脾臓っ子

6月3日月曜日。
はぢめての救急車。
かかりつけからのオススメで救急車を許されるほどの痛みだったけど、自力で歩いて救急車に乗った救急搬送患者史上かなりタフな病人だったと自負している。

5年ぶりのかかりつけには痛む左上腹部を押さえながら自転車を片手運転して行った。
健康に恵まれた私は3~5年に1回ほどガツンと病み、その後また3~5年ほど健康を維持するが、たいがいかかりつけで点滴を注文すれば完治する。
どんなにツラくても点滴で別人のように健康になってきた。
だからその感覚で痛みに耐えながら5分自転車に乗ったのだったが、今回ばかりは違ったね。
私のかかりつけは患者ひとりひとりに漏れなく世間話が付いてくるので、待ち時間が1時間以上の人情クリニックである。よっぽどのことでもない限りかからないのだが、かかる時にはいつでもよっぽどの時なので、この待ち時間は正直、非常に辛い。あまりに辛いのでいっそ別の病院にしてもと思わないでもないのだが、身体が病んでいる時には、せめて心穏やかでいたい。
1時間や2時間を待たされてもココにしたい理由が私にはある。
人情クリニックで私は人間にガッカリしたことが一度もない。
ただの一度も。
院長、看護士、受付、患者、どのひとに対してもガッカリしたことがない。
全ては院長のお人柄が作り上げたパーフェクトな空間と言える。
私は病院に行くほど病んだ時、この空間で人の温かさに触れながら癒えたい。
弱音を吐いたりはしないから、弱った時にはココへ来たい。

いつも通り、人情クリニックは随分と待つ気配である。
椅子は空いていて座れてはいるが、座っている体位ですら辛いと訴えるのに30分ほどは我慢出来ただろうか。自己最短のヘタレっぷりだったことは確かである、それほど痛かった。

レントゲンを撮るのに2階へあがるのだが、トイレを通過すると最短距離で行けるのでワープ。
もぅその頃にはトイレ入口のドアさえもやっとこ開けている状態であった。
片目でドアノブを確認するのがせいぜいのこの時に私は、トイレのドアが自動だったらなぁと願いこれから登る階段がエスカレーターでありますようにと祈ったが、悲しいかな記憶通りのレントゲン室は階段を登り切った突き当りにあり、階段は不動のただの階段であった。
レントゲン室からはどう降りたのだったか、階下に着いたらまたトイレワープして、そこで体力は使い切った。
ベッドまで戻ることは出来ず、その途中の採血台で「…ココにおっていい?」と婦長さんにヘルプを求めると「ええよええよ」と許可が出たのであとはひたすら痛みに耐えた。
院長が強い鎮痛剤の名称を言ったような気がする…ボルタレン?いや…ペンタジン?ドルミカム?
とにかく、ソレがあれば使ってあげたいほど痛がってると看護婦長さんと会話をしてらした。
普段は胃が痛くなったら胃薬をあげるから取りにおいでと言うほど、事前の痛み止めを処方しない主義の院長が、おいしいほうの抗生物質にしとくからとキかないタイプを処方する主義の院長が、鎮痛剤を打ってやろうと思うのだから私の痛みは末期である。

「よし!ブスコパン、打と。」
「ブスコパン、ね?」
「ん、ブスコパン」
「はい、ブスコパン」
何回ゆぅねん、ブスコパン。
院長と婦長さん、一世一代のブスコパン。
ブスコパン、いつ打つの?今でしょ!

10年以上前から変わらない婦長さん、注射がうまい。
『注射がうまい看護士』という表現は『痛くない注射をする』という意味で使われているだろうが、本当に注射がうまい看護士は、今からする注射がどのくらい痛いかを言えるひとである。
痛くないんじゃなくて『痛い』という程度の表現が適切なのである。
過大でも過小でもなくて、適当なの。
「筋肉注射だからチクっと痛いよ、ガマンね」
チクっと痛いのなんて、私の腹部の痛みに比べたらヘでもなかった。

「大きいトコ行こ。市民病院でCT撮らなココではわからんわ。紹介状書いとくからな?家に誰かおる?」
「誰もおらんわ…」
「おらんか…よし、救急車呼ぼ。痛み止めはどうや?効いてるか?」
「アカンわセンセ…痛い…」
「効かんかぁ…ダメかぁ…」
一か八かデシタのね。
ブスコパン、ぶち効かん。

婦長さんが私の荷物に紹介状や診察券などを詰めながら「精算はいつでもいいからね、ココ、保険証入れとくよ?頑張りや」と送り出してくれる。
あぁ…ワタシ…また借金が嵩んでる…3000円前後かなぁ…あのキかなかったブスコパンていくらすんねやろ…4月に社長に借金をして九州に帰省した際の返済がまだ15万円も残っているというのに…。
この期に及んでそう考えられるほど、私は気丈な女である。

緊急搬送されても入院を拒否できた実績を持つ私は、その後の精密検査もたった一日で終わらせた。
ひどい体力の消耗で自力で立てもしなかったが、必要最低限の精密な検査なら『体力の限界』まで頑張れば二日間で可能ということである。
さて、これが検査入院をしたとなると、身体に負担もなくゆっくりと行い、しっかりとした体調管理のもとで身体を休められたことだろうが、その費用はいかほどだっただろうか。
私の入院拒否検査費用は、最初のかかりつけを含めて27,810円
かかりつけで撮ったレントゲンを持たせてくれたので、レントゲンを撮る費用はかからなかったわけで、紹介状があったから初診料がかからなかったことを思えば、かかりつけの診療費も含めた額になる。
これに単純計算して二泊の検査入院で三日間分の費用が加算される。
入院手数料が8000円程度に、検査入院なら手続き料もかかる。
3000円の手続き料と見積もって、内科の病室に空きがあるかどうか確認してからて言ってたから空きがないと考え差額ベッド代が個室の12000円程度はかかっただろう。
トータルの見積もり6万円前後かな。
検査内容は同じことをしただろうから、入院しなければ最低でも3万円は節約出来る計算になる。

だかしかしこれは、一日平均3時間半の睡眠で問題無く過ごし、夏の暑い暑い3ヵ月間の夜に毎週末の金・土・日と2時間ほどぶっ通しでハードなタイプの飛び跳ねる盆踊りをやっても、翌月曜日には仕事に行ける体力がある、5年間は確実に病院にかかることがなかった私の場合である。
くれぐれも万人に適した検査方法ではないと、それは強調しておきたい。

そして何より、祖母・母・叔母が病床に伏す姿を幼い頃から目にしていた私には、入院治療というものがどれほど本人を滅入らせるものかを見て育ってきたという心理的な作用がある。
私は入院を、金銭的にも精神的にも好まない。
入院は、私を病気にすることこそあれ元気にはしないと思っている。
自宅で本当にギブアップするようなことでもない限り、入院ではない方法で養生したい。
私は自由にされてこそ頑張れるタイプである。
それなので今日一日、鎮痛剤の服用無しでこの長文をタイプ出来ている。
鎮痛剤がどれほど効いているものかを試すためにノー鎮痛剤で過ごしてみた結果、とても痛い。
さほど効いていないと思ったが、効いてたんだな。
鎮痛剤を飲んでも痛みに波があり『じーっとしてその痛みに耐える』というポイントがあるのだが、鎮痛剤無しの今日、その痛みの波のピークはのたうち回るほど、痛い。
痛すぎて、吐き気と眠気が同時に来るほどである、これはヤバい。
私は小学6年生くらいから頭痛に悩まされているので、頭痛以外の痛みならわりかし耐えられるほうであるが、今日の痛みは、私の痛み史上二位の痛みだった。
骨折が三位にランクダウン。
骨折を上回る痛みだと言えば、骨折を経験したひとはその痛みにビックリすることだろう。
私の痛み史上、20歳までは骨折が堂々の一位であった。

現在の痛みランキング一位はもちろん、出産。
出産がどれほど痛いか、である。
それほど、痛い。
痛いが、出産の後には喜びが続くので割に合っている。
しかし脾臓がいくら痛くったってその後には何の喜びもない。

死ぬほどの痛みに遭って命の尊さを想うでもないが、出産とは素晴らしい。
脾臓が4倍に腫れるという稀な症状の痛みを経験するひとも稀であろうから『その痛みをこの世の痛みの何に喩えるか』と考えてみた。
わかりやすく喩えるとしてもその痛みは『出産』以下である、と私は言える。
出産ほどの痛みを鎮痛剤無しで耐えたのだから、それ以下であるこの痛みも耐えられるハズなのだが、私は明日の朝5時に必ずボルタレンを服用する。
何の喜びもやってこないこの痛みは、仕事をしながらは耐えられん。
しかし、今すぐにボルタレンを服用することはしない。
これが私の身体が発している痛みなのだということをちゃんと肝に銘じて、痛み止めが効いている間も決して無理をすることがないように戒める意味で。
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by yoyo4697ru980gw | 2013-06-16 23:46 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)  

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