれている可能性がある。
ええか靴屋よ覚えとけっ、コレがふなき屋さんの情込価格。

大将がすげながら私にブログのことをお聞きになった。教えてもらおうかなぁ…と呟きながらすげるのに対し「ええー…どうしょうかなぁ…」と私は渋った。私と現実的に絡む御仁には、私のブログのURLを教えるにあたっての「何にも屈しない鉄の条件」がある。誰であってもこの条件はクリアしていただかなくては。しかし…ふなき屋さんの大将は私を宝塚に行ってる看護婦さんやとおもてるくらいに、私に疎いおひとである。我が家にいらして靴を並べ挨拶をし私のために3回以上働いていただくことはまずないであろう。というか、そんなことをしていただくまでもなくもう私のために情込価格で下駄のメンテナンスを3回以上しておられる。うぅむ…考えどころ。
「検索とかやります?」
「あぁー…娘が検索をすると思いますが。」
「じゃぁ、ブログのタイトルを書きますので、検索で辿り着いてください。」
知ってるひとにしかURLを教えていないブログなのでヒットするんだかしないんだか…てなブログですが、一応ムダに公開されているとは思うので、と説明。
さて、私のことを違うおひとと勘違いして久しいふなき屋大将は、ココに辿り着けるのか否か。ちなみに大将は私の名前も知らないはずだが、HNも知らないであろう。

宣伝しとくからね、と約束したのでその約束を最後に。
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伊丹で唯一、鼻緒をすげる下駄が作れる履物屋さんは『ふなき屋』どすえ。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-20 00:34 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(2)  

Commented at 2009-06-20 23:05 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2009-06-22 22:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。

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