笑道入門:誠意

「オマエやぁ…入院して、もし、なんも治らんとそのままやったらやぁ、一生その痛いのが続くくらいならもう取るやろ?」
「そこやがな。」
私たち夫婦には、もはやイヤな予感しかしていない。
病状の悪化とちっとも回復しない痛み。
どんな鎮痛剤を使ってもいまいち効いていない現状。
“ちょっとは効く”だろうと期待してステロイド治療をするために入院するが、入院後に何も良くなっていない、という結果が言い渡されんとも限らないのだ。
そして残念ながら、そう言い渡されそうな気が、とてもする。
「7割が2年以内に自然に治っている、ていう最新のデータやろ?古いデータでも5年以内だったわけで、少数のひとが10年患ってます、や。と、なると5年間が痛みをどうにか鎮痛しまくって耐えて自然に治ることに賭けて内臓持っといてもええ期間やと思う。5年間、何も良くならんのやったら、その時に取っても…」
「いや、わかんで?そらわかるけどもやなぁ…」
「そやねんそやねん、わからんでもない、てコトやねんけどなぁ。痛いねんな~」
「痛いやろなぁ」
「2年はどうにか頑張れると思う…でも5年は正直キツいわ。今のこの痛みで5年はムリやけども、痛みがマシになってる期間がやって来て、また悪くなって、の5年なら頑張れんこともないかな、とは思う」
「痛みがマシになるかどうかなんてわからんやろ?」
「そこやがな。」
そこなのよねーそなのよねー。

麻薬がな~~~~にも効かないので、また救急外来に注射に行くのも明日・明後日のコトだろう。だから特定疾患の医療補助を受けられるようにA病院を追加する手続きを取るのに、D病院からの書類を書いてもらった。D病院のような大規模な病院は、主治医にペペペ~と2,3行の文面を書いてもらうだけのことでも2~3週間もかかってしまう。そこで、私は密売先生にその書類をたった今ここで書いて欲しいと提出した。ところが、密売先生は主治医ではなくて、疼痛コントロールの鎮痛薬を処方するためだけの医師だから、書くことが出来ないと言う。
しかし私も引き下がらない。主治医であるK先生はとても事務的で人情味がなく、冷たくて大っ嫌いなの、絶対に書いてくれないに決まってる。私が痛いっつってんのに、入院を一向に早めてもくれないし。
「文書の手続き取ってそれを出来上がるのなんかとても待ってられへんねん、それでは間に合わへんわ。この状態やったら近いうちにまた注射になっちゃうからさ…」と私は密売先生に懇願した。
「ん~…」
「入院の連絡だって、まったく来ないし」
密売先生は院内PHSで入院担当の先生に電話をして、どうなっているのかと強い口調で問い詰めた。
「K先生の対応には全く誠意が感じられませんね。もう一度、直接、入院の事を頼みたいから、K先生の番号を教えてください」
といって、電話に出ないK先生にしつこくしつこくコールする。
私は、密売先生は間違いなく信頼出来る先生だと思った。
最初から信頼出来る先生だと思ったけど、さらにそれが確たるものになった。
「ウチでダメなら、K先生の顔の利く病院でサルコイドーシスを専門にしている先生の病院に入院出来るように先生から頼んでください」とまで要求した密売先生。
いや…お気持ちはうれしいですがね、私はD病院でないと特定疾患の補助が受けられないんですが。

密売先生は、A病院追加の書類も主治医じゃないのにすぐに書いてくれた。
「クギを刺しておいたから、これで入院もちゃんと早めてくれると思う。それまでの痛みをどうするかだなぁ…」
「先生、ありがとう。先生て、めっちゃいいひとホンマにいいひと。私、先生が主治医がいいな」
「ありがとうなぁ…でもなぁすまないが、僕はサルコイドーシスの専門じゃないんだよ。素人が知らないのに知ったふりして何かしてヘンなことになってはいかんからな、専門の先生が主治医にならないとな」
「先生が主治医だったらよかったのに」
「ごめんなぁ。僕は生きる病気は専門ではないんだよ」
そう。密売先生は死ぬ病気の専門。ガンの先生。
密売先生の患者は、死んでしまうのだ。
どうして生きる病気の私が密売先生に会っているかと言うと、ガン患者と同じ痛みを味わっているからである。
痛みを鎮痛するのにガン患者と同じ薬を処方するため、ガン患者に薬を処方している密売先生が私の処方箋を書いている。

患者の最期を診る先生だからだろうか、密売先生には人情味があり、何より患者の気持ちを理解し尊重してくれる。私はかかりつけの人情クリニックの院長と同じくらい、密売先生が好きだ。人情味に溢れていて、あったかい。会う時にいつもいつも病んでてごめんね、と思う。病院の先生やねんから、それで正解やねんけどね。

薬も効かず痛みを我慢しながら、明日をも知れぬ病状だから今日中に特定疾患病院追加の手続きをしておこうとA病院へ行ったら、密売先生が書いてくれた申請書は突き返されてしまった。
D病院から紹介状を書いてもらえ、という指示である。
紹介状は主治医が3週間もかけて書く文書なのだ。
私はその3週間の間に何回倒れるか知れず、経済的にとても不安だ。
普通に夜間診療をしたら3000円、救急車で運ばれれば7000円ほどかかる。
もしかすると数日後かもしれない入院までの激痛時にちょいと注射をしてもらうために、3週間かけて紹介状を書いてもらえ、と?
何のための申請、何のための追加、何のための救急医療。
「あのね、日曜日もここへ来て注射してもらってるし、その前にも何度も救急車で運ばれて同じ注射をしてるんです。今後も、痛くなった時にやってもらうことは一緒なの。同じ注射を打ってもらうんです。やること一緒やのに、紹介状がなきゃいけませんか?」
私は今も激痛を耐えていて差し迫っての痛みの処置が明日いるかもしれないのに、そんな悠長なことはしていられないので、看護士にそう訴えた。
それを看護士が医師に伝えると、私の元へ医師がやって来て直々にこう言った。

「紹介状を書いて欲しいと頼めば主治医はちゃんと書いてくれますから、もらってきてください。申請書の書類は書きますよ、同じ事をやる、というのもわかります。でもね、アナタが使っている薬というのはね、劇薬なんですよ。それを若い医者がカルテだけ見て使ったら大変なことになるのは、わかるでしょ?常識的に考えてね、医者どうしの間で、アナタがどうゆう経過を辿ってどうゆう状態でどんな薬を使ってどんな治療をしているか、ちゃんと情報を交わさないと。それを知っておかないと適切な対応は出来ません。それがわかったらしっかりと責任を持って対応しますから、ね?わかるでしょ?」

わかるよ、正論だし、先生は間違ってないよ。
でも先生ね、目の前の私という患者はね、その劇薬を打たなきゃなんないほど麻薬なんかの強い鎮痛剤がどれも効かなくて、すんごく痛いの。
その劇薬を打つほど内臓が痛いって、どれくらいの痛みか、先生ならわかるんでしょ?だから働ける身体じゃなくなって、職も失っている。収入がないのに、救急医療は7000円もするのよ。
今、先生が追加書類にしかるべき記入をしてくれたら、今日をもってその7000円は2750円のみの負担になるのよ。
私は安心してソセゴンを打って意識を失える。
もし、先生が書いてくれないのなら、私は7000円を払うこと前提で救急車を呼ばなくてはならないの。この精神的にも経済的にも負担な状況に加えて痛み、その辛さがわかるという医者ならきっと追加の書類にサインしてくれる。
それが『患者に寄り添う』ということではないの?
患者の病変だけを診るの?患者そのものが病んでいる気持ちは、みてはくれないの?私が救急車で到着したら、先生は書類にサインをしていないのに、きっとソセゴンを打つんだよ。そして私に、意識のあるうちに会計してね、て言うの。
コレが先生が私に突きつけた現実だよ。

私が主張していることは、そんなに悪いことなのか。
今サインをしても、私のD病院での診療内容は後でいくらでも知れるじゃない。
インターネットが普及したこの時代にやで?私の脾臓のCT画像も各種検査データも、んなもん、メールに添付で1分もありゃD病院から送れるやん。
それを、麻薬飲み飲み40分も待たされて目の前におる患者にやな、D病院に戻って紹介状を書いてもらえ、と真面目にゆぅてんのか。
デジタルなこのご時世に何アナログな要求してんねん。

誠意というものは、ほんの一握りの人間が持ち合わせている特別な心である。
その心を持つひとにふたりも出逢ったのだから、ラッキーだと思うことにしよう。
密売先生はいつも最後に「決して死ぬ病気じゃない、とそれだけは言えることだから、頑張ろうな」と言って握手をしてくれる。その手はあったかい。
その手が私に差し伸べられていることに感謝して、私は恵まれていると思うことにしよう。
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by yoyo4697ru980gw | 2014-04-19 10:59 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)  

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