どうでもよいことを考えはじめたらキリがおへん どうでもえぇのについつい考えてまう どなたサンもその状態が「ミルニング」どすぇ

お腰につけたキビ手拭い

♪さ~げたろさ さっげたろさ~
お腰につっけた~ 機微手拭い
ひとつ おててを拭かせましょ~♪

私は、ジーンズやトップスにあるベルト通しに手拭いを通してぶら下げている。ハンカチを持つこともあるけれど、圧倒的に腰から手拭いをぶら下げている。いちいちポケットやバッグからハンカチを出したりしないでよいからラクチンである。
ハンカチを忘れたなんてひとが手を洗った後でその手を、中学の時の同級生に街で偶然会ってコーフンした関西のおばちゃんくらいに振っていたとしたら、チョイと腰を突き出して寄って行き、「お拭きになって。」と優しさを出して差し上げる。「ありがとう、コレって手拭きなん?」と訊かれたら、そのひとが最後の一滴まで水を拭き取ったのを確認してからこう言う。
「コレ、雑巾やねん。」
「…え…?」
「常に雑巾、ぶら下げてんのよ~。」
もちろん、ジョークやで。

手拭い腰下げ人種『テヌグイ族』は実用面でそうしているとはいえ近年、ファッション性も追及するようになってきた。手拭いの色柄・素材にバリエーションを持たせ「今日のこの服のカンジだったらコレかしら?」と、気分と独自の判断でファッショナブルにチョイスするのである。
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和柄・洋柄・御教訓柄、パイル仕立て・ガーゼ二重タイプ・晒タイプ、テヌグイ族のタンスには豊富な手拭いがスタンバイしているのが常識である。テヌグイ族のアイデンティティは手拭いでわかると言っても、あ、それは過言やな。言い過ぎ・言い過ぎ、アイデンティティはわからんでいくらなんでも。

テヌグイ族に伝わる『無難』という秘儀をご紹介しよう。どの手拭いを選んだとしても『無難』になるというファッションのことである。奇抜の一歩手前の「個性」が入れられる間違えたら危険なファッションであるが、日本人であれば危険性はないので伝授しよう。ジーンズ+羽織である。
この夏の暑い時期、『羽織』というアイテムは実用性にも優れているのだ。紫外線を浴びたくないの、という御婦人方はおそらく半袖に二の腕をまるまる覆うアームカバーをしておいでのことだろう。そのアームカバーがUV加工されているものであれば、だいたい1500円前後で購入していると思うがどうであろうか。セールで買ったとしても980円は払ったよね。しかし、そのアームカバーをしたところで、完璧に「ウルトラバイオレット(紫外線)」なるもを防げたであろうか。半袖とアームカバーとの隙間を「超ムラサキ(紫外線)」でうっかり日焼けしていることが、ままある。それにアームカバーのゴムはむくんだ二の腕に喰い込んでいることと思う。そしてこれって、意外に暑くてうっとうしい。

それにひきかえ羽織は、はおるだけで「うっかり日焼け」をしないですむ。袖があるからね。そしてその袂に手を入れていれば手の甲のUVも完璧なのだ。なぜならば、天然繊維で最も紫外線をカットするのが絹であるから。羽織の仕立てがどうなっているのかを承知のひとならば、羽織が通気性に優れているのをご存知であろう。いろんなとこがアキまくっている。袖口は大きくアいているし、袖の振り部分は身八ツ口からぱっくりアキアキ、衿は下までボタンは無く羽織紐一本を結んでおわり、単衣の羽織ならば模様はスケスケ。これほど涼しいトップスはほかに無い。
「正絹の羽織は高い」
そう言う御仁もおいでのことだろう。UV加工のうす~いシャツジャケットの相場は、5000円前後である。探せば3000円でもあろうがUVカット率はさほど期待はできないだろう。

さて、私は正絹の羽織を夏用と冬用と合わせて8枚持っているが、うち自分で購入したのは4枚である。4枚の合計金額は破格の2400円。冬用の一枚が1000円でこれが一番高いが、呉服屋さんの古着ワゴンでみっけたので処分価格の1000円である。次に高いのが800円、リサイクルショップ。夏用の単衣羽織一枚が500円でもう一枚は100円。100円のヤツは呉服屋さんのジャンク品。袖口の数カ所に「漂白剤が飛び散ったのだろう」というような色落ちがみられるから100円。これが気にならないのなら正絹の羽織が100円で買えるわけである。ジャンク品は確かに安いが、羽織が全て絹であるとは限らない。普通ならば値段で絹か絹でないかを見分けるのだが、ジャンクなワケは様々である。「ポリエステルだから100円」という理由ではない場合もある。素材を見分ける目利きに自信があるならば、呉服屋さんのジャンク品の中から正絹の羽織を見つけるのが一番安上がりであることは間違いない。リサイクルショップのように親切にも値札に「絹100%」とは書いていないので、コツをお教えしよう。「訊くのが一番」である。しかし、ジャンク品はたいがい表に出ていて、店の人は中に居る。店内に持って行って訊き「それはポリです」と教えてくれたとしても、表に出てきていちいち解説はしてくれないし、閑古鳥が鳴いていない限り、二枚目からは素材を教えてはくれないだろう。「これは…まぁこの値やからねぇ…正絹ではないやろうけど…」と、一目で絹と見分けていても正解を言わないのがよい商人である。よい商人はジャンク品の中から逸品を探し出した客に「着ることは出来ませんがね、年代物の着物を置いてますねけど…見るだけでも見らはりますか?」と言う。目利きを認められたら奥の「隠し骨董」を見せてもらえ、目を肥やす資料として提供してもらえるんである。和服の目利き力をつけると、得なことはもうひとつある。正絹の着物をタダでもらえる機会に恵まれることである。よい和服は見るひとが見ればちゃんとわかるのである。そういうひとは必ず「よい羽織やね」と声を掛けてくれる。そして十中八九「おばーちゃんの?」とお訊きになるのだ。質のよい着物は「親子三代」着れるものとされているからである。「いやいやコレは呉服屋さんの古着で1000円なんですよ~」との説明から話しは弾み、「ウチにもおばーさんの羽織があるのよ…よいモノやから処分するのももったいと思ってんねけど、着ることもないし…」ということになり「もらってちょうだい、着てくれたらうれしいわ。」といただけることとなる。よい羽織ひとつをはおるだけで、よい羽織が次々に。よい羽織というのは着心地がいいのでずっと着ていたくなるものなんである。ずっと着ていたりまた、肉親がずっと着ている姿を目にしていると自然に愛着も湧く。愛着があればおのずと和服を愛するひとの手へと渡ることになっているのである。愛することが目利き力をつけるカギである。

自分で選ぶ時のポイントのひとつは、サイズ。
昔のひとは小柄であったので、「正絹なんだけど小さすぎて今は商品にならない」という状態のよいジャンク品が意外と見つかるのである。中にはしつけ糸がついたままであることもあるのだ。羽織とジーンズを合わせる時に、小さいことはよろしいことである。袖の振りの長さはほとんど一緒で裄が短いダケなので、紫外線を避けるには袂に手を入れれば完璧であり、何かの作業をするには邪魔にならない裄の長さ、という願ったり叶ったりなサイズである。
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画像はその100円の夏用ジャンク羽織である。全く関係ないがウチの玄関はドアを閉めておいて膝で押さえないと鍵がかからないというちょっとコツの要る玄関である。ドロボウよ、この玄関はそう簡単には開かないぞ。閉める以上にコツが要るのだ。
着物ブームが若い世代に広がりつつある今、リサイクルショップではお召しを中心に値が上がっている。しかしリサイクルショップの和服買取の査定は驚くほど安い。だから本当によいモノを持ち込んだひとなら、そのあまりの安さに「やっぱ売りません」と言うだろう。
テヌグイ族は、片田舎のリサイクルショップに足を運ぶ。そこは大量生産の廉価品という影響を受けにくい、細々とした生業家業で売買された品がある確率が上がるからだ。近所の酒屋が中元にお得意様に配った「○○酒造」の宣伝入り手拭いというのも、袋入りのままあったりする。テヌグイ族のマストアイテムが一堂に会しているのである。そしてたいがい、需要がないのでかなりの処分値で叩き売りされている。「ファッショナブル」とはなにも「おっされ~」なダケではないのだ。雰囲気の統一性も「ファッショナブル」の一考に加えてよいだろう。「この上なく安くまとめる」という技法もある、ということだ。
ジャンク羽織 100円
手拭い 120円
220円でテヌグイ族としてのアイテムは揃えることも出来る。
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by yoyo4697ru980gw | 2009-07-24 10:55 | +ハナモゲスト ゲリライブ+ | Comments(0)
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