御役所(待つ市民)

早速、休日明けに必要書類7通を取りに北分所へ。私ずっと『北分所』だと思っていたけど『北支所』だったのね。北支所は混んでいた。二つしかない受付には既に二人の市民が各々二人ずつの職員と対面していて、ちょいと離れた「待ち用のイス」に座っている市民が二名、私が立って受付の順番を待っているひとりで、受付を済ませているのかそれともこれからなのか、という微妙な感じで立っている市民が二名。この建物にはいろいろな施設が入っていてその中のひとつが『北支所』である。建物自体の受付と北支所の受付は繋がっていて二つに分けているのであるが、その分け方は天井からプラカードみたいなモンがぶら下がっているだけで、不親切である。このホールに用事があるならばホール受付へ、役所に用があるならば北支所受付へ、ということだが明確な仕切りはないのである。それならばそれぞれに受付番号を発行するなどの策を講じるべきである。とにかくダレにナニを言っていいやらわからない感じで、市民は何らかの用紙を持って受付付近をウロ~ウロ~とする。市民が手に持っているのが何なのかはっきりしないので、職員も声を掛けようか掛けまいか…といった宙ぶらりんな体勢である。デスクから立ち上がってはみるんだけど、目が合わない市民とどうしたもんか…ホール受付に来たひとだろうか…それとも北支所か…どちらにも「様子見」というタイムロスが発生している。私は全然、急いでもいないからいいんだけども、市民同士にも混乱はある。「あのひと…私より先に立ってるんだけど…受付…しないのかしら?北支所に用事があるんじゃないのかしら?…じゃぁ、私が北支所のひとに先に声掛けていいのかしら…名前を呼ばれるのを待っていたりして?…じゃぁこのひとの処理が終わってから次の受付かしら…」。いつか市民の間に「私が先に並んでたんですけど?」「あぁ、すいません。これって受付はドコに並ぶんですか?」「さぁ?私に聞かれても…」「じゃぁ、こっちに並んでおきます。」「そっちはホールの受付ですよ。」「あらヤだ、ホールに用事は無いんだけど。」てな、収拾のつかない事態が起こりそうだ。みんなしてヒマだったら穏便に済まされるかもしれないが、時間の無い人たちが殺到した時は職員には更なる仕事が増えることになろう。そんな状況下で、地域の方々と交流を深め親しまれ、利用し易い支所としての懇切丁寧な対応が心掛けられる職員なら、最初から不愉快になるような対応はしちゃいない。これは北支所の最も改善すべき点である。

改善点は今後に期待するとして北支所の対応のほうはと言えば、悪しきにあらずさりとて良くもなし、というところ。まぁ市民課長の指導が入ったからといって急に懇切丁寧になれるのか、と考えたら事はそう単純ではないと思う。なぜならば北支所が出来た最初の年に、何かの手続きで北支所を訪れた際、私と面と向かって対応した「おっちゃん」こそ、今回の「おっさん」だからである。
私がこのおっちゃんを覚えていたのは、そのおっちゃんがとても印象に残る人だったからなのだ。そのおっちゃんは最初の年からずっと居た。そして「おっちゃん」から2年後くらいには「おっさん」となっていったのである。関西の「おっちゃん」と「おっさん」の違いは、好印象なおじちゃんが「おっちゃん」その逆が「おっさん」である。

多くの企業がボーダーレスになっていっているのにお気付きだろうか。ナニのボーダーレスかと言えば「健常者」と「障害者」のボーダーレスである。発達遅滞である我が子ヘイポーは「健常者」でもなく「障害者」でもない「ボーダー」と言われる児童である。「障害者手帳」も「養育手帳」も無いのに、サポートのいる「健常者」であるポジション。こうゆうボーダーにとって世の中の雇用ボーダーレスは喜ばしいこと。実は今の子供たちにはこの「ボーダー」が大変、多いからである。昔から「ボーダー」の子供たちはいたのだが、世の中は「ちょっと手がかかるコ」くらいにしか認識していなかったようである。訓練をして集団生活に適応させようとする施設も、あまりなかったと思われる。今でも万全に用意されているわけではない。訓練にお金がかかるとなれば続けなければ成果の出ない訓練に通わせるのを断念せざるを得ない。我が家もカネが続くとは思えず断念したクチである。しかし、今は書物があり資料がありデータがあり情報がある。手探りで適応させているわけではないので、いくばくかのコツがつかめる具合になっている。障害者雇用という制度の促進法が改正されたことは、障害者認定をされていないヘイポーが大人になり仕事をする上で、サポート体制が整っているだろうとの希望が持てる親としての安心材料となり得る。企業側の理解があるのとないのとでは、身を置く本人とその家族にとって大違いなのだ。制度が改正されたことで直接的に企業が理解するのは労働時間や助成金としての理解ではあろう。しかし、それを理解して障害者雇用が促進されるのならば、ボーダーの子を持つ親の気持ちとして「障害者雇用率があがれば将来的にこのコたちが社会に出た時、健常者と共に働くということがどうゆうことかを双方が理解することになるだろう」という期待は持てる。私は我が子ヘイポーの育児を通して、現実的にクリアしていかねばならない様々な不都合が生じる、ということを学んだ。そのひとつひとつを箇条書にして企業に渡すわけにもいかない。実際に渡したとしても、あまり意味がないのだ。なぜなら、遅ればせながらでも成長をするからである。昨日つまづいた事に今日もつまづくとは限らない、出来ないことがずっと出来ないわけでない、出来たことがずっと出来るわけではないからなのだ。学校でもそう、私は「こうゆう傾向がある」という注意点は言ってきたが、常に「本人と接してもらえばわかります」と伝えてきた。接することなのだ。「おかーさんが言われていたコトはこのことだったんですねぇ…」と担任の先生方は必ず言った。難しいことは本当は何もない、だた「そうだ」と理解してもらえれば済むことなんである。あとは本人が努力して適応することを理解せねばならない。時間はかかるだろうが、理解は新たな理解を生む。そうやって経験して積み上げていくしか、手だてはないと思えるんである。

北支所が出来た最初の時、私は何かの手続きでこの「おっちゃん」と受付で出会った。おっちゃんには、片腕がなかった。支所が出来る前には本庁で転入届か何かをしたが、その時の受付のひとも姿勢と歩き方がぎこちなかったのを覚えている。しかし、その本庁の職員は用紙の書き方や必要なことを、私が訊かなくても先に説明した。私は、北支所のそのおっちゃんと出会って、伊丹の市役所は障害者雇用がすすんでいるなぁと感じた。そしてそのおっちゃんは、私が取るべき用紙もペンも捺すべき印鑑も、全て先に取って手続きをスムーズにしたのだ。私なんかよりよっぽどスムーズに。そしておっちゃんは、私の名前が書いてある用紙を見てこう言った。
「ええっと…千徒まぅ、さん。まぅさん…」
「はい、千徒まぅ、です。」
「まぅさん、いい名前やねぇ。千徒まぅ、なんかタカラヅカの女優さんみたいな名前やんか~。」
「そぉお??名前、ダケやな~。」
私は、自分の名前をよく話題にされる。苗字は「どうお読みしますか?」といった具合で話題にされることが多いし、名前のほうは「いい名前」だと言われる。私の名前は、親がつけるのをすっかり忘れていて期限が明日だというその晩、頭を抱えてどうしたもんかと考えていたら、その額に当てていた指が眉毛に触れていたのを見た3才の兄が、「ソコはマユ、ソコはマユゲ、マユでちゅよぉ~。」と教えたのを聞き、「あ・マユでいっか。」とおそろしくテキトーに決められた名前である。名前の漢字を問われたら、「真実の『真』に、自由の『由』です。」と由来がさも「真実」と「自由」にあるかのように両親は答えていたが、おサキ真っ暗の『真』に由来無しの『由』な名前なんである。「由来は眉毛です。」と言ってもジョーダンにしか取られないそんな名前であるが、「まゆ」はよい名前だと方々で言われてきた。何がよいか何がわるいか、そんなことはひとつの理由だけでは決まらないんだな、と私は自分の名前を「いい名前」だと言われるたびに思っている。

私が7年前に伊丹に越して来て最も驚いたことは、挨拶をしても返事が返ってこないことであった。それまでは同じ兵庫県でもあまりデカい会社がないような新興住宅地に住んでいた。そこでは、知らないひとであっても家の近所ですれ違えば「こんにちは~」と言い合い、全く知らないおばちゃんに「おかえりなさ~い」と言われて「ただいま~」と答える。むろん、知らないおばちゃんちにあがりこんでシャワーを浴びるわけではない。そのおばちゃんちを通り過ぎて、自分の家に帰るのである。お店のレジスタッフとは「寒いですねぇ」という会話がなされ、「毎日毎日寒いですよね~今日なんか雪ですよ。」「えっホンマですかっ?!」「いや、ウソですけど。」「あ~ビックリしたっ!」「すんませんすんません、だいぶウソつきました。」と、初対面でもウソがこけた。
ところが伊丹のレジスタッフは「暑いですねぇ」というクダリを初対面では言わない。「あ・お金が足りないので、コレ、やめます。」と言っても黙ってレジの店内専用カゴに入れるだけ。近所のおじーちゃんに朝の挨拶を返してもらうのに半年くらいかかったと思う、毎朝出会うわけではなかったから。
それなので『伊丹人間学』からの見地で言えばこの「おっちゃん」は「伊丹初!初対面で『コミュニケーションの糸口』所有のおじさん」であったのだ。印象に残らぬはずがなかろう。その「おっちゃん」が理由なくして「おっさん」になるであろうか。人手不足の忙しさがそうさせた可能性も考えられるが、私はそうは思わない。なぜなら、自らコミュニケーションを取ろうとするような性格のひとは、仕事や状況からよりもひとからの影響を受けやすいからである。仕事上のミスよりも人との関わりの痛手に大きな影響を受け、心を閉ざしてしまうのだ。コミュニケーション能力に難のあるヘイポーは全く逆である。人との関わりには無頓着であるが「学校に課されたことをミスする」ことに何よりも恐怖を感じる。熱があろうが吐いていようが、しくだいをやろうとするのだ。「病欠やねんから、やってなくても大丈夫やって。元気になってから出してもOKやって。」と言っても、今日のしくだいは明日提出するのだという約束を守ろうと必死になる。その挙句、夜中に吐き気をもよおし「おぅえっ…うぐっ…」という嗚咽に私が飛び起きるという迷惑を被っても、である。
「おっちゃん」に対する市民の接し方が「おっさん」へと変貌させたのだと私は推測している。それは、きっとジワリジワリとおっちゃんの心を閉じさせ、投げやりな態度へと変えさせたのである。「おっちゃん」自身が気付かないほどゆっくりと「おっさん」腫瘍は進行した。

今の北支所の職員は、おおかた「おっちゃん」たちである。若い職員は見当たらなかった。中年男性独特の物腰の柔らかさで発せられた言葉には「元気よさ」というものは感じらなかったが、そのような年齢の男性に「元気よさ」があっても不自然である。しかし、明らかに「指導が入ったことを受け止めている」というおとなしさがあった。それだけで、もう十分であると思う。市民の私達に何の非も無いとは言い難いではないか。私たちの市民としての接し方にも、横柄さがあったかもしれないのだ。お互いに尊重し合ってこそのよきコミュニケーションである。誰しもケンカ腰にコミュニケーションを取りたくはないはずなのだ。「行動」をしたら次に何が必要であるか、それは「待つ」ことである。

浩然の気はこれから出していくのだと、待つ市民のひとりであるように努めよう。
[PR]
by yoyo4697ru980gw | 2009-07-24 12:34 | +ミルニング+ | Comments(0)

どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ


by MA