伝統芸能は難しい能~

無事にまっさんがどれかもちゃんとわかり、その後控え室から出てくるまっさんにも会うことが出来、私たちは4時開演の能楽師による本格的演目も観賞しとこう、ということで決まった。4時まで時間があるので小腹を満たし、ちょいとブラブラして4時前に会場へ戻ると、発表会とは打って変わって満員御礼状態の会場により、二階席しか空いていないと言う。そうゆうことになっていた事実を私たちは今、知った。…遅いが。

ここで、パンフレットによる能楽の補足を少し。

今回の能は10回目の節目の年である。
「能と狂言を楽しむ会」実行委員の皆様は平均年齢75歳という大先輩方である。
その実行委員の方々に運営を、金春流太鼓方の上田悟先生に企画をお願いし、毎年素晴らしい「伊丹能」を作り上げていただいている。
そしてこの「伊丹能」は、市内外企業、各種団体等々の多大なるご協賛により、無料である。

イチャ11才、ナキヒー10才、私32歳…、早まったか…。このような年齢で、しかもついこないだまで「シテってゆうのは蟹の名前?」なんて訊いておった私たちに、今日のこの能楽を理解することが出来るのであろうか…。私たちはかなり不安になった。2階席の扉を開けてチラチラと、薄暗い客席を盗み見ると目に入ってくる人くる人がみな大先輩方。あぁ、私たちは見た目からして若輩者…二階席に子供の姿はないように私の目には見えた。それで、通路に「知識のないひと専用」みたいな感じで並べてあった折りたたみの黒いイスの一番はじに私たちは座った。程なくして上田先生による「みどころ」の説明が始まったのだが、この席に座ってわかったことは、座ったら丁度目線に手摺があって邪魔で見難いということであった。しかし説明の最中に移動を始めてはマナー違反かと思い、私たち三人は座った状態で前のめりの姿勢になり観賞することにした。これからスキーのジャンプでもするよな感じで。

上田先生曰く、

「これから「みどころ」を説明さしていただくんですが、私は太鼓を叩いてますから、たいがい「は~」とか「ほ~」とかゆうだけで、しゃべりはあんまりうまいことはないんですけども…」

うまいねぇ~。

上田先生曰く、

「狂言「夢の酒(帆足正規作)」は新作も新作、演じるのがここで二回目ときいとります。京都で一回やって、今日が二回目で。」

ほやほやだっせぇ~。

上田先生曰く、

「えぇ、邯鄲(かんたん)ゆぅ能楽、一畳くらいの寝床が出てまいります。まぁ、そこで眠るわけですね、すると夢を見る。その一畳という狭いところでシテが動くわけですな。楽ゆぅて、これがまぁ長いですから、皆さんきっと眠たくなる思いますけど、眠っっったら損ですよ?シテゆぅんは能面をつけてます、ちぃさい穴しか空いてないですねぇ、見えてません。やから、一回落ちます。でも、これはほんまは落ちたんと違いますよ。落ちたようにみせる、というフリですね。これは、邯鄲にしかありませんからね、眠ったらダメですよ、ここは我慢してみたほうがよろしい。その落ちた時に、目が覚めかけるんですね。これから先ですよ?こっから先にみどころですよ?いずれ目が覚めますね。その目が覚めるんも、徐々に徐々に覚める、ゆうわけじゃありません。一気に覚めるんですね。どう覚めるかとゆぅたら、シテが一直線にたーーーーっと走ってきて一畳のその寝床にバーンと。これも、見てくださいね。でも、ここもみどころですけども、こっから先ですよ?こっから先、どうなるか、ゆぅんがですよ?」

ううむ、みどころをうまくツカムことを心掛けよう。
といった意気込みで観賞するつもりはつもりだったのだけれど、いかんせん私たちには能楽の全てのことがいちいち初体験なのである。何の予備知識もなく、そして何の「お決まり」的現象であっても私たちには何ひとつ「お決まり」ではないのである。

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例えばホールには舞台があって、そこでいろいろな演目が披露される。それは舞であったり狂言であったりするけれど、その舞台の中にさらに舞台があるその中でのみ、披露される。玄関と勝手口があって廊下があるワンルームマンション、というような間取りが、舞台の中に設置されている能楽専用(らしき)舞台である(純和風建築)。たとえ屋根が無く、上部空間に本来の舞台のスクリーンが青く光っていても、能楽専用舞台でのみ演じられている狂言に、その青さは影響しないのであるようだ。私は「上の部分、あおいなぁ…。」と度々思った。私の心の中でだけの出来事だ。結構な回数思ったことだったのでちょっと書いてみた。

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そしてまた、玄関(と呼ぶことにした)には、鯉のぼりの一番上で泳いでいる吹流しのような配色のでっかい暖簾がかかっていて、演者が玄関へ向かうと、なんともジャストなタイミングで、ぶぁ~っっっさぁ~っ・ぶふぉぁあぁああああ~、と吹流し暖簾が跳ね上がる。これが見ていて気持よくなるほどフワンボアンと跳ね上がる。

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また、お勝手からは勝手なタイミングで紋付袴の男たちが出たり入ったりする。お勝手はとっても小さくて大の男たちはかがんで出入りしなくてはならない。そして、演目中にこの紋付袴の男たちはそれぞれの役割を持って登場するのだが、どうも演者としてカウントはされないようだ。入ろうが出ようが、誰にも挨拶はしないし舞台にいるひとの誰にも気付かれたためしはなかった。その男は、何かを持って入って来て端に座って何もしない。しばらく何もしないけれど、さりげなく持ってきたモノを演者に渡す。それが重要アイテムの「枕」であった。枕を渡すためだけにやって来た、そして枕を渡したらお役御免で、誰にも気付かれずにお勝手から出て行ってしまった。他にもお勝手からやってきた紋付袴の男たちは、シテの髪の毛や衣装の乱れをそっと正す役割だったり、座っていた演者が立った時に袴の裾の折れを正す役割だったりした。そしてこの紋付袴男衆の所作といったら実にスマートなのである。何一つ無駄がなく手順も最低限の動きで全てをやるという感じ。自分の役割をやるための段取り以外では不必要な動きをひとつもしないといった感じ。主役よりもお勝手からやって来る紋付袴男こそ能楽である!!と思ったくらい、紋付袴男は私にとって「能」であった。

長い長い、上田先生曰く「眠くなる思いますけど」な能楽を、私たちは堪能した。はじめて観賞したにしては、お行儀もよく観ていられたように思う。途中あまりにも手摺が邪魔だったので、10分間の休憩の時に席を移動した。その時、三人が並んで座れるように席が空いてはいなかったので、小声で「私だけあっち座るから、二人そっちで観とき?」と言ったら、親切なおばちゃんが「私がこっちにずれるから、ここにおいで。」と私たち親子が並んで座れるようはからってくれた。
演目が終わり私たちがウウ~ンと大きく伸びをしたら、横の親切なおばちゃんが、
「偉かったね。長い時間、辛抱が偉かったねぇ。はい、丁度あったからアメちゃん、あげよ。年に一回やもんね、辛抱が偉かった偉かった。」
と、我が子二人のお行儀の良さをほめてくだすった。実は途中疲れてしまってイスにぐったりとするナキヒーの膝を一回パシンと打ったのだ。私は、姿勢よく無駄の無い紋付袴男を、もうその頃にはたっぷりの尊敬の念で眺めていたので、我が子ナキヒーが同じ男でありながらダラっとした格好なのに非常に情けないものを感じた。子供だからと甘くはみねぇぞ何時間かだけの行儀を保てんヤツは許さんっ!と、すっかり紋付袴テイストな思考が出来上がってしまっていたのだ。眉間にシワを寄せた私に膝をパシンと叩かれてナキヒーは、姿勢を正し最後まで懸命に我慢した。それを(見て)知っていたので、おばちゃんはほめてくだすったのだ。
「すいません…ありがとうございます。ほら、イチャもナキヒーも…」
と私がアメちゃんのお礼を言うように我が子に促すと、おばちゃんはこう言った。
「…バッグの中ね、探したら、丁度3つ、アメちゃんあったから。」
へ?3つ?
おばちゃんからアメちゃんを手渡されたのはイチャだったので、私はイチャのほうを見た。イチャも同じことを思ったようで「へ?」という顔をして握った手のひらを広げ、アメちゃんの数の確認をした。3つだ。そうなんだ…私のぶんもあるんだ…。
辛抱が偉かったぞ、自分。

(能楽師による演目では「許可無き写真撮影・録音を禁ず」とあったのでここで使用している画像は全て発表会のものです)
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by yoyo4697ru980gw | 2008-02-13 00:33 | +談合料亭『千徒馬亭』+ | Comments(0)  

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