フィーバー

私には長きに渡り、愛して病まないこともなくしっかり病んでいるハイテクなゲームがある。愛し続けて30年。…いや、そんなにはないかな。でも、物心ついた時には既に病的に愛しちゃってタの。ホ・ネ・ヌ・キ。
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ジャンケンマンフィーバーだどぉー。

何にコーフンすんのかはしんないけど、なぜだかコーフンするこのゲーム。いまや置いているところが少ない。スーパーマーケットの子供服売場の一角の「らんらんらんど」にはある確立が高いが、そこにある『ジャンケンマンフィーバー』は進化版であって、私がこよなく愛する『元祖ジャンケンマンフィーバー』でないことが多い。私が愛すのは『昭和』の『ジャンケンマンフィーバー』である。

知らない大人たちのために、解説しよう。
ジャンケンマンフィーバーという機械はワケのわからん娯楽で、機械とじゃんけんを楽しむゲームである。感情を一切読めない相手とじゃんけんをしてそれに勝って何を楽しむのかと言われたら返す言葉はないが、強いて言うなら「掛け声」を楽しむゲームである。
ボタンが3つもあって、それは「グー」と「チョキ」と「パー」である。勝負がつくまで行われるのは世間一般のじゃんけんのルールと変わりない。しかし世間一般のルールと違うのはじゃんけんをするのにメダルを1枚投入する必要があるということだ。メダル1枚で遊べるゲーセン屈指の廉なゲームである。そして投入するやいきなり何の条件も提示せずに、
ジャ~ンケ~ンッ!
と、やたら元気のいい性別のわからない子供の指揮で、じゃんけんが始まる。

人間同士なら、負けたヤツがジュース買いに行くことな?とかゆうパシリの決定方法であったり、勝ったらコッチ負けたらソッチな?とかゆう意見が分かれた二人の最終決定方法であったり、何かしらの「じゃんけん後プロミス」があって始めるじゃんけんであるが、ジャンケンマンとじゃんけんをするのには、とくにその結果に我の時間や行動の束縛はない。ただじゃんけんをする、それだけ。勝てばルーレットによって決定された勝手な配当でメダルの払い出しがある。ためらんない。いちいち、勝つ度に払い出す。だから、いちいち1枚ずつメダルも入れなきゃなんない。ためらんないの。払い出されるメダルはおおかた二束三文であるが、何かしらのタイミングがよいとデカくアてることが出来る。デカいっつっても、20枚ね。そして払い出されるメダルの音が異様にデカいのも特徴だ。それなので20枚のメダルが払い出されるとその音が長引く結果、チビッコたちに囲まれてしまう。この機械で二桁の大台に乗るとちょいとしたラッキーマンとして、ポカンと口を開けたままのチビッコに、…見られるでもなく…応援されるでもなく…質問されるわけでもなく…まァ…ヨカッタネと言われるわけでもない。だた、アてたらそうゆうカンジのチビッコが2~3名、ツキビトになる。身の回りの世話はしてくんないツキビト確保。そしてそうゆうチビッコは、後ろに並ぶ。だから、私はいつだってこのゲーム機で自分が「もういいや」と思うまで遊んだことがない。たいがい20枚が当たった時点で、なんとなくやめる流れになってしまうゲームなのだ。20枚当たらなかった時でも、なんとなくやめている。「いつまでやっててもじゃんけん以外はやらんなァ…」と当然の考えが頭をよぎるからである。

昭和ジャンケンマンフィーバーが、
ジャ~ンケ~ンッ!
と言ったら、プレイヤーである私は「グー」か「チョキ」か「パー」のボタンを押さねばならない。しかし3つものボタンがあれば、そりゃちょっとくらい迷う。その間、この掛け声以降は放置プレイ。「考え中」というような保留音も、例えば「どれにする?」というようなアシストもない。ジャ~ンケ~ンッ!と言われて、ボタンを押すのを3秒考え、チョキを押したら負けた。といった場合の時の掛け声はこうなる。

ジャ~ンケ~ンっ!… … … ポン、ズコ。

イラっとくる語尾は、もちろん下がる。
昭和だ…非常に昭和である…悲しいまでに昭和である。ズコ、て。いまどきズコ、て。新喜劇でもゆぅてぇへんで。

ジャンケンマンはあんなに元気に「ジャ~ンケ~ンッ!」と言っているのにもかかわらず、すぐにこちらがボタンを押さないならばいつまでも無音で待っているのである。えらく待つねー…すんごい、待つのよ、ジャンケンマン。そして押せば最初のテンションと同じテンションで「ポン」て言うの。テンションの持続力に感服するね。私、そんなに真剣に考えて出したチョキに対して、このジャンケンマンのテンションで「ポン」て言えない。ほんで自分は勝ってるのに相手が負けたからって「ズコ」ても、言えん。なんて包容力のある機械だろうか。機械だって勝ちにキてるだろうに、その評価は私に対してのみ言葉にされるわけである。そしてメダルが払いだされる時には「ヤッピー!」と言う。ヤッピーに聞こえるんだけど、ラッキーかなァ。ラッキーとかそうゆう降って湧いた幸運じゃなくて、じゃんけんに勝ったからその褒美として勝ち取ったわけやけど。幸運を全面に出しやがるこにくたらしさも、隅に置けない。

ポン、フィ~バ~ッ!テテテテテテテ、ヤッピー!!

テテテテの部分はルーレットが回る音。ソコ、効果音アリ。ほんで「ヤッピー」と言われて2枚のメダルが、ガタンガッタン、と落ちてくる。おそらく「ヤッピー」だと思うなァ。そう聞こえる。ヤッターとうれぴ~といろいろな感情がはいっての、ヤッピー。ベースはのりピー。

引き分けだった時には、ジャンケンマンは異様なほどのヒートアップをみせる。
あ~いこでっ!!!
と、もう勝ちにしかイってないようなジャンケンハイに入ってしまうのだ。あいこが続くほどハイテンションになってゆくという演出がされるように感じ取る私は、ジャンケンマンに感情移入をしてしまっているのだろうか。1回目のあいこより2回目のあいこのほうが、ジャンケンマン声張ってる。3回目にはむせちゃうんじゃないかというくらいのテンションの高さである。そのように聞こえるだけかもしれないのだが、事実、痛々しいまでに「あ~~~いこでっ!!」とじゃんけんをせがむのだ。人間とやってもあいこになればそれなりにお互いのボルテージは上がるものであるが、ここまで振り切ってしまうあいこは人間業では繰り出せない。さすが機械。そんなにしてそんなにしてそんなにして勢い込んでやったあいこなのに、こちらが負けると「そのリアクションはなんやねん」と言いたくなるくらいにセオリー通りの「ズコ」を言う。「勝ち」か「負け」かの結果に対するボキャブラリーは、ひとつずつしか持ち合わせがないようだ。ま…内部事情もあるだろう、メイン基盤の性能上、いろいろ、なァ。しかし「あいこ」だけはサブ基盤の回路にショート寸前のプログラムとして組み込んだりしたんじゃないか、と思いたい。能力以上に、ガンバってる感、ある。

ジャ~ンケ~ンッ! …ポンあ~いこで~ショ!あ~~いこでっ!!あぁああぁああ~~~いこぉぉでっ!!!ショ、ズコ。

あいこの後の合いの手は「ショ」。
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私はわざわざ車で15分もかけ、ミドリ電化にジャンケンマンとじゃんけんをしに行っている。ゲームコーナーのおっちゃんは、100円で15枚のメダルを買う私に、ニコニコして「ありがとうございます」と言うのだ。ナムコのスタッフは2000円分のメダルを買っても、何も言っちゃくれないのに。じゃんけんに負けまくってメダルがなくなり、また100円で15枚のメダルをメダル貸出機に買いに行く私に、UFOキャッチャーを磨いているおっちゃんは「あ、どうぞ。」ゆぅて通り道を開けてくれるのだ。セガのスタッフはトイレの場所を聞いてもその行き道すら指し示すだけだってのに。昭和の機械を置いてるゲーセンの接客は、尊敬に値する。ジャンケンマンフィーバーが置いてあるトコで、接客がハズレだったことは今まで一度もない。じゃんけん勝負はハズしてるけどね。
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by yoyo4697ru980gw | 2008-09-18 00:40 | +朝臣寺+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA