フルハウス様方

ターからゆうパックが届き、電話をした。その日にちょうどターに宛てて郵送した物があったのでその旨を伝えたのだった「ちょうど今日、アンタに福笹を送っといたよ。」と。するとターが言う。
「じゃぁ明日、着くね。」
「着かないねぇ…送ったゆぅても普通郵便だから。3日くらいはかかんぢゃないの?」
福笹は腐らないのでね。中身が腐らない・補償もいらない、そんな物を送る時に私は普通郵便の定型外という方法で送る。送料が安いからである。
「いや?着くでしょ。オレが送ったのも郵便よ?一日で着いてんぢゃん。」
「アレは普通郵便ぢゃなくて、ゆうパックだよ。」
「へ?ゆうパックと普通郵便て、違うの?」
「違います。私が送った今日の普通郵便は200円ね、アンタはそれ以上、払ってる。思いっきり伝票切っとるやないけ。」
「へ??じゃぁ普通郵便て、ナニ??」
「普通郵便はフツーに切手で何かが届くヤツね。伝票じゃない、補償もない、だから安くて時間もかかるよ。ゆうパックは宅配やねんから基本的に一日で着くよ。」
「へー…そーなの~。じゃぁ普通郵便てドコに出すの?」
「窓口。」
「窓口なんだ~。じゃぁ郵便局に行かなきゃなんないね。」
「切手の代金がわからないなら行かなきゃね。大きさとかが超えてなくて金額がわかる時はコンビニでもイけんで?切手の金額さえわかれば、切手を貼って投函したらええのが普通郵便やねんから。あ・それがサ、最大の長さが60センチやねんけど、ギリ60やってん。ほんでもしかすると戻ってくることがあるかも、ちゅ~ことで窓口でテープ借りて余裕で60センチになるようにちょっと折っといたから。『中身が福笹なんスけど~笹の部分はちょっと折れないんでぇ~根元でイきます。』つってね。窓口で応急処置した根元の折れてるヤツが届くからね。」
「あ…そうなんだ…折れてんのね…」
「いや…中身は大丈夫やろ。外から見た感じがちょっとグチャってなってるだけやけぇ、着いたらすぐ開けや?いがんでるわ。」
「グチャってなってるんや…」
「うんしょ、くらいは折っちゃったからねぇ。」

私は頻繁に郵便局を利用する。普通郵便・ゆうパック・宅配便、どれで送ると送料がトクか、ということを考えておおかた「ゆうパック」か「普通郵便定型外」に決まるからである。そういえばターからのお届けモノはたいがい「宅配便」である。今回はたまたま「ゆうパック」であり、だからターは「郵便」だと思ったということだろうか。ゆうパックだと持込割引と同一宛先割引でだいたいの場合に宅配便よりもおトクであるが、ターは送料の得は考えないタイプであろうか?
郵便局の「アッパレぶり」はこんなにも浸透していないのか??私はあまりにも当たり前に「郵便局」を贔屓にしていたもので、ターが「普通郵便」を利用していないことに驚いた。確かにターはメールや電話で事を済ませる世代であるから、郵便局に縁も所縁も無いかもしれない。しかし私にとっては、郵便局はだいぶ「アッパレ」な機関である。民営化後も変わらずアッパレである。このアッパレぶりは、今年もアッパレである。それを私は年賀状で確認した。
だから私は「昔の郵便局のアッパレぶり」まで引っ張ってきて、若い世代にいかに郵便局がアッパレかということを示したいと思う。

しかし、このアッパレぶりを目にするであろう若年層の諸君には、まずこのことを申し上げたい。

よい子もわるい子も決して真似をしてはいけないよ
なぜなら 郵便局員さんもヒマぢゃ~ないんだから


わるいワタクシメがやったことは決して褒められた行為ではないが、私はナニも暇つぶしとしてやったわけではないことを強く申し上げておく。理解していただきたいのは、私は郵便局の「アッパレ」の真価を問いたかったのだ。「郵便局は素晴らしい!」と声を大にして叫べるという保証がなければならなかった。そしてその保証が実体験に基づく保証でなければならぬ必要があったのである。ネット世代の諸君よ、君たちの情報収集能力は高いだろう。しかし君たちが収集した情報のいかほどがホンモノであろうか。ホンモノがどうかを見極めるためにインターネットの検索機能を使うだろうか。ホームページからPDFファイル閲覧に飛ぶだろうか。約款という資料はドコのヤツでも分厚く、ページを繰るだけで飽きるが、スクロールすればあっつー間に100ページは流せる。ウィキペディアから抜粋した数行の情報からで、君は「知った」と言えるだろうか。「知る」ということは果てしない。知れば知るほどもっと知らねばならぬことを知るのである。生きてる間はムリちゃうか。
てなわけで、「よしっホンモノだっ」と確信するためにはドコかで見切りをつけなければならない。「ドコで見切りをつければよいか」をまずは見切らにゃ、ならんのだ。そのために費やすのが時間であり、費やした時間を判断材料にするために起こすのが行動である。これが「経験を積む」という一連の流れなのだ。実体験から得られるものが「確信」であることは、君たちの知るところである。君たちはその昔オカンから情報を得たろう「夜中に口笛吹いたらヘビが出るよ」。君たちは行動を起こしたではないか、アホほど夜中に口笛吹いて。一度でもヘビが出たためしがあっただろうか。君は確信したよね「夜中に口笛吹いたトコロでヘビなんて出ねぇよ。」君のそのデータは夜ごと蓄積され、やがてホンモノの情報としてインプットされたことだろう。君は実体験から「夜中に口笛を吹いてもヘビは出ない」という確証を得た。私は今、口笛では選曲ミスではないかと思われるポルノグラフィティ「アゲハ蝶」をフルコーラス口ずさんでみたが、やはりヘビは出てこなかった一匹も。口笛で「アゲハ蝶」は苦しいで。万に一つヘビが出てきたとしても、逃げたり戦ったりする余力は最初のサビをハミングした時点で既に無い。だから口笛で「アゲハ蝶」をチョイスするのは、やめたほうがいい。私は調子をこいて伴奏・間奏まで口ずさんだために息が続かず、しまいにゃ病み上がりの喉が潰れた。

2007年10月、10年間の郵政民営化移行期がスタート。民営化前の2007年9月までの約31年間、私は様々な郵便物を受け取った。その中には、私の名前が間違って届くものが多かった。我が家族、名字こそ日本で10本の指に入るほどありふれているが、5人家族のうち3人は届いた郵便物の名前が不正解ということがあった。父・兄ならわかる。そうとは読めない漢字が使われているからである。父も兄も名前を漢字で書いて正しい読み方をされたことなど、私の記憶の限りでは一度も無い。しかし私の名前は読めない漢字を使っていることはいない上にひらがなでしか名前を書いてこなかった。とくに珍しい名前というわけでもない。二文字で短い。それなのに度々、名前が不正解なのである。この家にそんな名前のひとは住んでいないというのに、あっちこっちドコへ引っ越してもちゃんと届くのだ。だから私はずっと「なぜ届くんだ」と思っていた。印字された宛名ラベルの時など、兄なんて「日本人ぢゃねぇ~だろっ!」というような名前のカタカナで届いた事があった。もうべつに「名前」まで書かなくても「名字」だけで届くんぢゃないかとそんな疑問をずっと抱いていた。
それから結婚をし名字が変わった。今の名字は、今までむーちんの親戚以外で同じ名字に出会ったことが無いという、私の19年間の旧姓生活と真反対の名字である。それによりどうゆうことが起こったかと言えば私は「名字も名前もてんでデタラメ」で覚えられることが多くなった。口頭でフルネームを告げた時などとくに全くおーてない。「音が重なり発音しにくい」ということがその一因でもある。自分でも自分のフルネームを言うのに口がまめったことが少ない。それで自分の名前を間違えられても「ハイ」とそのまま返事をしていたことでなのか、郵便物はかなり名前がえ~かげんに届くことになった。私はますます「ドコまで届くねんっ」という思いが強くなり、とうとう行動を起こすことにしたのである。それが数年前からの『郵便物はどれほどえ~かげんでも届くものか』の検証である。

まずはじめに確認した事は「配達員のひとがどのくらい宛名を注意深く読むか」ということであった。ウワサによれば「郵便局員は葉書の私信の部分は一切読まない」とされている。葉書は封書と違い、その内容がオープンだ。しかし決して郵便局員はその内容を読みはしないということだ。べつに読まれてもええから手短な用件は50円で送りたくて葉書にしているのだが、読まないとは意思が固いことである。読める状況があって誰も見てナイんだったら、私は他人の私信を盗み見ることに大変な興味がある。悪いなァとは思うが、読んでみたい。そりゃ一枚二枚ならそんな興味も湧こうが、あっちゃこっちゃに配達せなアカン仕事として手にした葉書に興味なんて湧かしている暇は無いだろう。しっかし葉書の最初の1~2行程度くらい、読んぢゃおうかという出来心も無いというのだろうか、局員は。仕事に対しての姿勢が真面目な局員なら私信は読まないと思う。しかしどんなに真面目な局員でも絶対に読む箇所はある、宛名である。だって配達するんだもん、見なきゃ。その「見なきゃ」いけない宛名の部分を、どれほど注意深く見ているものだろうか。例えば今日私に5枚の封書が届くとしよう。輪ゴムかなんかで束ねた同一宛先の封書は、一番表の宛名だけを見、ポストに入れているというのか?束ねた封書の上から3番目の宛名のフルネームが全くの別人で書かれていたら『ん?』くらいには思うだろう、局員だってサ。そのためには「宛名を注意深く見る」ことが大事である。だから「注意深く見るかどうか」の確認が必要だ。
そこで私は、ラップの芯に手紙を詰め知人に宛てた。そしてその宛名のそばに「このバトンをどうぞ手渡しで『ハイ』と言って繋いでください」とメッセージ。局員さんが注意深く読んでいるのなら、バトンに模したこの手紙は十分ポストに入る大きさに調節してあるが、入れるのではなく手渡しされるはずである。

「あの…今ねぇ…君からバトンが届いたんだけど…これは何だね?」
「おぉ~ピンポンされたぁ??」
おっさんの局員がピンポンして『ハイ』と手渡しで繋いだそうである。私は前もって知人にこうゆうことをすると告げてはいなかったので「詳しい説明は中に手紙が入ってるからサ」と伝えた。バトンを繋いでもらって私は大変に満足であると礼を述べると、「おっさん二人が玄関でバトンを繋いださ…『ハイ』『あ…ハイ?』ゆぅて。面識のあるひとなんでねぇ…お互いになんとなく気まずいと言うかねぇ…。」とおっさんのひとりは大変に迷惑そうであったが、「モノは相談なんですけどね?」といくつかの「え~かげんな宛名で書いた封筒」を送るから2~3ヵ月に1回くらいのペースで投函してくれまいかと持ちかけた。そのおっさんが北は北海道のひとなので、もう一人の協力を仰ぐのには南は九州宮崎の友人コベ。彼女なら二つ返事でオーケーである。本当に学生の頃から彼女は、私のしょ~もない提案にいつも協力してくれた。こんなに頼もしい存在はいない。それから近所の、当時は中学生だった今や留年の危機に直面しているミズオ。国語はあと3回サボったらアウトなんだって。
「アンタさ、おばーちゃんちに行くならその前にウチに寄って葉書を持って行って。おばーちゃんち近辺から私に出してよ。」
「いいよ~。ミズが葉書買って向こうから出そうか?」
「ちが~う、そうゆう葉書ぢゃな~い。」
どうゆう葉書やねんっ!と掘り下げるミズオに私は説明。二度目の葉書投函の際にはわざわざ途中で父親に車を止めてもらい、違った地の消印となるよう配慮したと言う。
「えらい??」
「えらいゾ。よくやった!!」

それでは『え~かげん』の度合いの数々を見てゆこう。
郵便物であるので当然、私の個人情報が含まれる。できればそのままで郵便局のアッパレさとリアルさを出したいトコロであるが、こんなご時世であるので画像を加工。アシのつく郵便番号は伏せ、住所(仮)を示しておく。

兵庫県伊丹市可否1丁目23番地4
田泥文化 102号
千徒 まう 様


これをちゃんとした宛名とする。
この住所を正式なものと仮定し、デタラメにしたものの中から厳選してご紹介しよう。

硬筆検定を受けた経験があるだろうか。私は受けたきた検定試験の中で「硬筆検定」ほどくだけた雰囲気の検定は無いと思っている。制限時間があるのかないのかわからないが、いつも時間が足りに足りた。最後まで教室に居た記憶が無いのだ。検定を受ける人が教室で同時に「文字を書く」という検定内容をスタートするのだが、私が受けた硬筆検定のシステムは「出来た人から去る」というものだった。いつもより丁寧に時間をかけて書いても、私は10番目以内に毎回教室を去った。「よし」と決めた自分のタイミングで、教壇に用紙を提出して去る。その際、用紙は伏せていなかった。私は日々「殴り書き」という筆跡だったので硬筆検定の時だけが時間をかけて文字を書く機会であった。一文字一文字をじっくりと書き上げた時には「見本のようだ…」と心の中で自画自賛。意気揚々と教壇に用紙を提出しに行き、私より一足先に去ったひとの筆跡を目にした時、私は己の筆跡のクセの強さに愕然とするんである。「私よりも早く書き上げたひとの、私と同じ文書を書きとった文字が、見本のようだ…」と。肩を落とす私に先生はこう言った。
「字は、上手い下手じゃぁないぞ。汚くても丁寧に書く心掛けが大事なんだ。」
本当だな?大事なのは心掛けなんだな?丁寧に書く心掛けを大事にして書いた字がおそろしく汚かったとしても、それは字だと認められるんだな?
右利きの私は左手で、丁寧に書くことを心掛けた。とにかく心しか掛けていないほど丁寧に書いた。改行ポイントなんてどうでもいい。なんしか丁寧に書こうという心掛けのみ。
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それでも郵便局はコレを字だと認めてくれる。そして届けてくれる。
大事なのは心掛けである。
コレをどうにか読んで届けよう、たぶんこうだな、とアタリをツける郵便局員の心掛けが何よりも大事、アッパレ!

郵便番号には地区の情報までが入っているので、それ以下を適当に端折ってみた。
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逓信省の「テ」を図案化したマークで郵便局の「〒」、民営化で「JP」になった郵便局、短くするのは大得意、アッパレ!
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短縮してオーケーなJPは、並び替えてもオーケー、アッパレ!
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漢字がうろ覚えでもオーケー、アッパレ!
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郵便番号情報アリの地図バージョン。近辺に何があるかが事細かにあるので、かえって配達はし易かったかも、アッパレ!

さてココからが、郵便番号ナシでの地図バージョン。地図をどんどんわかり難くしてゆく。
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ヒントは、隣県がチラと見えてること。県内所々の市の名称アリ。名所の写真付き。
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この形で県がわかるかな?市内の川と池、公共施設の名称のヒント付き。
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川と池のみで市を当ててみよう。
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すんごく狭い範囲の近所だけで「このへん」というヒント。

2009年の年末にミズオがメールでフルハウスの住所を訊いてきた、年賀状を出すために。私は答えた「伊丹市しかるべき番地フルハウス 千徒まう様」。
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むーちんの会社のひとからは地区名しか書いていない年賀も届いた。フルハウスの番地がわからないので番地のトコロは手書きで書き足すことにして地区名までをプリントアウトしていたものと思われる。しかし番地を書き忘れて投函されたようだ。8丁目か9丁目まであり、二桁の区画があるのによくぞココを当ててキたもんだ、郵便局。

どうでしょう。
JPのアッパレぶり。
ご理解、いただけましたか。
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by yoyo4697ru980gw | 2010-01-20 01:14 | +mender!+ | Comments(2)  

Commented by ター at 2010-01-20 08:22 x
飽くなき好奇心に感服。

他人の気持ちへに配慮が欠落。
Commented by マー at 2010-01-20 14:28 x
朝もはよからココ開くその根性。
よぉやるわと思う姉。
引っ越し荷物の分別を三箱。
二時間で飽きておコタで転寝。
寝てばっかいるのは痴呆の前兆。
もしくは怠け者の証拠。
そろそろ数が尽きてきた体言止め。
こんなことだけしときたい毎日。
全くやりたくない就活。
そんなことを考えているあなたの姉。
そしてこれが私の人生。
人生何よりもアキラメが大事。
なにはともあれアッパレ、郵便局!

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