驚くグミ

週末をおじーちゃんちで過ごすチョモから脳炎長へ緊急のお電話。
「今な?ホームセンター出たとこやねんけど、ロイヤルにあったで、グミ。」
「グミ?ハリボーが安かったって話?」
「ちゃうちゃう、そのグミやなくて、グミの木、な。」
「あぁ、そっちな…。でも『びっくり』や思うわ、それ。」
私はここ1、2年グミの木を探しているのであるが、市場に出回っているほとんどが『びっくりグミ』という品種。そのグミは自家結実をしないということである。実が大きくおいしいので食べる楽しみとしてはケッコウな代物であるが、自分の花粉でほとんど受粉しないという自分嫌いな性格をしているようだ。私は、実が小さかろうが多少エグかろうが、自家授粉で勝手に成ってほしい。私の子供時分おばーちゃんの畑の坂道の途中に、植えたのか生えたのかはわからない背が低く横に広がるタイプのグミの木があったのであるが、おばーちゃんは朝夕と真心込めて二つある畑を往復し世話を焼いているのに、このグミの木は完全スルーしていた。手を掛けているのを見たことなんて一度もない。私のおばーちゃんなのに、タカボーの母なのに、サヨさんは実にマメな農婦である。農家としての現役を退いた今もなお、茶の葉を摘み遠赤外線処理を加えた「サヨ茶」なる日本茶を製造し、それを遠く離れた兵庫のコーヒー党の孫に送ってくれるほど、マメである。今の季節を農作物で理解する、そんな土と共に暮らすサヨさん。サヨさんが自宅に不在という時には「上の畑」か「下の畑」に行けば居る。そんな土いぢりばっかやってるサヨさんがスルーしちゃう、グミの木。なのに、このグミの木は毎年、頼むから成らんでくれと思うばかりの実をつけた。半分以上が、収穫もされずに腐って落ちた。甘酸っぱいグミの実は、決してマズい食べ物ではなかったと記憶する。私は、そのグミの木が欲しい。何もしなくても勝手に実り最終的には腐って落ちるほど成るグミの木が。
「そのグミ、実は?デカかった?」
「いや…実は成ってなくて、ツルンとした単なる枝だけの木や?六百ナンボで安い割にはしっかりしてたほうや思うけど?」
「そうか…じゃぁ確実にジベレリン処理が要るなぁ…『びっくりグミ』って書いてなかった?」
「おどろきグミ、て書いてた。」
「言いかた変えただけで、意味合い的には『びっくりグミ』のことやな、ソレ。」
「まぁ…こっちでもグミが出回ってるってことは今が時期ってことやな、そっちで他の品種が出てるかもしらんから行って見てみれば?」
「そやな、そうする。見に行くわ。」
ちょっと前に「びっくりグミ」が出回っていたが、12月中旬の寒さが続いているここんとこ、作物という作物が鳴りを潜めた。この季節、種子となった自然界の作物は地中で春の訪れを待っているのである。イチゴは寒さを感じることで上に伸びるのでなく地を這うという防寒の姿勢を取り、十分な寒さから暖かくなるというその温度差を感じて勝手に「そろそろ成る準備やな」と自分のサイクルを全うする。実によく出来ている。ほんで自然界は臨機応変でタフである。作物や植物はカレンダーで季節を計らない。温暖化が進んだ地球で四季がズレようが、土の温度と水分と気温の条件が揃った時に秋になり、冬になり、春になる。
「おどろきグミ」とは言い得て妙。
びっくりするくらいの大きい実がなることからのネーミングで、びっくりしてんのは人間という解釈なんだろうけど、成るのを自力でやれなくて、もう季節もなんやらわかれへん。
今頃おどろいてんのん、グミのほうちゃうか。
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by yoyo4697ru980gw | 2008-11-22 10:08 | +knowing+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA