和訳の怪

アメリカ映画の日本語字幕がヘンだということはあまりありませんが、その他の国の映画の日本語字幕がヘンだということが時々あります。そういったヘンな日本語字幕を観たくて学生の時に、ドイツ映画を中心に日本語字幕をチェックしまくっていた時期がございました。WOWWOWの夜中の映画にお~ございましたね。しかしどれもストーリーはわかったものです。ストーリー自体がわからなくなるような日本語字幕はなかったと思います。
そのうちTVで観る(ヘンな字幕を期待して選んだ)映画の日本語字幕は瞬く間に正常になっていきました。字幕屋の大御所戸田奈津子女史がその著書で、字幕屋の苦労を語る中に行数とか秒数に触れた箇所がありました。字幕を追いながらも映像の邪魔にならない字数で字幕を付ける工夫をするのに、言葉としての日本語を付けるのではなく、ニュアンスとして日本語の意味を持ってくる、というようなコトでした。そんなことを大御所にされてしまっちゃ、今後、私が観たいような字幕は消えてしまう…と、とっても淋しくなったものでございました。
「日本語で言う時にはこう言ってる、という感じでセリフを付けたんだろうなぁ…でも意味がわかんないなぁ…何冊も『日本語の表現』とかゆう資料を読み込んでそうだなぁ…がんばってるなぁ…相当がんばったんだろうなぁ…よし私、明日もがんばるぞっ!」
そう思いたくてドイツ映画を観ているひとたちは、どうしたらよいというのでせう。…いないのですか?そんなおひと?

どうやらいなかったようでまともな日本語字幕しかつかない昨今でございますが、同志諸賢、ついに見つけてしまったサまともぢゃない日本語。ネット動画の映画やドラマの日本語字幕です。フリーのヤツがいいですよ。しかも「字幕in」とかを使ってYouTubeの動画に字幕を付けたような親切な無料動画がオススメです。国は、台湾・中国・韓国あたりがオススメ。英語圏の字幕は完成度が高いのでダメです。映画としての字幕はよいんですけどね、よいってトコがダメな理由です。映画を見る動機が「日本語字幕を滋養強壮として」ということなら、日本語は曖昧表現で出来ているという知識を持った、日本への語学留学経験のある、現地のひとが日本語に訳した日本語字幕、という条件を想像出来るような字幕を一番、推したいと思います。字幕を付けた人のプロフィールがあるわけではないので、それを見極めるのは至難の業ですが、手当たり次第に台湾・韓国あたりから攻めてゆくと、結構あるものです。
この条件とはアイロニーを異にしますが、「日本人は実直」というイメージを抱いている人が付けた字幕も、注目すべき素晴らしさがあります。

相手の言ったことに対して「安請け合いしてる」とか「口先だけで流している」ような時のセリフで「お~け~お~け~っ」と言っているような場面がよくありますね。このセリフの字幕に「可能です」と付いた日にゃぁアータ、私はコ踊りをかますくらいに舞い上がってしまい、思わず「不可能だろっ」と言ってしまいました。「OK」をわざわざ日本語で字幕にする必要があるでしょうか。日本人だって「おっけ、おっけ~」くらい、そのまま言うでしょう。世界各国で「はいはい~わかったわかった~」といった意味で「OK,OK」は多用されているのではないか…そんなことを考えると、この字幕屋がいかに日本人を「口先だけの言葉を吐かない国民」と思っているのかがわかりますね。勤勉、勤勉、日本人、勤勉。実直、実直、日本人、実直。私は自分が日本人であることを、これほど誇りに思った瞬間はありませんでした。だから、私は頼まれごとを安請け合いする時にこの字幕屋のセリフをそのまま活用することにしました。
「じゃぁ何か変更があったりしたら、メールなり電話なりしてきてくれるやんなぁ?」
「可能です。」
加納サンがやってくれるやろ、という意味で言ってるけど。でも、加納サンって、いたっけか?

一方、先出の条件「曖昧表現で出来ているという知識を持った日本への語学留学経験アリの現地のひとによる日本語字幕」では一体どういった字幕をみることが出来るのかを、例で示したいと思います。

「そうではないと言うことがありますが、それを言うことは人々にあまりよくないと私は考えます。そしてたくさんの時間があるとよいでしょう。」

さぁこのセリフ、一体なにが言いたいのでしょうか。
私も未だにわかりません、曖昧すぎてサッパリわからないのです。そして私はこの映画のストーリーすら、全然わかりませんでした。なぜなら、全てが曖昧なセリフで繰り広げられているからです。ここまで曖昧な会話をしていたら日本は成り立たないだろう、とさえ思いました。複数の男女が出てきたことから推測するに、「恋愛の絡む何か問題が起こっているのを第三者に相談したがためグチャグチャになったラブストーリー」だったのだろう…ということが、正解かどうかもわかりません。
もし、そういった内容だったのなら、上記のセリフは曖昧にするにしてもこのくらいの字幕でイくべきだったと考えます。

「違うって言えばカンタンだけど、思ってる以上にフクザツみたいだね。時間が解決する問題サ。」

ストーリーよりも、字幕のほうがよっぽどフクザツ。
時間が経てば経つほど、こぢれていく問題サ。

さて、日本人の私の母語は日本語であるわけですが、普段あまり考えることもなくすんなり使っている日本語の文法について違う目線から考えてみたいと思います。
このようなテキストがあるのをご存知でしょうか。
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ここで言う「日本語の省略」とは、『販売促進用配布品』を『販促品』と言うことではありません。日常会話において主語や目的語を提示しないことを便宜上「省略」として扱うことです。日本語を母語としない人の理解を助けるための本であり、外国語では明示される事柄が日本語では暗示されるということを、外国人に説明しているテキストなのです。読み物として日本人が読んだ場合には、すごく楽しめる本になっています。わざわざ考えることもなかった自然に受け流している自分たちの会話が、「みなまでゆぅな」と突っ込みたくなるくらいに、ふか~く説明されています。裏を返せばこういう考え方も出来ますね。日本人にとって英語が難しいのは、日本語の会話を英語に変換しようと考えるからかもしれません。日本語で会話を考える時には、いろんな語が足りていないのです。状況からや会話の前後から汲み取ることが出来る場合に、日本語はその句や語を端折ってしまいます。しかし、端折ってしまっていること自体、言われてみなければそうと気付かないもの。例えば、こんなこと。

以下の文章を読んで、あなたは「写真を撮った」のは誰だと思うでしょうか。

私は東京へ行った。たくさんの観光客がいた。たくさん写真を撮った。

そう、写真を撮ったのは「私」。ではこの文を、文末だけを変えて写真を撮ったのが「観光客」であることがわかる文にしてみましょう。日本人のあなたはきっとこう変えるはずです。

私は東京へ行った。たくさんの観光客がいた。たくさん写真を撮っていた。

観光客が「写真を撮っていた」のを「見た」のが「私」。

私が東京へ行き、たくさんの観光客がいたことに触れているので、「たくさんの写真」については、「撮った」なら「私」で、「撮っていた」なら「観光客」になるわけです。言い回しでわかるから「私」も「観光客」も省きます。ね?言われてみれば、でしょ?
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私たちが意識していない省略は、会話中で74%もおこなわれています。言わなくてええことばっかりですね。

このように「みなまでゆぅな」の日本語の会話を、みなまでゆぅてしまった場合にどうなるのか、みてみましょう。

客「そろそろ時間なので…」
亭主「今、お茶を入れますから…」
客「すぐに失礼しますから…」


誰が・誰に、どうしたい・どうしてほしい、そんな要求が一切ないのですが互いが何を言いたいかがよくわかる日本語ですね。ではこれを、外国人向けにみな、ゆぅてまいましょうか。

客「私はもう長くここにおじゃましておりまして、次の予定がありそろそろ時間ですので、ここを失礼して帰ります。」
亭主「今、私があなたにお茶を入れますから、あなたはもう少しここにいませんか。」
客「私はすぐここを失礼しますから、あなたは私のためにお茶を入れないでください。」


押しつけがましいひとたちですね。
家にあげてお茶を出すような関係になるには、少し時期が早かったと思います。

では、中級学習者の作文の例を見てみましょう。外国人が日本語で作文を作るとこうなるようです。
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前島さんは漢字を廃止しようとしました。前島さんは漢字廃止の議を書きました。それから、1866年に前島さんは漢字を覚えすぎますから、漢字は廃止したいと思いました。前島さんは…

この作文は、中級学習者が前島さんに脅されて書いているものと思われます。
前島さんに弱味を握られているのでしょうね、お可哀そうに。
前島さんは「前島」という名前をアピールするように願っており、前島さんは中級学習者を椅子に縛り付け、不審な動きを見せた中級学習者に容赦ない暴行を加えた前島さんは、漢字を廃止したいとも思っています。そんな前島さんが…黒幕で間違いないでしょう。

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「わんぱく」や「やんちゃ」という日本語は、幼児と子供にかかる語です。そして幼児よりも子供のほうが年嵩がある、ということをここでは示しています。もっと細かく年齢を区切るとこうなるようです。
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「大人気ない」はよいとして「青二才」と「よぼよぼ」は、説明しなくてもよいのではないでしょうか。居酒屋でグダを巻くほど酔っぱらいたい外国人だけに教えたらいいと思います。「日常会話を学びたい」くらいの気持ちの外国人にまでは教えないほうが…日本語ちょっとおクチが過ぎるわね、て言われちゃーう。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-06-10 22:40 | +ミルニング+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA