病みっ子 大事にされる

「おばーちゃんと電話してなかった?」
「してた」
「なんて?」
おばーちゃんが来たで~と声を掛けても自室から出ても来ないヒー坊が、私と電話で話しをしたおばーちゃんとの会話の内容が気になるらしい。
「月曜日に来てくれるってこないだは言ってたんだけど、病院で結果が出るのが火曜日なら火曜日にして、病院まで連れて行ってくれるって」
「わ~~~~むっちゃ可愛がられてるや~~~ん」
「そうやで。救急車で運ばれた甲斐あってみんなが可愛がってくれてんねん。大事にせぇへんのは息子二人だけや。アンタら後悔すんで?私がガンやったら。37才ってなぁ患者年齢としては若いんやで?やからガンの進行も早いんやから。余命宣告があったらその期間たっぷり孝行しときや、悔いのないようにな。なんかゆぅとくことないか、私に?感謝の気持ちを伝えておいたほうがよくないか?」
「ない。」
あまりの薄情さに、言葉もねぇな。
痛い痛いとのたうち回らずに私がヘーキにしてるから事の重大さがわかってねぇんだな。
まァ末期症状のような状態だとしたら、こうして自宅療養を許されている場合でないんだけどもね。
だがしかし、珍しい臓器が腫れていて症状が予測不可能だから入院をすすめられた身体なんだぞ、優しくせぇ。

「本人の強い希望で帰宅していただきますが、もし痛みがあるようなら夜中でも救急車を呼んでください。その時は必ず入院してもらいます、いいですね?」
むーちんは内科医にそう脅されたようである。
私が担架のような簡易的なベッドで横たわって数時間後、血管のあっちゃこっちゃに針を刺され、抜かれたり投与されたりしてグッタリとなっている中、死にもの狂いでありとあらゆる方法を使って緊急搬送されたことを夫むーちんに伝えようと試みたが、むーちんの会社は、デスクに「ご自宅から電話がありました」と書いたメモを置いていただけだと言う。
会社に電話出来るのがヒー坊しかおらず、そのヒー坊は滅多に会話をしないという悪条件である。
ちなみに他人に電話をかけることがそもそも人生初のヒー坊…大博打。
救急車で大きい病院に運ばれたから病院に来てと言って、と頼んだが、実際には「配達に出ていて連絡が取れない」と言われて電話での会話は早々に終了していた。

そうとも知らず私はホンマは通話禁止なのであるが、偶然にもかかってきたむーちんからの電話を、簡易ベッドの中でとる。
てっきり私の病状を知り慌てて連絡をしてきた情に厚い夫、さては心配なんやなこのこの、と思って、病院は私をこのまま入院さすと決めているようだ、と告げる。
「はぁ?何が?」
情に厚いことになっていた夫は、第一声のみで赤の他人になり下がった。
なんなんだ、この情の温度差。
誰か病院に入院の準備をして来れる家族はいないか、と言われたことも説明してあげる。

「自宅に下の子がいるけど発達障害だから入院準備をしてココに来るのはきっと無理」
「そのお子さんはひとりで留守番は出来ますか?」
「それは大丈夫」
「しんどいと思うけど、今から検査するからね?もう少し頑張って?それが終わったら入院してもらうから。お家のかたに誰か連絡がつきます?」
「ダンナしかいませんが会社と連絡がついてるかどうか…」
現実問題、私は簡易ベッドが横付けされているCTの台に自力で転がるのがやっとの体力だった。
もう少し横にいける?もっと上にいける?といろいろな要望が聞こえはしたが、私が体を動かせないので技師のひとと看護士が定位置に私の身体を整えた。
そんななので、「大丈夫ですから帰宅します」と私が言ってそれを理解するひとなんかひとりとしているわけがない状況が今である。

「はぁ?入院なんかぜっっったいアカンで!」
「私のチカラでどうにか出来ることちゃうねん、だからはよ来てって伝えたやろ?ひーから電話あったやろ?」
「は???知らんで???」
そう、この時すでに会社の事務のひとがヒー坊の電話を切ってしまい、メモをむーちんのデスクに置いていたのである。
私の状況をヒー坊は他人に説明することが出来なかったようだ。
とにかく病室に入ったらアウトだからロビーで待て、と鬼のような注文をつける夫。
緊急搬送され自力で歩行出来ないまで弱り血圧が100を切った私に、である。
「血圧が95・50だけど、もともと低いほうかな?」
半年前の測定値は130ですと言ったら入院のケが強まると思って低いってコトにしたさ。
「とにかくアカンで?入院はムリってゆいや?タクシーで帰りや?」
「ゆったところで、やけどな」
私は怒りを通り越して元気さえ漲ってきた。
生きる勇気をありがとう、むーちん。
必ず元気になってオマエをギャフンと言わせてやる、覚えとけよ。
私は今までどんなに痛くても耐えに耐えて押さなかったナースコールをあっさりと押した。

「どうされました?」
「この点滴が終わったら帰ります、入院はしません」
「えっ?!帰るんですか?!」
「はい。この点滴が終わったらすぐに」
点滴は、あと10分もすれば終了という残量である。
「ええっと…先生をお呼びしますので…」
内科医の若き女医は、救急搬送された時から運悪く私の担当医になってしまった気の毒なおひとである。
私は搬送患者にしたらデキの良い『意識のある病人』だったので、女医は矢継ぎ早に私に質問をあびせた。
マスクで覆われた小顔の女医の、認識できるのはその瞳しかないのだが、私はこの女医を知っているような気がした。
無論、知らない。
健康体である私は病院とは無縁なので医師の顔を覚えるほど通院をしないし、かかりつけ以外で内科医と接触したことはない。
肉体的に弱ると、自分の身体を預ける医師に対して、親近感を抱くものなのだろうか。

担当女医はすぐに私の枕元に立ち、前置きもなくこう言った。
「入院をしないのはどうしてですか?」
「ダンナが入院させないと言うので帰ります。この点滴が終わったら」
「ひとりで帰るんですか?」
「はい」
「ご主人に暴力を受けていますか?」
私はハッとして首を横に振った。
若き女医に見覚えがあるような感覚は、あながち間違いでもなかったようだ。
このひとは疑問に思ったことを単刀直入に本人に訊く。
若き日の私と同じで。
「ご主人が入院をさせないと言うハッキリとした理由が何かありますか?」
「経済的な不安からです」
「そうですか…うーん…どうしよう…」
女医はしばし沈黙した。
私からのナースコールで困り果てた看護士も立ちすくむ。
「そういった経済的な援助や補助は受けていますか?」
「受けていません」
「そうですか…どうしようかな…」
私のような生活カツカツのワーキングプア層の人間であっても、こういったどうしようもない局面にぶつかり、立ちすくんだ経験がある。
生活保護を受けなければならないほどの経済状態でありながら、子供が明らかに知的な障害を持っていて、それを母親が認める方法を知らない、という場面である。

保護されサポートを受けることが出来る制度を、母親が知らないのである。
そうゆう制度があるのだということを教えても、そのために必要な申請にかかるお金やそのために必要になる費用が出せないという不安から動けない。
日本にはその制度を悪用しようとするほどのシステムがあるのだと教えても、母親がこれ以上にはもう悪くなることしか、頭にないのである。
たった今のこの生活をやっと維持している母親に、現状を根本から変えてしまうような一言を誰が言えるだろう。
どうして生活弱者はこうゆう場面で負の二択しかないのだろう。
どうして生活弱者の身の上にこんなことが起こるのだろう。
はっきりと断るか、無視か。
首を横に振るか、耳を塞ぐか。
肯定的な選択肢などないそんな母親を前に、新たな不安材料を押し付けるような真似が誰に出来よう。
明日すぐにでも、それが好転する生活なら誰だって言う。
喉が渇いても水すら買えない母親に、今日も明日も明後日も役所まで走って行けと?
そうすることで半年後の生活が変わると説得して?
この親子には時間もお金もないのに?
私には言えない。
本当の本当にダメになってしまうその前に救われる方法が役所にあるのだと教えても、きっと母親が意を決して動くということはないだろう。
それが不安に縛られているということだから。

何か申請をしようかというような生活水準でもない私に、経済的な補助が一夜にして国から支給される制度がないことは女医にもわかっていただろうし、私の決断を私自身が覆すことはないことも察したようであった。
私は女医と看護士が沈黙している間、自然と涙を流していた。
それは二つの意味を持った浄化ともいうべき生理現象であったと思う。
ひとつはもちろん、このような状況であっても入院という選択肢がない我が家の経済力のなさが久々に情けなかったということである。
まァこれは私の選んだ道の上で起こっていることなので致し方あるまい。
若くで結婚して経済力の乏しい中、金のかかる年齢になった高校生を2名育てるという生活は、誰にやらされているわけでもなく自分が選んだことである。

もうひとつは、私が正しい判断をするためのきっかけをこの女医との出会いがくれた、ということ。
このことが私にはとても大きかった。
私は近日中に大きな決断をせねばならなかったが、まだ結論を出せずにいることがあった。
私は自分自身に単刀直入に問うた、偽りなく正しいと言い切れる判断が出来るか。
女医は私の肩に手を置き、キッパリとこう言った。
「ご主人が来られたら話しをさせてください。ご主人が入院はアカンと言うのに無理やり入院させるということはもちろん出来ませんが、だからと言って『じゃぁわかりました』と、帰らせるわけにもいきません。帰れる状態ではないと私は思うので病室ではなくここに居てもらいます。一度、私にご主人と話しをさせてください、いいですね?」
女医がむーちんと話しをすれば、DV疑惑も晴れるであろう。
私たち夫婦の『我が家の金銭事情』の認識は共通して切迫しているが、より私のほうが細かく把握しているのである。
病状を説明して女医がちょちょいと脅せば、むーちんは入院さすと言うだろう。
その金がどっかにあるって思ってんだ、アイツは。
残念ながら私は自分の入院には鐚一文も払わない。
それが本当に必要と確信出来る入院でない限り、私の生き方に入院はない。
むーちんが案の定「入院させてもいい」と申し出たあとで、医師は安心して私の意見を尊重することにしたようだ。

「何度も来て検査をするのは身体がもちませんので、明日一日で必要最低限の検査のみを全部やります。ご家族のかたも来られて話しも出来ましたし、帰宅してもちゃんと身体を休めることは出来ますね?」
「出来ます」
「では、明日は必ず来てください。明日来ない、というのは絶対にやめてください、大丈夫ですか?」
「来ます」

こうして健康ダケが取り柄とも言えた私は、脾臓という臓器を全摘出するか否かのとっても珍しい病状と、ただいま闘病中である。
しばらくはネタに困ることもなさそうなので、脾臓一本で更新しようかな。
健康な御仁も、関係無いと思わんと頑張ってご一読ください。
健康だからって高を括ってた結果がコレやねんから、健康なひとほど知識のひとつとして頭に入れておくべきですよ。
それから、どんなに若くても詳しいほうの血液検査と定期健診は受けましょう。
異常値はウソをつきませからね。
[PR]

by yoyo4697ru980gw | 2013-06-13 00:20 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)  

<< 脾臓っ子 後輩gun >>