地獄の沙汰

「今の医学って発達しと~からあんまりザックリ切ったりしぃひんらしいで?」
「らしいな。先生も『簡単な手術で傷口も大きくはない』みたいなコトゆぅとった」
「やろぉ?穴2つとか4つとか空けてチューチュー吸い出すとかそんなんらしいわ」
じゃぁいっか。
…とは、ならんけどな。
チューチュー吸うことになんかカジュアルな雰囲気をもたせてるけど、イヤやでな、脾臓をチューチュー出されたら。
取り出した私の脾臓は病理検査でしっかりと、しかるべき診断名になって私に還元されなきゃ浮かばれない。
何の解決もされないまま無駄に内臓が1コなくなるなんて、ヤだ。

夏に劇的な回復をみせていると思われていた私の脾腫は、10月の造影CTで『まったくもって回復していない』ことが判明した。
まだ治っている最中だろうから今のところはひとまず元の脾臓の2倍くらいかな~半分くらいは小さくなったかな~と、それでも控え目の予想で精密検査の結果を聞きに行くと、先生は私の脾臓CT画像を見せながら言った。
「これなァ。全く変わらないんだよなァ」
「へ?小さくなってへん、ゆぅことですか?」
「そうだな」
「少しも???」
「そうゆうことだ。そしてやっぱりココとココと…このヘンだな、黒い影が出てるな。若いから残すようにしてあげたいとは思うんだけども、まだ死ぬわけにはいかないだろ?」
「そうですねぇ…もうちょっと生きてないといかんでしょうなぁ…」
「若いもんなぁ、そりゃ死なないほうがいいぞ。手術も視野に入れて、外科の先生たちの意見も聞いておくから、来週もう一度、今後について話し合おうか」
「こんなに元気なのに?」
「う~んそうだよなぁ、わかるわかる。血液検査の結果も出てるけど何も異常はないもんな。こんだけ元気だからまずガンという可能性はないとは思うんだけど、もしガンだった場合が怖いだろ?」
「うーん…これね?もしガンだったら他に転移することは?」
「もちろん、あるな」
「そっか…わかった。来週、考える」
イテテテテ…完全に心理的作用だが、腫れたままだと聞かされた途端、急に痛い。
病状横ばいの結果を一緒に聞いた付き添いのオカンが言う。
「えぇー…先生ぇ…喜び勇んでココに来たのに…」
「ごめんな、良い事が言えなくて」
先生、思わず謝る。
いえいえいえ、治っていないのは先生のせいじゃナイですから。
夏が終わってボンブーがなくなったもんなァ。
ボンブー療法の効き目が9月後半あたりで切れたみたい。

私の脾臓を取る予定である外科医の予約を入れられたということは、手術をすすめられるのだろうか。
摘出手術の手続きも済ませていて、それが劇的な回復により延期になり、ついにはキャンセルになったのが夏。
夏は私のボンブー魂が疼くものだから、キチガイ根性で入院を蹴散らしたのだろうな。私の貴きボンブー魂は入院を阻止はしたが病状の回復までは力及ばず。
この先、経過観察を続けても回復の見込みはなさそうだし、たかだか2~3ヶ月間だけ手術を先延ばしにしたところで、痛みに耐える期間が延びるだけなのは目に見えてるから、こりゃ切るしかないな。
神様…いるんだったらありがとう、夏の間の私の楽しみを奪わないでいてくれて。
ほんで、モノは相談ですがボンブーは秋にもあります。
すでに11月まで予定を入れてしまっているのでもしいるんでしたらそこンとこ、ひとつよろしくお願いします。

手術を受けるという意思を伝えるつもりで病院に行くと、予約したはずの外科医の診察はなく、いつも通り主治医の診察であることを看護士に告げられる。
どうしたのだろう?外科医がこぞって私の脾臓を取ろうと言うと思っていたのに。
主治医の説明はこう。
「現状で脾臓を取ってしまうのはあまりにもかわいそう過ぎる、ということで外科の先生たちの意見が一致したんだよな」
私はこんなにえ~かげんな生活を送っているのに、どうゆうわけか『男気溢れるしっかり者』と思われていて、滅多にかわいそうがられることがない女であるが、毎日毎日内臓を取り上げている外科医たちがみんなして『かわいそう過ぎる』と言うなんて、もう今日で死んでもいいくらいの温情判決なのではないだろうか。
私の人生でこんなにかわいそがられることは、今後ないと思う。つまり今の私は最高潮にかわいそうなのである。それが証拠に私は11月からイヤな検査が目白押し。

「可能性として3つの病気が考えられる状況なわけなんだけど、まずは癌の全身転移だな、これは何の治療もせずに3ヶ月も生きていられるわけがないからないだろう。あと悪性リンパ腫、これもこんなに健康な状態が続くとは思えない。残りがサルコイドーシスという病気、これをまずは調べてみよう。急を要する危険な病状ではないが、ほっとくわけにもいかないからな。胃カメラは…」
「え~~~~っ?!ヤダやだヤだ!もぅ二度と飲まないっ!」
「まぅちゃんそんなんゆぅたってそれで何かわかるんやったら…今のカメラは小さくて飲みやすいって聞くで?」
「いぃやいぃやいぃや!先生もボールペンくらいで細いってゆぅたけど、前に飲んでどんだけ苦しかったか!苦しいなんてモンじゃなくて苦しいなんてモンぢゃなくてどんだけ苦しいかですよっ!もう胃は診たし、救急車で運ばれた時にやって本当にどうもないって言われたし、胃には何の問題もないから飲みません!」
「…そうかぁ…じゃぁ鼻からもっと細い管を通して肺の細胞を取ってくる…そっちだったらどうだ?」
「えー…」
聞くだけでも痛いけど、さらに細いってゆぅてるし…胃カメラ飲むことを思えばマシか。
「じゃぁ…それで。」
しかし私は、病院の『細い』がいまいち信頼できない。
“細い管を”と表現した時の私の細い管は極細の管であるが、医師の言う細い管は『細めの太さの』管ってダケなのだ。『太い管とまではいかないが、わりかし細めの太さの管』であって、私が思っている以上にその管は太い。細めの太さ、ていうのは細いのではなくてある程度の太さがあるということなのだ。そのある程度の太さがある細めの管を私は鼻から通すのできっと苦しいことだろう。
苦しいうえにその結果が「肺は何も問題ありません、いたって健康です」ということもあり得るのである。
高いお金を払って痛い思いをし健康体だと確認する、こんな地獄がほかにあるだろうか。
はぁ…なんてこった。

私は救いを求めて中村うさぎにハシった。

本屋で立ち読みをする時、私は高確率で中村うさぎの本を手に取る。
こんな特殊な文章を書く作家は中村うさぎ以外にいないと思う。
読み続けられてしかも今この瞬間にすぐにでも読むのを止められる、そんな文章を書ける作家なんて稀である。おもしろくておもしろくて読むのがやめらんない文章とか、最初からつまんない文章とか、キリのいいトコまで読んでやめる文章とか、そうゆう文章を書く作家はたくさんいるけど、中村うさぎは違う。おもしろかったり考えさせられたりするから、立ったままでもずっと読み続けることが出来る。立ち読みは途中で疲れてくるものだが、中村うさぎの文章は立ったまま1冊読める。読めるけど、待ち合わせ時間よりちょっと早く着いたから本屋で立ち読み、というような13分間の読書時間だったとして、それが中村うさぎなら、待ち合わせた相手が現れた時点で本をパタンと閉じることができる。文章の途中でも、結論に到達していない内容でも、後腐れなくその瞬間に読むのを止められる本なんてそうそうあるもんじゃない。
中村うさぎの世界はあんなにも独特なのに、中村うさぎの世界に決して私という読者を引きずり込まない書き方がされている。なんて不思議な作家なんだろう、中村うさぎ。だから私は、自分をもってかれたくはないんだけど、自分らしさとは違う心境で何かを考えたい時には、中村うさぎを頼る。今がまさに、うさぎ時。丑三つ時、みたいにゆぅたけど。

奇しくも、うさぎ女史は病名特定に至らないまま闘病中であった。
更新されてゆくブログでのうさぎ女史本人による病状の回復ぶりを読みながら、私は思ったね。なんという根性で書くことに正直なんだろう、このひとは。そうかぁ…このひとの文章がずっと読めて簡単に止められるのって、責任持って書いてるからなんだ。だから読者のほうに負担がかからないんだな。

そうか。
鼻に管くらい何本でも通してやろうやないけ。
それで何もわからいでも次々イくで、胃か?腸か?
心臓も脳もイけるとこまでイこうやないか。
ほんで私は、絶対に春に帰省してやる。
春に帰って来た時には、叔母が弟が友人が、私においしい物を食べさせてくれると言うから、意地でも帰ってやる。
しかしみんな、聞いてくれ。
4倍に腫れている私の脾臓は満腹になるまで食べると食後3時間が激痛だ。
だから、うまいものを目の前に並べられて、それがおごりだった場合、それは新たなる地獄である。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-10-24 23:49 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)  

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