ヒキコモリからの脱皮

「…向いてないと思うわ…引き籠り。」
一週間の休校措置、基本的に自宅待機で極力出歩かないようにとの指示が学校から出ていた我が子たちにつきあって、私は「出来るだけ自宅待機」という心持ちで無駄に出歩くことをしないでいた。しかし三日目で挫折した。ほんの10分の夕食の買出し、ほんの10分の公園でのバドミントン。全く外出していないというわけでもないくせに、とても窮屈である。普段はひとりでずいぶんと家に引き籠っているが、いつでも自由に出歩けるという束縛のない中での「外出しない」心持ちと、出歩いてはいけないという基本的に、基本的に出ちゃダメだけど、基本的にはね、という「守るか守らないのかは自己判断で」と試されているような束縛の中での「外出できない」心持ちとでは、自由度が全く違う。目に見えない束縛は、目に見えた束縛よりも窮屈である。四日目の午前中、私はべつに学校から外出の制限を受けているわけではないのだからと、サイクリングがてらの買い物にひとり出掛けた。心なしか、ひとが少ない。市内の小中学生は休校のはずなのに、1時間も屋外を徘徊したのにマスクをしてキャッチボールを楽しむ少年二人にしか出会わなかった。自宅待機の約束を、子供たちはちゃんと守っているのだろうか。帰宅し、ひとり家に引き籠っているヘイポーに私は切実なる気持ちを訴えた。
「あのさぁ…よくお年頃になってさ…人とのコミュニケーションを絶ってさ、学校にも行かなくなってさ、部屋にカギとかかけちゃって、一歩も出なくなるってゆぅ少年とかいるぢゃん?引き籠り。」
「…あぁ、いるなぁ…。」
「あんた、引き籠る自信ある?すんごく長い時間、引き籠るみたいぢゃん。」
「…さすがに…それは、ないなぁ…。」
「そうか…あんたでも無理か…」
放課後、誰とも交流を持たずやや引き籠り感覚に近しい行動を取っているヘイポーでも、引き籠る自信はないと言う。
「私、いまさら学校に通うこともないけどさ、学校に行くなんてヤだよ?学校、嫌いだし。でも、自宅に引き籠るのなんかもっとヤだな。そんなことしなきゃなんないんだったら学校行ってるほうが、マシやわ。」
「僕も思った。学校ってええ所やったんやなぁ~って。自宅待機してて、宿題も終わっちゃって、なんにもすることなくなって。学校って実は暇をつぶせるええとこやったんやなぁ…ぜったい誰かいるし。」
「あんたでさえそう思うねやったら、チョモなんて半日も引き籠れへんわな…。今後、あんたらに引き籠りの心配だけはない、ってコトがはっきりしたな。」
「そやな。」
チョモは既に違反を犯し、ブックオフにマンガを立ち読みに出掛けていた。毎日退屈だろうと前日の夜におじーちゃんが迎えに来てくれ、おじーちゃんちへと一泊して朝に帰宅。夕食は、誰に気兼ねすることなくノビノビと外食。しかしむーちんに中間テスト全教科90点以上でなければ許さない80点取ってきた日にゃぁボッコボコ、と言われて3時間もテスト勉強に打ち込んだらしい。
「おじーちゃんちに行く前に熱心に勉強しとったで、てむーちんにゆっといたったで。」
「お~、ありがとう・ありがとう。」
全教科を足しても80点もなかった私は、違った形で協力している。
「ご存知の通り私は勉強がまったく出来ひんやん?でも33年も生きてる。とくに勉強が出来ないことで困ったことも起きなかった。勉強が出来なかったとしたら、別の選択肢があるで。他人様の力を借りれば、いいねんやん。」
ザ・他力本願。
安心したチョモはとっととマンガを読みに行き、バスと競争して帰ってきた~と生き生きしていた。
生き生きしてないとな、人間は。

「バド、行こうか。」
「え~…先生とかに見つかったらどーすんねん…」
「あ、おったな、買い物行った時。ヨソの先生たちやと思うけど、見回ってるんやろなぁ~っていういかにも先生っぽい人たちがおったわ。」
「ほら~…やっぱりな。パトロールしとんねん、出歩いてへんかチェックや。」
「一応自宅待機で~、てコトやろ?何が何でも自宅待機で~、ぢゃナイんやから。」
「…行くか。」
「行こうっ。三日もそれなりにおとなしくしてたぢゃん、もうええやろ。」

ご老人が数名集っているだけの近所の若で、私たちは『千里眼バド』のバージョンアップ『バド・ケラー』を発案した。二日前に公園で貸切バドミントンをした際に、目をつむってサーブをするという『千里眼バド』を考案し、これは意外に打てた。「結構、使えんぢゃん、千里眼。」と大いに盛り上がったのであるが、これを今度は手拭いで目隠しをし、心の目で打つという『バド・ケラー』にバージョンアップしたのである。頼りは、音とカン。
だた目をつむっただけの『千里眼バド』は、目隠しをする『バド・ケラー』よりもはるかに情報量が多い。そのことが『バド・ケラー』によってわかった。目をつむっても、瞼一枚の壁は光を通すのである。そして光をほのかに感じるというだけで、人間は方向感覚をつかむことが出来るようだ。手拭いで目隠しをすると目をつむった時とは違う闇がプラスされる、だたそれだけの変化で人間は、前後左右の感覚が大幅にズレるのである。こんなにか、と驚いた。完全な闇の世界ではない、手拭いで目隠しをしても隙間からの光が微かではあるが届く、それに音もある。けれどもこの手拭い一枚が、なんと感覚を奪うことだろう。全く打てないのである。シャトルを真上にあげることも出来ない。ラケットを振り下ろすタイミングも合わせることが出来ないのだ。ばかりか、今、自分がドコを向いているのかさえ、狂うのだ。
「え?そっち向いて打つつもり?もし当たったらシャトルなくなるで。」
サーブ三回目にして、明後日の方向に打とうとしているらしい。
「へ?あ・こっちか~?!」
「わ~っ!!逆・逆っ!!」
「マビで??」
「マビ、で。」
「はぁー??コレで真っ直ぐ向いてない??」
「向いてないって。まったく違うトコ、向いてる。」
「マビでぇ???」
「しつこいな。」
「はぁ…そう…。ヘレン・ケラーってホンマにすんごい人やったんやなぁ…。これだけちゃうで?視覚だけちゃうで、聴覚もやで?見えもしない聴こえもしない伝えも出来ない…すごい…すごいわ…何の情報があったんやろ…ヘレン・ケラーには…」
目隠しをしている私が遮った光は全てではない。多く見積もっても7割くらいのもんだろう。70%程度の光を失っただけで、カンすら働かないのだ。光が人間に与える情報量は、私たちが思っているより多いようである。
「今度はシャトル、取らんとって。落ちた時の音を頼りに自分で拾ってみる。」
「はいはい、わかった~。」
シャトルを高くあげる、タイミングをはかってラケットを振り下ろす。
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振り下ろすタイミングはシャトルが落ちるてくる時の空を切る音が頼り。耳を澄ますが聴こえない。ブォン、と己のラケットが空を切る。
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そのあとでシャトルが地面に落ちる。…ポト。
「むむっ!左前!ここいらへんに、落ちる音がした。」
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「近いねんけどなぁ~おしいねんけどなぁ~。あーーーーっ、今ごっつぃおしーーーーーっ!」
チョモがいらん情報を与えようとする。
「言うなっ!も~~~~音だけでシャトル拾うねんからっ!あーーーー、音の場所がわからんくなったやないか…せっかく音を辿ってたのにぃ…どこやったっけ…こっちか…こっちのちょっと前の…左で…」
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「あー…あー…あー…。まぅ…アワレやなぁ…一生、拾えへんのちゃう?」
「うるさいわっ。アンタやってみぃな、難しいから。」
「ええで~、カンタンに取ったるわ。」

自分の目に自分で目隠しをしたチョモは、真後ろにシャトルを投げ、最短距離でシャトルに近づき、探ることもなくシャトルを拾った。
「ズルすんなよ、見えてるやろ。卑怯者が。そんなに成功が欲しいか。アンタ、出世せぇへんタイプやな。」
アゴをしゃくってシャトルを取ったチョモは、明らかに低い鼻と手拭いの隙間からシャトルの位置を見て知った。
「ズルするやつの評価は低いで。見てるひとはちゃんと見てる。」
そして見ているのは、なんと私だ。ちゅうわけで、私は絶対にズルが出来ないよう三つ折りにした手拭いで、チョモの低い鼻が折れんばかりにきつく縛って差し上げた。
高く上げるほどにシャトルは、軌道を逸れる。
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そして、後方に落ちる。…ポト。
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音を頼りに方向を定めるも、音で距離感まではつかめない。
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シャトルを踏んで行ったことにも気付くことなく、どんどんシャトルから離れてゆく。
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「あー…あー…あー…、無残な姿よのぉ…アンタがラケットで探ってんの見てると、哀しくなってくるわ。」
「えーーーー?!ここらへんに、ない?!近くない?!」
「近くないね。」
「方向的には?合ってる?」
「合ってない。」
心の目、なにもそこまで閉ざさんでも…ってくらいにハズしてる。
その後、何度もチョモは「すんごく近くにあるのに取れない」という行為を繰り返した。
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シャトルを拾う気、あんのか?確実になんも見えてねぇんだな。
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…この行為に私は、勝手に人生をみた思いがする。
人間とはなんと愚かな生き物であるか。
自分の近くにほど、自分の目というものを向けない。
身近なものを見ない生き物であるのだ。
深い、深いぞ、『バド・ケラー』。

『バド・ケラー』に人生をみた私たちは、普通のバドミントンを楽しんだ。
本気で打ち合っていると、チョモがあまり口を開かずに低い声で言った。
「ヤバい、先生、おる。」
「ヤバいって、先生、ずっと見とる。」
パトロール中の可否小学校の先生が二名、私たちを花壇の向こう側から監視。私は、悪びれもせずかる~く会釈をした。すると、可否小学校の教諭の中で、口うるさいことで評判がカタいゴエッティは私に向かって声を張った。
「十分、発散してくださいね~っ。」
しらこいわっ。ずっと監視しとったん、知ってんねぞ。絶対、帰らない。家になんて引き籠らない。そんなことしてたら、感染症は予防出来ても、気持ちが腐る。

存分にバドミントンでリフレッシュした私たちが帰宅するとしばらくして、電話が鳴った。昼寝に忙しかったので私が取らずにいるとチョモが取り、こう言う。
「あー…はい、こんにちは…。はい、いいカンジですよ~。はい。…はい。…あ、はい。…さようなら~。…ヤバいっまぅっ!!グっちゃん、来たみたいっ!!ポストにプリント入れといたから、やっといてな、てゆーてはるわ。」
「…なんてタイミングの悪い…。昨日までおとなしく家におったのに…なんで今日に限って…」
「ないっ!!ないでっまぅっ!!ポストに何も入ってへんっ!!盗まれたんちゃうか?!」
我が家のポストは郵便物が盗まれるので鍵付きのものに変わったが、我が家は鍵もかけずにオープンだ。
「…新聞受け、見てみ?」
「あったっ!!」
プリントの束の一番上には、家庭訪問をしましたが留守でしたので云々…という紙が付けてあった。毎日、遊びほーけていたと思われても、言い逃れの出来ない事実がそこには書かれていた。
「チョモ、履歴みて先生に折り返したら?」
「言いわけでもするんか?」
「いいや?グっちゃんに教えてあげんねん。『センセー、電話でポストにプリント入れたっておっしゃってましたけど、センセーがプリント入れた所、あれ新聞受けです。』て。」
「…なんの得があんねん、ソレゆぅて。」
「間違いの訂正です。グっちゃん自分でも『そそっかしいトコあるんですわ~」ってゆぅてはったやん。自覚があるならすんなり治せるハズです先生っ!一緒に頑張って治しましょう!日頃の小さな間違いを訂正することで、それが治ります!!とかゆぅてみんねん。クソ生意気な中学生やろ?」
この際だから、とことん印象を悪くするというのもひとつの方法だ。
学校ではイイ子ちゃんのネコかぶりキャラなんだろ?どうせ。
これを機に、脱皮、どう?
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by yoyo4697ru980gw | 2009-05-22 22:24 | +朝臣寺+ | Comments(0)  

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