笑道入門サル治療:楽しく一日を終える

「夜分遅くにごめんやで~あんたぁ~今日、大阪の踊りに行ったらフクさんにおーて、あんたの事聞いたんや~。元気やとばっかり思ってたからまさか悪くなってるとはおもてへんかったわ、そんで大丈夫なんかいな?」
「だはは~そ~やねん、実は入院しとって~ん」

私に盆踊りの『アソビ』の部分を教えてくれたお瀧さん。
ともに『闘病します』宣言をした闘病仲間。
互いに病名や病状は詳しく言わず、ただ『病気に負けずに闘病します根性で!』と告げ合い負けずに闘病し、励まし合う仲間。
櫓で会ったらハグして互いの健康を確認する仲間。

私が元気な時に先に闘病宣言をしたお瀧さんは、たぶんだけど悪性リンパ腫なのかもしれない。治療期間を「クール」と言うのは放射線治療や抗がん剤治療のことだろうし、一定期間のことだから痛み止めを使わずに我慢している、と言う痛みも副作用の関節の痛みのことだと思う。発熱や倦怠感もきっとあるだろう。食欲が減退していても無理をしてでも噛む食事をする、というのがお瀧さんの闘病のいの一番で、そうしないと病気に打ち勝つカラダが作れないと言っていた。
私が闘病宣言書簡をお瀧さんに宛てた時には真っ先に電話をくれて、自分の食べられるものを食べられるだけ食べよ、と説いた。他の人が「そんなもの食べなくても」と思うような物でも周りの言うことなど気にせずに食べるんやで、クチから食べ物を食べなアカンねん、物は何でもええ、とにかく噛む食事をせなアカンよ。
そのアドバイスはお瀧さん本人の体験から出た身に沁みるもので、点滴でやっとカラダを維持し続けていた当時の私を勇気付けた。

無理をしても食べろ。
吐きながらでも食べろ。

吐きながら食べた結果、私は点滴がいらないまでに回復した。
吐きながら無理をして食べることは苦しくもあったけど、続けていたらある日突然、ほんとに急に、苦しくないスイッチみたいなものが入り胃が食事を欲し始め、お瀧さんの言ってた噛む食事ってコレかぁ~と納得したのだった。経験者は語る、である。

そのお瀧さんが、私の病状を心配して今回はこう語る。
盆踊りを楽しむ夏の時季は検査の数値が少し良く、調子も良好。
それが楽しく一日を過ごした自分自身の結果だと。

私も、そう思う。
好きな事を楽しむから、気力が出せる。
イヤな気分で過ごしてばかりいたら、やる気が出ないもの。

闘病というのは「あぁ薬ヤだ」「うぅ吐き気ヤだ」「めまいツライ」「頭痛キツい」などなど、ヤな気分になる事が多い。本人はクチに出せば気が楽になるような気がして「うぉーーーーめまいがするーーーーー」と言うんだけど、聞いている周りは嫌気がさす。家中の雰囲気が闘病モードになるともぅ辛気臭くて目も当てらんない。

「踊られへんかっても行くだけ行って、知った人におーて話してーってしてたら、元気になるで。行けばやっぱり踊りたい気持ちになるねん。歩かれへん足やのに、踊りはできる不思議とな。長くは踊れへんけど、それでも楽しさは変わらへんよ。だから行くだけでも行きよ。それが一番やで」

うん、行く。仲間がいるから元気なフリをしに。
ひと夏のボンブーで私は一年間のツラさをチャラにしてみせる。
そうやって毎年一年間分チャラにしてやな、闘病中ずっと楽しく一日を終えようと思う。ボンブー仲間もそう、闘病仲間もそう。ありがたいなぁ、とつくづく思う。同じ環境を共に耐えたり、同じ趣味を共に楽しんだり、みんなそうやってるんだよなぁ~って思えることは、気合を入れ直すきっかけになる。よしっ!

私の麻薬断ちペインクリニックも最終段階へと突入し、麻薬を完全に断つのは私の決心次第になっている。もう医療用麻薬は処方されておらず、現在手持ちの麻薬がなくなったらそれで麻薬とおさらばするが、しっかしこの「決心」てのがなかなかである。
これまでも自分の努力で麻薬の量を減らしてきたが、毎日服用している麻薬を週2回にしようと自ら決めてそれを実行し挫折をみなかった私は意志の強さには定評のある患者なので、もういつでもやめられると踏んでペイン先生が追加の処方を打ち切った。
私も頭ではわかっている。麻薬なんか私の痛みに効いていない。
ペイン先生から「麻薬を調子の良い時に一日やめてごらん」と言われた時、すかさず「え~~~~~~?!」と反抗した。それほど麻薬が、私の『痛い時のお守り』として心を支配しているのである。それが、中毒なのだ。そこが中毒の怖いところで、頭ではわかっているから自分が薬物に侵されているなどと本気では思っていない。私も思っていなかった、ついこないだまで。週2回の服用に麻薬の量を減らすまで、頭がハッキリしていると思っていた。が、実際は頭のハッキリさが違うのだ。午前中の眠気や吐き気も全然違うし、下剤なし便通のある通常の身体がたった25gの麻薬を断ったおかげで戻るのだということを実感してからというもの、いま思えば以前の私は『麻薬中毒の一歩手前』なんかじゃない完全に『中毒者』じゃないか、と思えてならない。
そして私は今、とても危険な位置にいると思う。
麻薬の量を着々と順調に減らして来れたが、私はいつだって「ここで後戻りするなんて絶対にイヤだ」と思いながら痛みに耐えている。月曜と木曜の週2回と曜日を設定していて水曜日にとんでもなく痛み麻薬を飲んでしまった時の、金曜日の朝の不安といったらない。朝っぱらから「痛くない痛くない」と暗示をかけ歩く時には摺り足なるべくじっとして重い荷物は持たない、といった用心深さである。足を踏み鳴らして歩こうが動き回ろうが重い荷物を持とうが、それで私の脾臓が痛むというわけではない。もはや私の痛みは脾臓かどうかも怪しいのだ。

こんな原因不明の痛みに怯えて麻薬にすがるようなことは絶対にすまい。
私は麻薬と手を切るんだ、不安だからってまた麻薬に漬かるなんてヤだ。

麻薬断ちを順調に進めた全員が、もしかすると同じように思い、同じように不安に耐えたのかもしれない。
そして麻薬を完全に断った患者はやめてよかったと痛感する。
残念ながら不安のほうが勝って処方されている麻薬にすがってしまった患者は、またこの位置から少しずつ少しずつ、麻薬断ちに向かって歩をすすめる。

週2回から、いきなり麻薬を完全に断つという決断は、実際に麻薬断ちを計画的にやって来た者にとってはかなりの決断である。
だって『やっぱり痛いから麻薬を飲もう』と1回でも思った時点で、アウトだから。麻薬を飲んでしまったらそれが失敗なのである。
週2回服用をひたすら続けて、ただただ自分の決心を固めるしかない。
「あと10包しかない」と思いながら、不安な中で決心をする。ペイン先生は、週1回にするのではなく「飲まない」にすることが出来ると言い切ったが、私は週1回にするだろうという自信がある。週1回の麻薬にすがりながら「やめられる」と自分に言い聞かせるのだ。本来の自分に戻る事は身体が証明している、頭でそれも理解している、あとは心を離すだけ。だけ…だけ…だけ…。

麻薬カウントダウンは既に始まっているが、週2回服用からなかなか心を切り離せない。
d0137326_11471523.jpg

パッと見で病人然としていない私はボンブー仲間から「もう『ボンブー療法』の専門病院でもつくれば?」と太鼓判を押されるほど元気ハツラツだが、実は麻薬を服用してでもボンブー療法へと出掛ける大バカ者なんである。
[PR]
by yoyo4697ru980gw | 2014-07-26 12:02 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA