ずこうてん ~第三章 空想の世界~

本でも映画でも何でもそうであるが、読んだあとで観たあとで感想が出てくるというのは至極当然の成りゆきと言える。
情景の表現が複雑な文章を、展開の順序が前後する物語を、たった一回読んだだけで観ただけでしっかりと理解できるひとは理解できるのだろう。文章を把握し展開をひとつに繋げることのできるひとは、何度も同じページを読み返したりVHSを巻き戻したりはしないだろう。そもそも、もうVHSじゃないな。
でも、こうゆうことってないだろうか。中学の時に読んだ本を大人になって読む。中学の時にはとくに心に留めもしなかった情景が、大人になって急にグっとくるのである。何年も経て「おぉっ…そうゆうことだったのか…」と思う。…遅いけど。でもそう感じた瞬間から、中学の時に読んだその物語は一気にヒューマン性を帯び、全く違う世界への脇道を次々に出現させるのである。

物語は時に、ケツの青白いおこちゃまを熱狂的にさせる。勉強や遊びも食事も睡眠もそっちのけで本しか呼んでいないという文学青年を誕生させてしまう。いったい物語はどのようにして、青年を夢中にさせたのだろうか。
ふっふっふ、夢中にさすなんか赤子の手をひねるよなモンよ。彼らの持つ潜在能力を筆一本で刺激したのサ。
彼らの持つ力、それが~、空・想・力!!
私はこう思っている。
よい物語とは、完成度の高さではない。『起承転結があってハッピーエンド・無駄を省きブラッシュアップした文章』それが必ずしも物語の完成形ではないと思う。
途中で読者が空想にふけって読まなくなっちゃう物語が、上質である。冒頭のわずか二行で自分の空想の世界を広げすぎちゃってとても続きなんて読んぢゃおられんような読者がつくような本は、きっと上質。上質だけど、出版社的には駄作なんだろうな…売れないと。

「売る」という目的がないのなら「空想」にふけらすことの出来る作品は最上質である。
上等の作品が「ずこうてん」には豊富。
編集者が喉から手を出さんばかりに欲すことだろう。
しかし売れないから、諦めざるを得ない。
どうか…編集部を…責めないであげてほしい。
編集長には養わねばならぬ家族があり、出版社には生活の保障を約束せねばならぬ社員がある。
空想や夢で生きる活力は得られても、さすがに空想と夢でメシは喰うていけねぇんだ。
まず喰えて生きておけないとね、空想もできねぇのサ。
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4年生『海の中』
海の中でも生き方はそれぞれ。
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秩序を保つためには情報交換も必要。
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トップ会議は穏やかに。

「ひとり急に来られないって連絡があって…」
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…て、言われても…反応に困る。

「おっ♪今日も、やってる・やってる。」
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「ほっときなさいよ、夫婦喧嘩は喰わぬがよろし。」
「ナニよ、犬じゃあるまいし。」

「あたしゃあんたらに責められるような悪いコトなんか何一つやっちゃいないよっ!」
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やってないっておもてるってトコ、意外と罪。

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海の中も、いろいろあんだね。

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『空の旅』

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やっほー
なんか楽しそうだね~

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ん?
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んん??
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空でもいろいろ、あんだね。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-02-16 20:22 | +ミルニング+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA