独走

あっという間に病人になり、あれよあれよと悪化した私は、ある日とつぜん調子よくなって、とうとう今では麻薬を服用していない。
だからとても快便だ。
ゆぅていらんとは思うが、下剤を使わず自力排便できるという喜びは、麻薬を服用した者にしか味わえない、どうでもいい幸福感である。
世の中は何も変わっていないだろうが、私の感覚はこんなにも変わってしまった。
排便を喜ぶ無職の女になり、親に合わす顔がねぇな。

先日、私は人生初のひとり通院日を迎えるはずだった。
結局は「最後まで面倒みるわ~」ちゅうてむーちんオカンが付き添ってくれることになったのだが、もうひとりで運転して病院に行けるだろうと自分で判断。
帰り際に麻薬密売人センセーが、よくできましたシールをくれるかもしれないので『おくすり手帳』に貼ろうとまで思っていた。

私の『おくすり手帳』は高血圧の老人なみのペースで処方シールが更新されているからよくできましたシールを貼る余地がないので、見返しの自分のプロフィールの部分に貼ろうっと。
おもて表紙の氏名を書く欄の氏名も、見返しのプロフィール欄の氏名と性別、アレルギーと副作用の有無も、看護婦さんが書いてくれた。
急いでいたのか小学校3年生で学習するレベルである私の名前の漢字の、様子が少々おかしいが、アジで処理できる程度なのでこのまま使っていこうと思う。
しかし、手帳があと1ページで終わってしまうので、自動的に次の処方があれば「おくすり手帳」が新しく発行される。
平成24年に2ページしか使わなかった「おくすり手帳」を平成25年には2ヶ月で8ページも使った。
と、いうことは「おくすり手帳」の投薬履歴記入ページは11ページ。
だから何だと言われたら返す言葉がとくにない。
ご老人が広げて見ているご自分の「お薬手帳」を何冊か私はこっそりと盗み見てみたが、とても地味であり、いかにもお薬の手帳っぽい冊子だった。
しかし15頁から成る私の「おくすり手帳」は、淡いオレンジの表紙に、OLがROUで買い求めそうなランチバックらいくなナチュラルテイストの小花なんかがあしらってあるのだ。
ダントツ可愛い、まるでかまわぬとコラボしている角川の文庫本のよう。
広げて読んでいる活字が「トラムセット配合錠:呼吸抑制等の副作用がでることがあります」であっても、傍目には『伊豆の踊子』でも読んでそうに見える可愛らしさである。
だから何なんだと言われたらそれまでだが。

D病院まで我が家からは、車で3~40分というところ。
これまでは運転出来る状態ではなく、またかろうじて出来る状態があった日もあるが運転をとめられていたので、ずっとむーちんオカンがわざわざ仕事を休み、運転をして私の通院に付き添ってくれていた。
買い物も基本的に自転車で行ける範囲のみで、たいていはむーちんの帰宅後に夫同伴のもと買い出しに行く監視付きのVipな日々。
妊娠初期の妊婦は流産しないためにもあまり重い物を持たないようにしているものだが、妊娠後期の妊婦ではその子宮の大きさは約6~8倍。
あんなに子宮がはちきれんばかりに見えるのに、それでも8倍だって。
私の脾臓は安定期を迎え胎動を感じるようになった妊婦相当の4倍だが、見た目にはちっとも変化がない。
脾臓はいくら腫れても喜びはなく痛いだけ。
しかし妊婦なみの丁重な扱いを夫から受けるチャンス。
ただ、このチャンスは連日連夜、救急搬送され点滴や採血、検査検査で腕に何本もの注射針を刺すという苦難の道である。
脾腫よりもご懐妊をおススメする。

7月の連休明けに私は、自ら運転をして助手席にオカンを乗せるほど回復した。
「あんな状態やったのに、今日はこの子が運転して来たんですよ!もう、信じられなくて」
とむーちんオカンが驚きを隠さずに密売センセーに言うと、センセーは本音をポロリと滑らせた。
「僕もねぇ、ダンナさんと来てた時には、このひとはこんなに弱って点滴してもどんどん悪くなっていってるのに、なんでこの状態で入院を拒否するんだろう、て正直、心配だったんだよなァ。でもあの状態で通院でよく頑張ったよな」
私は自分が入院しても病んでいくだけだろうことは予想が出来た。
どっちにしろ、しんどいことに変わりはない。
夜中に救急車を呼び、それに付き添って睡眠不足のまま仕事に行き、帰宅して家事もせねばならない毎日だったむーちんにとっても、同じようにしんどい日々だったことだろう。
それをしてくれた夫、自分で自分の面倒をみる事で私の闘病をサポートした息子たち、この家族のために私がすべきことは、一日も早く回復することである。
私は、入院してしまったら頑張れない。
闘病ってね、気力だけで頑張ってなきゃダメなのよ。
じゃないと病気にのまれちゃう。

私は西洋医学業界がにわかには信じない説を、センセーに告げてみた。
「これってね?好きな盆踊りをやったからこそ、ここまで回復した、てことだと思いません?」
「ん~…それはあるかもしれないなァ。でも、踊りをし過ぎて体調を崩さないようにな」
「はぁ~い」

日に日に回復しているので、もう悪化はないだろうと予想し、二週間に一度の経過観察となった8月の通院日は、ひとりで行ってみるとむーちんオカンに宣言。
「大丈夫か?」
「はい、道も覚えたし、今日からはどんどん良くなる一方だと思いますんで、ひとりで行ってみます。長いこと休みを取ってもろてありがとうございました」
「私、火曜日は病院の日やおもて全部、休み取ってあんねん。やから何かあったら連絡しておいでや」

回復しているから次の通院からひとりで行くことをむーちんに報告すると、2時間もかけて行くんか、そんなん無理に決まってるやろオカンに頼め、と大反対。
「へ?そんなにかからへんで?2回運転して行ったけど2回とも1時間もかかってないで?道空いてたら30分とかそんなもん」
「車で?!」
「そうや?もう道も覚えたから。あっこみんなビュンビュン飛ばしてるけど、私は60㌔とかでトロトロ行くねん。はーいみんな追い越してよ~ちょっと入れてよ~どうもね~ゆぅて。聞こえてないやろけど」
殆どペーパードライバーで方向音痴、高速乗れない、車線変更出来ない私の独走が不安で不安でしょうがないむーちんは、その報告の日から『お先にどうぞ』というステッカーを探しまくっている。
あまりにないので『赤ちゃんが乗ってます』てのでもえっか…ぃやいっそシルバーマークにするか…手書きして貼っとく?『ペーパードライバーです近づくな超キケン』などと言い出した。

私が脾臓を腫らしてからというもの、その病状の急激な悪化ぶりをつぶさに見て来たむーちんは私が死ぬことにとても敏感になり、事あるごとにさぶいぼな胸の内を口走るようになった。

「おっ♪ここ空いてるやん、ラッキー」
「い~いや俺のほうがラッキーやで。まぅと結婚出来てんから」
「さぶっ…それはラッキーやな…たったひとりしかいない私と結婚出来て」
「やろぉ?ラッキーやろぉ?」
そんなバカップルみたいな会話を駐車場のど真ん中でノらされてる私はアンラッキーだがな。

「わ~やっぱこの素麺おいしいわ~う~ん、幸せ♪」
「ぃい~んや俺のほうが幸せや、まぅと一緒におれんねんから」
「さぶっ…それは幸せやな…これ以上の幸せないやろから浸っとき…私はボンブーに行ってくる」
「え~~~アカンやん!まぅが一緒におらな意味ないやんけ~!」
私の不幸せと引き換えにむーちんの幸せが成り立つ状況を、ひとりよがり、て言うんだよ。

結婚18年目。
息子二人は高校生、互いの性格も熟知して、下の介護を恥ずかしげもなく出来る間柄。
なのに今、我が夫婦は夫だけが勝手に新婚気分である。
そんな新婚かぶれの夫から『今から帰る』コール。
クーラーのキいている二階の部屋で読書していたのを、『おかえり』と言うために階下へとわざわざ降りる私。

ごっこ遊びが得意な妻で、よかったな。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-08-08 15:17 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA