笑道入門プロローグ:検査入院の陰謀説

検査入院一泊二日。
これまでの私の入院歴は出産時の2度のみだが、とうとう日帰りでは無理な検査入院。私史上かなりの重病度。
私から健康を取ったら盆踊りしか残らない。
いやボランティアも残るか。
家のローンと月々のカードの請求金額も残るよね。
…そこそこ残るな…うち半分はろくでもないが。

肺とリンパの病巣から組織を採取してくる内視鏡検査。
喉から霧吹き状の麻酔を吸い込む以外に頑張ることはなく、内視鏡を飲んでいる間は身を任せれば結構、と言われる。
局部麻酔なので意識はある、と。

しかし、実際には「今から眠るくなるお薬を入れますね~」までしか記憶がない。
確かに内視鏡は飲んだ。それは覚えている、痛いというか違和感が喉にあるのを感じたから。でも正直ゆぅてそこまでだったと思う。
目にマスクのような不織布をつけられ、何をされているのかはサッパリ。
マウスピースをくわえて、そしてじきに記憶は飛んだ…これは何かの陰謀かっ?!
私がうっすらと次に記憶があったのは、横たわったままでベッドごと病室に向かっている最中だった。目を開けよう、目を開けよう、とするのに眠ってしまう…。
そうだ…これは何かの陰謀だ!
私の細胞を誰かが持ち逃げしようとしているのだ!
奪われた私の病巣の一部は培養され、何かの研究材料にされてしまうのである。
あぁ私が難病に罹ったばっかりに、細胞がよからぬことに使われてしまう!

それで、私に記憶があってはマズいというわけか。
アリバイ工作のために呼びかけたら答えられるくらいの状態にあえてしておくのだな?黒幕はいったい誰なんだ?大学病院もヤツらとグルか?
ナースが定期的に私に呼びかけることにより、ずっとナースがいたかのような錯覚に陥るのだ、私は。
ナースは名前を呼んで私を若干、起こす。
ようやっと目を開けるもののすぐに閉じてしまうのをいいことに、それを利用するのである。なんてヤツなんだ黒ナース!
黒い革ジャンに黒い帽子、もちろんタイトなパンツも黒そして靴も黒に決まってる。黒い皮のキツキツの手袋をギュギュギュギューとはめて、大切な私の細胞は闇ルートの最初の一歩を踏み出すのである、黒ナースの手によって。

翌朝、黒ナースは白いナース服に身を包み何食わぬ顔で私のバイタルチェックに来るに違いない。
しかし白いナース服に羽織った紺色のカーディガンに、微かな牛革独特の匂いが付着してしまっている。そのことに、黒ナースは気付かない。
キツキツの牛革の手袋なんか無理にはめるからやないか。サスペンスのセオリーを踏んだことが仇となったな黒ナースめ。

あぁそう言えば検査の前にやったあの数々の不審な行動。
私の点滴に細かく刻まれた線は何かの合図だったのだ!
d0137326_1811242.jpg

血の塊が出来ていないかのどーちゃらのなんちゃら、ゆぅてチェックした時の、ナースが私の太もも・ひざ・すね、に残した油性マジックの点。
やわらかい針だから絶対に漏れることはないといったくせに厳重に固定したのもアヤシイではないか。
…どうしよう…宇宙人に誘拐されたら。

薄味と相場が決まっている病院食の味がそれほど薄くなかったというのも、いま思えばアヤシイ。
d0137326_18112854.jpg

セロリの炒め物なんてむしろおいしかったからな。
今度からえびとセロリは炒めるぞ、と意識改革しちゃったよ。

天井にU字レールがあるなんておかしいと思ってたんだ…そうだよな…そうさ…
d0137326_1811386.jpg

たぶん点滴をぶら下げておく金具だと思うんだけど、そうゆうのがついていてね、ユニバーサルデザインだよね、コレ。
左腕でも右腕ても点滴イけるよ。…アヤシイ。

リクライニングベッドってスゴいよね、便利。
d0137326_18114174.jpg

このカインドっていうボタンを押すと、本当に親切な体勢にベッドが曲がってくれるんだよね。…アヤシイ。

22時消灯では早過ぎると思っていた私の、4人部屋の先客3名様がご老人。
うち2名は20時から眠っている。…アヤシイ。

物音を立てないように注意しておやつを食べながら、書く。
本を、読むのではなく、書く。
d0137326_1813525.jpg

この、パリを舞台に淡い恋物語が展開するような表紙のナチュラルで古い洋書のようなマイブックは中国製。私が勝手に企画して発行しているフリーペーパーの見本誌を、手書きで作っている。
d0137326_18113587.jpg

この世にひとつしかない、というよりひとつしかやりたくない手書きの見本誌なので、そのうち間違って価値が出るのではないかと思うが、なんしかこの本が出来上がるのがいつになるやらわからないという代物。
この世の中に無駄ということはないし、100%ということもそうはないが、奇跡的にこの見本誌は100%無駄で出来ている。

病室で見本誌を書きながらおにぎりせんべいを音をさせずに食べるのは不可能だったので、休憩がてらデイルームへおにぎりせんべいを持って行ってみた。
そこにはやはり老人が集っており、テレビをみていたが、電話をするひとの会話と私がおにぎりせんべいを奥歯で噛み砕く音が不協和音を奏でているのに、よく平気でテレビが観ていられるもんだなァと、病院の不思議のひとつを体験した。
なんだろうなこの集団無関心というカンジの異質な状況。病院でしかありえないと思う。個のプライバシーに一切反応しない、というのが病院のデイルームでのマナーのようだ。
異空間デイルームでおにぎりせんべいを食べ終えた私が病室に戻ると、起きている貴重な1名のご老人がナースに熱湯を所望した。
私のベッドの向かいなので、その会話はよく聞こえる。
老人がナースにねだっているのはただの熱湯ではない。
いつもとてもぬるい温度なのでびっっっっくりするくらいアッツアッツの熱湯よりも熱湯な熱湯を持って来るように、と頼んでいた。
そのアッツアッツの熱湯よりもすごい熱湯の温度の熱湯を飲むことが出来るなんて、猫舌の私からしてみたら一発芸みたいなもんで、カーテン越しで全く顔は見えないんだけど想像で『すんげぇイカリ肩のファンキーなおばあちゃんがベッドのリクライニングを直角に起こして熱湯をカツアゲするの図』が浮かんだ。
ガタイ良しのファンキーおばあちゃんは、目薬は4回はさせない、と訴える。
2回ならイけるが4回は無理だと。2回と4回では雲泥の差なのだ。頑張って3回はたまにイけるが、4回は不可能だとの分析に、ナースは結果を出した。
「それじゃぁ2回でイイですよー忘れなかったら4回さしてくださいねー」
ファンキーおばあちゃん、どうりで20時には眠っていないはずだ、と勝手に納得。

20時にはすっかり眠っていた隣のおばあちゃんは、夕食を大絶賛。
ナースにシェフを呼んでくれと懇願し丁重にお断りされていた。
とくにこの魚の煮物がなんとも言えない味付けで…と言っていたのだが、私のメニューはトンカツだった。
美味しかった、確かに美味しかったが、私はトンカツがあまり好きではないので、おばあちゃんが絶賛してシェフを呼びたくなるほどの魚の煮物を味わいたかったな、と思った。
白ワインのグラスを高々と上げて、シェフに向かって乾杯をしたかった。
そして、言う。
「ガスト!!グラッ~チェ!!!」
すかいらーくグループ語で、おいしい!!ありがとう!!!です。

残るひとりのおばあちゃん、私の斜向かいで19時くらいから既に眠っているおばあちゃんなのだが、このおばあちゃんは私をドキドキさせた。
うなりながら眠っているのである。
私は一泊二日の入院中にナースコールを絶対に押さない、という意気込みで入院していたのだが、このおばあちゃんのために危うくナースコールを押しそうになった。

持参したオキノームという麻薬を、ナースは私から取り上げた。
麻薬の管理は各薬局でも別管理でいちいち帳簿を付け金庫に保管しているらしいが、どうやら病院でも麻薬の扱いはそれに準ず、ということらしい。オキノームを服用する時にはナースコールで麻薬コールをしろ、とのこと。
我が家では大変にセキュリティが甘いオキノーム。
居間のおコタに2袋転がり、PCの横に3袋が転がり、バッグの中で2袋ほど行方不明になっている。
だってオキノームに手を出すほどの痛みは、末期である。
「スグソコ」にないと、意味がないではないか。
麻薬コールをしないと手に入らない私のオキノームを飲もうかと迷うくらいの痛みにさえ耐えて押さなかったナースコール。
まさか私自身とは関係ないことで押すことになろうとは。
私はナースコールを本当に『ここぞ』という押すべき時に備え、状況を見極めた。

うなりながら眠るということは痛いのだろうか。
しかし私は経験上知っているが、痛みが末期となると、うなれない。
痛くて声が出せないほど痛むのである。
短い息が漏れているだけのひとは意識レベルがギリギリで、麻薬を打つほど痛いのである。「麻薬を、打ってください」と言うのが振り絞れる最後の力である。
おばあちゃんの呼吸は長い。痛みはさほどでもないのであろう。
すると今度はおばあちゃんが、もごもごと話しを始めた。
病室は、メールはいいが通話は出来ない。通話はエレベーター前のデイルームで、という決まりであるが、おばあちゃんは誰かと通話をしている…と思ったら、寝言だった。
たまにいる、寝言を文で言うタイプ。
もごもごと言うし文章が長いしで、なにひとつ聞き取れなかったのであるが、一番短いセンテンスだけ、聞き取ることが出来た。
「○○の時はええ格好してきね」
である。
なぜ聞き取れたかというと、このセンテンスだけ2回言ったから。
まさかのリピートアフターサービス。
…大丈夫だ…私がナースコールを押さなくても。
私が起きているからといって、4人部屋の他の患者の見守りをしとく義務はないし、そもそも私が患者なんだから私は自分が血痰を出して驚いてナースコールをしたってイイくらいの自分本位でいようじゃないか。内視鏡検査をしたら血痰が出るから驚かないでとナースに言われたけれど、驚いたことに私は痰そのものが出なかった。それでもナースコールは押さなかった。
押さないぞ…押さないぞ、ナースコール。

おばあちゃんはまたうなり始めた。
うなっては文を唱える。

「はぅっ!!!」

本を書いていた私の手は止まり、耳をそばだてた。
聞き間違いか?
苦しそうにうなって文をしゃべり、いきなり「はぅっ!!!」なんて叫ばれたら、何か悪いモンでも憑依したかと思ってしまう。
おばあちゃんの身体はベッドから浮いてしまってるくらいの「はぅっ!!!」の音量。

うなるおばあちゃん。

しゃべる文章。

…大丈夫だな…大丈夫だ。

「はぅっ!!!」

呼ぶ!呼ぶよナース!
押す!押すよコール!

いよいよナースコールを押すぞと構えたその時、一足早くナースが病室を訪れた。
「眠る前のお薬を飲みましょうかねー、もう寝てたー?」
薬を服用させる目的でナースは憑依おばあちゃんを覚醒させた。
そして、薬を服用させ自他共に認める正式な就寝の儀に移る。
この薬が睡眠薬だったら許さないぞ。
起こされて夢現のカンジでナースに薬を飲まされているおばあちゃんは、こうしてわざわざ世話を焼きに来てくれるナースを労い、そして感謝の言葉をかける。
「ありがとうございますね、すいません。はい、どうもね。どうもありがとう」
私の病室の3名の老人は、常に感謝の言葉を口にしているひとたちだった。
だから私もこの病室の先輩方の在り方に準じた。
感謝カンゲキ雨あられが降り注ぐ中、憑依おばあちゃんがナースに問う。
「いびき、かいてました?」
「ううん、大丈夫よー」
いびきなんて生易しいモンかいてなかったよー。
いよいよナースコールを押そうかという事態の数々を、かいてたよー。

これは…これは何かの陰謀に違いない。

翌朝、ガタイのいいファンキーおばあちゃんの元へ白ナースがやって来てこう言った。
「湯たんぽの水、捨ててきましょうかね?」
「そうやねん、かたくてフタが取れへんねん」
「熱湯やったからね、漏れたら危ないからキツくしたのよ」

何かの…何かの陰謀だ。
[PR]
by yoyo4697ru980gw | 2014-01-14 18:18 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA