サヨ茶まぅ梅カンタロー

私の祖母ということは、ヒー坊の曾祖母。
骨折で入院をしたのをきっかけに痴呆がすすんでしまい、もうおサヨさんには私が孫という認識もないみたい。

そんなおサヨさんはずっと農家で、なんせ土いぢりが大好きだったので、本格的にボケるまでは精力的に畑仕事をしていた。
ししとうが作れなくなり、米が作れなくなり、サンズが作れなくなり、だんだんとおサヨ農園は縮小され、最終的には趣味で作る野菜を育てる畑がふたつ。それも手入れが行き届かなくなってからは唯一のサヨ茶だけがおサヨ印の農作物となった。
新茶の季節になると親戚一同に配るサヨ茶。
それを単なる『今年摘んだウチの新茶』と渡すよりも『サヨ茶です』というオリジナルブランドにすると皆が喜ぶと言って伯母さんが、茶葉を摘む意味のわかっていないおサヨさんの手を取って茶葉を摘ませ、カゴに入れてまた摘ませ、を繰り返す。
その遠隔操作は年追う毎におサヨさん側の性能が衰え、ついにはたった一枚の茶葉をカゴに入れさせ、それで『サヨ茶です』と詐欺まがいのことを何年か続けたそうである。日本製の衣料品が本当はおおかた中国縫製なんだけどタグだけ日本で縫い付けられているみたいな解釈でいいと思う。
もぅおサヨさんも入院してトシがトシなだけに、なかなか骨がくっつかないみたい。「サヨ茶はもう終わりやねぇ…」と伯母さんが言ってたので、とうとう創意工夫のサヨ茶も内部告発のタイミングだと思う。
親戚の皆さん、3年くらい前のサヨ茶から茶葉の95%以上を実はヒトミが摘んでます。

14歳の時に植えた梅の木はすっかり大きくなっていた。

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私はいわゆる二十歳の成人式というものをやっていない。
14歳で立志を立てる元服の儀が『中学校の伝統行事』として行われたので、同じ中学校出身者は代々、中学2年生で早くも成人する。
その立志式という行事では、ひとりひとりに梅の苗が渡される。
26年前に庭にその苗木を植えたわけであるが、当時の家はとっくになくなっており私が18歳で兵庫県へ出てから敷地の一部を売ったらしいけど、今でも梅の木は当時の庭だった場所にあってずっと撤去はされなかったようである。毎年、ヨソ様の土地で私の梅の実がちゃっかり成る。
この梅は『まぅ梅』として梅酒になったり醤油漬けになったりなんかして、またまた親戚一同に配っているのだろうけど、これは私がこれっぽっちの収穫をしなくても「まぅの立志式の記念樹」という触れ込みなので支障はない。

歳月はいろいろなことを変化させるもので、住んでいた家や昔見ていた景色がなくなり、見慣れているはずの故郷の雰囲気も随分と変わった。中でも心を打たれたのは人間の変化で、今回、私が帰郷するということで平日でしかも何かと忙しい春のこの時季にも関わらず7名の中学同窓生がプチ同窓会をしようと集まってくれた。

私は小学校を4校変わっている転校生だったんだけど、どの学校でもボスがいて舎弟がいてターゲットがいる、という『いじめの構図』は変わらなかった。程度の差はあれどの学校にもいじめはあったのである。
小学校3~4年、そして中学の3年間を過ごしたこの地域でのいじめ。
とくに小学校でのいじめは小学生とは思えないレベルであったが、ボスの独裁威力が強すぎて誰一人正せないという最悪の状況だった。
私は転校生だったので最初はその独裁政権に気付かなかったが、ターゲットにされている女子に近づいた時、彼女に小声でこう言われたのである。「私に話し掛けないほうがいいよ」何かがおかしいと気付くきっかけの言葉であった。小学3年生わずか9歳の少女がこの言葉を吐くのである。少女にそう言わせるほど、いじめの状況は過酷なものだったのだ。
クラス全員が自分を無視し、ボスの命令通りに動く。ターゲットにされれば孤立する。それが繰り返されて来た3年間だったのだろうと思う。ボスによる徹底的ないじめを目の当たりにしてきているので、逆らえないほどの恐怖心は十分に植えつけられたことだろう。

転校生という理由のみで目立った私はすぐにボスに目をつけられた。ウチに遊びにおいでと誘われて行くと、私が話し掛けようとした女子を無視するようにとの命が下ったのである。

私にとって幸いだったことは、私がバカだったということだと思う。命令の意味を理解しなかったこと、命令を聞かないことで自分に降りかかる災難が計算出来なかったこと、直感で行動するバカだったということが、この時の私の行動を決めた。私はボスの命令を無視し、自分の意志で話したい人と話した。命令を聞かないことがボスの逆鱗に触れ、すぐに全員から無視される結果となったが、意外にそれを辛いとは感じてなかったのだと思う。辛かったら学校に行っていないだろうから。自分の意に反したことをやっていたほうが、きっと辛かったに違いない。その事を、ナガちゃんの中に見た。

今回のプチ同窓会に久々に顔を出したナガちゃんが「あの時は本当に悪かった」と私にお供え物でもくれるんじゃないかというほど拝み倒して謝るのである。ナガちゃんさぁ…ずっと心を痛めてきたんだなぁと思ってね。彼は忘れてると思うけど中学で私が地元に戻って来た時、入学式で私に気付いたナガちゃんは「あの時は本当にごめん」と言って同じようにお供え物でもするんかというほど拝んできたんだよね。それからナガちゃんは在学中、私と目が合うと『とりあえず拝む』という行動を取っていた。中学生になり、悔いる気持ちのほうが勝ったナガちゃんは、かつてターゲットであった私にとにかく手を合わせまくっていた。わしゃ地蔵か。

ボスの命令を聞くしか選択のしようがなかったコたちを、こんなにも苦しめてきてたなんて、と思う。私も同罪だったのかもしんないなぁ…学級議題にしていじめの問題をあぶり出し二大ボスを叩いて私は転校した。転校後のことはあとで聞いたけど、ボスは手のつけられない状態になってとうとう教頭から指導されるまでにエスカレートしたそうである。

私が無視されるだけで終わっていたらここまでの罪悪感をナガちゃんに残さずに済んだのかもしれない。正そうとしたばっかりに、私の問題までもナガちゃんに背負わせたような気がする。私がターゲットになったのは、私が目を付けられたことが原因で、目を付けられるような性格をしていた私が悪いんであって、その根本のところではナガちゃんは何も悪くはない。ボスと私が合わないことは、ナガちゃんには何の関係もないことなのに。

中学で女子をいじめていたヤスくんも、社会人になって「なんてことをしていたんだ」と気付き、これは謝らなければならないと直接謝ったら「そんなこといいよ」と言ってもらえて救われたと言っていた。とっても明るい女性になっていることが本当に本当によかったと、自分たちのせいでイヤな思いをさせ暗い人生を送っているのではないかと気に病んでいたのだけど、同級生の母堂の葬儀の場でステキな女性になっていた彼女を見て、そんな彼女に許してもらえて、心からよかったと思えたそうである。

私も含め皆、未熟だったのだと思う。
他人を思いやるより先に自分自身のことが可愛かったということ。それに思春期独特の生意気さがプラスされて、残酷なことを平気でやれた。そのことに気付けないのが若さであり、その若さを後悔するのに数年かかって、謝るのにまた数年かかる。そして互いに許せる年齢になって、互いに癒えてゆくのが今ということなんだと思う。
こんな遅々としたステップアップでも、せめて確実にそれをやれる人間でありたい。間違いに気付ける人間で、後悔出来る人間で、謝れる人間で、許せる人間で在りたい。そう思わせてくれる仲間が居てくれることってありがたいことだなぁと思う。そしてかつていじめていたコもいじめられていたコも、同じ時間を共有した仲間としては貴重な存在だなぁとも思う。確かに私たちは負わなくていい傷を負ったと思うし、学ぶのに時間をかけすぎたとも思う。でも、この経験なくしてこの成長があったかなぁとも思うのだ。
過去のどんな経験もが今の自分をつくってきたのだと思うと、どんな過去も最終的にはプラス材料のひとつであるよう、それが私の未来で決まるような自分になっていたいと思う。ダメになるような自分には決してならないようにね。

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何がスゴいってフルネームを聞いてもわかんないのに、アダ名を聞くと急にピンと来るってコトね。アダ名の威力ってスゴいのね。




住めば都とは言うけれど、私は自分が住んでいた時に山の中を散歩していて『山深い』と思ったことはなかった。都だと思ったこともなかったけど、特別に山深いと感じてもいなかった。

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しかし、帰郷する度に山深いと感じるようになった。

実際、相当に山深い。

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これを山深いと思ってなかったとはどうかしてんじゃないかと思うけど、夜中にこの明かりも何もない山の中を歩いてたりしたんだから、本気でどうかしてたと思う。

関西生まれ関西育ちのヒー坊が「荒れ果ててんなぁ…」と言ったけど、逆だからね、私が学生の時にはもっと森だった。まだアスファルトでもなかったしね。

「うわぁ~!!まぅ!!ヘビおる!」
「ヘビ?そんなに春かなぁ?早くない?」
「短いヘビ。ほら。」
「あぁ。それカンタロー」
「カンタロー?」
「短いヘビじゃなくて、長いミミズやな」
「ミミズ?!デカっ」

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「…スゴいなぁ…」
「ホンマやなぁ…ゴルフボールを直角に避けるねんなぁ…」
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「ちゃうちゃうちゃう…デカくてスゴいなぁ、や。何やったっけ?モモタロウ?」
「ちゃうちゃうちゃう…鬼退治せぇへんで、カンタローや」






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by yoyo4697ru980gw | 2015-03-30 08:33 | +朝臣寺+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA