困った

私は今、とっても悩んでいることがある。
…心が、揺れている。

我が家の文化住宅の右隣と裏は、かなり迷惑なご家族である。裏は朝から晩まで怒鳴り散らしているし、右隣りはどうも真夜中にパーティを開いているようだ。裏のひとも右隣のひとも、同じ学校の保護者であるよしみでクレームをつけたことはないが、右隣りはウチにクレームをバンバンつけてくれる。それも、こんなカンジのほぼヤカラ。
「ウチの子がケンカして怪我させられたんやけど、たぶん千徒さんのコと同じクラスや思うねん、○○クンの電話番号、知ってます?」
…アンタの問題や、それは。学校で訊けよ。親が子供のケンカに口出すな、て相場は決まってるけど。
「ヌノカメ、とってる?ウチの前に車停めてたみたいだけど、担当者の名前、教えて。」
その停め方が気に入らないから文句を言うという。もちろん、名前なんて教えなかった。営業所に電話をしたようで、私の担当者のひとは菓子折を持って謝りにいったという。休日前夜、おたくのおじーちゃまが孫を迎えに来た時に、私の車の真ン前に車を止め、出られなかったことが三度ほどあるが、あたしゃ一度もおたくのおじーちゃんに文句を言ったことはない。「すいません、すぐ移動さしますから。」と言うおばーちゃまを、「いいえ、いいんですよ、急いでませんから。」と気遣ったくらいなのに。オイ若いの(とかゆぅてみたけど、もしかすると私が年下かもしんない。)、コレは「お互い様」という心遣いなんじゃないか?そんな狭い心でどうする、自分の首を自分で絞めているのがわからんのんけ。そうゆう態度は敵を作るばかりだぞ、世の中にはおたくさんが思っているほど、悪人はいてへんで。おたくさんが悪人を作っとんやでそうやって。

しかし私が悩んでいるのは、裏の怒鳴り声でも右横のクレーマーでもないのだ。左隣りの、私の心のオアシス・優しすぎるおばちゃん、なのだ。

クレーマーが三日三晩のパーティを開いた後、私は「今すぐにでもこの環境から別の場所へ行きたい」と願った。タイミングのよいことにむーちんが、西宮で手頃な中古物件を見つけた。おお~離れるってカンジがするな~いいんぢゃな~い、と思い、見に行きたいという気持ちに早速なった。学校が変わるのでいまいち乗り気ではないチョモを説得さえしたら、事は簡単に運びそうだ。チョモは中学校に未練があるわけでなく、6年間で築いてきた友情に物理的な距離を置きたくないだけである。ふぉっふぉっふぉっ、カンタンなコトよ。毎年、夏に会えばよいではないか。私は西宮に引っ越しても、夏の祭りで伊丹中を徘徊するぜ。我が家の夏は伊丹にアリ。友達をひとり残らずボン部族にして差し上げるのだ。「盆踊り」は君たちの友情を確固たるものにするだろう。マエショーなら大丈夫、あのコ、力出し切って踊る性格してっから。

家の狭さも周りの環境も、離れるのに申し分ない条件が揃っている。なのに私の心が、揺れる。
「…でもどうしよう。心のオアシスがなくなったら…。おばちゃんと離れたくないよぅ…。」
この抜け出したくてたまらない生活環境において、左隣りのおばちゃんの存在は、とても大きい。私は、このおばちゃんのようなオアシスを新たな地で見つけ出す自信がない。それほど「おばちゃん」はいいひと過ぎるのだ。こんなおひと…100年に一人やで…そう思えてならないのだ。…おばちゃん…一緒に西宮へ行きませんか。

私が育てたちょっと出来の悪いキュウリをお裾わけすると、すんごく喜んでくれたおばちゃん。キュウリは夏のさかりには、毎日ガバガバ成った。ちょっと目を離すともう大きくなってしまい、そんな見過ごしたデカキュウリが毎日のように収穫出来る。さすがに4人では消費できない。
「これ…ちょっと大きくなりすぎてしまったんですが…よかったら…。毎日できるものだから…食べきれなくて…。」
無責任におばちゃんに押しつける脳炎長。…こんなにバカバカ成るなんて、知らなかった…。小さくなる私におばちゃんはこう言った。
「ウマいこと育てはったねぇ~。私、キュウリ毎日食べるくらい好きやから、すっごい嬉しいわ~。」
「うわ~っ!そうなんですかぁ?!じゃぁ、もうキュウリは買わないでください。持ってきますからっ!!」
「ほんとに?助かるわ、ありがとう。こないだもーたのも、おいしかったよ、新鮮で。」
「よかった…よかった…ウチこそ助かります。食べきれずにいたんでいくの、もったいないから。」
育てたものをおいしいと食べてもらえる、これぞ生産者冥利に尽きるというもんである。

今朝、裏のイッパチ農園にネコが来る鈴の音を微かに聞いて、私はジャッ!!と網戸を開け、濡れ縁台に仁王立ちになりしばし見張った。
…空耳か…あぁ…もう聞えもしない鈴の音に反応するようになったんだ…病んでんなぁ…。
そう肩を落として洗濯物を、発芽したばかりの作物の上にある物干し竿へと干すために縁台から降りた。そしたらおばちゃんが裏に出ていらしたので、朝の挨拶を交わした。そのあとでおばちゃんが、こう言わはった。
「これ…ちょっとまいてみる?なんか容れモンあるんやったら…」
「ええ~いんですかぁ?うれし~~なんでしょう・なんでしょう?」
私が農園をはぢめたまだプランターレベルの時、ローコストで肥料はやらないイッパチ農園のポリシーを知ってか知らずか、おばちゃんは高級そうな肥料をくれた。牛乳瓶しかなかったのでそれにもらうことにしたら、ずいぶんたくさん、入れてくれようとするのだ。いいです・いいです・そんなに…と遠慮する私に、育って来たらまたやったらええし腐るもんじゃないから、と多めにくれた。その肥料をやってみたトコロ、急に作物がワサワサ茂った。…肥料って…すげぇな!!と思ったが、ま・もらった肥料がなくなれば…それまでヨ。だって、肥料ってタダじゃないんだもん。
「これ、猫避けのヤツやねん。猫が嫌がる匂いがついてて、まくねんけどな。雨が降ったら長持ちはしんと思うけど、まいてみたらどうやろう?こないだお兄ぃちゃん、がんばっていろいろやってたみたいやん?」
「あははは~、猫。そう、猫をおどかす仕掛けを(笑)。風で落ちちゃっちゃんですけどね、結局は。」
チョモが小一時間かけて作った『必殺猫脅し』を、おばちゃんは高く評価してくれたのだ。
「なんか容れモンある?手ぇ臭くなるからいらんスプーンとかでまいたほうがええよ。」
「わ~ありがとうございます~!」
なんせローコストなのでたいした容れモンがなく、プランターの受け皿を「これでいいですか…」と差し出すと、おばちゃんはまたもぎょうさん、くれた。
…なんていいひとなのだろう。
「その、い~っぱい発芽してるの、何?」
「…あ…これ…実はわからなくって。封筒に入ってた種を『何かやろうな~』て全部、播いてみたんです。育ったらわかるやろ、と思って。まだちょっとわからないですけど…。」
「ハハハ、そうなんや~。でもすんごい発芽してるねぇ~たくさん、ねぇ?」
「そうですよねぇ…いつのかわからんのに、こんなに出るなんて…」
「すごいもんやねぇ。」
いいかげんで一か八かのこの農園を、そんな風に見守ってくれるのは、おばちゃんダケ。テキトーに耕して、肥料も施さないこの土で、いつのかわからん種は芽吹く。秘めていたのだ、生命力を。そのことに気付かせてくれるのも、おばちゃんダケ。もちろん、おばちゃんは私にそれを気付かせようとして言ったのではないだろう。自分が感じたままを言葉にしたのだと思う。しかし、私ひとりではソコにいきつくことはなかっただろうことは言える。立ち止まり、考えるきっかけになる言葉を、親切心とともに与えてくれるひと、それがおばちゃんなのだ。私は、おばちゃんの傍を離れたくない気持ちが年々、どうも強くなっている。

騒音で寝付けなかった翌朝、クレームを付けられた夕方、私の心が沈んだ時にはいつでも、左隣りのおばちゃんの親切があった。おばちゃんの一言がココでの私の心のオアシスになったことは言うまでもない。
そして私はこのおばちゃんから学んだことがある。
クレームや怒鳴り声は、言えば言うほどひとを傷つける。
たくさんの言葉が、心の痛点を無常にも刺す。
数々の言葉に痛手を追って、私は自転車を走らせた。もうイヤだもうイヤだと何回泣いたか知れない。もういい、もう私だってキレてやるっ!そう決意して髪を振り乱し帰宅すると、玄関先で花の手入れをしているおばちゃんが私に向ってこう言うのだ。
「あぁ、おかえりなさい。暑いねぇ。」
私はそれまでの怒りが全て自分から引いてゆくのを感じた。あぁなんてちっぽけなコトで、私の心は乱されたものか。
人を傷つける言葉は、たくさんの束にならないとその人の心にまで入ってゆけないというのに、人を癒したり励ましたりする言葉は、たった一言で足るのである。その力の違いは歴然としていた。口汚い言葉をアレもコレもと掻き集めてやっと攻撃の力とする「傷つける言葉」に対し、「癒しの言葉」はなにげない一言、たったそれだけでいいのだ。決まりきった挨拶の「おはよう」が、時には50の悪罵を一掃するのである。
そのことを私は、左隣りのおばちゃんから何度も何度も学んだ。
私もおばちゃんのように年を重ねたい。「こんな大人にはなりたくない」と思わせる大人はそりゃそりゃたくさんいたけれど、「こんな大人になりたい」と思わせてくれるひとは、本当に数少ない。だって人間、そんなよい面ばかり出しては過ごせない。腹も立つし失敗もするしイライラもすれば愚痴のひとつも出てしまう。グチグチ言いはじめてしまったら、そりゃそりゃ限が無い。
おばちゃんの隣から引っ越しする時に私は、おばちゃんがそうしたように違う誰かをふと立ち止まらせ、考えるきっかけを作るような言葉を言える人間になりたい。
それが今ではないような気がして、悩んでしまうのである。
困ったなぁ…困った・困った。
…ホンマに困ってんねけどなぁ…なんかあんま困ってないような字面だなぁ…。困った。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-05-27 22:54 | +ミルニング+ | Comments(0)  

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