退会出来ないシリーズ⑪

もはや私はこのサイトを退会する必要があるのだろうか、退会届を出し続けて季節が移ろうこと甚だしいが。地味に8ヶ月も続いている間にボンブーのハイシーズンがやってきて、すっかり退会届の理由を考えるのが疎かになってしまった。

子供がすでに大学生と高校生になっている我が家では、休日は各自が己の腹を満たして久しい。中学生になれば己の面倒は己でみんかい、というスタイルでソコソコ自立してきたがこの夏、小学生の甥と姪が宮崎から来ている間に私は50%小学生のママ気取りでオムライスを作ったり、卓上で回る流しそうめん竹取物語を発動させたりなんかした。
クックパッドへのサルレシピ投稿を始めたのも手伝ってキッチンに入り浸っておりすっかりブログ更新がママタレ化していたが、四十肩の軽症化に伴いうっすらと目も覚めて来たところである。

7月半ば、急に左手でハミガキが出来なくなるという四十肩に見舞われた。タイトランジェリーであるブラキャミが脱げなくなり、会社の電話機を取ろうとして肩が軋む。メールするのに親指を動かすと左肩がずんずん下がってしまいには痛い。持ったコップを傾けられない。
前から薄々そうだとは思ってきたが、私は右利きなのに日常生活の動作をなかなか左手に頼っていることが、左の四十肩を患ったことでひしひしと痛感出来た次第である。
日頃は無意識でそうしてきたが、こんなことまで左手でやっていたのだなァと実感する。

洗濯物を畳みまとめて渡そうとして渡せない、四十肩で。
「はい、カイ。アンタの洗濯物カゴに入れとき。あぅ…あぁ…カイ…取って…痛いイタい痛い…早く…まぅちん四十肩でこれ以上アがらん…はよ取って取って取って…」
渡そうとした洗濯物がどんどん床に近づくさまを見て、11歳の甥カイが腹を抱えて笑っていた。オマエ30年後を覚えとけよ、同じようにせせら笑ってやるからな。下腹が今以上にデブっと出てたら容赦なく笑ってやるからな。今は小学生の幼児体型なごりということで難を逃れているオマエのその腹も、中年の頃には醜態を晒している状況になるんだからな。ライザップの耳障りなBGMを入手してテーマソングとして流して笑ってやるからな。

1ヶ月後くらいに急に四十肩が治るという経験者データに基づき1ヶ月耐えてみたがその「急に」がまだやって来ない。しかし、症状は日に日に軽症化している。悪化の一途を辿ったのは2週間ほどだった。どんどん腕がアがるようになり、今ではたまに軋む程度。「急に」動かせなかった腕が動かせる、という劇的な治り方を想像していたのだが、私の四十肩は徐々に治った。四十肩だったかどうかが疑わしいが、治ったものは治ったのだから、これからの盆踊りは俄然はっちゃける。だから、退会のことなどしばらくはほっとくのである。woofoo.netが私の退会届をほっとくくらい、退会届の再々再々再々ささささささささささささ再送信を、ほっとく夏である、ワッショーイ!




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柑橘系を次から次にバクバクと食べているとみかんなら何でも好きなのだと勘違いされて、みかんゼリーやオレンジジュースまで回ってくるようになる。
私はみかんの味がする食べ物やみかんの香りのする飲み物が好きなわけじゃなくて、みかんそのものが好きなのだ。
生の、くだものの状態のみかんが好きなのだ。
皮を剥いて食べるみかんの身が好きなのであって、剥かれたみかんの身や潰されたみかんの身は嫌いなのだ。
しかしそんなことを理由に、私をみかん好きだと思っている人がくれたみかんゼリーやオレンジジュースを拒否することも大人げないと思うので、みかんゼリーを食べて、オレンジジュースを飲む。
生の、くだものの状態の柑橘系はなんでもおいしくいただけるのだけど、みかんゼリーやオレンジジュースはどちらかというとおいしくいただけないのである。
見た目には私は柑橘系大好き女で、みかんもみかんゼリーもオレンジジュースもバクバクとゴクゴクと食しているように見えているだろうが、私には密かに味の感じ方に違いがあることを、ここで密かに明かしておきたい。
明かしたところで、今後もみかん加工品が回ってくることは確かだが。


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生クリームが苦手だ。あんこも苦手である。だから『甘い物は苦手です』と言うことにしている私なのだが、ぜんざいが大好きだ。ぜんざいだけ、異常に好きである。
しかし表向き甘い物が苦手なことになっているので、ぜんざいだけが好きだと言えない。言ってもいいのだけど『何それ』と言われるのが怖くて『ぜんざいが食べれたら饅頭も食べれるだろう』と認定されるのが怖くて、言えない。ぜんざいが大好きなのにおしるこが大嫌いなのだということを理解してもらえるなんて到底思えないので、言えないのだ。
だからぜんざいが好きな事をひた隠しにしている。
初詣でぜんざいが売っていると必ず食べるけれども、周りを見渡し自分の視界内に友人・知人・顔見知りがいないかどうかを確認してから、人々に背を向けてこっそりと食べている。
甘い物が嫌いと言っておいてぜんざいを食べていた、とのウワサが広まらぬよう、私が嘘吐きにならぬよう、出先でぜんざいを食べる時は細心の注意を払わねばならない。
私にとってぜんざいは愛人だ。
世間様に知られてはならない。
好きなことがバレてはならない。
だってみんなに責められるから。
「甘い物は嫌いってゆぅたんちゃうんけ?ぜんざい食ぅとるやないかい!」と私は犯罪者扱いされたくないから、この愛人を隠すのである。



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メロンかと言われればメロンじゃないけれども、メロンと押し切られるとメロンよりおいしいような気もするメロン味の飲み物は、嘘くさいメロンの味がしているけれども、メロンよりもおいしい場合がある。

けれどもどうゆうわけだかメロン味の飲み物は姿を消す。
私が小学生の時に市場の中の自動販売機で売っていたカップタイプの飲み物に『メロンホワイト』なる飲み物があった。
ある日の早朝、父親の運転する軽トラに乗り、野菜の出荷について行った市場で、私をおとなしく待たせるための手段として父が強制的にこの『メロンホワイト』を手渡して来た。
私の希望など一切訊くこともせず、冬の早朝にアツアツの『メロンホワイト』を一方的に渡されすぐに父は市場の奥へと消えたので、私はこれが自分のための飲み物なのかそれとも「ちょっと持っといて」の飲み物なのかわからなかった。
とてつもなくあま~い匂いのするあったかい牛乳だと思ったのでしばらくは「持っといて」飲料として扱ったが、なかなか父が帰ってきやがらないので私はこのアツアツ甘牛乳をちょびっと飲んでみた。
とてつもなく、おいしかった。
すっかりメロンホワイトの虜になった私は、とうとう放課後にひとりで勝手に市場の敷地内に入って自動販売機に貢ぐようになった。当時60円だったメロンホワイトは小学生でも十分朝に晩に見境なく貢げたのである。自分の所持金が60円に満たない場合は自転車を10分走らせて祖母をたぶらかしたりもした、メロンホワイトのために。
ああ、それなのにそれなのに。
メロンホワイトはある日突然に市場の自動販売機から忽然と姿を消したのである。こんなに貢いだメロンホワイトが何の前触れもなく消えた現実を、小学生の私は受け入れられなかった。一時的な気の迷いで消えたものの何事もなかったかのように元のサヤに戻るはずだと根拠もなく確信しており、定期的に市場の自動販売機をチェックした。あまりにメロンホワイトがいつまでも戻らないので、登下校ルートを変更してまでチェックをする毎日を繰り返したが、ついぞメロンホワイトとの再会は成らなかった。

ああ、そしてそしてである。
39歳となった私は2015年5月、またもメロンミルクに逃げられた。
いつものようにいつもスーパーのいつもの飲料陳列棚に、メロンミルクを取りに行ったら忽然と姿を消していたのである。先週まであったのに、苺ミルクや珈琲ミルクの横のメロンミルクだけがない。
だか私はもう大人だ。通勤ルートを変えてまで毎日毎日メロンミルクの復活チェックなんてことはしないのだ。

「確認したいことがあるんですけどね?」
「はい、ありがとうございます。どういったことでしょうか」
フリーダイアルよろこぶミルク、森永乳業お客様相談室への電話である。社会組織というものの活用方法を知っている大人となった今、小学生の頃のような無駄足は踏まない。裏切りメロンの消息を知る手立てがあることを、大人の私は知っている。じっくり聞いてやるさ、ああ納得いくまで聞いてやる、フリーダイアルで通話料金もかからないからゆっくり聞いてやるさ、メロンよ、ん?
「あのね、贅沢倶楽部っていう飲み物あるでしょう?」
「はい、ございます」
「あれのね、メロンミルクって季節限定とかそんな一時的な商品ですかね?」
「はい、メロンミルクは出荷の期間が限定されている商品となります」
「いつまで?」
「毎年、出荷のタイミングは一緒ではないのですが、今年は2月下旬から4月20日までとなっておりました」
2014年は3月から6月まで、2013年は4月16日から7月まで。
旬もバシっと定められないカンジでズレこんで出荷されているメロンミルク。
「はぁ…そうですかぁ…終わったらもう店頭には並ばないのね?」
「はい…そうなります」
「一年中は置かないの?」
「はい。こちらの商品は今のところ定番商品にはなっておりません」
「定番にして欲しいですけども」
「はい。そのようなご希望の声があったことはしっかりと申し伝えます」
聞き飽きたわ、ご希望の声をしっかりと届けるというセリフ。
どの企業のお客様相談室も最後はそう結ぶわ。
でも私ひとりの声が届いたことは今まで一度たりともございませんのよ。
これまで20年間ばかし、たくさんの企業に小さなひとりの声を届けてまいりましたが、実現している声はひとつもございません。
大多数の声でなければ届かないことを大人の私はわかっているのです。
だから小声で言っておきますよ。
メロンはメロン味加工飲料のほうが、おいしいです。
一年中置いておくれでないですか。



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ドコドコで自転車乗ってる姿を見かけたと知人に言われ「あぁ、それ、道に迷ってた時やな」と答えたら「いやいやいや、アンタんちのめっちゃ近所やって!」と言われた。
どうしてだろう?自分の家のめっちゃ近所だと道に迷うことはないのだろうか。何十年とその家に住んでいるのならば、迷わないことと思う。けれども私は転居を繰り返し、今の家に住んでからはまだ6年しか経っていない。必要がなければ遠出もしないし、道を歩いている時は考え事をしていて、自転車に乗っている時は50%上の空である。それに加えて平和な住宅地である我が家の周りにはこの6年間で一歩も入ったことのない路地がうじゃうじゃある。
子供が突然出て来てこんな所に道があったのかと思うこともしばしばだ。だから私は自宅の目と鼻の先でも簡単に道に迷うことが出来る。
この能力を何かに活用出来ないかと常々考えながら歩いているので、全く目的地に着きゃしない。
「近所とか近所じゃないに関係なく迷うで」
迷っている本人が迷っていたとそう主張しても知人は信用せず、こう言った。
「そんなことないって!めっちゃスピード出てたって!急いでどっかに行ってたやろ?」
「いいえ。迷ってました。間違いなく、迷ってました。迷ってる迷ってないに関係なく、常に自転車はMAXのスピードを心がけて運転しておりますよ。だから運転中は電話出ぇへんやんか」
「え…じゃぁ…『運転中やから出られへんかってん』てアレ…運転中って自転車?」
「そうや?あのスピードで出れると思うか?」
「あれは出られへんな」
「そうゆうことや。」
「え?どうゆうこと?」
へ?
まだ続く?
この先?



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ブランコに酔う、車に酔う、電車に酔う。バスにもタクシーにも絶叫マシンにも酔う。調子が悪いと自分が運転する自転車に酔う。乗り物という乗り物すべてに酔うそんな私には、尊敬してやまない市井の臣がいる。それが、動いている乗り物の中で読書をする人々である。
なんて効率的な移動時間を満喫できる人であることかと羨望の眼差しで見ている、とくに電車の中で。乗り物酔いが比較的軽い電車でなら、頑張れば私にも読書が出来るのではないかと何度かトライしてみたが、10分の読書で下車後3時間くらい生きた心地はしない。
目的地に行くまでの30分間で本が読めたなら私は相当賢くなるのに、それがかなわず残念である。



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彼氏をとっかえひっかえする女が唐突に「男の兄弟いる?」と聞いてきた。兄も弟もいるので「いる」と答えると「似てる?」とさらに聞いてきた。それで私は自分の顔が男顔であることを悟ったのである。17歳で知るにはショッキングな事実であった。
以来、顔に見合う漢気を備え付け決して女々しいことは言わず男っぷりを上げてきた。「超かわいい~」などと連呼することはもちろん無く、パンケーキの店には並ばない人生を歩み、40歳となったいま、居酒屋のおしぼりではご期待通り顔を拭いている。


私という人間の一部分をご理解いただけましたら幸いです。





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by yoyo4697ru980gw | 2015-08-17 15:15 | +in the sky?+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA