どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ

時効

昨夜、5時間超えの温泉から帰宅したイッサンがただいまも言わずTVの電源をつけて、子供2人「徹夜ゲームいぇいいぇい」を楽しむためおじーちゃんちへと行ってしまって自宅にひとり取り残された私にこう言った。
「始まったで、宮崎篇。」
「へ?ナニが??」
ぱぱ~ぱ~んパパ・パ~ン♪野に咲く・花のよぉ~に~
裸の大将、なんだな。

宮崎で生まれ宮崎県内を転々とあっちこっちへ移動した私に、宮崎やで、と教えてくれたらしい。これがあると教えるため、5時間ぽっちで温泉切り上げてきたのだろうか…。…あいすまないことで…。
実は私、イッサンが思うほど「宮崎」に対して「地元意識」というものがないのである。理由は転々としたからである。ずーっと同じ所に留まっていなかったので、ドコを「実家」と言うのか今でも見当がつかないのだ。実父であるタカボーの住んでいる今の家のことを、一応「実家」とは言っているが、その家に私が住んでいたという事実はないし、タカボーとコケさんが熟年離婚をしたので、コケさんが独りで暮らす家もまた、住んだことはないけど「実家」っちゃー「実家」。ソコらへんとっても複雑で、いろ~んなヒトといろ~んな家で過ごしているもんだから、「実家に帰る」となると、5ヶ所ばかし回らなければならない。…一体、私の「実家」って、ドコ?とりあえず、帰れば行く「実家」5つ、タカボーの家から始めたとして総所要時間は時速80キロで飛ばしての最短で240分かな、途中で徐行しないといけないとこ、あるしね。…まだよかったな…みんな県内に居てくれて。しかし「宮崎県」ゆぅたかて行ってないとこはホンマに知らんし、かといってドコなら知ってるってゆうほどじっとしてないし、じゃぁ何も知らんかゆぅたら、宮崎県全域の微妙な方言の違いがわかる、とゆうかなりディープな地元人っぷり、転校生のなせる技。しかし「私の地元」が…わからない。兵庫・大阪はとっても「宮崎・鹿児島出身者」の多い県である。なぜなら、働くのが目的の宮崎人は「商人のマチ大阪」へ行き、阪神営業所付近に定住するからである。だから「国はドコや?」と訊かれ「宮崎です」と答えると「お~ワシも宮崎や~。宮崎のドコや?」と必ず詳細を問われる。その時なのである、私が一番迷うのは。日向・小林・都城・東郷・市内、ドコも地元でドコも地元じゃぁない短期間の居住年数。もう生涯、引っ越しが癖なのである。今のところひとつの場所に暮らした年数で言えば、ココ伊丹市の「6年目」が最高。だから私は言う。
「んー…そうー…ですねぇ…父の地元が日向…に、なるん…ですけども…」
なぜ、父を出す。
その父も、東京や大阪やと転々とした上で、戸籍上の日向人である。
ぼ、ぼ、ぼ、ボクらは、よ、よく、わからないん、だなぁー。

「裸の大将?…あぁ…ツカっちゃんになったやつね~…」
と私が聞きかじりの噂を口にすると、
「えええーーー?!芦屋雁之助ちゃうんかーーーーなんやーーー…」
とイッサンは反応した。私よりもずっとTVや新聞を読むイッサン…私でさえ芦屋雁之助が亡くなりドランクドラゴンのツカっちゃんが裸の大将やるらしい、という情報を小耳に挟んでいるというのに。…でも、やっぱ私も芦屋雁之助のほうが…しっくりくるんだな。
普段理由なしにTVを観ない私は「これ観る?」とイッサンに訊かれ、「いいえ、とくには。」と言うのも郷土愛がなさすぎるかと思い、そのまま観ることにした。いやいやいや、別に宮崎を愛していないとか、興味がないとか、そうゆうことでなくてね。いやいや、あるのあるのよ、郷土愛。がしかし私だけではないと思うが、宮崎の人間は、自虐的に宮崎を愛でる傾向にあるのだ。それが日常会話の端々に出てしまうほど、自虐が板についているのである。

兵庫県在住宮崎出身者の私と、宮崎県在住宮崎県民の友人の会話。

「…んで~そのパスがあると3人までは入れるわけ。そうゆう業者の店なんだけど一般人もパスだけあれば入れるっつー「卸しの店」みたいな、感じ。そうゆうトコ、ある?宮崎?」
「ちょっとーバカにしなんなー。宮崎やかいね言っちょっけん。あるわけねぇじゃろー?ナイばい?」
(標準語訳「ちょいとバカにしないでおくれサ、言っておくがな宮崎だぞ?あるわけがない。ナイに決まってる。」)

兵庫県在住宮崎出身者の私と、宮崎県内から出る兆候のない弟ターの会話。

「…やっぱよ~、宮崎に帰るとなると車ごと帰らなアカンわけやん?いろいろ回るわけやし?飛行機ならさぁ…1時間で着くわけよぉ…でも迎えには来てくれんわな?…滞在中の移動もあるしなぁ…レンタカー借りるとなれば高いしねぇ?」
「…んーじゃねぇ…まぁ…なんつーの?宮崎全体、公共の交通麻痺?しかも、一生。」
(感情語訳「そうだね、車で帰って来ないと何しに帰ってきとんねん、ちゅ~ハナシだよね?電車とかバスとかね、JRと宮交オンリーだよね?1時間1本2本って世界だからね、これで飛行機で帰って来るなんぞ言うた日にゃぁ、アンタ、どこまで迷惑かける気やねんっ!て、軽~く蹴り、入るよね??車は必需品だよね??ぅあ??」)

イモガラボクトが、優しくて頼りのない男の人柄を表すのは、宮崎の環境が作り上げたと言っても過言ではないだろう。「ナイからしょうがな~い」という諦めの境地から、宮崎のイモガラボクトは寛大な心を得るのである。

観ていた『裸の大将』宮崎ダイジェスト。こんなハイペースでいいのかと心配になるほどのダイジェスト版であった。宮崎内を転々とした私は、「こんなトコロではにわ持って来て、後々、大丈夫?サボテン園、もうないから使えへんやろ??モアイで凌ぐのか??シャンシャン馬出したらアカーーーーン!!そしたら流れで運玉までいってまうやーーーん!!もうナイで、もう宮崎の名所はナイで。裸の大将で紹介出来る名所は、出尽くしてんでっ!」とハラハラドキドキの2時間。ダレヤミ出てきたらどうしよう…収拾つかん…との不安ばかりがつのった。もうソレしか残ってないという核心に満ちていた。ダレヤミ…さほど疲れてるわけでもないのに「疲れを癒す」という大義名分で飲んだくれるダレヤミ…朝っぱらから飲んでんジャンよぉ~九州男児よぉ~てげてげにしぃよぉ~…。
使われている宮崎の方言は、いたって標準語。ネイティブな方言だとセリフの意味がわからなくなるのだろうか。宮崎弁のヒヤリングが出来る私には「懐かしい」と思える方言は一回しか出てこなかった。梅宮のダンナがクライマックスで言ったセリフ「病気じゃったとよ…」のみ。イントネーションも90%おーてた。登場人物の中で正しいイントネーションをこなしていたのは梅宮氏。しかしその梅宮氏のセリフもふんだんに標準語がトッピングされていた。
言葉は生モノと言うが、今、宮崎の方言はあのようになっているのだろうか…。私には標準語に聞こえた…。
ターよ、諸県弁の方言指導にアンタ行っきゃんよ~祖父母呼ぶときゃ~「じさーん!」「ばさーん!」やじ。

後半、観光名所も出尽くした宮崎ダイジェストは、とうとう民謡までもってきた。

♪貰ろた貰ろたよ芋茎木刀
日向カボチャのよか嫁ジョ
ジャガジャガマコッチエレコッチャ♪


…ワタシ、密かに…時間余ったら「ばんば踊り」もってきんしゃい、と願いマシタ…。
…時間、余りませんデシタ…。
…残念。

「ばんば踊り」とは中学校くらいから自動的に導入される、体育祭でのご当地盆踊り。本格的に足運びまで習って踊るのは中学生になってからであるが、宮崎出身者なら老若男女問わず、雰囲気で踊れる。足を出したり引っ込めたりするだけで、なんとなく「ばんば」。ハッスル・ハッスル~!的な動きを挟めば、なんとなく「ばんば」。一歩足打法のポーズで拍手2回打てば、「ばんば」。とにかくそれの繰り返しが「ばんば」。

鐘が鳴る鳴る城山の鐘が ンヤーコラセ あれは三百年時打つ鐘よ
町の歴史をひそめて響く 歌人牧水おさない頃の 心いとしみ名歌を残す


「いもがらぼくと」にはない、歌の始まりの真面目さが魅力。でも真面目なのは最初だけ。

ヤートセーサートセ
日向に来たときゃ寄って見ね
陽気がよくて間が抜けて
三日もしたら日向ぼけ
ンヤーコラセーヤートセー


ンヤーこら、どげんか、せー。
歌詞まで自虐的。
宮崎には知る人ぞ知る「日向時間」が存在し、「明日行くわ」と言った人が3日後に現地に到着したらば「日向時間」に換算してそれは単なる「遅刻」である。ゆえに「日向ぼけ」と言うのは「時間の概念がなくなること」を指す。日向の人間は「今、何時~?」と訊く。その時間が3時1分でも3時59分でも、答える人は「3時。」と教える。答える人が時計を見ればね。たいがい「しら~ん。」と日向人は答えるのだ。しら~ん、との答えが返って来ても「何時?」と訊いた日向人は別のひとには訊き直さない。だって、ホンマに時間を知りたいわけではないから。たま~に「今、何時くらいかなぁ~」て思ったりして、気が向いたから訊いてるだけなの。みなさん、日向人を許してやってください…時計を知らないんです…見たこと…ないんです…。

さて、ワタシの期待を裏切って出てこなかったこの「ばんば踊り」。実は「裏ばんば」というバージョンが存在する。私が通った偏差値が低めの高校の「祭り大好き」人間たちによる「代々受け継いでみちゃったおフザけバージョン」の「裏ばんば」。学科の新設とかで変化があったけど同じ高校へと進学したター、ちゃんと「裏ばんば」受け継いでくれたかな?いぇ~い。
「裏ばんば」は別名『リズミカルばんば』と呼ばれ、ばんば踊りをばんば踊りのゆったりとした曲調にあわせて、6倍速&3倍振り付けで踊るポップな「ばんば」となりまーす。
足を10センチ出すトコロは、30センチ出しまーす。
腕一回まわすトコロは、六回まわすよー、わかったねー。
20センチ上げるトコロは、60センチ振り上げて~カカト落とし。
三歩前に出るときは~、ダッシュ。
レディ?
疲れるよ、気合入れていこ~!

この「裏ばんば」を、女子はガクランで男子はセーラー服で途中乱入し、踊り狂う。
最初から輪の中に入っておけないのは、輪になるための入場段階で先生にとっつかまってしまうので。毎年のことだから「ばんば」の曲がかかり、四方八方から輪の中心を目指して突撃する生徒たちの中で捕まる者がある。しかし、輪の中に入ってしまった生徒は出されることはないのだ。1年と2年の大きな輪の中に、3年の小さい輪があり「裏ばんば隊」はその中心を目指し、3個目の輪を作るのである。ふたつの輪に守られた「裏ばんば隊」が一度入ればこっちのモノ。次々に3年生たちを『リズミカルばんば』踊り子へと変えてしまうのである。保護者の手前、体育祭の最後に全校生徒が踊る「ばんば踊り」の輪の中に入ってまで生徒を引きずり出すことは出来ない先生方は、静かに見守ってくださる。

そして私たちが3年となり、「裏ばんば隊」が極秘裏に結成された。
体育祭リーダーによる応援団の、足場は高く組まれ、美術部による各団の看板が設置された。
各団の「裏ばんば隊」の面々は、各団指揮者2名の判断で突入の時期を見計らうよう、二手に分かれての突撃となった。
「ばんば踊り」の曲が流れ始めると、各団から突撃の命が出、ひとりの犠牲も出さす輪の中心に「裏ばんば隊」が集結した。
3年生は『リズミカルばんば』に感染させられ、この成功に「アンコール」を求め始めた。それが全校生徒の「アンコーーーール!!」となり、根負けした放送本部が「ばんば」をもう一度流したのである。

あの時、看板の裏手に隠れておき、赤団女子メンバーを「いけーーーーーっ!!今ーーーーーっ!!」と指揮したのが、副団長だった私どぇす。
ごめんな、センセ。
で、でも、も、もう、時効なんだな。
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by yoyo4697ru980gw | 2008-05-25 16:39 | +cool down run+ | Comments(2)
Commented by ポバヤシ。 at 2008-05-25 19:54 x
その偏差値のひくぅ~な高校の五十周年記念あるばむに…時代錯誤なまぅの姿が写ってて…
「コレ、恥ずかし~古い~」
…ってネタにされてたわぁ~…クラスで…

んで…
「実はボクの姉ですわぁ~」
…で…爆笑。
Commented by MA at 2008-05-25 21:41 x
弟よ、恥ずかしがることはない。
姉は、笑われるために、生きている。
人生そのものが恥ずかしいのだ、姉は。
よかった~偏差値低くて~♪
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