乱読

ノンフィクション4冊を同時に読んでいると、すごく疲れる。
そんな読み方しなきゃイイんだけど、最近の読書はずっとこんなカンジ。
一冊を半分まで読んだら、あっち一冊の2ページだけ読んで、次はこっち一冊を後ろから20ページ目あたりを読んで、最後の一冊はなんとなくあとがきだけ読む、ていう乱読も乱読。なんかこう…集中力が続かないのねきっとね。

その4冊の中のひとり、宮本輝。
伊丹市の北のはずれに住んでいる作家。
田辺聖子と並ぶ伊丹の郷土作家なので思い出したように読んでみるけど、このひとのエッセイがまァとんでもなく暗い。内容は面白いのに私には暗く重く読めてしまう。読むなら宮本輝→田辺聖子の順番にしないと、何かの手違いで逆の順番にした日にゃぁ、私には明日などやって来ないような気になってしまう。何なのだろう…おもしろい内容であってもどことなく重い。文章の端々が暗い。根底の何かが暗い。私は終始フザけているような人間なのでこのあまりの暗さにこれまで最後まで読み切ったことがなかったが、今回の本は正解、おもしろくて。
いぃや暗いは暗い、相変わらず暗いのだけど、これまで暗くてとても読み切れなかったというベースと私の闘病と無駄買いしたチェストがなかったら『宮本輝を最後まで読む』という体験はしなかったように思う。やっぱ途中で挫折していたと思うな、重くて。

その本の中で、タイをひとりで旅行した時になんだかいやに気に入り重い壺を買ってしまい、汗みずくになって旅を続け苦労して壺を持ち帰った寿司屋の店主のエピソードが出て来る。寿司屋に訪れた美術品や骨董品を扱う人たちが店主をひやかすに、「あれは小便の壺だよ」ヘトヘトになって持って帰って来たなんてご苦労様としか言いようがないな。
この会話を聞いた宮本輝は「しかし気に入ったのなら、それはその人にとって、かけがえのない壺であり皿であるのだ。」と書いている。
氏自身、百万円もする薄茶茶碗を気に入らないまま仕事机の上に置いていたら、ある日それを灰皿と思い込みタバコの吸い殻を何本も入れすっかり灰皿にしてしまった。すると茶碗だったらあんなに気に入らなかったのに灰皿にした途端「いい灰皿だなぁ」と思うようになったという。灰皿として気に入ったのだから氏にとっては百万円の灰皿なのである。

この説に私はいたく感じ入った。
気に入ったらそれはその人にとって価値のある物。

我が家には、10年以上前に行った旅行先でわざわざ買った、何の価値もないチェストがある。おそらく大量生産品で、買った時の状態も悪く、はずれてしまう取っ手を私は木工用ボンドで修繕した。
そんな代物だったので、私が買うと言うと夫のむーは「あんなん何の価値もないで?」と反対した。
旅行中に観光スポットに歩いて行くため駐車場に車を停めて、そこから徒歩で向かっている途中、骨董屋ともリサイクルショップともつかない怪しげな店先を通り過ぎた時、私の目にそのチェストが入りなかなか良いサイズだな、と思った。その一瞥を見逃さなかった店の親父は、私の足を止めるべくこう言った。
「1500円でいいよ」
まんまと私は足を止め、そのチェストのやらためったらある抽斗を次々と引き出して状態の確認をした。
「1000円なら買う」
「しゃ~ないなァじゃぁ1000円にしとこ」
「1000円ね。帰りに寄るわ」
即決だった。
徒歩で観光スポットに向かいながら「ところでアレ車に積める?」とむーに確認すると「積めるんは積めるけどやなぁ…あんなん要るか?1000円の価値もあらへんで?」しかし私は買うと決めていた。ピンと来たものはピンと来たのである。コレを世の中は衝動買いと言う。

その無駄な衝動で買ったチェストがコレである。
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あまりに抽斗が多いのでドコにナニが入っているかが書いてある。
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泥棒に優しい迷わない抽斗だが、残念ながら盗られて困る物は入っていない。

引っ越した先の居間のテレビと、私の番台の間にちょうど収まる無駄チェスト。
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実に良いチェストである。
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by yoyo4697ru980gw | 2014-08-15 15:28 | +ミルニング+ | Comments(0)  

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