タイミング

最近イチャは、「宿題よりも家事手伝い」という我が家の教育方針でのスキルアップを果たし、「鍋振り」と「包丁」を同時にこなす職人となった。先週にはイチャ専用中華鍋(一人用)を買い与えた次第だ。自分の炒め物などで練習させ、ゆくゆくは家族4人分の夕食の一品を任せるつもりである。どんな人生を送ろうが「食」は欠かせない。野垂れ死ぬまで腹は減る。

まだ「塩コショウ」のタイミングがうまくつかめないイチャは、「鍋振りのイチャ」との異名をとるに至らず、6回に1回くらいは「いつ、塩コショウ?」と訊く。その時々のメニューで「肉の色が完全に変わったら」とか「具材を入れたと同時に」とかタイミングの指示を出している。とくに、根菜類を炒めている時の塩コショウタイミングはつかみ難いらしく、毎回「どうなったら、塩コショウ?」と訊く。私は毎回同じ指示を出している。

「野菜がしんなりしてきたら。」
「ううむ…しんなり…」

イチャには「しんなり」という状態が目で確認し難いのだろう。私もそうだ。葉っぱの野菜が炒めて「しんなり」するのは、見ていて明らかに「しんなり」する。しかし、じゃがいもや人参や大根なんかを炒めた場合の「しんなり」は、いまひとつである。「しんなり」っちゃぁ「しんなり」だけど結構まだまだシャキっとしていそうな感じがいつまでもあるもんなのだ。私にも確固たる自信はない。
そこで、イチャの思う「しんなり」と私の思う「しんなり」にタイミングの相違があるかどうかを知るため、私はこう告げた。

「野菜が『しんなり』した、と思ったら呼んで。」
「わかった。」

台所にイチャをひとり残し、私は明後日に返却せねばならぬ図書館本の読破にとりかかった。ププ、と笑いもって読み進めていたのだが、一向にイチャからお声がかからない。私の感覚では「しんなり期を迎えた」時間経過があれど、やはりイチャは私を呼ばない。念のため「まだしんなりならへん??」とこちらから声をかけたが「うん、まだ。」とキッパリゆぅた。そんなに太い短冊に切ったんか?と思いつつ、私はイチャの一声を待った。待っている間に本に夢中になっちゃって、すっかり台所のイチャのことが抜けた頃、やっとこさ声がかかった。

「た…大変や、まぅ…野菜が…げんなりしてきた…」
「おい…おせぇよ…」
鍋の中を見やるとやや太めのじゃがいもが、かなり「げんなり」していた。
「はぁ…困ったねぇ…『しんなり』で呼んでほしかったんやけど…」
「いや…ぁ『しんなり』かなぁ?いや、まだもちょっと炒めたら『しんなり』かなぁ~?とかおもてたらや~…今、見たら、『げんなり』しとんねん。…どうする?」
「励ましといて。スターティングメンバーの座を今、逃したから。」

私は、違うメニューの調理を始めた。
イチャは、げんなりしたジャガイモを、牛肉とオイスターソースで励ました。
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by yoyo4697ru980gw | 2008-01-27 23:46 | +in much guy+ | Comments(0)  

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