チョットだけよ

「今日、教育相談やってん。グっちゃんが『このクラスで何か不満に思ってることない?』って。」
「また?」
「うん、また。ありませんってゆぅたし。そしたら『じゃぁ先生からお願いがあんねんけどー』って。」
「またぁ?」
「うん、また。『フミにはみんなをまとめる力があると思うから委員とかやってほしいねん。』やて。」
「またぁあ??」
「また。」
「もう春休みやで?1-7もう終わりやで?グっちゃんってクラスを結局、どうしたかってんやろうなぁ??」
「わからん。」
教育相談で「学校に来たくない」という設問の項に、ケンケンが冗談でマルをしてみたらグっちゃんが心配して教育相談の時間がえらい伸び、部活にどえりゃぁ遅れた。それを聞いたチョナーは設問に対して望ましくない回答はせず、部活動の時間を記録会に向けてきっちり使うべく自分の順番が来てグっちゃんにどんな誘導尋問をされても何の落ち度も見せることなく、あいか~らずネコを被っていた。クラスに不満は無い、クラスをどうしてゆこうという気概も無い。悩みの欄にはこう書いた。やりたいことがたくさんありすぎて時間が足りません、あまりにやりたいことだらけなもんだから何からやっていったら全部できるのかを考えると、もう何からやってよいのかわからなくなりましたナンチャッテー。
「なんて贅沢な悩みなんや、て?グっちゃん?時間が足らんのは先生にもどうにも出来ひんわ、て?グっちゃん?」
「いいや?『フミの悩みは、羨ましい悩みや。』って。」
「同感や。」
「何か先生にお願いとかはないかって訊かれたから、ありませんて答えてん。『そしたら先生からひとつお願いがあんねんけどー』ゆぅて委員になれって。あんまりずっと言うからさぁ…2年になったら委員になってみようか、おもて。」
「…アンタは…何がやりたいねん?」
「何がやりたいって…そんなん、やりたいことなんかいっぱいあるわっ!」
「あ・そやったな。やりたいことを何から始めたらわからんくらい、あるんやんな?例えば?」
「いや…早く釣りの準備もしたいし、電車の準備もあるしな?あ・地下鉄乗んねん、ココちゃんおるから絶対に迷うコトないで地下鉄。トクラで竿を投げたりする練習もしようってコトになってるから川釣り用の竿の準備もしたいしな?やから一回、釣り具屋に行きたいねん。けどトレーニングもあって、記録会やろ?合宿は二泊三日やったっけ…」
「全部アソビやないかっ!遊びで予定が詰まってんねやないかっ。アンタ、幸せなやっちゃな。確かに羨ましいわ。…そんなアンタの何をグっちゃんは見てきたんやろう?こんなに遊ぶことしか考えてないのに。何を根拠にまとめる力があるっておもてはんねやろ?」
「さぁ?」
「だって最初っからゆぅてんで?家庭訪問の時からゆぅてんで、グっちゃん?三者面談の時も2回ともゆぅてたんちゃうか?」
「ゆぅてんで?」
「アンタ、ゆわれた時に即答したら?『先生、かいかぶりすぎですよ。』とか『先生、そんなウツワぢゃないですよ。』とか、ちゃんとした意思表示をしたらええのに。アンタの欠点はソコやで。自分で強く『これがしたい』っていうことを主張せんところや。自分からこれがしたいと強く思ってやったことはのびるけど、そうぢゃないことはのびひんと思うわ。イヤイヤやることは決して身に付かん。私がイヤイヤやった勉強は何一つ糧になってないもん、そんなもんやって。アンタがやりたいって気持ちがあって委員をやるならやったらええけど、グっちゃんがすすめるからって理由でやってみるほど、クラスをまとめるなんて簡単ぢゃないと思う。」
この一年間、チョナーは自分の出し方を間違えたのだろうか。ずっと担任にクラスをまとめる存在だと思われてきたようだ。訊けば「私ならやれます!」と言って委員をやると言っている意欲的なクラスメイトは他にいると言う。誰もやるひとがいないから「イヤと言えないフミにやらせよう」というわけでもなさそうだ。

「思ったんやけどさぁ、アンタがグっちゃんに『まとめる力がある』って思われてんのって、手伝いをするからや思うねん。」
今までのクラスメイトの様子をチョナーから聞く限りでは、手伝いはおろか自分の上履・下履をも洗ってもらっているコもいるみたいだし、習い事をするのに自家用車送迎付というコも多い。自分が食べる物を食卓に運ぶのを「配膳」と言ったツワモノもいた。
「家事ってな?何かひとつの能力が秀でてるから『やれる』ってわけじゃないのよ。ゆぅたら誰でもやれることやねん、家のことやねんから。どうやっても間違いってワケでもないしな。けど、とてつもなくジャンルが多いねん。事務処理みたいなコトもあれば、現場仕事って場合もあるわけよ、掃除洗濯家事育児にお付き合いその他諸々、コレという終わりはないわけ。終わりがなかったら自分で終わりを区切る必要があるわな?そうなると家事って『こなす』ことが最重要やねんな?何かひとつを突き詰めてやり抜くようなことじゃないねん。まんべんなく全てをカジってトータル『終わった』にもっていく力が要んねん。終わりがないねんから『見切る』力が要る。それって教えられて覚えることでもないし、机で勉強して学んでくことでもないやん?全部『やってみて』のコトやねん。やってみて『あ~こうしたほうがこなせるわ~』やねん。積んでいくもんやねんな。別にこうしようああしようと考えてするってコトでもなくてね、やってるうちに自然と身に付いてるもんやねん。それをアンタは物心付いてからは、やり続けてるわけやん?『こなす』ことに関してはもぉ~目ぇつぶってても出来るわけよね?その『こなす』ってのをグっちゃんは『まとめる』って力と読み違えてるんやと思うわ。」
だから、一度それを示すためにもっつーか、自覚するためにも、委員やってみるのもひとつかな~って思う。やらしてみたら、わかるんちゃうかなぁ?『まとめる力』には『最後まで』っていう任が課せられてて、到底「チョモってる」チョナーにはやりこなせない、ってコトが。

我が家では何かが中途半端なまま手付かずになっている様を「チョモってる」と言う。なぜならば、チョナーのすることなすことが、中途半端に終わっているからだ。それは、家事を手伝うに当たり「互いの手をチョット借りつつチョコット借りつつ」というとっても「流れ作業」的な方法でこなしているからである。
家事とは究極の臨機応変力が求められる。洗濯物の途中で電話がかかってきたり、掃除の途中で来客があったり、午後から予定があるのに午前中に別の用事が押して午後に喰い込んできたり、銀行に行く途中で野菜直売所を発見したりするのだ。それら全てを「こなす」ためには「今やっている事を如何にうまい具合で中断出来るか」という「見切り」に尽きる。「今だけ一時的にコレから手を引く」というポイントを見抜き、時間を取られた分の采配は、残された時間でやらねばならぬのだ。そのために何かをまるきし切り捨てるか、手早く済ますために前半の作業をスッ飛ばす、といった「許せるテキトー」を皆に認めさせねばならない。
主に「夕食の手伝い」を任されているチョナーには自然に「ちょっとずつ」という力が備わっている。手を引くポイントがちょっと早目だが、見極めはそうデタラメでもない。なかなか近いトコロでキめてクる。ひとつのことを一人でやるのでなしに、立ち位置を決めて分業制にするほうが、断然スムーズにいくのだ。「欲しい時の手」としてネコよりもバンバン借りれる優秀な手ではあるが、そこには「一通りのことに携わりそれをやり終える」という完成度は無い。
だから根本的に「要領が違う」という問題があるように思う。そしてその要領の違いは、クラスをまとめるのには致命的な違いだと思う。きっとチョナー学級委員長は、副委員長あたりから何かの意見を求められた時にこう答えるだろう。
「へ?そこから先もオレが考える事やったん??」
見切るの、早いよアイツ。
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by yoyo4697ru980gw | 2010-03-25 00:50 | +YOU WIN!!+ | Comments(0)  

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