データ入手大作戦

「17日に造影CTの予約を取ってるんですが、昨日から痛みがひどくなりまして、17日まで身体がモたないと思うんで、2~3確認したいことがあるんですけどね」

C病院のヤブ医師が目も合わせない問診を行ったのが6月26日。
翌日の夜にとうとう鎮痛剤がキかなくなり、28日には仕事を欠勤。
欠勤なのだが、26日のC病院に行っている時、事務所ではサーバーダウンによりサイトでエラーが発生していた。
その処理が出来るのは事務所で私以外におらず、自宅からサーバー管理会社と連絡を取りその後の処理を事務所へ振るように、との命にさすがに絶句した。
私は28日の朝、自分の身体が本当に危険に曝されていると感じた。
あまりの体調不良に身体を休めたくてもなお仕事に追われ、ちゃんとした医師にも巡り会えていない。
私は自分の直感を信じよう。
これまで直感で判断して大幅に間違ったことはない。
早急に、C病院と事務所から離れる必要がある。
私の直感がそう判断した。

事務所のサーバー問題にひとまず決着をつけ、次にC病院へ電話。
脾臓の造影CTはどっちにしろどの医者にかかろうが撮るべき時期なので、C病院で撮っておいてもよいと予約を入れていたが、痛みが悪化しているので17日まで待てない。
予約を早めるという気もないのでキャンセル。
C病院とは今すぐにおさらば。
2~3確認したいことがある、という私の申し出に受付担当らしい電話口の女性は「はい、何でしょう?」と気楽に訊いた。
「26日に採血してるんです、まずは、その結果がいつ出るかを知りたいんですが」
「では少々お待ちください、内科の看護士にお繋ぎします」
内科の看護士は採血の結果は既に出ていると告げた。
「はい?もう出てるんですか?結果が?」
「ええ。翌日には結果が出てますけど」
翌日に結果の出る血液検査とは、ドコでも出来る基本的な血液検査をしたということだろう。
だったらその血液検査は、設備の整った医大であるC病院ぐんだりまで来てやっておく検査でもなんでもない。
もっと詳しい血液検査でさえ、一週間待てばA病院で出来る。
何のために大きい病院に来たと思っているのだろうか。
A病院で出来ることをするために、わざわざ私がA病院に紹介状を書いてもらったと思っているのだろうか。
今後の検査方針を私と話し合うでもなく、何かしらの病名特定方法をアドバイスするでもなかった医師は、A病院から検査データを持ってわざわざC病院まで来て何時間待ってでも受診しようと考えた患者の、その意思を汲み取ることも出来ない大ヤブ医者だったことに、私は受話器を持つ手がこの上ない怒りで震えた。

医療設備が充実している大学病院を受診している意味のない、このお粗末な対応。
「では、取りに行きます。26日に受診した時に検査データをお渡ししましたよね?そのデータを返してください。それから、結果が出ている血液検査のデータ、それもください」
「データをお渡しするようなことは出来ませんが」
「私のデータでしょう?私の情報ですよね?」
「データというのはA病院からウチがもらっているデータですので、そういったことはしておりませんけれども」
「いいですか?A病院からC病院がもらったデータではありませんよ。私がA病院の担当医に、別の医師の意見も乞いたいと言って資料作成料を払い作ってもらったデータで、私が26日に持参し受付に渡したものです。私が持って行ったんですよ、だから返してください。それから血液検査の結果ね、それも資料としてください。私のデータと今回の血液検査の結果を持って、違う医師に診てもらうので」
事実上、C病院はクビ、という判断ですよ、おわかりですかね。
「それでしたら…先生に聞いてみないとわかりませんので…ただいま診察中で話しが出来ませんから、折り返し電話をさせていただいてもよろしいでしょうか。診察が落ち着きましたら先生に聞いてみますので」
「わかりました」

10時にかけた電話の折り返しは11時過ぎにかかってきた。
どの企業でもクレームの電話というのは早急に対処するものだが、つくづく悠長なご対応で。まぁ予想はしていたが。
ひどいことに医師は一切、電話口に出ることなく「データをお返ししますので取りに来てください」とだけ看護士が告げた。
つくづく、責任感と良心のカケラもない医者だったんだな。
普通の感覚を持っていたら、自分をクビにする患者がいたなら、医者として自分の何がダメだったのかだけでも訊きはしないか?
今後このようなことがないよう自分を戒めるためにもその理由を聞き、最後に自分の担当している患者への誠意として、今の自分が出来る限りの病状の説明をしないか?それが医師としての誠意というものではないのか。
血液検査の結果がこうで、あなたの身体は今このような状況であると。
違う医師に診てもらう際には、このことが気がかりでこのような検査をするべきだ、と前の担当医が言っていたと告げて診てもらえと、そうアドバイスするのがせめてもの責任ではないだろうか。
大ヤブ医師はそれすらも怠った最低の医師である。

11時に資料を取りに来いと言っておきながらC病院は、私が激痛に耐えながらバスと電車を使って到着した13時過ぎに、なんとこう言ったのである。
「前回お預かりしているROMがまだ取り込めていない状況なんです。血液検査の資料はプリントアウトして、それがこれになるんですが」
私はもう言い合う気にもなれなかった。
26日に渡したROMを取り込んでいないということは、医師は私を担当患者として扱ってもいなかったわけである。
17日にCTの予約を入れているのに、検査結果データを資料として作らない患者のカルテは、このC病院ではいったいどういった管理になっているのだろうか。

「今ROMのほうを別の部屋で取り込んでいますので少々お待ちください」
そう言って、私は待合のイスで30分ほど待たされた。
今さら私のデータを取り込む意図は何だろうか。
学生たちへの資料だろうか。
脾臓が4倍になるなんて滅多に目にする症例ではないから、稀なCT画像として利用するのだろうか。
いいか学生たちよ、君たちに私は問いたい。
君たちが目にするであろう私の脾臓の造影CT画像。
その稀な症状で苦しんでいる患者を前に、触診ひとつしなかった医師から、君たちはいったい何を学ぶのだろうか。
人間らしい医者に育ってくれることを、私は願ってやまない。

私がデータの返却を待っているその空間に医療従事者はひとりもいなかった。
白衣と制服を来た非情な人々の集まり。
身体がモたないから17日の予約をキャンセルした私が、いくら待合のイスで激痛に耐えていても、C病院にとっては私は客ではないので横になるためのベッドも用意してはくれないし、身体を心配する必要もないようだ。
目の前にいるのが客でないなら、その人物は患者ではない、と誰もが思っているかのような世界、C病院。
もしここで私が死んでも、舌打ちしてゴミ箱にほかすんだろうな。
脾臓の激痛に耐えながらうなだれていた頭をふと上げると、26日に私を診た大ヤブ医師が私の前を素通りして行った。

腐り切ってるなぁ…C病院。
私はC病院を去りながら涙が止まらなかった。
こんな非人間的な病院だということを知っていたら来なかったのに。
こんな病院に来るために労力を使ったなんて自分が情けないったらないね。
入口にご立派な理念を掲げておいでのC病院。

「人権を尊重し、患者の立場に立った医療の実践」
だそうだ。
「人間性豊かな、優れた医療人の育成」
だそうだ。
基本方針から聞いて呆れる大嘘ぶり。

『患者さんの権利』と箇条書きに示された8項目の権利の中にはこうあった。

「ご自身の診療情報を入手することができます」
「いかなる状況においても人間としての尊厳が守られます」

患者の権利をことごとく踏みにじり、人間扱いなどこれっぽっちもせず尊厳を軽視しておいて、いけしゃぁしゃぁとよくも。
私の『人間』としての尊厳をC病院は一度たりとも守りはしなかった、ありとあらゆる状況においても。
高いテキスト代を払わせて、それを教えてくれたC病院、恥を知れ。

あなたが患者なら、あなたは強く賢くいなければならない。
医大という名だけで信用する客には、絶対になってはいけない。
あなたが爪の先ほどでも、診察した医師への不信感があったなら、その医師に質問しまくったらいい。
あなたが納得する理由を言わず、その言葉ひとつひとつに心が癒やされると感じないのに、あなたは技術が高いとの評判だけで、その医師を選ぶだろうか。
精神的にあなたを支えてくれる最良の医者は、あなた自身である。
あなたが治療を始める時に尽くすベストは、あなたが『よし』とする医師と出会うことを決して諦めないこと。
良心を失った医師が名医であるはずがない。

医療関係者でもなんでもない私でさえ、木陰でおじいちゃんがひとり立ち止まっていれば、「大丈夫ですか」と声をかけるくらいの良心は持っている。
気分でも悪いのではないかと思って声をかけるが、「あぁすまんねぇ、心配してもろて。荷物が重かったからちょっと休憩してるだけやで、ありがとう」と言われ、病人扱いしてこちらこそスイマセ~ンと恥ずかしながらその場を去る。
立ち止まったからって老人がみながみな体調不良ってワケじゃないとわかっていても、しかしやっぱり、フェンスに手をかけている老人を見ると性懲りもなく「大丈夫ですか?!」と声をかけてしまう。
案の定、「靴に石が入ったさかいに取ろおもてんねん、それだけやねん、ゴメンゴメンありがとうね」と言われて「いえいえこちらこそ大層に反応してもてスイマセン…」と退散する。
それでも、それが人間というものじゃないだろうか。
『今までが今までなんで』ということで立ち止まる老人を、素通りすることは私には出来ない。
間違って何度恥をかいても私は立ち止まってる老人には声をかける。
「大丈夫ですか?」を惜しんだりはしない。
それが当たり前だと思っていた。
しかし、C病院界隈は違ったね。
最寄駅からC病院までの長い長い徒歩の道のり、激痛で何度も立ち止まる私に声を掛けてくれるひとなどひとりもいなかった。
病院の中の待合でうずくまる私にでさえ声を掛ける看護士すらいないのだから、ココで倒れては一巻の終わりである。
そもそも私は根性があるほうではあるが、この日ほどワレの根性に頼った日はなかったな。
根性だけで帰宅し、根性だけで午後、以前に紹介してもらえることになっていた医師のもとを訪れた。
根性以外に私を支える力はなかったね。

激痛の上に無理に無理を重ねた結果、28日の夜、とうとう救急車で運ばれてしまった。
夕方の診察でD病院への予約を入れてもらう手筈は整っていたので、救急隊員にその旨を伝えたが、月曜日に紹介状等の準備が整うことになっていて、情報不十分なため通院履歴のないD病院への救急搬送が出来ないと言う。
一度運ばれているA病院しか受け入れ先がないので、A病院へ搬送。
A病院には私のデータがあるので、医師が訊く。
「C病院に行かれてますよね?そこの先生は何とおっしゃってました?」
「何も」
「痛みがある時はどうする、とか言ってませんでした?」
「問診をするのに目が合ったのが1回だけ。触診もしない。そんな医者に診てもらおうなどとても思えませんでした」
「そうですか…それはそうですよね、当たり前ですよ」
若い男の医師はまだハナシのわかる医師のようだった。
いろいろな検査もし、大きい病院にも行き、それでも何もわからず、救急車で運ばれること2回、それでも今出来るのは痛み止めを打つことだけ、という説明に、夫むーちん、キレる。
「いろいろやってんのに何もわからへんってどうゆうことやねん、ていうことでお怒りやと思うんですけども、今のこの病状は簡単な病気ではないです、それほど難しい状況なんです。我々でも普段見る事がないような画像でビックリしているくらいのことです、だから、コレしたらわかるやろ、とか、こうすればこう、というもんではないし、簡単にわかるとは思わんとってくださいね」
説明する医師も半分キレてる。
アータがたよ、正気を保ってくれ。
よくお聞き、夫よ、そして医師よ。
一番キレたいのは、私自身なのだ。
それなのに、冷静であろうと必死である。
こういった局面で、冷静さを失うことほど、無意味なことはないことをわかってくれ。
医師になるほどの賢さがあるんやったら、医者が率先してそれをみせて。

「ご自身の病状のことは理解されてますか?」
私に質問してくる医師は、冷静さを取り戻したように見えた。
そうだな…医師とは言え、若いしな。
いまだ血の気の多いむーちんの売り言葉に、つい買い言葉で応戦してしまったに過ぎないのかもしんないな。
「理解してますよ。だから大きい病院で診てもらったほうがいいと思ってC病院に行ったんです。残念ながらC病院が最悪だったんで、今日の夕方に知り合いの看護士さんが務める病院で、D病院を紹介してもらうことにしました。月曜日に紹介状とかの資料が出来て、予約も2日かそのあたりで入れてもらえるよう、話はしてあるんですよ」
この説明で、医師は私の理解度がむーちんとは違うことを理解したようだった。
「それがいいと思います。ぜひ大きい病院で診てもらってください。では、ご主人様は病状の説明は全く受けていない状況なんですかね?」
「これまでの経緯は全く知りません」
「それじゃぁ、向こうで僕からご主人に病状の説明を…」

私は自分の病気を通して、人間の本質を垣間見ている。
こんな体調で見なければならないだろうかと、とても苦痛だが、こうでなければ見えはしないのだろうな、とも思う。
神様はなんていぢわるなんだろう。
私に少しもラクさしてくんないなんて、相当ワタシのこと嫌ってんだな。
ワタシがカワイイからって、ひがんじゃってさ。
美貌って、罪よね。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-07-30 11:44 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA