ずこうてん ~第一章 ふしぎ~

私は6年間も知らなかった。
我が可否小学校の『ずこうてん』が、写真撮影OKだということを。
作品に手を触れてはならぬとあったので、記憶にだけ残してきたが、手を触れなければ至近距離でカメラに残してもいいらしい。
しかも今回、毎年開催していると思っていた図工展が、2年に1回であったことも知った。2日連続で展示されているのを2日連続で観に行ったりしたからだろうか…6年間、作品を観てきたような錯覚に陥っていたようだ。3年しか、観てないんだな。

どうゆうわけだか今年の『ずこうてん』、4日に渡り作品展示がされていた。
私は、創作の着眼点を学びにこれまで2日間じっくりと作品見学へ行っていたが、2日でも十分の収穫を得た。それが今回は4日間である。相当の力作揃いとみた。
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それにこんなにパンフレットが、血塗られたカンジなんである。
これは…違った意味で期待できる。

例年通りの期待を胸に行った底冷えのする体育館。
…私は言葉を完全に失ってシャッターを押しまくった。
「なぁ…なぁなぁ…まぅぅ~…」
「邪魔すんな話しかけんなあとで聴く。」
スイッチ、入ったな。と察した半吉は友人ササと私から離れて行った。

ううむ私は…何か大切なモノをつかんだような気がするぞ。
年を増すごとに私は…はらり…はらり…と「突拍子」ってヤツを落っことして大人になったんだな。
「突拍子もない」ってのは子供の特権だな。
突拍子もない突飛な突破、それが発想の原点である。
その発想が創造力の源となる。
ううむ…なんのこっちゃわからん。
上手い下手って誰が見てもわかる評価だけど、それって単なる技術よなぁ。不得手でも習ったり努力したらそれなりに技術はつけることが出来る。ただ「発想」となると学んで得られる技術とは違う。そのひとの根本からクる何か、やな。その発想が突飛なら突飛なほど、おもろい。ラッセンより岡本太郎がおもろいのは、ソコだ。ラッセンのアートは「おぉ~っ!!」岡本太郎のイスは「…ぉお?!」。芸術は、理解に苦しんでこそ爆発、やな。
凡人には…入っていけねぇ…。

では凡人はどうするか。
芸術家ではない身近な子供たちの突飛に入ってゆくことから、はぢめるのであああああ~る。
そこが原点であぁ~~~~る。
原点とは常に身近な所に存在するもんである。
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1年生『ふしぎなおめん』
「ふしぎ」を1年生がどう解釈するかである。
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かいらしいね~。
さすが1年生。
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が、私は見逃さない。
「ふしぎ」を。
かいらしいこのおめんと
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シュールなこのおめんには、不思議な共通点があるのだ。

それはね。
「見えない」
「呼吸穴ない」
このおめんは、このおめんを目にするひとが不思議を感じるのではないのだ。
このおめんを、装着したひとがつけた途端に「不思議」を感じるんだぞ。
うぉお~…ソッチ目線か…。
コッチが不思議に感じることばっか考えちゃってた。

多方面から、不思議がるんだな、…よし。
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13日が金曜日のような気がして不思議。
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距離感がつかめなくて不思議。

ええー…
体内目線で。
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口から鼻へ、もしくは、鼻から口へ。

人体の不思議。
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だいぶ長いカンジで。
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巻いてる。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-02-12 15:59 | +ミルニング+ | Comments(0)  

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